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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第168回   イージェンと南方大島《エトルヴェール》下(4)
 エヴァンス大教授の部下となっているカトルは、ワァカァ出身のインクワイァで、行動力があって、なにより指導者に向いていた。そのため、エヴァンスはシリィたちの土木工事やプラント作業などの指導と統率を任せていた。身体能力も高く、オゥトマチクでの射撃が上手で、二輪モゥビィルの運転も巧みだった。
 この島を統治していた軍総帥は、エヴァンスの啓蒙を受け、都をテクノロジイで改造することを許した。島の子どもたちに育成棟での識字や算術の教育もさせていた。十年前からぽつぽつと交流があったが、都を改造しはじめたのは五年前からだ。
その頃、マシンナートと仲良くするのを嫌がった娘のアルリカが、反将軍派の軍兵とともに島の反対側に移り住んだ。修練をしながら反旗を翻すのをうかがっていた。
 だが、昨年暮れに父総帥はもともと病んでいた風土病が悪化して亡くなってしまった。マシンナートの薬でも治せなかったのだ。
 総帥派は完全に島を明け渡してしまい、弟はすっかり手なずけられていた。反総帥派はアルリカを総帥としたが、マシンナートたちには、とうていかなわないと見て、今年に入ってからカーティアの沿岸地域に攻め入り、移り住もうとしたのだ。決戦と覚悟して百五十隻で向かったが、海中を進む矢でほぼ壊滅。命からがら逃げ帰ってきたところを捕まってしまった。
 カーティアもマシンナートにたばかられ、大魔導師の助けで排除したらしく、周辺諸国に出された謝罪文書が島にも届けられたが、持って来た特使はマシンナートたちに監禁された。その後も特使が来訪したがもちろん捕まってしまった。
 ついに、おととい魔導師がやってきた。若い男の魔導師は、総帥の息子アルシンが案内していくと、何の疑いもなく付いていき、罠にはまって、黒い箱に閉じ込められてしまった。アルリカはその経緯をカトルから聞かされていた。
カトルが島の軍港で軍船を用意させていた。海戦で負けて戻ってきた兵士たちに留まるか出て行くかを選ばせたところ、戻ってきた半数以上が留まることになった。
「カーティアの使者のふたりを護送してこい。俺はアルリカを連れてくる」
 カトルがワァカァ五人ばかりに命じてモゥビィルで向かわせた。カーティアの特使たちは、ラカンユズィヌゥへの入り口のある港の街に監禁していた。
カトルは二輪モゥビィルで居城のある都に戻った。アルリカを捕縛したままモゥビィルの前の方に跨らせた。オゥトマチクを背中に背負ったカトルがアルリカの後ろに座った。
「おとなしくしてろよ、落ちたら怪我するぞ」
 アルリカがそっぽを向いた。ガクンと動き出した。
「うわっ!」
 揺れ落ちそうになったアルリカが思わず声を上げた。
軍港までの道は石畳になっていた。アルリカががたがたの道で揺れるので身をすくませた。しばらく石畳の道を進み、坂を上りきったところで、目の前が開けた。見晴らしのよい丘で、目の前に海が広がっていた。軍港には軍船が七隻、マリィンよりは小型の潜航艇アンダァボォウトが二隻停泊していた。港周辺に以前からある茅葺きの小屋と小型のトレイルが点在していた。トレイルはマシンナートたちの宿泊施設だ。
 二輪モゥビィルは、そのトレイルのひとつに近寄っていき、停まった。アルリカを下ろし、縛ってある縄を掴んでトレイルの中に連れて行く。モゥビィルを格納する倉庫などはなく、片側だけに部屋がある作りだった。
「離せ!」
 アルリカが怒鳴ったが、そのまま部屋のひとつに押し込んだ。透き通った丸いガラスが嵌め込まれた窓、狭い場所に、椅子とテーブル。奥にユニットの扉がある。オゥトマチクを壁に立て掛けて、ユニットの扉を開けて、ひっぱっていく。
 カトルが縛っている縄を解こうとしたが、堅く締まっていたので、つなぎ服のポケットから折りたたみ式の小刀を出して切った。はらっと縄が足元に落ちた。アルリカが振り向くとカトルは小刀を畳んでポケットにしまい、少し離れてから、壁の釦を押してシャワーを出した。アルリカの頭の上から湯が落ちてきた。
「やめろ!」
 アルリカが逃れようとしたが、カトルが押し戻した。
「身体洗え。それとも俺が洗ってやろうか」
 にやっと笑ったカトルからアルリカが眼を逸らした。カトルがユニットから出ていった。部屋の隅の用を足すポットの上に手ぬぐいと着替えらしきものを置いていった。
 アルリカが身体を洗い、着替えてユニットから出ると、カトルが椅子に腰掛けていた。テーブルの上に軍装の胸当てや外套も新しいものが置いてあった。
「さっぱりしたか」
 アルリカが小さく顎を引いた。座るよう示し、アルリカは向かい側の椅子に腰掛けた。
「残る気はないか」
 最後の確認だろう。アルリカが首を振った。
「強情だな」
 カトルががたっと椅子から立った。アルリカもびくっと腰を上げた。カトルの手が伸びてアルリカを捕らえ、ベッドの上に押し倒した。
「離れがたくしてやろうか」
 アルリカがにらみつけた。
「あの程度のくせに」
 カトルが唇を重ね、アルリカの股に手を入れた。
 アルリカは抵抗せずに逆に脚を開いてカトルにしがみついた。
「ほしかったんだろ、俺が」
 カトルがきつく抱きしめながら耳元でささやいた。
「うるさい、だまってやれ」
 アルリカが膝でカトルの脇腹を叩いた。
「はいはい、総帥殿」
 アルリカが長くすらっとした脚で軽口を叩くカトルの腰を抱き囲んだ。
 半時ほどして、ふたりは、トレイルの部屋から出た。アルリカは二輪モゥビィルに乗ったカトルの後ろにまたがった。
「今度会うときは容赦なく叩き切るからな」
 アルリカがカトルの背中に抱きついた。
「それは俺の言うことだぞ、容赦なく撃つからな」
 腰の前に回されている手をぎゅっと握った。片手で巧みに操って、桟橋まで運転していった。
 桟橋では、先に軍船にカーティアの使者を乗せたワァカァたちが待っていた。カトルが、アルリカを降ろし、顎をしゃくった。アルリカは、肩で風を切るように外套を翻し堂々と軍船の一隻に掛かっている板の上を歩いていった。
 アルリカが乗り込むと同時に板が揚げられた。
「出航!」
 アルリカが怒鳴った。出航の鐘が鳴った。七隻の軍船が一の大陸に向かっていく。甲板の上で、アルリカが岸を見つめていた。
「罪深きこの島は終わりだ。大魔導師様がお許しにならん」
 ぐっと拳を握り締めた。これ以上は学院にごまかしきれないだろう。直訴しようと決意していた。すでに岸は遠くなっていて、カトルの姿も粒のようだった。
「なんであいつはマシンナートなんだ」
 泣くまいと思ったが、眼が熱くなった。
 島の岸でカトルはずっと見送っていた。
「そんなにいやなのか、テクノロジイが」
 魔導師もいないこの島で魔導師から指導も受けていないのに、アルリカは頑なにテクノロジイを拒んだ。
 カトルは、おととしこのラカンユズィヌゥに転属になった。ここに転属というのは左遷だった。ラボの教授と上手く行かず、喧嘩したのだ。
エヴァンス所長の人柄や啓蒙論は知っていたし、副所長のソロオン助教授ともすぐに仲良くなった。ソロオンはメイユゥウル(優秀種)だが、へんにおごったところもなく気持ちも優しくて、シリィたちにも慕われていた。とくに総帥の息子アルシンは兄のように慕っていた。
 この島に来てすぐに島全体を実地調査に行き、島の反対側に住みついていた反総帥派の砦も見にいった。そこでアルリカと出会った。
アルリカは強硬にマシンナートとの共存を拒んだが、何度か会ううちに互いに魅かれていった。ふたりともはっきりとした大胆な性格で、マシンナートとシリィの垣根を越えて身体を重ねるようになるのにそれほどの時間はかからなかった。だが、激しい愛撫で結ばれてもなお、アルリカは異端とは生きられないと出ていくことを選んだのだ。
 頭上を黒い影が過ぎった。はっと眼を向けると、ヒトの影のようなものが海上に飛び去っていく。
「まさか、魔導師か!」
 カトルがオゥトマチクを構えた。大きな銃身の上に光学照準器が装着されていて、覗きながら、安全装置を外した。
「ヒトが飛んでる…」
 カトルは信じがたいものを見た。照準器の丸い円の中心にその姿を捉えた。
「もらった!」
引き金を引いた。銃口から弾丸が飛び出し、少し弧を描きながら目標に向かっていく。
カトルが照準器から眼を離さずに命中を見届けようとした。確かに弾丸は目標に命中した。だが。
「なっ?!」
 弾丸ははじかれて散った。ヒト影はさらに速度を上げて飛び去った。
「あれが魔導師の魔力か」
 動力なしに重力を無視して空を飛び、魔力のバリアで弾丸をはじいた。カトルが不可解さに険しい眼をし、オゥトマチクを降ろした。
(「イージェンと南方大島《エトルヴェール》下」(完))


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