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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第161回   イージェンと南方大島《エトルヴェール》上(1)
 一の大陸セクル=テュルフの南海の水平線に、日が傾きかけたころ、海中戦艦マリィンの残骸を始末しに海に潜っていたイージェンが上がってきた。
「大きな残骸は始末したが、細かいものは無理だな。残念だが」
 螺子(ねじ)ひとつ残らず始末したかったが、流されたものもありそうだった。
「いずれ海底の海流を調査して、流れ着く先を探す。集まっているかもしれない」
 エアリアが東の空を見上げた。
「来たか」
 イージェンがちらっとヴァンを見た。風が甲板に吹き降りた。白い外套のアリュカが、灰色の袋と赤いものを抱えていた。赤いものが叫んだ。
「ヴァン!」
 ヴァンが見て驚いた。
「ヒュグドゥ!?」
 赤い布を脱いでヒュグドゥが駆け寄り、身軽く飛びついた。足元でリュールもじゃれついた。
「会いたかったよ!」
 首に腕を回してしっかり抱きついた。ヴァンが戸惑いながらも応えるように抱きしめた。
「どうしてこの娘を?」
 イージェンが詳しく話せと全員を船長室に入れた。
 伝書に基づいて露天商と舞踊団を調べていると、露天商がヴラド・ヴ・ラシス《商人組合》の詰所に連れて行かれた。露天商にあの道具を売ったのは、ヴラド・ヴ・ラシスの詰所の下働きで、金欲しさに調度品を盗み出して売り払っていた。その中の一点があの箱だった。下働きは殺され、露天商はなんとか王都を出ることで許された。道具を買った男を捜すために、ヴラド・ヴ・ラシスの手の者が舞踊団に踏み込み、この娘を探していたので、学院に匿ったと話した。
「一目でいいからヴァンに会いたいというので、連れてきました」
 ヒュグドゥは、ずっとヴァンにしがみついて離れなかった。イージェンが呆れたように手を振った。
「ふたりで夕飯の仕度をしろ」
 ヴァンが困った顔をしたが、リュールを抱え、ヒュグドゥと出ていった。
「あの娘、置いて行ってよろしいですか」
 ヴラド・ヴ・ラシスに目を付けられてしまったので、一座には戻らないほうがいいのだが、幼い頃に一座に売られてきて、家がどこすらもわからないのだという。アヴィオスが険しい眼をした。
「あの一座はあまり評判がよろしくないと聞いたが」
 どういうことかと尋ねたイージェンに、アヴィオスが返事できないでいると、アリュカが代わって答えた。
「あの娘のいた一座は、踊り子に客を取らせている評判のよくない舞踊団なのです」
 しばらくイージェンが机を指で叩いて考えていたが、仮面をあげた。
「そんなことはやらされてしかたなくやっているんだろうから、ヴァンが気に入ったなら、置いてやってもいい」
 リィイヴがほっとした。自分は『研究』に没頭してしまいがちで、あまりかまってやれなくなっていた。セレンもいなくなり、イリィたちもいなくなったので、寂しい思いをしている。あの子がいれば気が紛れるだろう。
 アリュカも胸をなでおろした様子で、報告の続きをした。
「ヴラド・ヴ・ラシスを探らせましたところ、あの道具がマシンナートから渡されたのは、五年ほど前のようです」
 それまでも、トレイルが大陸各地を回っているときに商人に品物をもたせて近寄らせたらしい。
「ヴラド・ヴ・ラシスのほうから近寄ったのか」
 暖かい風の出る箱や流感の薬などを手に入れたかったようで、金や宝飾品と交換しようとしていたようだった。マシンナートは金品には興味は示さず、ただ、王室や学院の情報は欲しがったという。
「いくら異端だからと禁じても、興味を持つ者はいる。エスヴェルンの王太子殿下もプレインに興味を持ったしな」
 ジェデル王も妹姫の病を治すためにマシンナートの薬を使い、イージェンもアウムズへの好奇心から近づいた。テクノロジイにはそうしたひきつけるものがあるのだ。
「箱が見つからなかったら、どうするか」
 特級をひとり交代でつけている。動向は、引き続き探らせているので、異変があったら、すぐに連絡することになっていた。
 リィイヴが眼をつぶって考えていたが、顎に指をつけた。
「第三大陸の精製棟を消滅させたから、キロン=グンド・ドゥーレは、キャピタァルに大魔導師が生きていることを報告する。三日もあれば、その報告は届く。今頃、パリス議長の耳に入っている」
 それを聞いて、どうするかは皆目見当もつかないのだ。
「ここ数日でマシンナートたちの方向性が決まるということか」
 イージェンが仮面の額に指をつけた。
 アリュカが、持って来た灰色の袋をアヴィオスに渡した。
「お召し物を少しお持ちしました」
 アヴィオスが受け取り、宮廷の様子を尋ねた。
「四半期の決算が途中だった」
 それは、財務省が引き継いでいるので心配しないでよいと聞いて安心したが、ヨン・ヴィセンが執務を側近のスティスにさせていると聞いて、机をドンと叩いた。
「あいつはドゥオールの回し者だ!そんなものに執務をやらせるなんて」
 いいように決済されてしまうだろう。スティスがやってきたときにその魂胆はわかっていた。だから、何があっても我慢してヨン・ヴィセンの代わりに執務をしていたのだ。
「さっそく、エクセヴィル州の河岸修復工事をヴラド・ヴ・ラシスに発注してしまいました」
「あれほどヴラド・ヴ・ラシスは人足(にんそく)の手配以外に使うなと言っていたのに。中抜きされるだけだぞ」
 河岸工事は毎月二件は発生する。費用もばかにならない。正規の金額で受注しても、現場で材料の質を落としたり、人足代などを不当に低くしてしまうに違いない。そのように河岸工事をいい加減にされると、水害がひどくなる。そして、そうした被害に乗じて、食料の値段を上げたり、工事費用を吊り上げたりするのだ。このままでは国の財政も行政もめちゃくちゃにされてしまう。
「やはり、手を上げたりしなければよかった…」
 アヴィオスが机に突っ伏した。
「アヴィオス、今は将来を考えて、大鉈を振るわなくてはならないときだ、痛みを伴うのはしかたがない」
 イージェンがアヴィオスの肩をポンと叩いた。顔を伏せたままうなずいた。
 アリュカが、ハーネスとシュルウッドの両将軍が味方となって、『アダンガル』の力となってくれる約束をしたと告げた。
「ハーネスとシュルウッドが…」
 顔を上げたアヴィオスが異端の血が混じっているのにと目頭を押さえた。
「ですから、王立軍は、ハーネス将軍とシュルウッド将軍が抑えてくれています。王太子殿下の護衛隊くらいですわ、アダンガル様を追いかけているのは」
 それも熱心なものなど数えるほどだ。
「わたしはこの後、アラザード王国を訪問する予定です」
 アラザード王国の学院が、隣国ランスのことで気になることがあると伝書をよこしたのだ。
「ランスの王女トリテア殿下が婿を取るとのことで、それが二の大陸のウティレ=ユハニ王国の国王従弟なのです」
 トリテア姫は後継ぎではないがひとり姫で、国王が目に入れても痛くないほどかわいがっていて、婿をもらって側に置くと言っていたのだ。
「以前、アダンガル様を婿にというお話もありました」
 アダンガルが文武に優れているという噂を聞きつけたランス王の意を汲んで、ランスの学院が打診してきた。異端の血であることは表に出せないので、他の理由で断っていた。
「それはガニィイルというやつじゃないのか」
 あの不愉快な酔っ払いの顔が浮かんだ。
「いえ、カイルという名でした。よく宣撫部隊を指揮しているそうです」
 なかなかの切れ者で難しい任務をこなし、国王の信頼も厚いらしい。海峡を挟んで同盟でも結ぶ気なのかもしれない。
「あの国王、少しおとなしくしていてほしいが」
 イージェンがため息をついて、ウティレ=ユハニの学院長が大魔導師の忠告を聞きそうにないことを言った。
「ユリエンですね、潔癖で頑なな性格のようです」
 ランスとアラザードは不仲だった。ランスが二の大陸の強国とつながるというのは非常に脅威なので、なんとか、セラディムとの関係を強くしたいのだ。
「アラザードが手助けしてくれる要因が増えました」
 アリュカがにこっと笑った。アヴィオスにまた報告に来るのでとお辞儀した。
「味方してくれるものたちに気をつけるように言ってくれ。もし俺を見捨てても恨まないからと」
 そんなことはしませんよとアリュカが優しく眼を細めた。


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