20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第170回   イージェンと暁(あかつき)の王女(2)
 翌朝、リィイヴは朝飯の仕度を手伝おうかと早めに起きて厨房に行った。エアリアが薬草を煮ていた。
「おはよう、それ、ヴァシルの?」
 エアリアが、うなずいてお湯を沸かしてくれるよう頼んだ。
「よくないの?」
 水がめから柄杓でヤカンに水を汲んだ。
「だいぶよくなったそうです。でも、しばらく養生しないと」
 柔らかいものを作ろうとエアリアの横で麦粥を作り出した。アヴィオスとヴァンが起きてきた。
「先に用桶始末してくるよ」
 ヴァンが出ていった。アヴィオスが食堂のテーブルを拭こうと桶に水を入れた。
 麦粥と薬湯をもってエアリアがヴァシルの部屋に入った。ずっと付いているイージェンが顔の湿布をそっとはがした。
「湿布を換えるぞ」
 盆を受け取り、湿布を変えてやった。粥を食べさせ始めた。
「後で食堂に連れて行く、そこでみんなに話す」
 みんなも朝飯を済ませろと言われ、食堂に戻った。
 済んだ頃にイージェンがヴァシルを抱きかかえてやってきた。ヴァンが布団を持ってきて椅子をいくつか並べた上に置いていた。
「みんなに茶を入れてやれ」
 食後の茶は終わっていたので、イージェンの精錬した茶を入れた。ひととおり口を付けたのを見て、イージェンが話しだした。
「南方大島での様子を話そう。その前にヴァシルに捕まったときのことを話してもらう」
 ヴァシルが湿布をしたままで見苦しいことを詫びた。かなり落ち着いているようだった。
「島の様子を探ってから行けばよかったのですが、カーティアの使者のことが気になって総帥居城に向かったんです」
 ヴァシルは、ひそかにうかがうということをしたことがなく、まともに訪問してしまったのだ。
「今後は慎重にな」
 イージェンが言うと、ヴァシルがうなずいた。
「総帥閣下はすでに亡くなっていて、息子のアルシン様が継いだとのことで、ご挨拶したところ、カーティアの使者に会わせるからと自ら案内してくださって」
 居城の外に連れて行かれ、あの黒い箱に入ったところを閉じ込められてしまったのだ。
「砕くことも溶かすこともできず…」
 そのときのことを思い出したのか、ヴァシルがまた震えた。イージェンがぎゅっと手を握った。
「子どもを使って罠にはめるとは、ずいぶんと卑怯な手を使ってくれるな」
 仮面をリィイヴに向けた。リィイヴがこわばった。
「師匠(せんせい)、リィイヴさんには責任ありません」
 エアリアがきつい口調で言った。イージェンが少し肩を落とした。
「そうだな、悪かった」
 リィイヴが首を振った。エアリアがかばってくれてうれしかった。
「その黒い箱というのは、マシンナートが作ったとても硬い金物(かなもの)で、俺も大魔導師になる前は溶かすことができなかったくらいだ」
 南方大島は、マシンナートの施設が地下にあり、今から十年ほど前からその施設の長となったエヴァンス大教授が、学院のない島に入り込んでテクノロジイの啓蒙をはじめたのだ。
「島の総帥は、すっかり啓蒙されてしまって、都をテクノロジイで改造させてしまった。島の民は、マシンナートたちと同じような生活をしている」
 一方、総帥の娘が啓蒙されてしまった父に反発して、反勢力を作り、カーティアに移り住もうと攻め入ったのだ。
「結局、マシンナートのアウムズに壊滅させられて、生き残ったものたちは逃げ帰ったが、どうしてもマシンナートとは相容れないものたちが、島から脱出してこちらに向かっている」
 話終えたら、その総帥の娘に会ってくると言った。
「俺としては、テクノロジイを捨てて、元に戻るのなら、島は残す」
 そうでなければ、施設もろとも島を始末することも考えていた。
「うまく説得できればいいけど」
 リィイヴが悩ましげに額に指をつけた。
「一度便利で清潔な生活すると、元に戻すのはなかなか難しいかもしれない」
 ヴァンもうなずいていた。
「島のことは総帥の娘姫と決めていきたい」
 イージェンがひとまず置いて、アヴィオスに仮面を向けた。
「アヴィオス、あなたの母親のことだが、名前はなんと言った?」
 アヴィオスがジェナイダと答えた。イージェンが少し難しいかもしれないがと話し出した。
「マシンナートにはインクワイァというテクノロジイの研究をする階層とワァカァという労働をする階層があって、ジェナイダは、インクワイァの中でも特に優秀なメイユゥウルという種類のヒトで、そのため子どもだったが、大人と混じって地上で研究をしていたんだ」
 アヴィオスが思い出すような目をした。
「母上はよく《理(ことわり)》の書に何か書き込みをしては、アランテンスにテクノロジイのことは忘れなさいと言われていた」
 イージェンがヴァシルの眼を閉じるように手袋の手のひらをかざした。
「ジェナイダの父親は、マシンナートの最高決議機関である最高評議会の議員で、南方大島の地下にあるマシンナートの施設の所長だ」
 アヴィオスが眼を見開き、それから落ち着きなくリィイヴを見た。
「母上のおとうさま…俺のおじいさまが…あの島に?」
 リィイヴがうなずいた。
「ええ、エヴァンス大教授っていって、ぼくの伯父さんで…」
 アヴィオスの唇が震えた。
「では、リィイヴは俺の母上の従兄弟なのか?」
 エアリアが驚いて、リィイヴを見つめた。リィイヴは苦しそうに下を向いていた。
「そうなりますね、ぼくは子どものころ、頭をたくさん殴られたことがあって、インクワイァとして研究ができなくなったから、ワァカァに落とされてしまったけど…今回会うまで、伯父さんであるエヴァンス大教授には会ったことはありませんでした」
 アヴィオスがリィイヴを見つめた。リィイヴはいたたまれない気持ちになった。
「エヴァンス大教授に、あの形見の小箱を見せてあなたの毛髪を渡しました、テクノロジイで毛髪を調べるとあなたが本当にジェナイダさんの子どもかどうかわかるから。もし本当にジェナイダさんの子どもなら会いたいって」
 アヴィオスがリィイヴの両肩を掴んだ。
「俺もお会いしたい!おじいさまに!」
 おそらく、シリィが異端と嫌うのだから、マシンナートから見れば自分は嫌われる存在かもしれない。でも、会ってみたかった。
「もしエヴァンス大教授が会いたいと思ったら、ぼく宛に連絡が来ますから、そうしたら」
 アヴィオスがイージェンを見た。イージェンも顎を引いた。アヴィオスが胸の鼓動を確認するように手を当てた。
「母上…」
 身内に会えるかもと胸を高鳴らせているアヴィオスにイージェンが厳しくたしなめた。
「エヴァンスは、あなたにとって祖父かもしれないが、ヴァシルをひどい目に合わせたし、島の民をたぶらかしている。リィイヴはわかっているが、あなたもくれぐれもテクノロジイは異端であることを忘れないように」
 アヴィオスがはっと気づいて、ヴァシルの手をとった。
「ヴァシル、すまなかった。俺が代わって謝るから」
 ぎゅっと握ってから、膝を付こうとした。ヴァシルがあわて身体を起こした。
「いえ、どうかそのような」
 イージェンも手を振った。
「そんなことをしろとは言っていない」
 アヴィオスが困ったように顔を伏せた。
「エヴァンス大教授は最高評議会に出るため、島を出た。その評議会で、マシンナートが『瘴気』を使うかどうか決めるようだ。エヴァンス大教授は、『瘴気』を使うことには反対するとリィイヴに話していたそうだ。今はそれに賭けるしかない」
 どこまで反対してもらえるかはわからんがとため息をつき、椅子から立った。エアリアに後を頼んで、総帥の娘姫に会ってくると食堂を出て行った。
 エアリアが果物をむいてきた。小さく切ったものをヴァシルに食べさせようとすると、アヴィオスが受け取った。
「俺が」
 ヴァシルが恐縮しながら食べさせてもらっていた。食べ終えてからアヴィオスはヴァシルを抱きかかえて部屋に連れて行った。
「湿布を変えよう」
 まだ薬汁が残っていたので、新しい布に浸して顔と胸に当てた。
「どうか、そのような…かなりよくなりましたから」
 アヴィオスがさせてほしいと言いながらヴァシルの手の火傷に塗り薬を塗った。はがれた爪はきれいになっていた。ヴァシルがつぶやいた。
「おじいさまにお会いできるといいですね」
 アヴィオスがうなずきながらも少し不安そうな顔をした。
「一目お顔を見られればいい。それ以上は」
 母がひどい目に会ったことなど話せないし、いつも寂しそうに空を眺めていたことなど言っても悲しむだけだろう。そう思いながらも、もしもできることなら、その腕に。高望みだと目を伏せた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1941