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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第164回   イージェンと南方大島《エトルヴェール》上(4)
 まだ十を少し過ぎたくらいの少年だった。草履を履き、きちんとした身なりだった。手を振って大声を出した。
「ソロオン助教授!」
 マシンナートの青いつなぎ服を着た男がやってきた。肩から紐でオゥトマチクを掛けている。
「アルシン、おはよう」
 アルシンという少年は、マシンナートの男ソロオンに抱きつき、ソロオンがアルシンの頭を撫でた。並んで建物の反対側に向かった。
「今日も見張りなの?」
 アルシンが見上げると、ソロオンがうなずき、胸の袋から小箱を取り出した。開いて耳に線の先を入れた。
「はい、ソロオンです。はい、わかりました、後で行きます」
 小箱を閉まった。ふたりが向かったのは、広場のようなところで、そこに黒い金属で出来た箱が置いてあった。見張りがひとりいて、ソロオンが近づくと、頭を下げた。
「ソロオン助教授、ご苦労さまです」
 ソロオンはその見張りと交代して、箱の側に座った。アルシンもにこにこして横に座った。
 イージェンが黒い箱の上に降りた。手袋の指先で触れた。
…ラカン合金鋼…
 中を走査する。ヒト影を探知し、気配を感じた。
…ヴァ…シル…?…
 足元でアルシンがオゥトマチクをいじらせてもらっていた。
「君には大きすぎるな、もっと小さいやつがあるから、今度持ってきてあげよう」
 ソロオンは二十代半ばくらいのようだ。助教授という立場は、教授の下か。笑うと目じりが下がり、優しい顔つきになる。アルシンがにっこりと笑い、ちらっと後を見た。
「この中の魔導師、どうするの」
 ソロオンも振り向いた。
「一ヶ月くらい閉じ込めておく。さすがに死んでしまうだろう」
 ふたりに近づく青つなぎがいた。大きいオゥトマチクを肩に担いだ痩せた背の高い男だった。年頃も同じくらいで、こちらはソロオンと違って鋭い目つきだ。
「さっさとメタニルでも注入しちまえば、一発だろうに、そのほうがこいつも苦しまずにすむぜ」
 メタニルは『瘴気』のような毒気だ。
「カトル、そう思うなら、所長に言えば?」
 カトルが胸元から何か平たい板を出して口に入れた。噛み締めながら肩をすくめた。
「俺の管轄じゃない。おまえがいいならいいんだ、一ヶ月も見張るなんてかったるいだろうにと思って」
 胸元からもう一枚出して、アルシンに渡した。
「あ、噛みガァム」
 アルシンが喜んで口に入れて噛みだした。
「魔導師ってやつは、とてつもなく冷徹って聞いたが、子どもにだまされてこんな罠にはまるなんて、意外に間抜けだなよな」
 カトルがアルシンの頭をポンと叩いた。
「聞いたろ、アーレでのこと。マシンナートを人質に取って脅したら、魔力を使わなかったって」
 ソロオンがため息をついた。
「信じられなかった。そんな感情に左右されると思わなかった」
 カトルがソロオンの頭もポンと叩いた。
「ヒトと思うなよ、魔導師のこと」
 同情すると足元をすくわれるぞと注意した。
「じゃあ、俺はあっちを見てくる」
手を振って立ち去った。ソロオンという助教授が悲しそうな目をして、黒い箱を見た。
 子どもをおとりかなにかに使って、この箱の中にヴァシルを閉じ込めたのだろう。気配はあるので、まだ死んではいないが、空気すら自分で作らないといけないのだから、そんなに長くは持たないだろう。応えるのは難しいだろうが、聞こえているはずと信じて、ヴァシルに呼びかけた。
…ヴァシル、聞こえるか、俺だ…
 今すぐに助けてやりたい衝動を抑えた。
…もう少し我慢しろ、必ず助けにくる…
 静かに箱を離れ、カトルという男を追った。カトルは、途中で車輪が前後ふたつ並んでいる馬のようなモゥビィルに乗った。ぐんぐん速度を上げ、将軍の居城に向かい、開かれた門から中に入った。扉の前には護衛兵がいた。その扉の前で二輪のモゥビィルを停めた。
「カトル助手」
 護衛兵もよく知っているようで、すぐに扉の中に入れた。
 イージェンは横の窓から中に入った。とにかく、こうした忍び込みは得意だ。
 カトルはどんどん奥に向かっていた。柱の影を使って、追っていく。途中で右の通路に折れた。その通路はヒトがなんとかすれ違うくらいの巾しかなく、一度外に出て、外側から付いていく。中庭に出て、別の棟に向かった。別棟の入口にも護衛兵がいた。
「よう、おつかれ」
 カトルが胸元からさきほどアルシンにやったものと同じ板を護衛兵たちに渡した。恐縮したように頭を下げ、中に入れた。平屋の屋根に飛び上がり、窓から中を見た。
 中には黒い髪を短く切り、よく焼けた肌の若い女が後手に縛られていた。軍装なので、軍人だ。ティセアと初めて出会ったときのことを思い出した。
 カトルが入ってくると、肩を引いて身構え、目を吊り上げた。気が強そうだが、なかなか美しい。そんなところもティセアに似ている。
カトルが呆れて肩のオゥトマチクを杖のように立てて女の前にたちはだかった。
「いいかげん、弟みたいに俺たちと仲良くしたらどうだ?」
 足は縛られていないので、立ち上がって後に下がった。
「逃げる機会はやったんだ、でも、戦争で負けて戻ってきたんだからもう後はないだろう」
 女が首を振った。
「いやだ、マシンナートたちなどと手を組むものか!」
 カトルがオゥトマチクの台座で女の肩を押した。よろけたところを押し倒した。
「うちの所長は特別優しいんだぞ。他の大教授が来たら、島は焼き尽くされるし、住民は皆殺しだ。俺たちと仲良くしておいたほうがいいんだぞ」
 カトルの手が女の身体に伸びた。
「よせっ!」
 女が足で蹴り飛ばそうとしたが、カトルが足の間に身体を入れた。
「やめろ!」
 カトルが女の胸を掴みながら首筋に口付けした。女が必死に抵抗している。見えない針を飛ばして助けようとした。カトルが急に離れた。
「もう少し待ってろ、あのカーティア国の使者たちと一緒に船に乗せてやるから」
 女が身体を起こした。
「どういうつもりだ」
 大きく胸を膨らませて息を整えている。カトルが椅子を引っ張ってきて女の前に置いて座った。
「戻ってきた兵士達も一緒に乗せてやる。とっとと島から出て行くんだな」
 仲良くしないシリィは追い出すだけだと言った。
「弟はまだ子どもなんだ、おまえたちの道具がおもしろいと興味を持っただけで、テクノロジイを信奉したわけじゃない。いずれうまくいかなくなるぞ」
 胸の小箱が震えたようで、取り出して開き、中を見た。
「アルシンはソロオンが指導するから、そのうち自分がシリィだったことも忘れるさ」
 さきほどの少年がこの女の弟のようだ。
「アルリカ総帥、いい知らせと悪い知らせがあるが、どっちが先がいい?」
 この女が島を統治する軍総帥なのだろうか。
「どっちからでもいい」
 フンと横を向いた。
「では、いい知らせからだ。うちの所長が出航許可を出した。今日にも船に乗って、島を出られるぞ」
 アルリカが戸惑った顔を向けた。
「で、悪い知らせだが」
 オゥトマチクを指先でなぞった。
「所長がキャピタァルに呼ばれた。この島もどうなるか、わからなくなったな」
 …最高評議会が開かれるのだ…
 イージェンが緊張した。
 カトルが出航の準備をしてくると出て行った。アルリカがへたり込んで急に顔を赤くした。合わせた膝が震えていた。
急いで海岸近くの街に戻った。貯水塔の上でリィイヴがぐったりしていた。戻ってきたイージェンの外套にしがみついた。
「ひどいよ、こんなところに置き去りで」
「すまん、つい深入りした」
 都と居城の様子を話した。
「カトルってヒトは知らないけど、ソロオンは知ってる」
 自分よりみっつ年上のメイユゥウル(優秀種)でビィイクル開発をしていた。
「通信衛星を打ち上げる装置を作ってる」
 まだインクワイァだったころ、一緒の研究棟にいた。
「おまえは何を研究していたんだ」
 イージェンが街を見回している。
「ぼくは…通信衛星の運行システムを構築してた…」
 ソロオンの演習チィイムとは共同研究していたのだ。
「そうか、飛ばしてみたいだろう、通信衛星」
 自分が作ったコォウドで動くさまを見てみたいだろうと皮肉られたが、リィイヴが首を振った。
「所長がキャピタァルに行く前に会うよ」
 イージェンがすっと抱えて街の外れの鉄塔に向かった。
「あの鉄の塔から地下に行くようだ」
 確かにマシンナートたちがその鉄塔から出入りしていた。どこかでつなぎ服が手に入ればと探した。イージェンが鉄塔の上の階で見つけてきた。灰色のつなぎだ。鉄塔の上で着替えた。懐剣や小箱を服の袋にしまい、鉄塔の裏手に降ろした。
「気をつけろ」
 リィイヴが顎を引いて、鉄塔に向かった。
(「イージェンと南方大島《エトルヴェール》」(完))


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