「リィイヴ、わたしは素子も魔力も認められんが、テェエルの自然を大切にしたいし、シリィとは共存したい」 この言質(げんち)を取れれば、とりあえずはいいかとリィイヴが身を乗り出した。 「だったら、パリス議長が『ユラニオゥム弾道ミッシレェ』使用の議案を提出したら、反対してください」 エヴァンスが肩で息をした。 「君に言われるまでもない。反対はする。だが、どうしても素子を牽制するためにこの島以外に使用すると言われたら」 言いかけて、リィイヴが机に手をついた。 「この島が助かれば、それでいいんですか!?他の大陸だったら、汚染されてもいいって!」 エヴァンスが険しい眼を細めた。 「リィイヴ、あのふたりの子どもである君に言われたくはない」 リィイヴが眼を閉じて下を向いた。 「この島以外の汚染を食い止める気持ちはないんですね」 エヴァンスが長椅子の背もたれに背中を預けた。 「パリス議長の出方にもよるが、おそらく、この島の安全保障をもって使用範囲制限付きの議案賛成を求めてくるだろう。そうなれば、わたしはこの島だけでも守る」 キャピタァルの呼び出しはその決議についてだろう。リィイヴが服の外袋から小箱を出した。 「これを見てください」 エヴァンスが手にして開いたり見回したりした。 「ずいぶんと古い…」 言いかけて、眼を見張って、リィイヴを見た。 「これは…」 机に戻って、どこかに指示を出していた。すぐにワァカァのひとりがいくつかの接続線や装置を持ってきた。接続線や電源線を繋げてみたが起動しないので、分解して基板を取り出し、別のブワァトボォオドに入れ替えた。 「おおっ…」 エヴァンスが小さなモニタァに出てきた文字列を見て震えた。そっと後に回って覗き込んだ。 「ジェナイダのブワァトボォオドだ…いったいこれをどこで」 エヴァンスが振り向いた。 「トレイル転落のとき、ジェナイダさんは生きていて、近くの村人に助けられていたそうです。アルティメットが残骸を始末しにいったとき、見つけて、セラディムの王宮に連れて行き、怪我を治してから別のトレイルに連れて行こうとしたそうです」 エヴァンスの眼がじわりと赤くなっていく。 「あの子は生きて…」 エヴァンスがリィイヴの肩を掴んだ。 「あの子は、どこに!」 リィイヴが首を振った。 「残念ですが、ジェナイダさんは十四年前に亡くなりました」 死因はわからないと告げるとエヴァンスががっくりと肩を落とし、椅子に腰を落とした。 「生きていた…ならば助けに行ったのに…」 顔を手で覆って泣き出した。収まってから、リィイヴが言いにくいことを話さなければと口を開いた。 「静養している間にセラディムの王子がジェナイダさんをその…乱暴して妊娠させてしまって」 エヴァンスが涙で濡れた顔を上げた。シリィの中でひとり心細い上、乱暴されたとはどんなに辛かったかと眼を押さえた。 「あの子はとても愛らしい子だった。ミッション中に誰かに乱暴されるのではと心配だったが」 もともとインクワイァは妊娠しないし、性感染症は過去の病気で罹る恐れはほとんどない。そのため、気に入った相手となら誰とでも寝るものが多い。そのせいもあり、また早くから大人に混じって演習チィイムに入るメイユゥウル(優秀種)の子どもの多くは早熟だった。しかも優秀種の子どもを自分の思い通りにしようとする大人たちの欲望の対象にされることが多かった。それは女の子だけでなくリィイヴのような男の子であっても犠牲になることがあった。 「あの子は、まだ子どもだった…妊娠するはずはない」 「ミッション中にメンシズが来たんだと思います」 その子どもを無事産み落とし、その子は今も生きていると話した。エヴァンスが落ち着きなくリィイヴを見た。 「あの子の子どもがいるのか、セラディム国に」 リィイヴがうなずいた。 「もし本当にジェナイダの子どもなら、会ってみたい!」 このヒトならそう言うと思った。リィイヴが油紙を出した。 「これはそのお子さんの毛髪です。これで調べられると思います、本当にジェナイダさんのお子さんかどうか」 「あの子の…子どもの…」 エヴァンスはその油紙を受け取って、髪筋をそっと指でたどった。 「その子の名前は?」 油紙を丁寧に折りたたんだ。 「アダンガルといいます、男性で今年二十四、アルティメットの指導を受けて、大変優秀な指導者になっています」 ただ、今は、母親違いの弟と上手く行かずに国を出ていると話した。 「アダンガル…そうか、優秀な指導者なのか、さすがはザンディズの『係累』だ。ジェナイダだって、生きていれば…」 エヴァンスが真っ赤な眼を空に向けた。 「これからキャピタァルに行くから、その子が本当にジェナイダの子どもかどうか、調べよう。確認できたら、会わせてもらいたい」 リィイヴが詰め寄った。 「会わせます、だから、他の大陸への使用にも反対してください」 エヴァンスがしばらく考えていた。 「努力しよう」 リィイヴはこれ以上できることはないと肩の力を抜いた。 「もし、アダンガルさんに会うことになったら、カーティアの軍港にぼく宛の手紙をよこしてください。ぼくに届くようにしておきます」 何日か掛かるが、必ず届くからと言った。エヴァンスが立ち上がった。 「わたしは君の両親を決して許さない。君もだ。ただ、ジェナイダとアダンガルのことを知らせにきてくれたことには感謝する」 憎むのは提唱するものが違うという以上のものがあるのだとエヴァンスがジェナイダの小箱に触れた。ビッと音がして、横のモニタァに外の画像が現れた。ちらっと見てリィイヴが震えた。 エヴァンスが扉を開けた。 「ソロオン、入ります」 ソロオンが下げた頭を上げて、リィイヴを見て、眼を見張り驚いた。 「リ、リィイヴ…君は…し…」 死んだはずだという言葉を飲み込んだようだった。エヴァンスがソロオンを手招いた。 「わたしはすぐに出発するので、後は頼んだ」 そういって、小箱を出し、無線でソロオンの小箱に所長代行の権限コォオドを移した。 「リィイヴを地上まで送ってくれ」 エヴァンスは、なんの説明もせずに、ジェナイダの小箱と基板を入れた小箱、油紙を持って、急いで出て行った。あまりのあわてぶりにソロオンが呆気にとられていた。リィイヴがハァーティ所長の小箱をそっと胸のポケットに戻した。 やっと落ち着きを取り戻したソロオンがリィイヴから眼を逸らした。 「アーレで死んだと聞いたけど」 リィイヴが不愉快そうな顔でエヴァンスに話した内容を繰り返した。 「ほんとうだったんだな、素子が友だちのために、魔力を使わなかったというのは」 うなずいた。急にソロオンが床に突っ伏した。背中を震わせて、声を裏返した。 「リィイヴ、すまない、あのとき、ぼくは…なにもできなかった。ずっと悔やんでいたんだ。なんで一言でも言えなかったのかって…」 あの事件のとき、同じ研究棟の演習チィイムのインクワイァたちが全員その場にいた。たとえ、インクワイァの中でも上級階層のスクゥラァ・パリスの子どもであっても、逆らうとどんな目に会うのか、見せしめのためもあった。 死ぬかというほど殴られ、犯されて、肝臓が機能不全になるほど薬を打たれた。肝臓はジェノム操作で強化された臓器を移植してかえって頑強になったが、暴行されたために脳は傷つき、立ち直るのに何年も掛かった。今でも思い出して眠れないことがある。 ソロオンがしゃくりあげた。リィイヴが頭を振った。 「いまさら、あやまらないでよ!」 ソロオンもほかの友だちも冷たい目で見下ろしていた。それしか記憶がない。悔やんでいたなんて、いまさら言われても。 「ぼくに対してすまないってより、あやまって自分の気持ちを楽にしたいだけじゃないか!」 ソロオンが涙で崩れた顔を上げた。 「そ…そうだな、ぼくが君を見捨てたことは変わらない、ぼくが卑怯者だったことは変わらない」 ぽたっと床に涙が落ちた。 「怖かったんだ、自分も同じ目に会うのが。うちの教授、あの教授には逆らえなかったから…すまなかった、ほんとうに」 そうだ、みんな、きっとそうだったのだ。わかっていた、でも。 「いいよ、いまさら。だから、もうあやまらないで」 今さらあやまられて気持ちが揺らぐわけはないはずだが、幼いとき、一緒に夢を語り合ったことを思い出してしまう。ソロオンが立ち上がって、近寄ってきた。リィイヴが一歩引いた。
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