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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第172回   イージェンと暁(あかつき)の王女(4)
 執務室では、国王とリュリク公、ヴァブロ公はじめ大臣数人と学院長のサリュースがいた。
「父上、ごきげんよう」
 ラウドが父王の前でお辞儀し、右のリュリク公に相対するように左の位置についた。サリュースが申し訳なさそうな顔を伏せて、国王に頭を下げた。
「陛下、このようなことは許されませんので、わたしがすぐに向かいまして、連れてまいります」
 いったい何のことかとラウドが尋ねた。サリュースが険しい顔をラウドに向けた。
「イージェンが無礼なことに殿下の婚礼の式を執り行えないと言って来たのです」
 ラウドが少し眼を見開いたが、伝書の内容を正確に言えと命じた。
「南方大島でマシンナートたちが啓蒙行為を行っているので、その始末をしなければならない、また南方海域の警戒が必要なので、帰国できないと」
 ラウドがちらっと父王を見た。残念そうな顔だった。イリィが軍部で語った隣国の婚礼の式の模様は、すぐにリュリク公の耳に入り、国王にも伝えられた。
ヴィルトも昔は儀式を行っていたが、ここ数百年は学院長に執行させて、自らは行わなかった。そのため、国王はその荘厳な式の模様に驚くとともに喜び、是非イージェンに執り行わせるように命じたのだ。サリュースが険のある声で言った。
「隣国国王の婚礼の式を執り行っておきながら、所属する我が国の王太子殿下の婚儀を行わないなど、許されません。陛下よりのご命令として…」
 ラウドがきつく呼びかけた。
「サリュース!」
サリュースが驚いて言葉を途中で切って、ラウドを見つめた。ラウドは眼を細めてサリュースに顔を向けた。
「イージェンは今大事な仕事をしている。それは、ここにいる誰よりもそなたがわかっているはずだ。そのような伝書を受け取ったなら、父上に諦めるよう説得するのが国王顧問としてのそなたの仕事だろう」
 サリュースの唇が震えた。リュリク公とヴァブロ公も顔を見合わせて小さく顎を引いた。ラウドが国王の方を向いた。
「父上、イージェンは今、とても大変な仕事をしています。わが国所属ですけど、国内のことで煩わせないようにしてください、お願いします」
 胸に手を当て頭を下げた。サリュースが一歩進み出た。
「陛下、イージェンに執り行わせましょう、隣国に劣る婚儀など、大陸の中心であるべきわが国として恥ずべきことです」
 国王が額に手を当てて悩んだ。王としても父としても是非黄金雨の降る王太子の婚儀を見てみたい。だが、ラウドの提言も分かるのだ。
 ラウドが眼を吊り上げ、サリュースにきつく言った。
「そんなくだらない見栄のためにイージェンを煩わせるな!」
 ヴァブロ公がラウドにお辞儀した。
「殿下、お気持ちは充分わかりました。学院長も殿下のご婚儀を荘厳に執り行いたいからと申し出たこと、大魔導師様がご無理と仰せなのですから、ここは学院長に執り行ってもらいましょう」
 リュリク公もうなずいた。国王が伏せていた顔を上げた。
「そうしよう、学院長、そなたに任せるから、滞りなく執り行ってくれ」
 サリュースが青ざめ、頭を下げて、下がっていった。その背中が消えてから、リュリク公がラウドに尋ねた。
「殿下、カーティアに援軍など出さなくてよいのでしょうか」
 軍事同盟は締結しなかったが、もし必要ならば援助をと言った。
 ラウドが首を振った。
「相手はマシンナートだ。学院に任せればいい。もし必要ならば、学院が要請してくるだろう」
 リュリク公が了解した。内務大臣であるルスタヴ公がラウドに報告した。
「さきほど殿下がお越しになられる前に学院長から報告がありまして、本日夕刻には、ジャリャリーヤ王女殿下がご到着されるとのことです。ご婚儀前ですので、王太子宮ではなく、執務宮の迎賓殿の宿舎にご案内することになっております」
 ラウドが戸惑った顔をした。落ち着きなく目を泳がせてから返事した。
「そうか…」
 その後は、ラウドがカーティア国王から渡された、ベレニモス鉱山の採掘権の委譲と綿花の輸入税率引き下げについての提案書について話し合われた。ラウドが主務官となって交渉することになった。ラウドは、これまで実務は行っていなかったが、妃を迎えるので、『成人』として責任を持たせたいという国王の意向を汲んでのことだった。
 会議を終えたラウドは王太子宮に戻る前に迎賓殿の宿舎を見に行った。侍女や従者たちが忙しく支度を整えていた。これまで後宮の取りまとめは、伯母のリュリク公妃ラクリエが行っていた。本来はラウドの母妃がするところだが、すでに亡くなっているので、姉のラクリエが代わりにおこなっていた。
 ラクリエは、ラウドが宿舎を見に来たと知り、部屋に入れた。
「姫君がお出でになられましたら、こちらのお部屋でお休みいただくことになっております」
 ラウドがぐるっと部屋の中を見回した。白が基調の調度品で整えられていた。茶器も母妃が使っていた白地に小さな青い花が描かれたものにするとのことだった。
「ゆっくり休めるようにしてやってくれ。それと、イージェンが精錬した茶葉が残っていたら、それを出してやってくれ」
 疲れが取れるからと頼んだ。
ラクリエは、夫のリュリク公から宮廷での騒動を聞かされていたのでラウドがひとりで遠くから嫁いでくる姫に冷たい態度を取るかもと心配していた。だが、余計なことだったと胸をなでおろした。
「承知いたしました。お疲れでしょうから、すぐにおくつろぎいただけるようにいたします」
 そっと胸元から黄色の飾り手巾を出した。
「それと、お土産ありがとうございます。大公夫人たちも姫たちもみな喜んでおります」
 ラクリエが、なるべくたくさん作らせて配ったと顔をほころばせた。ラウドがうなずいてから、顔を赤くして尋ねた。
「その…王太子宮のほうの準備は…」
 恥ずかしそうに下を向いている。妃の部屋や寝所などのことを言っているのだろうと察した。
「お部屋などの準備は整っておりますので、ご心配なく。それより、殿下も今日衣装合わせをしなければなりませんので、お忘れなく」
 うんうんと何度もうなずいて王太子宮に戻ると立ち去った。どうやら婚儀を心待ちにしている様子に、これならばきっと仲睦まじくできるだろうと微笑みながら見送った。

 魔導師学院に戻ったサリュースは、カーティアに出向させているルカナがまだ戻ってきていないことに腹を立てた。
「ダルウェルが着任したらすぐに戻れと伝書を出したのに」
 まだ手が足りないのだろうと副学院長が言うと、すぐ戻るよう督促しろと命じた。
「ダルウェルも失礼なヤツだ。すぐに返すのが礼儀だろう。まったくあれと同類だ」
 災厄だ。あのふたりは。
 サリュースが儀礼書を読みながら、不愉快でたまらなかった。エスヴェルンのことに力を注いでもらうために下げたくもない頭を下げて、この学院所属にしたのだ。その甲斐がないではないか。
 苦労の末まとめたカーティアの姫との婚儀がだめになって、国王も宮廷も気落ちしていた。楽しみにしていた民にも申し訳ないと思ったからこそ、なんとかカーティアの姫に負けないような身分と美しさの姫を王太子妃にと思った。
 三の大陸ティケアで行われた五大陸総会のとき、各大陸の王室の様子を学院長たちにそれとなく尋ねてみると、四の大陸ラ・クトゥーラのサンダーンルーク王国によい年頃の王女がいることがわかった。ティケア・セラディムの第四王女も年頃だが、あの国王の娘でヨン・ヴィセンの妹をエスヴェルンの王室に入れたくなかったのだ。
 サンダーンルーク王国は国土のほとんどが砂漠と岩山で、牧畜と岩塩、わずかな銅山が主な産業だった。長く親密な関係である隣国のタービィティン王国にはわずかに作物などを作れる耕地があり、また、海岸沿いの国々との交易で穀物などを輸入していた。
とにかく、厳しい環境なので、王侯貴族といえども、つつましい生活をしているようだった。そういう王家の姫であれば、エスヴェルン王室の質素堅実の家風に合う。
 サンダーンルークの学院長ソテリオスもとても乗り気だった。王女の母妃は、隣国タービィティンの王室の出であり、もちろん正妃なので、血筋もよい。嫁ぎ先はいくらでもありそうだが、よく姻戚関係を取り結んでいるタービィティンの王太子は、すでに妃を娶っていた。また、四の大陸の他国へというのも難しいようだった。いずれ大公家に降嫁させることになるだろうが、もし異大陸の国でもよいと国王と宮廷が承知すれば、大国の王太子妃とは願ってもないとの返事だった。
 イージェンに相談したくなかった。また何か文句を言われたり、話が整わないうちに口出しされたくなかったのだ。それで先に帰国すると言って四の大陸を訪問した。
サンダーンルーク王国の国王は髭の濃い、身体が大きく堂々としていた。王妃はきつい顔つきだったが気高い様子で、ふたりともサリュースの申し出た求婚の件を歓迎してくれた。国王夫妻が承知したので宮廷も同意した。
 ジャリャリーヤ王女にも挨拶のみだが会見した。四の大陸の未婚女性のならわしで顔の半分を布で覆っていた。姿がすらっとしていて、ラウドより少し背丈は大きそうだったが、大きな青い眼がきれいで、その暁のような赤みがかった金色の長い髪から『暁の王女』と呼ばれていた。挨拶しても返事をしなかったが、四の大陸の未婚女性は親兄弟以外の男とあまり口を利かないということだったので、気にしなかった。
 ソテリオスに婚儀をなるべく早くしたいという話をすると、驚いてはいたが、すぐに手配してくれた。侍女なども同行させていいと言ったが、身体ひとつで嫁いでいくのがこちらのならわしなのでと、全ての支度はエスヴェルンがすることになった。もちろん、かなりの結納金を出すことになったが、それでも国王は喜ぶだろうと承知してきた。
 幼い頃からの想いを遂げたラウドが御前でエアリアを妃にしたいと言い出したとき、案の定と思った。早く娶わせたいと婚儀を急がせたことに間違いはなかった。ラウドは、なんとか婚儀を承知したが、いつまたエアリアを追っていったりしないともかぎらない。とにかくラウドの気が変わらないうちに、早く娶わせてしまいたかった。エスヴェルン王室のしきたりを守るようしつけてあるし、責任感が強いので、初夜の後はきちんと妃ひとりを守っていくだろう。
 夕方、サリュースは執務宮に向かった。遣い魔の伝書によれば、そろそろ到着するはずだった。


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