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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第186回   イージェンとヴラド・ヴ・ラシス《商人組合》(3)
 雨はジェトゥが言ったとおり、二日後の朝にようやく上がった。だが、道のぬかるみはまだひどく、その日も出発できず、結局三日後にようやく発つこととなった。
 マシンナートたちが駐留している平原は、アプトラス平原といい、東側はリタース河の河川敷に接していた。平原は少し窪地になっていて、河との間に深い茂みがあり、ウティレ=ユハニ側からはほとんど見ることができない。平原への入り口あたりの幹道が関門のように垣根で塞がれていて、見張りの兵が立っていた。何人かで道を塞ぎ、一行の脚を止めさせた。兵士長らしき男が近寄ってきた。ダリアトの従者が馬車を下りた。
「アルギージのダリアト様とヴラド・ヴ・ラシス会頭ご子息様だ。アプトラスに入りたいんだが」
 兵士長がちらっと馬車を見た。この関門の見張りはヴラド・ヴ・ラシスからの傭兵なので、ヴラド・ヴ・ラシスの印章を見せると、すぐに垣根を左右に開いた。従者がいくばくかの金をそっと兵士長のふところに入れた。兵士長が急に腰を低くして丁寧にお辞儀した。
 垣根の向こうの道は、粒の揃った石で固く締まっていて、進みやすかった。少し登り坂になっていて、それを越えたところに広々と開けた場所に出た。
 道がまっすぐ一本伸びていて、両脇には短い草が細々と生えている何もない土地が広がっていた。その右手奥になにか灰色の塊がいくつも並んでいた。
「あれか…」
 ジェトゥが『眼』を細めた。ギュンと景色が迫ってきて、はっきりと捕らえることができた。鉄でできた荷台のようなものだ。細長い筒が載っていた。パミナが『鋼鉄の馬車』と言っていたものだろう。
 『鋼鉄の馬車』が集まっている場所の近くに灰色の平らな石でできた建物が立っていた。窓らしきものが縦に三つ見えるところから、三階建てなのだろう。マシンナートが造った建物だ。その周辺には天幕がいくつも張られていた。馬車を降りてきたダリアトがよろけた。ジェトゥがその腕を取って支えた。ジェトゥとダリアトが灰色のつなぎ服を着たマシンナートたちに案内されて、建物の中に入った。建物の中も灰色の石で出来ていて、ひんやりとしていた。鋼鉄の階段を登り、二階の奥の部屋に連れて行かれた。 パミナが椅子に座っていたが、立ち上がって迎えた。
「ようこそ、わたくしのラボへ。こんなに遅くなるなら、わたくしたちと一緒にモゥビィルで来ればよかったですわね」
 すぐにでもアウムズと部隊を臨検しましょうかというパミナにジェトゥが首を振った。
「わたしは構わないが、ダリアト殿は無理だな」
 ぐったりとしていた。パミナが机の上の板を叩いた。すぐに何人かがやってきた。
「ダリアトさんを医務室に連れていって」
 検査と治療をするようにと命じた。ダリアトが不安そうにジェトゥの腕にすがった。
「ジェトゥ殿」
 マシンナートたちがダリアトを両脇から抱えた。
「よい薬をくれるそうですよ」
 ジェトゥがパミナを横目で見ながら突き放すように言った。ダリアトがおびえたようすで連れて行かれた。
「行きましょうか」
 パミナが壁際に寄って、裾の長い白衣を脱いで薄い黄色の上着を羽織った。
 鋼鉄の階段を降りていく途中で、パミナが足を止めた。胸から小さな箱を取り出し開いて、横から紐のようなものを出し、先を耳に入れた。
「了解、見学者を連れて行くので、一台準備しておいて」
 ジェトゥがじっと見つめているのに気が付いた。
「マシンナートが連絡を取り合ったりするものです」
 不思議な箱でしょうと笑った。ジェトゥが黙って階段を降りた。
 建物の外には、アルトゥールだけが待っていた。出てきたジェトゥの耳元で、馬車や馬、他の従者たちは裏に連れて行かれたと告げた。
「そうか、ダリアト殿は具合が悪くて、マシンナートの医者に見てもらうことになった」
 アルトゥールがちらっと建物を見上げた。ジェトゥがさっさとパミナについていくので後を追った。
 パミナが道を挟んだ向かい側に停まっている屋根のないモゥビィルの後ろの席に乗り込み、ジェトゥに隣に乗るよう示した。ジェトゥがさっと乗った。
「これ、この間乗ったよ」
 アルトゥールが、ジェトゥの隣に乗った。パミナが前の席の運転士に声を掛けた。
「出発して」
 モゥビィルが動き出した。少しガタガタと揺れるが、石で固められた道の上をぐんぐんと走っていく。アルトゥールが身を乗り出すようにしているので、ジェトゥが腕を握った。
「落ちるぞ」
 アルトゥールがにやっと笑った。その様子を見ていたパミナがジェトゥの顔を覗き込んだ。
「息子さん、なんてお名前だったかしら」
「ジェトゥ」
 パミナが首をかしげた。
「会頭とはもう数年お付き合いしているけれど、息子さんのことはお話に出ませんでしたわ」
 ジェトゥがしらっとして言った。
「身分を隠してイリン=エルンの宮廷に入り込んで、父の手助けをしていたので、話さなかったんだろう」
 ヴラド・ヴ・ラシスがマシンナートと接触していることは、うすうす知っていたが、ここまで入り込んでいたとは思わなかった。異端だろうが、利用できるものはするという徹底した勘定高さだと感心した。アギス・ラドスが会頭になってから、それまで以上に進んで接触するようになったのだ。異端を使うことで学院に対する嫌がらせになる。それでいて、しっかりヴラド・ヴ・ラシスの得になるように計算している。アギス・ラドスらしいやり方だ。
 パミナがあの小箱で顎を軽く叩いた。
「そう…ジェトゥ…さんね」
 運転士が注意した。
「道路を外れます。少し揺れますので」
 左側に折れて、道のないところに入っていった。それほど大きくはないが起伏があり、モゥビィルの丸い車輪がその起伏に沿っていくと、左右に揺れた。
 灰色の鉄の塊がたくさん見えてきた。どんどん近づいていく。何列になっているのかわからないが、整然と並んだ塊の間を少し速度を落として進んでいく。
「これが、『鋼鉄の馬車』、わたくしたちはリジィドモゥビィルと呼んでいます、どんな悪路も進んでいけるんですよ」
 パミナが得意げに両脇にそそり立つような鋼鉄の塊を示した。ジェトゥがゆっくりと頭を巡らせて周囲を見た。車輪ではなく、板が環になっているものが下に着いていて、上には長い筒が乗っていた。確か、ヴァシルが北方の州で見かけたと報告してきたときには、あの長い筒は乗っていなかった。
「あの筒は」
アウムズに違いないが、ジェトゥが尋ねた。
「鉄の玉を発射する筒ですわ」
列の一番奥までやってきて、ようやく停まった。
 アルトゥールとジェトゥが素早く降りた。パミナがゆっくりと降りると、五、六人のマシンナートが足並みをそろえて駆け寄ってきた。みんな、緑色のつなぎ服を着ていた。全員がパミナの前に整列し、一斉に敬礼した。その中のひとりが報告した。
「パミナ教授、用意できております!」
 パミナがうなずいて、手前の一台に乗るようにうながした。
「こいつが『鋼鉄の馬車』か」
 アルトゥールが面白がって車体を叩いた。ジェトゥが叱った。
「やたらと触るな」
 肩をすくめてジェトゥに続いた。
 外側についている梯子を登って行く。入り口は円形で狭く、ヒトひとりがやっと通れるくらいだった。中は薄暗く、周囲の壁に淡く光る板などがたくさん埋め込まれている。ひとり前方の席に座っていたものが振り返った。頭には兜を被り、両方の耳を黒い蓋で覆っていた。
「パミナ教授が砲手をされるのですか」
 うなずいたパミナが床に置いてある兜と耳の覆いを取り、二組ジェトゥに渡した。
「これ、つけてくださいな」
 パミナがつける様子を見て、ジェトゥがならい、アルトゥールに着けてやった。
『走行中は騒音がすごいので、会話はこのフォンを使ってしますから』
 耳元で篭ったようなパミナの声がした。
「えっ!」
 アルトゥールがあわてて耳覆いを取ろうとした。
『取らないほうがいい』
 ジェトゥの声がした。ジェトゥは耳覆いの横から出ている細い管を通して話しているようだった。
『もうフォンの使い方わかりましたの?』
 パミナが感心したように言った。パミナが使っているところを見ていたのだ。
 パミナが入り口と前の運転士らしきものとの間の席に座った。
『ジェトゥさんたちも座って』
 パミナが手を伸ばして、壁際の折りたたまれていた座席をガッと下ろした。同じものが縦に並んであったので、ジェトゥがもうひとつを下ろした。
 ガガッと音がして、大きく車体が揺れた。
「わあっ!」
 席から落ちそうになったアルトゥールが前のジェトゥの肩にしがみ付いた。前の壁が白く輝き、景色が見えてきた。
『外の様子は、前方のモニタァで見られるようになっています』
 進む方向のみ映っているようだった。
『前だけしか見えないのか』
 ジェトゥが尋ねると、前方モニタァの横に小さな四角が白くなって、外の様子が見えてきた。
『上の段の右側が上空、左側が後ろ、下の段が左右の様子です』
 アルトゥールがジェトゥの肩越しにモニタァを見つめた。
確かに走行中、振動と騒音がすごい。運転士もパミナも左右に身体が揺れるので帯で固定している。前方に大きな灰色の石の箱が見えてきた。
『あれが標的、人造石でできているものです』
 リジットモゥビィルが停止した。
『実際には走行しながら攻撃します』
 そう言いながら、パミナが座席の前にある板に指を走らせ、横にあった管をぐいっと前に寄せた。管の先には釦が着いていた。前方モニタァに赤い丸い円が現れた。その円の中心に標的と言った石の箱を捉えた。円が点滅した。
『発射』
 パミナの声がした。釦を押したようだった。
 次の瞬間、画面の上の方から白い光が石の箱に向かって飛んでいった。画面がパアァッと白く輝き、大きな爆発の音がした。


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