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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第163回   イージェンと南方大島《エトルヴェール》上(3)
 扉が叩かれた。入ってきたのは、ヒュグドゥだった。
「おねがい、あたし、なんでもするから、ここに置いて!」
 イージェンに向かって両膝を折り、頭を何度も床に付けた。
「よせ、俺に頼んでも無駄だ」
 置いてやってもいいのだが、ヴァンが拒んだのだから、無理におくことはできない。リィイヴがヒュグドゥを立たせた。
「ごめんね」
 わんわん泣き出した。イージェンがまた怒鳴るかと思ったが、今度は怒らなかった。
「好きなだけ泣け、泣いても変わらんがな」
 そう言って船長室を出ていった。
 厨房に行き、エアリアに声を掛けた。
「夕飯を食ったら、リィイヴと南方大島に行く。もし入れ違いにヴァシルが来たら、遣い魔を寄越せ」
 エアリアが手元を止めた。
「リィイヴさんを連れて行くんですか?」
 まだ怪我明けだし、無理はしないほうがと止めた。
「あいつでないと出来ないことをやるから連れて行く」
 またタァウミナルを動かすのだろうと解釈した。
 アリュカがまだ泣きやまないヒュグドゥを食堂の椅子に座らせた。リィイヴが盆にヴァンの分を部屋に持っていった。
 ヴァンは食べたくないと言ったが、イージェンと南方大島に行くと聞いて、リィイヴに抱きついた。
「また怪我したりしたら…」
 リィイヴが不安で震えているヴァンの背中をさすった。
「危険だってことはわかってる。でも、力になりたいから」
 イージェンは命を助けてくれた。役に立って、『恩』を返したい。もちろん、自分たちのためにも地上を守らなければ。
「気をつけて」
 何度もつぶやくヴァンに、元気を出して、待っていてと励ました。エアリアがリィイヴの分も持って来た。
「こちらで食べてください」
 リィイヴが食べ始めたのをじっと見ていた。
「どうか…した?」
 エアリアが首を振って出ていった。
リィイヴが、食べ終わって盆を下げに厨房に寄った。エアリアがひとりで片付けをしていた。
「あの子は」
 食堂を覗いたが、誰もいなかった。
「アリュカ学院長が連れて帰りました」
 盆を置いて手伝おうとした。
「わたしがやりますから、師匠のところへ」
 エアリアが濡れた手を前掛けで拭いて、ふところから何か出した。
「これを持って行ってください」
 懐剣だった。
「いや、ぼく、まったく使えないよ」
「刃に毒が塗ってあります。そんなに強いものではないので、しびれるくらいですけど」
 念のためにと手を取って押し付けた。
「無事で帰ってきてください」
 エアリアがじっと見つめてきた。リィイヴも見つめ返した。
ラウドと『別れた』ばかりでなければ、抱きしめてしまいたい。ぐっと我慢した。
「ありがと、まだたくさん読みたい本があるから、帰ってくるよ」
 エアリアが微笑んでうなずいた。ちょっとは望みが出てきたかなとうれしかった。
 リィイヴは、アヴィオスの部屋を訪ね、形見の小箱を貸して欲しいと言った。
「もしいやならいいんですけど」
 もしかしたら、返せなくなるかもしれないしと言うと、アヴィオスが胸から小箱を出した。
さきほど、これから南方大島に行くといっていた。マシンナートたちがいるような話もしていた。
「これを何かに使うのか」
 もともと動かないものだし、その上壊れてしまったので、使えるものとは思えなかった。
「ええ、もし無事に帰って来たら、ちゃんとお話します」
 アヴィオスが本当にジェナイダの子どもならば、ジェノムを調べれば、分かるはずだ。
「ごめんなさい、もうひとつ、髪の毛をください」
 アヴィオスが驚いたが、必要ならばと小刀で切ろうとしたので、ひっこぬいたものがいいのだがと無理を言ってもらった。油紙に包んでふところにいれた。
 アヴィオスとともに船長室に向かう途中でイージェンがやってきた。甲板に向かうと、ヴァンが見送りに出てきていた。エアリアもやってきた。
「あとは頼んだぞ」
 イージェンがエアリアの肩を掴んだ。エアリアが少し顔をこわばらせたが、すぐにしっかりと顎を引いた。
 イージェンがリィイヴを抱きかかえ、飛び上がった。
「無事に戻って来いよっ!」
 ヴァンが両手を振り上げた。
「ヴァン!戻ってくるよ、必ず!」
 リィイヴが甲板に向かって叫んだ。
 たちまち速度を上げ、少し曇った空を南に下っていく。
「アヴィオスの小箱をどうするつもりだ」
 相談なしだったので、咎めるような口調だった。
「ごめんなさい、勝手に借りてきて。エヴァンス所長に会えたら、これを見せようと思って」
 箱は壊れているが、基板が生きていれば、デェイタを見ることができる。そうすれば、ジェナイダのものだと分かるはずだと説明した。
「髪の毛はジェノムを調べるためか」
 ジェナイダが残した子どものことを知ったら。
「どっちにころぶか」
 シリィを憎むか、それとも。
 二時(ふたとき)ほどで、眼下に黒い塊が見えてきた。大きな島影だ。その上空でイージェンが停まった。じっとしている。少し風があって、魔力のドームで包んでいないので、外套がはためいていた。島といっても、かなり大きい。カーティア側の海岸は砂地が続いている。西側には港があるという。魔力のドームで包み、地上に降りずに、どんどん島の奥に入っていく。
「ラカンユズィヌゥの入り口はどこかわかるのか」
 東側の一部は切り立った崖だ。その崖の下に海中艦船の出入り口がある。イージェンがその崖の近くに降りた。崖に波が打ちつけている。イージェンがリィイヴを下ろし、崖から下を覗き込んだ。
「これは潜らないと行けないな」
 魔力のドームに包まれたまま海に飛び込んだ。崖の下に大きな口があり、海底洞窟のように島の内部に続いている。入っていく。
 途中に岩に見せかけた大きな扉があった。精製棟の入口のような、外から開くようにはなっていないようだった。力ずくで開けることはできるが、今はまだ状況がはっきりしないので、止めた。しかたなく、一度浮上した。
 海岸から熱帯特有の湿気の多いうっそうとした林が続いている。生えている草木も葉が大きく幅広な独特な形の南国のものだ。その林の中を抜けた。村かなにか、建物が集まっているところに出た。夜明け前の薄暗い中、ぽつりぽつりと灯りが見えた。
「あれは…」
 イージェンが絶句した。その灯りは道沿いに張られている紐にぶら下がっていた、明らかにアァティフィシャリティの灯りだった。
「あれは、エレクトリクトォオチだよ」
 紐は電力線だろう。建物も灰色の石造りのように見えたが、よく見ると擬似石材で作られている。
「まさか、ここは…」
 マシンナートに占拠されたのか。民はどうしたのか。街の何箇所かに鉄材で作られた塔が立っている。その塔には大きな筒が載っていた。
「これはきっと貯水塔だよ」
 リィイヴがその筒を見上げた。地下水を汲み上げて貯めておくのだろう。筒を載せている鉄塔に降り立ち、リィイヴを降ろした。
「ここで少し待っていろ」
 すっと消えた。リィイヴが鉄塔から下を見下ろした。
 もしかしたら、エヴァンス大教授は、ここで自説の提唱行動を行っているのかも。
 テェエルでの低レェベェルテクノロジイの展開。
 東の空が赤く染まってきて、夜明けがやってきた。

 魔力のドームで身体を包んだイージェンは、さらに島の奥地に向かった。古い地図でしか確かめていないが、南方大島を統治している軍総帥のいる都があるはずだった。その都が見えてきた。さきほど見た貯水塔がいくつか建っていて、さらに総帥の居城らしき城の天辺に大きな皿のようなものがふたつ乗っていた。そのうちの一つがぐるぐると全方向に回転している。
「あれがレェィダァだな」
 トレインの上にもあった。もう一つはアンテナだろう。外れに降り立った。見上げると、都の中には、電力線が張り巡らされていて、エレクトリクトォオチがぶらさがっている。朝となったためか、灯りは消えていた。電力線は枝分かれして、各建物に引き込まれている。
 近くの建物の裏手に周り、硝子の窓から覗き込んだ。『耳』も澄ましてみた。
『…はよう、朝飯、出来たわよ?』『…から山の作業場だからしばらく帰れないな』
 厨房にはかまどがなかった。その代わり銀色の箱が置かれている。その上の平たい板の上に鍋を乗せていて、湯気が立っていた。流し台に、トレイルのユニットで見たような釦と水の口があった。
 居城に近寄っていく。その途中の家も似たような様子だった。用桶もなくなっていてユニットのポットの箱から下に流れるようになっていた。途中でイージェンは石畳の地面に手をつけた。
 いくつもの筒が地中を走っている。その筒の中を水の流れる音がした。汚水や浄水が流れているようだった。あちこちでヒトが建物から出てきた。
『山の作業場行きのモゥビィルを増発するって』『モルファン守備隊はフィニック軍港に移動、移動用モゥビィルに乗れ』『バァウリ地区の民は診療所で定期検診を受けるようにって連絡来たよ』
「住んでいるのはシリィだ。啓蒙されたのか」
学院がないところだから仕方がないとはいえ、怒りが湧き上ってくる。
 いっそ全て始末してしまおうか。跡形もなく。
 建物の影から小さな身体が飛び出してきたので、飛び上がった。


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