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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第165回   イージェンと南方大島《エトルヴェール》下(1)
 リィイヴはヒトの出入りがひと段落した隙に鉄塔の扉に近づいた。扉は認証式開閉扉ではなかった。施錠もされていない。中をうかがいながら入った。
少しヒヤッと冷たい。中はそれほど広くはない。奥行きは十セルくらいか。奥に荷物用の大型エレベェエタァが二基あった。下への釦を押した。扉が開き、中に入った。
地下三階が一番下だ。行き先の釦を押した。ガクンと音がして下がっていく。どこかに監視キャメラがあるはずだ。不審に思われたらすぐに停止するだろうが、そのまま下がっていく。
 途中の階には止まらずに三階まで降りた。扉が開く前、隅に寄り、エアリアの懐剣を握った。使えはしないが、気持ちを落ち着けるためだ。ガガンと音がして扉が開いた。誰かが入ってくるようなこともなく、少し顔を出したが、誰もいなかった。
 ラカンユズィヌゥへの出入り口を探した。灰色の廊下を進む。ようやく認証式扉にたどり着いた。ポケットからまだ新しい小箱を出した。第二大陸の精製棟所長のものだ。拾ってきたことは、イージェンには言っていないが、わかっているはずだ。でも、これがないと中での行動が難しいから黙認しているのだろう。
 硝子の小窓に押し付けると、ピッと光って扉が開いた。中に入ると、遠くからゴオーッという音が聞こえてきた。おそらく、製鋼プラントはさらに地下深くにあるはずだ。左手に詰所らしき硝子張りの部屋があった。ここでさらに入室のチェックをヒトが行っている。さすがにそこをごまかして通るわけにはいかない。逆に捕まって所長のところに連れて行かれるというのも手だがと思いながら、右手側の通路を移動して、壁の窪みに隠れた。
 ブワァトボォオドを開いて、叩いた。所長室のチャネルを検索する。所長のクォリフィケイションならば、回線のチャネル検索程度のベェエスへのアクセスは問題なくできる。思い切って、所長室に掛けた。線を引き出して先を耳に入れた。すぐに繋がった。
『…エヴァンスだ…ハァーティ、どこから掛けてるんだ?』
 低く落ち着いた男の声だ。ハァーティというのが、精製棟所長だろう。
「…エヴァンス所長、ハァーティ所長のブワァトボォオドを使わせてもらってます。ぼくはリィイヴといいます。お話があります」
『…リィイヴ…君…』
 エヴァンスが言葉に詰まったようで、しばらく黙っていた。
『今どこにいるんだ。施設内のようだが』
 詰所の近くと答えると、詰所のものに所長室まで案内させるからと返事した。罠かもしれないが、飛び込まなくてはならない。勇気を出そうとまたエアリアの懐剣を握り締めた。
 …エアリア…
 唇を堅く噛んで詰所に向かった。詰所の中の警備担当に声を掛けた。
「…リィイヴだ、エヴァンス所長のところに案内してくれ」
 警備担当のひとりが立ち上がって、外に出てきた。
「所長から指示がありました。案内します」
 丁寧に頭を下げて先導した。しばらく歩いてまたエレベェエタァに乗って、さらに地下に降りた。ゴオーッという音が大きくなった。何人かのワァカァが行き来している。廊下の壁が硝子張りになった。大きな窪みに黒い筒の溶鉱炉が見えた。熱は筒から出ている巨大な通風孔が海に続いていて、途中冷却濾過装置を通って海中に排出されるのだ。その回廊を回った奥に所長室があった。
 警備担当が硝子の小窓で来訪を告げると、中から扉が開いた。警備担当は中まで入らずに戻っていった。リィイヴはひとりで中に入った。
 正面は硝子張りで、溶鉱炉が見下ろせるようになっている。その前に大きな机があり、埋め込み式のモニタァがいくつも並んでいた。ゆったりとした椅子に、五十半ばの銀髪の男が座っていた。立ち上がって、リィイヴを見つめた。
「リィイヴ、君は死んだことになっているよ」
 厳しく眼を細めた。リィイヴがあまり近寄らずに話し出した。
「ええ、アーレでパリス議長がコォウド7を発動し、巻き込まれて…死にました。エヴァンス所長」
 エヴァンスが大きくため息をついて、机から離れ、壁際の応接の椅子に座るよう示した。自分も座り、リィイヴも座った。
「何故ハァーティのブワァトボォオドを持っているのか、聞かせてくれたまえ」
 リィイヴが緊張して唾を飲み込んだ。
「パリス議長がアルティメットを始末するためにコォウド7を発動し、アルティメットが炉心溶融による汚染を防ぐためにバレーを消滅させました。そのとき、助けてもらったんです、アルティメットに」
「大教授版報告書には、啓蒙ミッション中に素子とつながり、ありえざるものを認める発言をし、それで素子とともに始末されたとあるが」
 魔力を認めたのは確かだ。
「ええ、この眼で見ましたからね、素子の力を」
 そして、麻酔も効かない、シス化合物を投与されても、生きながら腹を裂かれても死なない素子を見たと言った。
「その素子は、魔力を使えば逃げられたのに、友だちになったぼくたちを助けるために、ぎりぎりまで我慢したんです」
 だから、アルティメットが助けてくれたのだと話した。
「その後素子たちと行動を共にするようになり、いろいろと情報を交換しています。先日、第二大陸の精製棟を消滅させる現場に立ち会いました。そのときにこのハァーティ所長のブワァトボォオドを手に入れました」
 ブワァトボォオドをテーブルに置いた。
「ハァーティは死んだんだね」
 リィイヴがうなずいた。
「結局アルティメットは死ななかったということか、パリス議長の責任問題になりそうだな」
 なにもしなくてもアルティメットに消滅させられていただろうから、バレーの消滅自体のことではなく、最高評議会内の力関係のことになるだろうがとため息をついた。
「所長、この島で、実験をしているんですね」
 啓蒙ミッションを本格的に進める実験だ。エヴァンスがブワァトボォオドを手にした。
「この島には素子がいない。何十年かに一度生まれるらしいが、それは第五大陸の素子が連れに来るそうだ」
 総帥の居城というところにある石板に乗せると第五大陸の学院のものに分かるようになっているらしい。うまれて一年以内に必ず乗せるよう決まっているのだという。十年に一度、第五大陸の素子が磨きにくるという石板を見たが、なんの変哲もない火山岩の板で、仕組みはまったくわからなかった。
「理想的な場所だよ、周囲に他の国はないし、学院の監視も届かない」
 すでに十年ほど前から徐々に民に啓蒙活動をしてきて、統治者である総帥とは、五年前から本格的に話をしてきて、民のためになるならと受け入れてくれたのだという。
「食料にはあまり困らない土地柄だが、疫病が多いし、風土病も蔓延していた。それで衛生的にし抗生物質を使って病気をなくしていった」
 上下水道を整備してから、風土病が少なくなり、子どもの生存率も格段に伸びた。おそらく、平均寿命も延びていくだろう。
「人口も増加の傾向にある。食料も生産プラントで作っているから、生活にゆとりが出てきて、子どもたちも育成棟に通わせることができている」
 二十歳以下十歳以上の識字率は五割を超える勢いだとうれしそうに言った。シリィの識字率は三割に満たないのではと言われているから、その差は歴然だ。
確かに、目端の利く為政者がテクノロジイを取り入れれば、その普及は、たやすくはないができないことではない。以前エスヴェルンのラウド王太子と話をしているときにそう考えたことがあった。
「でも、それは、素子たちが許さないでしょう」
 リィイヴが言ったが、エヴァンスが穏やかな中に厳しさを隠さなかった。
「シリィたちの子どもは三人のうち、ひとりしか育たない。寿命も短く、五十歳前後でほとんどが死んでしまう。素子たちは、シリィたちに獣に等しい暮らしをさせているんだよ、なにも知らせず教えず助けず、シリィたちは、劣悪な環境下で、ただ生きることで精一杯だ、そのくせ、素子たちはいい暮らしをしているじゃないか」
 素子たちは、王宮で育ち暮らしている。飢えることもなく、病気で苦しむこともないだろう。たくさんの書物に囲まれて、知識と魔力を駆使して、豊かな生き方をしていることは確かだ。
 それ以上言い返すことはできなかった。


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