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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第169回   イージェンと暁(あかつき)の王女(1)
 南方大島の将軍居城がある都でラカン合金鋼の箱に閉じ込められたヴァシルを助け出したイージェンは、両脇にヴァシルとリィイヴを抱えて、島を出た。海岸から離れてすぐにオゥトマチクで撃たれたが、はじき返し、そのまま速度を上げて、レアンの軍港に向かった。
足元に七隻の軍船を確認した。島を脱出したのだろう。後で訪れることにし、まずはヴァシルの治療を先にした。
ヴァシルはかなりぐったりしていた。ほとんど素っ裸で、なんとか箱を破ろうとしたらしく、爪ははがれ、手も足も血だらけで、火も使ったようで、火傷もしていた。
『空の船』に戻ると、甲板にヴァン、エアリア、アヴィオスが出てきた。
「ヴァシルさん!?」
 エアリアがその姿に驚いた。
「大丈夫だ、命に別状はない」
 イージェンがヴァンとアヴィオスに頼んだ。
「運んでくれ」
 ふたりが手を貸して、船室に運んだ。エアリアも付いていこうとすると、イージェンが手を振った。
「おまえはリィイヴに湯を沸かして身体を洗ってやれ。それから何か食わしてやれ」
ヴァシルを治療すると船室に入っていった。エアリアが振り返り、リィイヴを見た。
「おかえりなさい」
 エアリアが声を掛けると、リィイヴが疲れた中にほっとした顔を見せた。つなぎ服の袋から懐剣を出した。
「これ、ありがと。使わなかったけど」
 勇気を貰った。エアリアが受け取り懐に入れた。
湯はたくさん沸かしてあった。リィイヴの部屋のたらいに湯を入れ、水を足した。エアリアが服を脱がそうとした。
「ちょっと!なにするの?!」
 リィイヴが驚いて身体を引いた。エアリアが首を傾げた。
「師匠(せんせい)が身体を洗ってやれと」
 師匠に忠実なのだろうが、言葉そのままに取るなんて。ほんとにクソまじめというか。
急にリィイヴがおかしくなって、くすっと笑った。エアリアがまだよくわからないようにしているので、少しいじわるを言いたくなった。
「じゃあ、洗ってもらおうかな」
 つなぎ服の前を開いた。エアリアが少し頬を赤くしながらも服を受け取って背を向けた。その間に下穿きも脱いで、たらいの中に座った。エアリアが手ぬぐいを湯に浸して背中を流し出した。
ヒトに背中を流してもらうなど初めてだ。しかも好きな女の子に。気持ちがよかった。よすぎて困った状態にはなっていた。
「どうでしたか、南方大島」
 エアリアが尋ねた。後でイージェンがくわしく話すのではと思ったのでさわりだけ話した。
「やっぱり魔導師がいないからか、マシンナートたちが入り込んでいて」
 それで使者やヴァシルが捕まってしまったのだと説明した。
「ヴァシルさん、油断したんでしょうか」
「マシンナートがシリィの子どもを使って罠におびきいれたみたい」
 確かに学院では真義と秩序を守るためには非情になることを求められるが、そのようにされたら、罠にもはまるだろうとエアリアもため息をついた。
エアリアが前に回ろうとしたので、あわてて手ぬぐいを奪った。
「ありがと、もういいよ、食事用意して」
 これ以上されるとほんとうにまずい。いじわるしたつもりだったが、エアリアはさっぱり気が付いていない。
エアリアが了解して出ていった。リィイヴはため息をついた。
 エアリアはリィイヴの部屋から厨房に向かったが、リィイヴの背中を流している間、ずっとどきどきしていた。
 いけない、どきどきしちゃ。
 胸元から飾り手巾を出してぎゅっと握り、心を落ち着せようとした。でも、胸の高鳴りは収まらなかった。
アートランのいやな声はまだ耳の奥に残ってる。
…あのマシンナートはその気だよ。
 それはわかってる。
 優しいヒト。さっきも押し倒そうなんて強引なことなんてしないし、できないこともわかってる。
 惹かれている。
『お別れ』したばかりで、すぐに別の男となど。
 せつなくて慰めがほしいだけ。きっとそう。だから、落ち着いて。
 懸命に言い聞かせた。
 食事も下ごしらえはしていたので、すぐに取り掛かれた。ヴァンが小袋を持って来た。
「イージェンがこれを煎じてくれって」
 湿布をひたすという。火傷がひどいのだ。そちらを先にした。ヴァンが鍋をかき混ぜるのを交代した。煎じた汁を冷ましながら持っていった。
「ヴァシルさん、大丈夫ですか」
 イージェンが布に汁を浸して顔に貼っていく。ヴァシルの顔や胸などがまるで日焼けがひどくなったように赤かった。
「これで腫れが引けば」
 ずっと火を出して溶かそうとしていたようで、その照り返しをかなり浴びていたのだ。
「イージェンさ…ま、すみません、油断しました」
 ヴァシルはずっと震えが止まらなかった。
「そうだな、油断だな、もっと慎重にならないと」
 厳しい言葉だが、口調は優しかった。イージェンがヴァシルの手を堅く握った。ヴァシルの震えが止まっていく。
エアリアがなにか口にできそうなものを持ってくると厨房に戻った。シチューができていた。具をあまり入れずに汁だけにし、茶を入れて持っていった。イージェンが盆を受け取った。
「リィイヴはどうした」
 沐浴は済んでこれから食事にすると言った。
「早く食わしてやれ」
 エアリアがお辞儀をして出ていった。リィイヴは食堂にやってきていて、ヴァンやアヴィオスと食べ始めていた。食べさせてやろうと思っていたのにと、少しがっかりした。
「エアリアも食べたら?」
 ヴァンに言われて腰掛けた。
「詳しいこと、イージェンが話すと思いますので、もう少し待ってください」
 リィイヴがアヴィオスに頭を下げた。アヴィオスが了解した。
「疲れているようだから、早く休むといい」
 アヴィオスが気遣った。リィイヴが少し食べてから茶を入れたヤカンを持って部屋に向かった。
「あまり食欲ないようですけど、果物でもむきますか」
 エアリアが声を掛けた。リィイヴがヤカンを見せた。
「お茶でいいよ」
 部屋で茶を飲んでいると片付けを終えたヴァンがやってきた。
「どうだったんだ、エトルヴェール島」
 エヴァンス所長が大胆に啓蒙ミッションを進めていると話した。ヴァンもシリィとの共存を目指しているということに驚いた様子で、考え込んでいた。
「イージェンは、低レェベェルでもテクノロジイを使っている時点で許すことはできないって」
 ヴァンも茶をすすった。
「そうだろうな、俺には難しいことはわからないけど、でも、便利になると、もっと楽したいって思うだろうなぁ、そうなると」
 きっといろいろとテクノロジイを使った施設や道具を使いたがるだろう、そのほうがもっと『楽』になるからだ。それは結局土や水を汚すことになる。
「そういうことだろうね」
 ふっとヴァンが窓を見た。
「雨だ」
 窓にぽつぽつと雨が当たった。すぐに魔力のドームに包まれたらしく、当たらなくなった。
「魔力も便利は便利だよな、でも、他の魔導師は、イージェンみたいにたくさん使わないらしい、できるだけ使わないようにするんだって、そうでないと王様とか宮廷が使わせたがるからなんだって」
 アヴィオスから聞いたらしい。それはそうだろうと思った。
 扉が叩かれてエアリアが入ってきた。
「私が入れたお茶を飲んでいただこうと思って」
 さっそくリィイヴとヴァンが飲んでみた。イージェンが入れてくれる疲れが取れる茶に似ていた。
「身体が楽になるよ」
 リィイヴが言うとエアリアがうれしそうに笑った。
ヴァンが先に休むからと出ていった。エアリアも出て行くと思ったが、そのまま残ってふところから紙を出した。
「これ、キロン=グンドで記憶したものを書き写したものです。師匠には完璧だって言われました、後であなたに見てもらえって」
 なかなか機会がなくてと渡した。リィイヴがゆっくりと眼を通した。
「この数値と今回調べた数値、どうだった?」
 表示した画面は、四年前の災厄以前から昨年までの『ユラニオゥム』汚染調査書だった。マシンナートたちも一応調査はしているのだ。
「師匠によれば、数値の減り具合があまりよくないそうですが、あと二年経てば作物を作れるようになるのではと」
 秋にもう一度訪れる予定にしているという。『瘴気』の汚れがわかる草の種を蒔いてみることになっていることなども話してくれた。
 リィイヴは、熱心に話しているエアリアを見て、抱きたくてたまらなかった。でも、おそらくこの先も、エアリアはラウドが好きだろうし、少なくとも今は他の男と睦もうと思わないだろう。こういう話でつながっていることで満足しなければ。
 そろそろ寝ようと紙を返した。
「おやすみ」
 エアリアが紙を受け取り、茶器の盆を持った。
「おやすみなさい」
 小さくお辞儀をしていった。


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