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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第182回   セレンと深海の都《マリティイム》(5)
「どうしたんだ、乗員もって」
 艦長が首を捻った。荷物はどんどん運搬帯に載って降りてくる。ちらっと見ると、運搬帯の横から担架車が降りて来た。
「なんだ、患者なんかいたか?」
 艦長が横にやってきた班長に尋ねた。班長が困った顔でカサンを見た。カサンが艦長の耳元で言った。
「わたしの検体なんだ」
 艦長が驚いて何か言おうとしたとき、通路から屋内移動用の屋根のないモゥビィルがやってきた。
 モゥビィルには、運転士のほかにふたり乗っていて、そのうちのひとりに見覚えがあった。
 マリティイム所長ディムベス大教授だ。五十少し前で、やせていてあまり背は高くなく、目が飛び出るくらい大きくてぎょろっと周りを見回していた。モゥビィルから降りたディムベスに艦長が近寄った。
「ディムベス所長、アーレ・マリィン弐号艦艦長アランストです。乗員退艦の指示の意味はなんでしょうか」
 ディムベスが手にした指し棒で手のひらを軽く叩きながら艦を見た。
「航行中事故があったというから、検査してから出航したほうがいいと思ったんだが、余計なことだったか」
 艦長がそれなら全員退艦する必要もないでしょうと戸惑った。
「そうだな、艦長と各班長だけでもよかったな」
 つまりは嫌がらせのようなものだったということだ。
 荷物はコンテナに積まれて中央島《ミリウゥム》に運ばれていく。セレンの乗った担架車も積まれるところだった。
「待て、病人がいるのか」
 ディムベスが止めて、近寄っていく。カサンがあわてて追っていった。
「ディムベス所長、カサンです。おひさしぶりです。あの、それはわたしの検体なんです。搬入させてください」
 ディムベスがカサンに大きな目を向けた。
「おまえの専門はメディカル分野ではないだろう」
 そう言って担架車の上に寝ているセレンを見た。
「シリィの子どもか?なんの実験をしているんだ」
 カサンが困って下を向いたが、なんとか口を開いた。
「アルヴィクルに感染しているので、助けてやろうと」
 艦体の修理に浮上したとき、近くの島で見つけたのだと話した。
「助けてどうするんだ」
「もとの島に戻してやれれば」
 ディムベスが鼻で笑った。
「そのためにアンダァボォウトを出すのか?おまえのレェベェルでできるのか?」
 カサンが答えられずにいると、セレンが少し目を開けた。ディムベスが白い掛布を握って剥ぎ、嘗め回すようにセレンを見た。薄い唇がにやっと歪んだ。カサンがドキッとした。
「あ、あの…この子は、女の子…ですから」
 ディムベスがぎろっとカサンを睨んだ。余計なことを言ったかと後悔したが、もう言ってしまったのでどうしようもない。
ディムベスが指し棒の先でセレンの筒状の胴衣の裾を捲った。下着はつけていなかった。
「女の子か、なるほどな」
セレンが膝をぎゅっと合わせて目をつぶった。
「まあ、いいだろう。どうせおまえは暇だろうから、おもちゃにするといい」
 掛布をばさっとセレンの上に投げた。そのまま艦長たちのほうに行ってしまった。カサンがほっとした。掛布をかけなおし、運搬員に頼んだ。
「医療室へ運んでおいてくれ」
 運搬員が了解して、コンテナに運び込んだ。
 艦長たちのところに戻ると、ディムベスが艦内に入っていくところだった。
「臨検なんだと」
 艦長が不愉快そうに目を細めた。アーレのものたちはすでに中央島《ミリウゥム》に向かうモゥビィルに乗り込んでいた。
「それじゃあ、元気で」
 カサンが艦長と握手した。艦長がうなずいた。医療班の班長に頭を下げ、モゥビィルに向かった。
 モゥビィルは筒状で黒い壁の通路を通って、中央島《ミリウゥム》に向かった。ミリゥウムの中はいくつかの区画に分かれていて、その区画ごとに密閉できるようになっていた。事故などでひとつの区画になにか事故などがあってもその区画を閉鎖することで他の区画を確保しようということだった。空いていたアジュール区がアーレのものたちの居住区となった。
 アジュール区のラボのひとつに入ったカサンは、すぐに医療室を呼び出した。
「カサン教授だが、そちらにわたしの検体が運び込まれたと思うが、アルヴィクルに感染しているので治療してほしいんだ」
 アジュール区の医療室の室長が、診療簿がないので、治療ができないと言った。すぐに向かうのでと返事した。
 医療室は歩いて十ミニツ程度かかるところだった。歩きながら、トリスト大教授に到着の連絡を取ろうとしたが、通じなかった。医務室の入り口の硝子板に小箱を向けた。
 室長は四十がらみの男で、切れ長の目と通った鼻筋で、若い頃は精悍だったかもしれないが、今は疲れた顔をしていた。小箱の無線で診療簿を送った。室長が、モニタァで診療簿を確認した。
「すでに対応抗生物質は使い出しているから、明日以降、便を調べれば、駆除できたかどうかわかる」
 ぶっきらぼうに言って、血液検査すると血を抜いた。
「看護士は」
 全部ひとりでやっているので尋ねた。
「いない、ヴェール区なら少しはいるが」
 ヴェール区は所長たちのいる中央区画だ。
「では、看病、わたしがするから」
 レヴァードという室長が驚いた。
「あんたがするのか」
 うなずいた。呆れていたが、レヴァードが、今のうちに、療用スゥウプを飲ませ、オルス水を好きなだけ飲ませるように言った。
「よく寝られるように点滴に安定剤入れておく」
 ぐっすりと寝たほうがいいからとボォオドに向かって処方箋を打ち込んでから、吹き付け式の注射で薬を吹きつけた。
 点滴をふたつに増やして、療用スゥウプの粉末をカサンに渡した。それをカサンが湯で溶かした。オルス水を飲ませ、冷ましたスゥウプをスプーンで口元に持って行ってやると、セレンが素直にスゥウプを飲んだ。カサンが、レヴァードが後ろを向いている間に、耳元で言った。
「いいか、女の子ってことになってるから。そうでないと、ひどい目に会うかもしれないから。わかったか」
 セレンが震えながらうなずいた。
…ぼくは女の子でいないと…いけないんだ…
 人買いに売られたときのように。
さっき、カサンと話していた男は、恐ろしいことをするヒトの目だった。あの人買いの男のような暗い目だった。
人買いの男は、イージェンの兄だったが、弟とは違って、残忍なことを平気でする男だった。
…もし男の子だって知られたら、きっとあのヒトがひどいことをするんだ。
 カサンの言うことを聞いていよう。
 意識がはっきりしてきたら、急にアートランのことが気になった。薬草を採りに行くと言ってどこかに行ったっきりだった。
帰ってきたときに自分がいなかったら、心配するだろう。しかし、セレンにはどうすることもできなかった。ただ、生きていれば、もしかしたらまた会えるかもしれない。カサンにもまた会ったように。
 カサンが何度もスプーンでスゥウプを飲ませてくれた。その様子をレヴァードが肩越しにちらっと見て、フンとそっぽを向いた。
 セレンが食べ終えると、用を足したいと小声でつぶやいた。まだふらふらしているので、抱えるようにしてカサンが診療室の奥にあるユニットに連れて行った。トレイルでポットを使っていたので使い方が分かっていた。
用を足し終えたセレンが眠ってから、トリストに連絡を取ろうとしたが、やはり繋がらなかった。しかたなく、別の教授に掛けてみた。
『トリスト大教授、キャピタァルに転属になったよ』
 その教授は、今回マリティイムにやってきたインクワイァの中ではトリストの次席で、トリストたちと一緒に四号艦で先に到着していたのだ。
「そうですか…ファランツェリ様は」
 ファランツェリはエトルヴェール島のビィイクル開発チィイムに加わることになったとため息をついた。
『カサン君、われわれは完全に干されたな』
 ここに来るよう指令書が来たときにわかっていたことだ。
「しばらく、ここでのんびりしましょう」
 カサンはそう言うしかなかった。
 
 セラディムの学院に向かったアートランは、いつものように水路から王宮に入り込み、調薬庫ではなく、学院長室に向かった。そこに王族しか使うことを許されていない解毒薬のスウィーヴがあるはずだった。学院長のアリュカは近くにはいない。忍び込んで、学院長机の横に棚がある。その天井近くの書物の後に保管庫があるのだ。天井近くまでふわっと浮き上がって、保管庫の前を塞いでいる書物を床に次々に落とした。
 保管庫が見えてきた。もちろん、魔力で施錠してあるが、この学院のみならず三の大陸でアートラン以上の魔力の魔導師はいない。やすやすと開けた。中に目当ての薬草があった。調薬済のものもあり、その粉を取り出した。保管庫を閉めて、ストンと床まで降りた。他の薬も持っていこうと調薬庫を覗いた。中で特級がふたり調薬していた。
「アートラン?」
 アートランが入っていくと、ふたりはおびえたように身を引いた。ぎろっと目を向け、無視して薬棚を勝手に開けて、ほしいものを袋に詰めた。
「学院長に少し持っていったって言っとけ」
 アートランが言うとふたりは声もなくうなずいた。
 調薬庫を出てすぐに飛び上がった。
 アートランは魔力のドームで身を包み、かつてないほどの速度で海中を驀泳した。それでも戻ったのは翌日の昼頃だった。
「セレン!」
 茅葺の屋根の下にセレンの姿はなかった。汚れた下穿きが脱ぎ捨てられていて、見たことのない固いものでできた桶が転がっていた。
「これは…マシンナートの道具?」
 周囲を探るが、誰一人いない。近くにマシンナートの船もなかった。
「セレン!?セレーン!?」
 必死に呼びかけた。その声は、獣の咆哮のように島中に響き渡り、獣たちは怯え、みんな巣に隠れてしまった。
 アートランが海に飛び込んだ。
…セレン、どこだ、どこかにいるんだよな?
 まさか、もう…。
 身体が震えてきた。まさかなどと考えるとおかしくなりそうだった。頭を抱えて身体を振った。
…どこだ!どこにいる!
 アートランの身体からドオーンと爆音がして、水柱が海上から空に向かって立ち昇った。
 海面に大波が立ち、広がっていく。島の海岸を壁のような波が襲った。あの茅葺の小屋もエアリアが持たせた布袋も波に押し流された。
…アー…トラン?
 かすかに応える声がした。
…セレン!どこだ!
 しかし、その心をたぐろうとしたが、細く弱々しい。それでも、どこか海の深いところのようだった。
 深海?マシンナートに連れて行かれた?
 魔導師が連れて行く以外に、セレンが生きたまま海の深いところに行けるとしたら、 マシンナートの海中船に乗って連れて行かれたとしか考えられない。
 あのへんな固いものでできた桶、この島にマシンナートが来たとしたら。
 アートランは、セレンとつながっているかすかな心の糸をたぐって、深海へと潜っていった。
(「セレンと深海の都《マリティイム》」(完))


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