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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第19回   セレンと灼熱の魔導師(8)
 リアウェンの書庫に寄り、手紙を扉に挟んで、ふたたび、王宮に向かった。途中で馬を降りた。都はまだ眠りの中だ。王宮は広く、あの騒ぎも外までは漏れていないようだった。空中に飛び上がって眺めると、黒い煙が立ち昇っていた。あの部屋のあたりだ。まだくすぶっていた。王宮の内部について、ネサルはとても詳しかった。出入りしていたらしいが、あの王族の女とはどういう関係だったのか。反乱というのはなんだったのか。しかし、そのようなことはどうでもよいことだった。ウルヴに黙っていてくれるのなら、それでいい。どうせ、もう二度と会えないだろう。覚悟を決めて、王宮へと飛んでいった。魔導師学院の中は静かだった。学院長は院長室の続きの部屋が私室だという。そこで寝泊りするのだ。院長室の扉をゆっくりと押し開けて、中に入った。
「やはり、私も狙ったか」
 低い声がした。イージェンはまったく気配を感じなかったので、驚いて棒立ちになった。机の向こうの大きな椅子に小柄な身体がすっぽりと入っていた。
「カンダオンの堕落者フレグと淫売クトの子ら、双子のかたわれだな」
 イージェンは震えた。すべて見通されている。小柄な身体が椅子から立ち上がった。
「忌まわしい存在よ、総力を挙げて追うべきだった。遅きに失したが」
 イージェンはふと肩の力が抜けた。忌まわしい存在?生まれたくてあのふたりの子に生まれたわけではない。選べぬ生まれの中で生きていくために必死だっただけだ。守りたいものを守っただけだ。
「キャニバール卿の手先となるとは思いもよらなかった。国王陛下の姉君の婿であることを盾に玉座を狙い、陛下暗殺を企てた謀反人だぞ。姉姫様をはじめ側近たちがみな味方についたと思って、罠にかかりおった。最初から謀反に手を貸す者などいなかったというのに」
 命からがら逃げたネサルも復讐など容易にできるとは思っていなかった。相手はみな大貴族や神官、王族だ。姿を見ることも難しいものばかりだ。魔力をもつイージェンを手にしたから実行したのだ。学院長が左手の中の水晶の珠を光らせた。
「もっとも姫様だけは、最後まで味方だった。卿をかばって逃してやったのだが、まさかその姫様まで殺すとは」
 あの女は裏切っていなかった。ネサルは誤解していたのだ。水晶の珠から光の霧が吹き出てきた。イージェンが腕を交差して気の壁を作った。光の霧は跳ね返された。
「報告以上の魔力だな、これは!」
 小柄な身体が宙を舞い、右手の鉄の杖を振りかざした。直撃する寸前イージェンの右腕が灼熱と化した。鉄の杖はたちまち熔け、撥ね散った。
「うわーっ!」
 しぶきが学院長が作った気の壁を突き抜けた。部屋のあちこちに散り、カーテンや本に火が点いた。床に叩きつけられた学院長の身体にいくつもの焼け焦げた後が付いていた。苦痛にゆがんだ顔を起こそうとした。
「イメイン様…素子は全て…摘むべきであった…」
 イージェンが腰の剣を抜いた。倒れ伏した学院長をひっくり返し、胸に突き立てようとした。学院長がうめきながら言った。
「魔力はし、真義と秩序のために行使されるべきもの…おまえのその力は…」
 イージェンが剣を突き立てた。
「俺は、この力を破壊と混乱のために使う!」
 学院長が事切れた。イージェンは剣を引き抜いた。

 夜が明けた。最後のひとりを殺したことをネサルに知らせておこうと思った。そして、あの女が裏切ったのではなかったことを。ねぐらに近づいたとき、張り詰めた気を感じ、激しい動悸がした。ねぐらの玄関が開いていて、その周りに手下たちが倒れていた。生きている様子はない。急いで、ネサルの部屋に向かった。扉は壊されていて、中にはあの青年魔導師がいた。足元にネサルが倒れていて、ウルヴが覆いかぶさっていた。
「にいさん!」
 ウルヴが振り返った。
「イージェン、とうさんが!」
 胸と腹に大きな穴があった。青年魔導師がイージェンを見て真っ青になって光の杖を構えた。
「まさか、学院長様まで!」
「よくも、とうさんを!」
 ウルヴが魔導師に飛び掛っていく。魔導師が、光の杖でたたき払おうとした。
「にいさん!」
 イージェンはとっさに魔力を使っていた。人にありえぬ速さで近づき、灼熱の腕で光の杖を叩き払い、魔導師を真っ二つに切り裂いた。悲鳴を上げることもなく、魔導師の身体はふたつに離れて床に飛び散った。
「イ、 イージェン!」
 ウルヴが振り返った。恐ろしいものでも見るような目。
そんな目で見ないでくれ。
「おまえ、魔導師だったのか」
 膝を付き、ネサルを抱き起こした。
「だったら、とうさんを生き返らせてみろ!早く!生き返らせてみろっ!」
 怪我を治すならまだしも、死人を生き返らせる蘇りの術など、本当あるのかないのか、少なくともイージェンは知らなかった。
首を振るイージェンにウルヴが叫んだ。
「おまえもあいつと同じだっ!ただの薄汚いイカサマやろうだ!魔導師なんか、みんな死ね、おまえも死ね!」
 ネサルを抱き締めて子どものように泣きじゃくった。イージェンは身も心も引き裂かれそうだった。いつかこんな日が来るかもしれないと思っておくべきだった。そうすればもっと心構えができたのに。こんなにつらく悲しいとは。
「こっちだ!まだ残っている!」
 兵たちがねぐらになだれ込んできた。われに返ったイージェンは、ウルヴの首筋を叩き、気絶させ、担ぎ上げて逃げ出した。

 港の倉庫で目を覚ましたウルヴは、イージェンの方を見なかった。
「この大陸を出たほうがいい」
 大陸間は海で隔てられていたが、この五の大陸トゥル=ナチヤと隣の一の大陸セクル=テゥルフは流れの速い海峡を挟んでいて、時折流れが弱まるときに輸送船が出ていた。今年もその時期で、まもなくその輸送船が出るとのことで、ウルヴに大陸脱出を勧めた。金はほとんど手元になかったが、リアウェンが手紙を読み、ねぐらの騒動を知り、ここに隠れるだろうと、ありったけの金と旅装を持ってきてくれた。
「一緒に…いくのかい?」
 リアウェンがこそりと尋ねた。イージェンは首を振った。
「俺は、二の大陸キロン=グンドに行く。ほとぼりがさめたら、戻ってくる」
 リアウェンが頷いた。乗船のことなどをリアウェンに頼んで、イージェンは別れを告げた。
「にいさん…元気で」
 ひとことも言ってくれないまま、別れた。

 イージェンは二の大陸キロン=グンドを放浪した。
七年の歳月が過ぎて、五の大陸トゥル=ナチヤに戻ってきたが、リアウェンはあの後まもなく謀反人の片割れとして処刑されたという。一緒に連れて行けばよかったと後悔した。
「俺は…後悔ばかりだな…」
 ぼろぼろになった書庫にはなにも残っていなかった。一の大陸セクル=テゥルフに向かうことにした。ウルヴの消息を知りたくなった。
 セクル=テゥルフは、中原の国エスヴェルンを中心に、国同士の争いも少ない大陸だった。魔導師の統制が行き届いていると思われ、イージェンも滅多なことはできないと行動を控えた。ウルヴの居所は人買いの連中のつてを辿って、行き当たった。会わずともその無事な姿を見られればいいと思い、王都のねぐら近くの宿に逗留し、待っていた。そっと陰から見られればいいと思っていたのだが、外出先でウルヴの手下に出会ってしまい、間違えられて知られてしまった。
 八年ぶりの再会だった。手下たちは頭に双子の弟がいたことに驚いたようだったが、あまり再会を喜んでいる様子がないので、余計なことは尋ねなかった。ふたりきりになってもウルヴは何も言わなかった。
「にいさん、元気そうでよかった」
 イージェンは勝手に話出した。ウルヴが杯を叩きつけるようにテーブルに置いた。イージェンは口を閉じた。
「イージェン、魔導師が憎いっていう俺の気持ちは変わらない」
 八年経っても癒えることはないと思ってはいたが、やはりと吐息をついた。
「おまえのことも、まだ許せない…」
 杯をあおり、こらえるように唇を噛み締めた。許せないだろうが、この世でたったふたりの兄弟であることは違えようのないことだった。イージェンは、久々に顔を見られただけでもよかった。そう思うことにして、椅子を立った。
「この国は治安がいいから…気をつけて」
 頭を下げて出て行こうとした。扉を開けて出ようとした。
「…来年の同じ頃、俺はここに来ている」
 ウルヴがぽつりと言った。イージェンが驚いて振り返った。下を向いたままだったが、ウルヴはもう唇を噛んでいなかった。
「うん…俺も来るよ」
 イージェンが答えると、ウルヴが小さく頷いた。
 一年後、イージェンは、王都の宿で待っていた。手下の御者から話を聞いて、ひどい胸騒ぎがした。待てども来ないので、業を煮やして御者に案内させようと宿を出た。街はずれでセレンたちと出会い、仮面の魔導師が買い取った子どもと知り、拉致した。すでに命はないと覚悟はしたが、仮面の口から直接聞いて確認し、涙せずにはいられなかった。
 
 街道の宿屋を出発したイージェンとセレンは、一日中空を飛び、夕刻には南方隣国カーティアに着いた。ニザンがやっている宿にはまだ御者は着いていなかった。
「頭の上を越してきたか、国境にかなりの王立軍がいたから、遠回りしているのかもしれないな」
 宿で長靴を脱ぎながら、セレン相手に聞かせるともなく言った。
 セレンはすっかり疲れていた。夕飯もスープを少し飲んだだけだった。空を飛ぶなど慣れるはずもなく、緊張し続けていたし、身体も痛かった。
 イージェンがセレンをベッドの上に上げた。
「あっ」
 うつ伏せにして腰の辺りに手を置いて軽く押した。
「ずっと同じ姿勢でつらかっただろう」
 腰が楽になっていくが、なにか恥ずかしくなってきた。仰向けになりながら言った。
「も、もう大丈夫です!」
 だが、イージェンがうつ伏せに戻して、何度も腰を押した。そのうち、セレンは寝入ってしまった。仰向けにしてやり、襟元を緩めて毛布を掛けてやった。
 ウルヴが傷つけてしまったことを済まないと思う。しかも、無理やり連れてきたのだから、おびえた目で見られてもしかたないが、もしできることなら…。セレンの柔らかい頬に指先で触れた。     
(「セレンと灼熱の魔導師」完)


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