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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第160回   イージェンと紅《くれない》の王太子(4)
 イージェンが『空の船』に戻ると、エアリアが伝書を渡した。ティケア・セラディム学院長アリュカからだった。
「例の道具についての報告を兼ねて、船に来るそうだ」
 今夕となっている。その報告を聞いてから、南方大島の様子を見に行くことにした。
「ヴァシルは、かなり魔力が強いが、経験不足だと、おまえと同じように動揺してしまうかもしれん」
 エアリアがちょっと不満そうな顔をしたが、言われるとおりなのでうなずいた。
「魔力は、シドルシドゥと同じくらいでしょうか。素直な感じも似ているかなと」
 イージェンが、夕方になるなら、その前にマリィンの残骸を始末してくると海に飛び込んだ。海岸からあまり離れていないので、沈んだ深さはさしてないようだった。
 しばらく飛び込んだところを見つめていた。リィイヴが書物を抱えてやってきた。ある頁を広げて、指で示した。
「ここのところ、ぼくの知ってる言葉と同じ概念かどうか、知りたいんだけど」
 エアリアが海の中を気にしつつも、甲板に腰を降ろした。並んで、指示すところを見た。
 天文に関する書物で、星暦作成の参考にするものだった。リィイヴが自分が知る概念を言うと、エアリアが回答した。
「…これは、一の月と二の月の間の角度すなわち座相と引き合う力の関係のことです。あなたが言う潮力への影響についてのことです」
 そのようにいくつかの言葉や文言について尋ねていった。
星暦は、時季と呼ばれる季節の節目を毎年計算して出すものを基本とし、それに一の月と二の月の運行、蝕、朔(月と太陽の視黄経が等しくなること)を加え、毎年ごとの暦を作り、作物の作付け時期や収穫時期、干満表で漁の目安にする。マシンナートと共通の暦とは別に作っているのだ。思えば、学院の作る暦がマシンナートのものと同じなのは、算譜を使っているからなのだろう。
さらに、占術を行うための、そのものの生まれた年月日の星の配置図などを書き加えたりする。
「占うって、どういうこと?」
「そのヒトの生まれた年月日の星の配置図から、そのヒトの生来の性質、傾向、人生の流れを推測して示します」
 リィイヴがきょとんとしてエアリアを見つめた。
「それ…って、根拠ないんじゃ」
「ほとんどありませんね、行動の指針を示してあげるにすぎません」
 星の配置図とそのヒトの立場などを過去の記録と照らして、似たような性質、傾向、人生の流れを導き出して、進むべきよき道を示してやるのだ。
「カウンセリングみたいなものかな」
 マシンナートのカウンセリングとは、個人的な発達や人間関係の問題、方向性などで悩んでいるときに相談することだ。適切な助言をして、ストレスを解消してやる。
「そうですね、効能としてはほぼ同じかと思います」
 もっとも自分を占ってもらいたいというヒトは王族や貴族くらいで、民はせいぜい今年の作付けの相談や収穫についての目安くらいだという。逆に占術を利用して、王族や宮廷の行動を学院に都合のよい方向に導くこともあるのだ。
リィイヴが手元の星の配置図を見た。
「未来の予測、予知とかはしないの」
 エアリアが首をかしげた。
「さきほど言ったような、意図的な導きとして利用するのでなければ、統計的なものからの予測や類推であって、根拠のない予知や予言はしません。魔導師を騙ってするものもいるとは聞いていますが」
 いやな予感というものを感じることはあるが、公に出すものとしては、あくまで数字、算法からの予測だという。
「イージェンもできない?しないとかじゃなくて?」
 大魔導師ならと思ったが、エアリアが否定した。
「できるかどうか聞いたことはありませんが、おそらくできないと思います」
 ヴィルトもそのような予言や予知をしたことはなかったそうだ。そうしてみると、魔導師も、魔力がマシンナートの理論の範疇外の力である以外は、『神秘的』でも、『神がかり』でもない。
「ぼくを占ってくれる?」
 羽ペンとインク壺を持ってくると船室に向かった。
「今根拠のないものと言ったばかりですけど」
 エアリアが呆れたが、年月日と出身大陸を聞いた。
「生まれたところは、大陸外なんだけど」
北方か南方かだけでいいというので、南と答えた。すらすらと星の配置図を書いていく。
「紀元三〇〇〇年十一月一日、南、男、立場…」
 マシンナートという立場はない。どうしようかと悩み、王太子側近と書き込んで、占術算法を起動させた。星の配置図に現在の位置を書き込んでいく。
「…立場の重さに反して、気持ちが浮いているので、地に足を付けて行動するように。また、この時期は、誰かに従うのでなく、誰かに離反するのでなく、自らの信じることに基づき自らを支えながら物事を受け入れる重要性を知るべし」
 リィイヴが星の配置図を指先でなぞった。
「ずいぶんと抽象的なんだね」
 エアリアが淡々と言った。
「ええ、それでいいんです」
 エアリアは、いつもと変わらないように見えた。
ラウドがエアリアを妃にしたいと国王たちに頼んだが、許されず、四の大陸から妃が輿入れするので、別れたとイージェンから聞かされた。ヴァンが、ふたりがかわいそうだと泣いた。リィイヴは気の毒だとは思いながらも、当分は距離を置いたほうがいいかとがっかりした。今、近寄ったら、付け入るようで、かえって嫌われそうだった。
 ヴァンが、茶をもってきた。
「キュテリアさんが焼いてくれたやつ、まだ食えるかな」
 キュテリアが小麦粉を練って焼いた菓子が残っていた。皿に何枚か乗っていた。
「保管庫に入れてあれば、大丈夫ですよ」
 エアリアが茶だけすすった。保管庫には野菜や果物、玉子なども入れてあるが、不思議なことに腐ったりしないのだ。魔導師が精錬した保管庫だと、食料が腐らずに長期貯蔵ができるのだという。
 ヴァンがリュールに焼き菓子を割って食べさせた。エアリアは海の中が気になるようで、しょっちゅう海面をのぞいている。
「長くかかるのかな」
 リィイヴものぞいてみた。透明度は高いが、底までは見えなかった。
「残骸が広範囲なのかも。でも、海流に流されたものもあるでしょうから、完全に始末するのは無理でしょう」
 あの海中戦艦マリィンは大型だった。たしか七十名ほどいた乗員のほとんど死亡していた。
あの型のマリィンの後継艦は、深海にも潜れるようにラカン合金鋼で作られ、動力源《コンビュスティウブル》がユラニオゥムになっているはずだ。弾道ミッシレェもユラニオゥム弾頭を積んでいる。パリスは使いたいのだろう、地上の汚染など関係なく、力を鼓舞したいから。それは、魔導師たちに向けてということもあるが、マシンナートに向けてのものでもある。
「ラカンユズィヌゥの所長…まだあのヒトだよな」
 …あのヒトにアダンガルの母親のことを聞かせたら、どう思うだろうか…
リィイヴが南方大島の方角に眼をやった。
(「イージェンと紅《くれない》の王太子」(完))


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