20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第175回   イージェンと極南島《ウェルイル》(2)
 パリスが一瞬眼を見開き、唇を震わせたが、すぐに険しい顔になった。
「バレーはどうなった」
 パリスはおろおろとしているディゾンを応接席に連れて行った。座らせて、その横に腰を降ろし、肩を掴んだ。
「落ち着いて話せ」
 ディゾンがパリスの腕を強く握った。
「わたしが出てきたとき、バレーはまだ無事だった。すぐに脱出できるよう準備はしているが、いつどうなるか」
 議長になったばかりでこんな事態になるとはと嘆いた。
「報告は提出したのか」
 首を振った。
「まずおまえに話そうと思って」
「賢明だ、アルティメットは死んだことになっている。まず『ユラニオゥムミッシレェ』の使用決議を可決させてしまおう。そうすればいつでも使用可能になる」
 それからアルティメット生存を話せばいい。アルティメットが生きていることが先に分かると、『パリス誓約』を再締結すればいいと、使用決議に反対するものが出てくるに違いない。もちろん、エヴァンスは反対することはわかっているが、賛同するのはせいぜい二人くらいなものだ。それが増えることになるとまずい。特にアーレでレェベェル7を独断で発動したことをあまりに横暴だと非難している一派がいるのだ。発動しなくてもアルティメットに消滅させられたのだが、要するにパリスの独断が愉快でないのだ。
 パリスの強硬論はここ十数年最高評議会を始め、マシンナートの総意だった。しかし、近年、エヴァンスのエトルヴェール島での啓蒙活動が実績を上げたのを受けて、『ふたたび』啓蒙論が広まっていたのだ。特に最高評議会選で投票権をもつ大教授たちの間で地上を焼き払うより、楽しもうという風潮が出てきた。ジェナイダが死ぬ前に送ってきた『水の都《オゥリィウーヴ》保護概論』は、禁止ファイルにしたにもかかわらず、ひそかに読まれているようだった。
「にいさん、あなたはバレーの議長たちの意見をまとめてくれ。議決権はないが、意見を求められることになるだろうから」
 ディゾンが戸惑った。
「みんな、わたしより年配で、大先輩たちだ。そんな意見をまとめろなんて」
 パリスがため息をついた。
そのくらいはやってほしい。なんのために重責につけたと思っているのだと内心いらついた。
 数値は高いが、気が弱く、すぐにパリスの後ろに隠れるのだ。だが、尻を叩いて動く性格でもない。震えているディゾンに顔を近づけた。
「にいさん、きちんとできたら、ごほうびあげるから」
 幼い頃からパリスに身も心も縛られているディゾンが、顔を赤くして子どものように甘えた。
「今、ほしいよ」
パリスが首を振った。
「だめだ、わたしの言いつけができたらだ、そうしたら、にいさんのすきなだけあげるから」
ディゾンがうらめしそうな顔でうなずいた。

 パリスが帰った後、エヴァンス大教授の元に最高評議会の議員で友人のアンディランが訪ねてきた。久しぶりと握手をして、応接席に向かい合って座った。今年五十八になるアンディランが短く刈った薄茶の髪を手で撫で上げた。
「いよいよテェエルへの進出ができるとパリス議長の鼻息が荒くなっている」
 アーレで最後のアルティメットを始末したことで、監視衛星の脅威がなくなり、残る素子たちもそれほど恐れるものではないと分かっているからだった。
「中にはかなりの異能の力を持っている素子もいるが、デェリィイトの力がなければ、たいしたことはないからな」
 エヴァンスはアンディランにアルティメットはまだ生きていることを知らせようか迷った。昔からの友ではあったが、この『隠し球』は慎重に使わなければならない。
「テェエル進攻は啓蒙をもってするべきだし、まして『ユラニオゥムミッシレェ』を使用する必要はないと思わんかね」
 エヴァンスはあくまで落ち着いた口調を崩さなかった。アンディランもそれには同意していた。これ以上パリス議長の力が強くなれば、アーレのように啓蒙ミッション自体強制停止になるだろう。
「もちろんだ、せっかくアルティメットたちが清浄化し復元してくれた地上をまた汚す必要はないだろう。むしろ、きれいになった地上の自然を楽しみたいし、資源を存分に使いたいよ」
 緑の山が望める澄んだ湖のほとりに研究施設を作ってのんびり余生を過ごしたいと笑った。
「わたしが生きているうちにかなうとは思わなかったよ、正直な話」
 アンディランも地上進攻は啓蒙を持ってすべきという考えに賛同していた。
「エトルヴェール島での実験がひとつの手本になるだろう、これはたいへんな成果だよ」
 第一大陸で、アーレのユワン教授が行ったカーティアの啓蒙がほぼ成功していることから、王族かあるいはそれに取って代わる勢力を取り込めば、テクノロジイを受け入れる国は出てくるはずだ。とにかく今後は素子の少ない地域を啓蒙していき、素子に攻撃されたら、アウムズで応戦すればよい、それも非『ユラニオゥム』アウムズで十分だと話を詰めていった。
「シリィの第三勢力を利用する手はどうかね?」
 エヴァンスが壁側の棚でカファを入れてアンディランに差し出した。アンディランが受け取って、口をつけた。
「ああ、経済機構《ヴラド・ヴ・ラシス》だな。今までは情報収集程度の利用だったが、第二大陸で、アウムズの導入をさせつつあると聞いたが」
 アンディランが答えると、エヴァンスがうなずいた。
「そうらしいが、今は第二大陸も情勢が落ち着かないこともあって、停滞気味のようだ。《ヴラド・ヴ・ラシス》のほうはアウムズを欲しがっているらしいんだが」
 第二大陸のバレー評議会議長のディゾンはパリス議長の従兄でパリスの言いなりだ。パリスの一声で啓蒙ミッションを強制停止させるかもしれない。
「第二大陸はつねに戦争状態だ。使用する国があれば、面白いことになるのにな」
 アンディランが残念そうにため息をついた。ところでもうひとりの友人の議員もやってくることになっていると話した。
「ふたりほど連れてくるようだよ」
 アンディランがエヴァンスの耳元でこそりと言った。エヴァンスがうなずいた。
「この間、君のところに視察に行ったときのことを話したら、とても興味を持ったらしい」
 ほどなくもうひとりの友人がふたりの議員を連れて来て、夜遅くまで歓談した。エヴァンスは、最後までアルティメット生存を隠し、明日の評議会での暴露を目論むことにした。

 キャピタァルすなわちマシンナートの首都の夜明けは、他のバレー同様、アァティフィシャリテイである。決まった時間に作った空が明るくなってくる。その作られた朝、エヴァンスはワァカァの職員が用意した朝食を食べて、いくつかの報告ファイルや報道ファイルをタァウミナルで開いて読んでいた。
 報道ファイルは公式に発表すると認定された出来事だけワァカァにも公開される。したがって、評議会に都合のよい情報だけしか伝わらない。アーレの消滅についても、アルティメットを始末するための方法としてやむを得ずと断じ、反論は一切許さなかった。もちろん、最高評議会の中ではパリス議長の独断に不信感を抱く一派はいた。夕べエヴァンスを訪れたのは、その一派のふたりだった。
 報告ファイルのひとつに優生管理局からの連絡があった。カトルの子どもが産まれたという報告だった。
 カトルはワァカァ出身で、知性面の数値である知能指数はインクワイァの平均だが、心理面での数値である情動指数が高い。統率力があって指導者向きだった。卵子の主である女性もワァカァ出身だったが、すでに死亡していた。
「母親はアリスタ…アーレのか…」
 素子と性交渉を持とうとしたため、素子を牽制する道具とされて殺された女だ。規則ではミッション以外でシリィと個人的な交流を持ってはならない。だが、エヴァンスは、カトルがシリィの女と通じたことを知っていたが、黙認していた。もし問題になったときは、ソロオンとアルシンの交流と同じく、ミッションの内と認定してやればいいからだ。
 アリスタも素子を牽制するためでなければ、見逃してもらえただろう。画像のアリスタは、目鼻立ちのはっきりした快活そうな女だった。産まれた子は男の子でキャピタァルの保育棟にいる。元気そうに泣いている映像ビデェオも入っていた。
優生管理局では、出産後先天的な欠陥や疾病がないかどうかの検査を終えて正常と診断されてから、両親に連絡することになっているので、父親のカトルも母親のアリスタも子どもが作られたことは知らなかった。もちろん、アリスタは知らないまま死んだのだ。
 カトルに知らせてやろうとデェイタを小さな筒状の記録媒体に移した。
 ソロオンはジェノムに欠陥があるらしく精子に治療を施している。おそらく、ソロオンの両親かそのまた両親かに欠陥があったのだろう。ジェノム治療をほどこしてから受精させるが、隔世的に出現することはどうしても避けられなかった。メイユゥウル(優秀種)ではあるが、治療の経過によって、修復不可能な場合、精子は廃棄される。
「難しいかもしれないな、ソロオンは」
 ふたりは教え子ではないが、よい部下だった。啓蒙ミッションを理解して協力してくれている。この先も大事にしてやろうと思っていた。
 待っている報告デェイタは来ていなかった。
「まだ結果は出ないか」
タァウミナルを閉じ、小箱で昨日頼んだ教授に連絡を取った。
「おはよう、進行具合はどうか」
『会議が始まるまでには出ると。確か開始は〇十〇〇でしたよね?』
 その時間だと告げ、可能性率だけでもいいから知らせてくれと頼んだ。
 開始の時間までまだあったので、カトルの子どもを見に行くことにした。
 保育棟は、中央医療棟の敷地内にあった。高名な大教授エヴァンスの訪問に保育士が恐縮して案内した。新生児室には、他に三人の赤ん坊が寝ていた。
「カトルの子どもは」
 一番奥のベッドに寝ていた。硝子越しだったが、元気に手足を動かしている姿が見られた。母親のアリスタと同じ乾いた草のような髪だった。
「生育具合はどうなんだ」
 極めて良好だと保育士が答えた。
「男の子もかわいいもんだな」
 ジェナイダが産んだ子どももこんな感じだったろうかとエヴァンスが目を細めた。もう二十四というから、ソロオンより少し下か。
 胸の小箱《ブワァトボォオド》がブルブルッと震えた。教え子の教授からのメッセージだった。
『標本毛髪の本人とジェナイダの母子鑑定の結果 標準十六箇所ジェノム情報解析による母子である可能性率 〇コンマ九九九…』
「おおっ…」
 ジェナイダとアダンガルは母子だ。アダンガルは自分の孫になる。硝子の向こうにいるカトルの息子に眼をやった。
「アダンガル…」
 抱きしめたい。ジェナイダが残した命を。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 55353