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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第192回   セレンと蓬髪の教授《マシィヌ・プロフェスゥル》(4)
「これで開いてくれ!」
 あるいはもう認識番号などが無効になっているかもしれないがと中の釦をいくつか押した。
 ガカガァーアァン!
 小刻みな金属音がして、ゲェィトが真ん中から左右に開いた。モゥビィルに戻り、走らせた。後ろからモゥビィルの音が聞こえる。そして、通路内にいくつかある拡声器から声がした。
『カサン、逃げられると思うのか』
 所長の声だ。セレンががたがた震えていた。通路から小ドームに着くと、ゲェィトを閉めた。
「どうせ中央管制棟から開けられてしまうだろうが」
 アンダァボゥトが一台係留されている。モゥビィルの座席の下でうずくまっているセレンを引っ張り出した。
「あれに乗るんだ」
 カサンの腕にすがりつきながら付いてきた。ガンガンとゲェィトを叩く音がした。
 あわててアンダァボォウト上部の入り口に向かった。入り口へは板状の橋が架かっていた。
「先に行け」
 セレンを先に歩かせた。下は水だ。しかも意外に高さがある。カサンがごくりと唾を飲み込んだ。こういうところを歩くのは苦手だった。少しためらっていると、ゲェィトが開く音がした。振り返り、前に向き直った。ぐっと唇を噛んで、勇気を奮った。足を踏み出し、思い切って板を渡った。
 セレンが入り口の周囲にある手すりに掴まって待っていた。入り口は開いていた。入ろうとしたとき、船首の方から声がした。
「誰だ!」
 灰色のつなぎ服を着た整備士のようだった。
「出航する、早く離れてくれ!」
 ゲェイトが完全に開いた。モゥビィルが何台も入ってくる。モゥビィルに乗ってきた警備員のひとりが呆気にとられている整備士に怒鳴った。
「おい、止めろ!行かせるな!」
 だが、カサンはセレンを押し込んで、自分も入り、頭の上の蓋を閉めた。
 整備士があわててアンダァボォウトから係留壁に飛び移った。パァンと何回か音がしてオゥトマチクの弾丸がアンダァボォウトに当たり弾かれた。だれかが撃ったのだ。警備員がオゥトマチクをパシッと払った。
「バカ、撃ったって無駄だ!」
 ラカン合金鋼の外壁だ。ユラニオゥムミッシレェの攻撃にも耐えうるのだ。オゥトマチクの弾丸など通用するわけがない。ギュゥンギュゥンという音を立てて、アンダァボォウトがゆっくりと船首を外に向け、水に沈んでいった。小ドームの壁にある大きな赤い警告灯が警報を鳴らしながら回り出した。整備士が青くなった。
「水門が開けられてしまう」
 アンダァボォウトは、緊急脱出の際、中央管制棟が破壊されて使えなくなったときのために、単独で水門を開くことができるようになっていた。整備士が、急いで制御室に入るよう全員に促した。水門が開くと、小ドーム内の気圧が上るようになっている。そうしないと、水位が上ってきてしまうのだ。ゲェイトも閉じていく。
警備員が制御室から中央管制棟に連絡した。
「すみません、アンダァボォウト、出航してしまいました」
 少し間をおいて、所長が命じた。
『隣のポォウトから追いかけろ』
 警備員が了解して青の安全灯に変わってから、制御室から出てモゥビィルに戻った。

 カサンは、アンダァボォウトを出航させることができて、ほっとした。もしかして追いかけてくるかもしれないが、同じ性能なので、最速で浮上すれば、追いつかない。その前にセレンの傷を見ようと、救急パックを出した。消毒液を含ませた脱脂綿を出して、床に座り込んでいるセレンの顔の傷に当てた。染みるらしく、顔をしかめた。
「痛むか」
「ちょっと…」
 まぶたの腫れもひどい。おでこや頭にもこぶができている。消毒してからおでこは湿布した。唇も拭ってやった。股間は血や粘液で汚れていた。痛むようでそっと拭いてやると、ぐすっと鼻をすすった。
「あの島に戻ろう、アートランが戻ってきているかもしれないしな」
 セレンがうなずいた。
 飲料用の水パックをふたつ持ってきて、ひとつ開けてセレンに飲ませた。自分も飲んでようやく落ち着いた。
 魔導師のアートランが戻ってきているかどうかはわからないが、とにかくあの島に戻ろう。その後どうするかは、今はまったく思いつかない。
 操縦席に戻って、ナビゲェイションを起動させて海図を表示した。小箱に記録しておいた島の測位数値を打ち込み、検索し、特定した。そこまでの航行経路を算出するよう動かしていると、左に並んでいる赤い釦がいくつか光り出した。警告だ。カサンは青ざめた。
 そして、つぎに操縦席に突っ伏すと、泣きながら笑った。
「ははっ…これではあのバカ王子を笑えんな…」
 肩を震わせた。空気と燃料が『空』という警告だった。たしかに目盛板の針は〇(ゼロ)を示していた。
かつてラウド王太子が、燃料がほとんどはいっていないプレインを勝手に飛ばしてしまい、墜落させて壊してしまった。そのときに、目盛板の見方も知らんでと馬鹿にしたが、自分も同じ過ちを犯してしまった。もっともあの時点で補給をしている余裕はなかったから、このアンダァボォウトに乗った時点ですでに終わりだったのだ。
 操縦室の灯りが消え、非常灯がわずかに光った。
「カ…カサン教授…」
 セレンが怯えた声で呼んだ。椅子から転げ落ちるようにして床に降り、這ってセレンの側にいった。セレンがしがみついてきた。もうだめだといえなかった。
「少し寝るといい。起きたら着いているから…」
 抱きしめると、セレンが眼を閉じた。
「…はい…」
 カサンは、本当に起きたら着いていないかなとありえないことを考えてしまった。
 空調が止まったので、汗が出てきた。息苦しくなってきたような気がする。こんなに歩いたり走ったりしたのは、生まれて初めてだった。急に疲れを感じて、目を閉じた。
 …ねむい、きっとこのまま…
 アンダァボォウトが深い闇の海の底にゆっくりと沈んでいった。
 
 アートランは細く弱々しいセレンの心の声を手繰って、海の底へと潜行していった。途中セティシアンたちの群棚のあたりを通過した。セティシアンたちが光に引かれる魚のように、アートランを追って潜っていく。だが、深度三〇〇〇セルまで潜ったところで、周回し始めた。それがセティシアンたちの限界深度だった。アートランは、さらに潜っていく。しだいにドームを通しても違和感を感じ始めた。圧迫感。首を絞められているような、身体中が縛り付けられているような、そんな感じに襲われてきた。アートランは顔も身体も周囲からの圧迫に歪んだ。よくない感じがした。
 ピッという、身体のどこかが切れるような音。
 まさか。
 魔力のドームが破れる。その寸前、アートランが足元にぶわっと空気の泡を出した。その泡が割れ、身体を押し上げた。
 その勢いを借りて、セティシアンたちが周回している深度まで上がっていった。セティシアンの一頭の背中にしがみついた。セティシアンはアートランを乗せて、海上目掛けて浮上していく。
 途中魔力のドームが完全に破れた。水が鼻から入ってくる。ごぼっと口と鼻から泡が出た。セティシアンが急いで海の上に背中を出した。
「ぶはぁっ!」
 アートランがはあはあと息を吸い込んだ。セティシアンの背中の上で、ぐったりとしていたが、やがて、ぶるぶると震え出した。
「あれが俺の限界か…たかだか五〇〇〇セルだったなんて」
 セレンはもっと深いところにいる。もっともっと深いところに。
 今の魔力では、どんなに歯を食いしばったとしても、あれ以上潜ることは難しいだろう。つまり、セレンのところに行くには、自分以上の魔力のものに連れて行ってもらうか、マシンナートの海中船で行くしかない。
 …自分以上に潜れるやつなんて、恐らく、あいつしかいない。
 どうしてこんなことになったのか、聞かれて、叱られるだろう。
 …あいつに頭を下げるなんて…いやだ。
 大魔導師ヴィルトには、一度会ったことがあった。七つのころだった。アートランがあまりに奇抜な行動を取るので、ヴィルトはたしなめたが、そんなに厳しくは言わなかった。アリュカ学院長も叱ることはあるが、あんな女の言うことを聞く気はない。まして他の教導師など怯えて叱るどころではない。
だが、イージェンは違う。荒っぽいだけでなく、わかっているのに、いわれたくないことを言う。だが、素直に聞くつもりはないし、叱られたくもない。まして、あやまったり頼んだりで頭を下げたくない。
 …それに、あいつが助けに来たら、セレンはあいつのところに戻ってしまう。
 それは絶対にいやだった。
 となると、マシンナートの海中船を奪うしかない。だが、自分には操ることはできない。脅してやらせるか。
 …あのマシンナート…できるはずだ。
 『空の船』は、まだ二の大陸にいるだろう。いずれ南方海岸にやってくるはずだ。それまでセレンが生きているかどうか。
 …セレン、生きていてくれ。きっと助けにいくから。
 海にずるっと落ち、セティシアンの口に向かった。口の中から入り込み、南方海岸に向かって、泳ぎ出した。


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