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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第167回   イージェンと南方大島《エトルヴェール》下(3)
「リィイヴ…ここで、通信衛星打ち上げを一緒にやらないかい」
「なに、言ってるの、ぼくは」
 リィイヴが近寄ってくるソロオンに押されるように後に下がり、硝子の壁に背をぶつけた。ソロオンが硝子に両手を付いてリィイヴを囲い込むようにした。
「ここはシリィとも仲良くしているから、君ひとり、もぐりこんでもわからない。君が作った運行コォオドとほとんど同じものを使うことが決まっているんだ。ビィイクルが完成すれば第壱号を打ち上げる、一緒に打ち上げよう、なっ?」
 戸惑うリィイヴの手を握って、ひっぱっていく。
「待ってよ…」
 所長室を出て、廊下を早足で歩いた。溶鉱炉から離れていく。別の棟らしく、さらにエレベェエタァで降りていった。最下階で開いた扉の向こうを見て、リィイヴが眼を見張った。
「…これは…」
 ソロオンがうれしそうに笑って、リィイヴの肩を抱いた。
「もうすぐ完成するんだ」
 眼の前に高さ四十セルほどの細長いビィイクルがそそりたっていた。天井に近い、一番上はほぼ地表部分だろう。その威容に圧倒され呆然としながら、ソロオンに導かれるままにビィイクルの周囲を巡った。
「ソロオン助教授」
 見知らぬものが入ってきたので、監視員が近寄ってきたが、ソロオンが手を振って追い払った。
「完成すれば、打ち上げるって、パリス議長が言っている。それについてはエヴァンス所長も異議はないって」
 エヴァンス所長としては、各大陸間の情報網が結ばれることによって、パリス議長の権力が集中する懸念もあるが、それでも気象情報の収集や大陸の衛星画像の撮影が可能になるなどの有益性が高いと判断しているのだ。
「これが…ビィイクル…」
 完成図を見たことはあったが、実物は初めて見た。
「リィイヴ、ビィイクルの打ち上げの釦をふたりで押そう」
 このビィイクルの打ち上げ釦をふたりで。
青い空を白い噴射煙を吐きながら飛んでいくさまを思い浮かべた。そして周回軌道上で大きく動力源の太陽光を取り込むための羽を広げ、静かに地上を見下ろすのだ。
 ソロオンがリィイヴを抱きしめた。
「子どもの頃に語り合った夢を実現しよう」
 幼い頃に語り合った夢、それが実現される。実証したい。通信衛星が、あのオペレェションコォオドによってこの惑星を巡るのかどうか。
リィイヴの腕がソロオンの背中に回りかけた。
 そのとき、ソロオンの胸の小箱とぶつかるものがあった。エアリアの懐剣だった。はっとわれに返った。
…無事に帰ってきてください。
…無事に戻って来いよっ!
 エアリア、ヴァン。
…その道を一緒に模索しないか。
 そして。イージェン。
 そうだ、ぼくは、未来の構図をイージェンやエアリアと探すんだ。
 ソロオンを押しやった。
「ぼくはテェエルを汚すテクノロジイを捨てて、シリィになる」
 ソロオンが信じられないふうに目を見張った。
「ぼくたちは、パリス議長とは違う、シリィたちと共存していくつもりだ。通信衛星は必要な情報を集めるためのものだし、ここでは、低レェベェルのテクノロジイでうまくやってるんだから」
 リィイヴが首を振った。
「ぼくは別の道を探す」
 そのまま駆け出した。
「リィイヴ!行かないでくれ!」
 止める声を振り切って、エレベェエタァに乗った。締まる扉の向こうでソロオンの泣き顔が見えた。リィイヴは涙を堪えて、天井を見上げた。
 溶鉱炉の階まで上がり、詰所の前までやって来た。中にさきほどの警備担当がいたので、頭を下げて挨拶し、鉄塔のエレベェエタァに乗った。
 ぐんぐんと上昇していき、出入り口の階に到着した。外に出て、裏手に回る。
「リィイヴ」
 イージェンがどこからか降りてきた。
「イージェン」
 リィイヴを抱きかかえて飛び上がった。
「エヴァンス所長に会ったよ。『ユラニオゥム弾道ミッシレェ』使用の決議に反対してくれって頼んでみた」
 エヴァンスも使用には反対するが、この島を大切にしていて、最悪、この島だけ助かれば、他の大陸への使用も止むを得ないと言うので、アダンガルのこと話したら、本当に娘の子どもなら会いたがった。会わせるから、他の大陸への使用にも反対してくれるよう頼んだ。
 努力するといっていたが、どうなるかはパリスとのやりとりによるだろうと話した。
「素子とは相容れないけど、テェエルを大切にして、シリィと共存したいって」
 イージェンが黙って聞いていた。
「イージェン…」
 何も言ってくれないので少し心配になって、胸元をぎゅっと握り締めた。イージェンが仮面を向けてきた。
「低レェベェルかなにか知らんが、街の地下に筒を走らせて、電力線を這わせたりしてるし、抗生物質を使い、ジェノム操作した食料を食わせているからだめだ」
 マシンナートの食べ物がヘンな味がしたのは、ジェノムが操作されているので、身体によくないものだと感じ取っていたからだ。
「それ、食べただけでわかったんだ」
 イージェンがうなずいた。エヴァンスのやり方は、土地の汚染は少ないかもしれないが、ヒトの身体を汚している。それにやはりどうしても分解不能な産業廃棄物を出してしまう。
 おそらく、現在、バレーで排出している廃棄物の処理も不完全なはずだ。ヴィルトたち大魔導師五人はマシンナートたちの存続を許した時点で、徹底的にはできないと放棄したとしか思えない。本気でやるにはテクノロジイの全廃しかないのだ。
「でもマシンナートとしては最大の譲歩だよ」
「そうだが、俺は認められん」
 それはそうだ。だが、エヴァンス以外にパリスを止められるものはいないだろう。今はうまくやってくれることを願うしかない。
 ヴァシルを助けるために、総帥の居城のある都に向かった。


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