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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第180回   セレンと深海の都《マリティイム》(3)
 マシンナートたちの地下都市バレーのひとつ、第一大陸セクル=テュルフ・アーレがアルティメットにより消滅され、インクワイァたちは中央塔の核フロアで脱出した。計画では、隣の第五大陸トゥル=ナチヤのバレーに避難するはずだったが、第五大陸のバレーは規模が小さいため、全員の長期に渡る滞在は無理だった。そのため、一部のみ留まり、残りは極南列島付近の海溝にある深海研究所《マリティイム》に移ることになった。
 アーレ所属の海中戦艦マリィンは五艦だったが、うち一艦は、南方海岸で魔導師学院の破壊工作により沈没した。残る四艦は、第一大陸と第五大陸の間の海域に待機していて、弐号艦と四号艦の二艦が、大陸棚に停留した核フロアに入港した。マリティイムに向かうラボやチィイムのものは、その二艦に分乗して、極南列島に向かうことになった。
 アーレの評議会は議長がジャイルジーンからニーヴァンに代わっていた。また、ジャイルジーンがレェベェル7の脱出に間に合わず死亡したため、評議会議員に欠員が出た。しかし、補充の選挙をすることもなく、アーレは機能を一時停止することになった。
 マリティイムに向かうラボとチィイムは、トリスト大教授が主管となって組んだ。ジャイルジーンとパリス議長の娘ファランツェリもトリストと一緒にマリティイム行きのチィイムに入った。主に旧ジャイルジーン大教授とバルシチス教授の系列のものたちが選ばれた。トリストとファランツェリがいるので表面上は優遇と見られたが、実はその逆で、体よく深海に追いやられたというところだった。
 アーレ・マリィン弐号艦に搭乗していたカサン教授は、自分の部屋のモニタァで南方海戦の記録ビィデェオを見ていた。編集していない生デェイタなので、撮影者の声も入っている。
『カサン教授、前方十〇〇の方向に、飛行物です』
 キャメラがその方向に動いた。その黒い飛行物が拡大されていく。黒い外套が風にひらひらとはためいている。
『あの魔導師です、ほんとに何の動力もなく飛んでますね』
 撮影者の戸惑う声が入っていた。顔が映し出された。短い黒髪が風でわずかになびき、鋭い瞳で正面を見据えていた。
「…イージェン…」
 イージェンの飛ぶ画像、何度見ても信じ難い。
「なんで飛べるんだ」
 カサンがくしゃくしゃの頭に手を入れてかきむしった。
カサンは、飛行力学の分野が専門で、しかも低レェベェルのプレインの復元をしていた。最先端テクノロジイよりも、ゆったりと空を飛んだり、プテロソプタのようにテェエルでの多様な活用ができるプレインが好きだった。
 王族などの指導者層に取り入るということは、啓蒙ミッションの中に選択肢としては入っていたが、カサンのラボでは、とくに積極的にするつもりはなかった。
だが、エスヴェルンで、プレインを何度か飛ばしていると、紅の髪の少年が近寄ってきた。大魔導師もいるエスヴェルンの王太子と知り、驚いたが、魔力でなく空を飛ぶプレインにとても興味を持ったようだった。
 そこで、一度乗せてやったのだ。恐れもなく搭乗した王太子は、大空を飛ぶプレインに感激し、はしゃいだ。カサンは王太子の大胆というかうかつさに呆れたが、自分が初めてプレインで空を飛んだときのことを思い出し、少しうれしかった。
 もっともシリィだ。敵であることには変わりない。あまり熱心に啓蒙すると気持ちが移るような気がした。屈託がなく好奇心旺盛なラウド王太子にはヒトをひきつけるようなところがあったからだ。プレインを壊されたことでエスヴェルンを離れることになって、内心はかえってよかったと思った。
 アーレ消滅の報告書によれば、レェベェル7発動を阻止しようとしたアルティメットによってワァカァほぼ全員と数人のインクワイァが死亡したと書かれていた。それが公式に発表された報道ファイルだが、カサンは発表の前にファランツェリから本当の話を聞かされた。アリスタが脱出していないようだったので、心配で尋ねたのだ。
「アリスタはイージェンに魔力を使わせないためにボォムでふきとばされちゃったよ」
 意味がわからず、聞きなおしてしまった。ファランツェリがしょうがないなぁとつぶやきながら話し出した。
 バルシチスが本気であることを示すために、アリスタをボォムで爆死させ、魔力を使えば、ヴァンとリィイヴも同じ目に会わせるとイージェンを脅した。そして、イージェンを解剖して臓器や身体のデェイタを取ろうとしたのだと言った。
「イージェン、麻酔が効かないから、そのまま解剖されたんだけど、内臓や手足切られても死ななかったんだよねぇ」
 平然どころか笑いながら話すファランツェリが恐ろしかった。 
 特殊検疫中や解剖中の一部標本やデェイタが少しは残ったが、臓器や四肢の標本はほとんど持ち出せなかった。ヴァンとリィイヴもイージェン、アルティメットとともに死んだということだった。
「ひみつだよ、特別に教えてあげたんだから」
 震えているカサンにうれしそうに笑って片目をつぶって見せた。アリスタがかわいそうだったが、あらかじめそうなるとわかっていたとしても、自分にはどうすることもできなかったろう。
 トリスト大教授とファランツェリは四号艦で先行して行った。
 自分はジャイルジーンとバルシチスの系列と見られているから、この先、もう主流からは外れてしまうだろう。大教授になったり、評議会議員になったりも難しいだろうなとため息をついた。それほどこだわっていたわけではないが、やはり評議会議員になることは憧れだった。それももう終わりのようだった。
 そのうち、パリス議長が主導して、地上を焼き払い、バレーを建設することになるようだが、別に全て焼き払わなくてもよいと思えていた。
「学院のある王都だけでいいんじゃないかな…きれいな景色とか残しても…」
 どうやらテェエルの自然に感銘する『ジェナイダ症候群』に掛かってしまったようだと自嘲した。
 モニタァは海戦の模様を流していた。急に艦体が大きく揺らいだ。同時に緊急警報が鳴り、抑揚のない女の声が聞こえてきた。
『緊急警報、未確認物体との接触回避』
 ズズーンッという音がして、艦体が何かにぶつかった。椅子から立ち上がったカサンがしりもちをついてしまった。
『艦体右舷、岩礁と接触、艦内破損点検せよ』
『艦内破損状況の報告…』
 艦内放送が次々と状況を流している。深海潜行可能なマリィンの外壁はラカン合金鋼なので、外側が損壊することはほぼない。しかし、内部は通常艦と同じ造りなので、火災や破損は起こりうるのだ。
カサンの小箱が震えた。艦長からの連絡だった。
「どうした、未確認物体って」
 艦橋に来て欲しいというので、向かった。この弐号艦には、大教授が搭乗していなかった。艦長はカサンと同期だった。
艦体が、少し傾いているようだった。狭い艦内の通路は、驚いて部屋から出てきたものたちでごったがえしていた。
『警戒態勢レェベェル4、乗員以外の乗艦者は各部屋より出ないように』
 みんなあわてて部屋に戻っていく。カサンはその間を縫って、ようやく艦橋にたどり着いた。
「どうしたんだ、艦長」
 くすんだ濃い緑色の服の艦長が振り返った。小柄で頭のてっぺんが少し薄くなっている三十少し過ぎの男だった。
「カサン、一四〇ルクくらいの…高速で移動するものってなんだろうな」
 艦長が戸惑った声で尋ねた。カサンはもっと戸惑った。どうやらさきほどの未確認物体は一四〇ルクくらいの大きさの高速で海中を移動するものが、マリィンの艦首あたりを通過していったらしい。それはすれすれで回避したが、そのために岩礁に接触してしまったのだ。
「音探装置が捉えたときは、すでに遠ざかっていて、追尾もできなかったようだ」
 そんなに小さくては無理からぬことだが、近海にマリィンもアンダァボォウトもいない、トルピィドゥとは考えられない。生物だとしても、すぐに音探装置で見失うほどの速度が出せるとは思えない。
「なんだろうな、見当もつかんな」
 岩礁にぶつかった衝撃で、調理室で鍋がひっくり返り、スゥウプが床にこぼれたらしく、あわてた調理士が緊急事態の釦を押してしまったのだ。これが押されてしまうと、点検表の項目を全て点検して問題なしと分かるまで、航行できない。そのため、浮上するという。
「外壁損傷はありえないが、ひととおり点検しないと」
 今は夜の二二○〇で、浮上しても夜中だ。明日朝にならないと外壁の確認はできなかった。艦長は、座礁事故のため半日から一日到着が遅れると、アンダァボォウトでマリティイムに連絡すべきかどうか、カサンに相談したいというのだ。カサンが少し考えた。
「連絡は入れておいたほうがいいだろう。マリティイムの所長は、細かいヒトだからな」
 マリティイム所長ディムベスは、最高評議委員会で長く評議員だった大教授の教え子で、その大教授の力を重くみていたパリス議長にも重用されていた。しかし、おととしその大教授が亡くなってからは、パリスに遠ざけられ、ほとんど閑職といえるマリティイムの所長に追いやられていた。
 ティムベスは、神経質で病的な性癖があり、幼い男の子ばかりを乱暴していた。最近は投薬で大人しくなったという話だったが、そのような病気はなかなか治るものではないだろうとささやかれていた。
「この弐号艦と四号艦は、キロン=グンド・ドゥーレの所属になるそうだ。アーレは一時機能停止するらしい」
 カサンたちを送ってすぐに第二大陸に向かえという指令が来ていた。
「そうか、お別れだな」
 インクワイァ同士なので、いずれどこかでまた会うこともあるかもしれないが。
「カサン、また流れが変わることもあるさ」
 艦長が肩を叩いた。カサンがうなずいた。


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