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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第16回   セレンと灼熱の魔導師(5)
 ウルヴとイージェンの双子を引き取った人買いの男はふたりを連れて街に戻った。金貸しに金貨五枚を渡した。借金の証文を破り、そのまま街はずれの宿屋に連れて行った。宿屋の中庭に別棟があった。明かりが漏れている。中に入ると、四、五人の男たちが長テーブルについていた。入ってきた人買いの男の姿を見て、一斉に席を立った。
「頭、お帰りなさい」
 後ろにいるふたりを見て、一番近くにいた男が驚いた。
「まさか、こんなでかい坊主たち、買ってきたんですか」
 頭はふたりをちらっと見返り、外套を脱いだ。
「このふたりを俺の息子にする、よく世話してやれ」
 手下の男たちが目を見張った。頭が自分の部屋に戻り、残されたふたりを手下たちがかいがいしく世話をした。湯を持ってきて体を拭き、身体にあった大きさの服を着せて、暖かい食事を用意した。ふたりはされるがままになっていたが、緊張していた。人買いの一味など、悪人に決まっている。だが、みな、頭の息子たちとして親切にしてくれた。
「頭は厳しいけど、面倒見はとてもいいから」
 一番若い手下がウルヴとイージェンの頭を撫でながら笑った。その途端、緊張が解け、ふたりはおなかいっぱい食べた。
 食事を終えてから、頭の部屋に案内された。どうやら、別棟を丸ごと借りているようだった。
「落ち着いたか」
 頭が声をかけるとウルヴが震えながら言った。
「ぼくたちを息子にしてくれるんですか!」
 頭は頷いた。ウルヴが近寄った。
「お…おとうさんって…呼んでもいいですか」
 頭がウルヴの両腕を掴んで引き寄せた。
「ああ、呼んでいいぞ」
「おとうさん!」
 ウルヴが抱きついた。頭はウルヴには柔らかい目を落とし、イージェンには不敵な笑みを見せた。
 ふたりのための部屋が用意されていた。暖炉には火が入っていてベッドには布団が敷かれている。横になって話した。
「おにいちゃん、今はあのヒトの世話になるしかないけど…いつか、俺と一緒にここを出よう」
 ウルヴが首を振った。
「いやだ、ぼくはここにいる、出ていきたければ、ひとりでいけばいい!」
 イージェンが起き上がり、ウルヴの肩を掴んだ。
「ここにいるってことは、悪いことしないといけないんだよ、人買いとか人殺しとか!」
「おとうさんがしろっていえば、なんでもするよ、ひ、人殺しだって!」
 ウルヴが悲鳴のように叫んで泣き伏した。
 疲れもあってほどなく寝入ったイージェンはふと目が覚めた。夜中に目が覚めるのはなにかを感じてだ。たいていあまりよくないことだった。ウルヴの姿がなかった。寝床はまだ暖かかった。上着を羽織り、廊下に出た。突き当たりを曲がり、頭の部屋の方へ向かった。そのあたりに気配が残っていた。廊下の窓から外に出た。頭の部屋にはまだ明かりが点いている。蔀戸はわずかに開いていた。そっと覗き込んだ。
 頭はベッドに座っていた。ウルヴが扉の前に立っていた。
「どうした、寝られないのか」
 ウルヴはこくっと首を折った。おずおずとしながら、ゆっくりと近づき、頭の前で止まった。
「俺の隣なら寝られるのか」
 また首を小さく折った。頭はウルヴの手を握り、引き寄せた。イージェンは悲しくなって、ひとりの部屋に戻った。暖かいはずの部屋が寒くてたまらなかった。
 翌朝、イージェンは顔を洗ってから、井戸の水を汲み、宿屋の甕まで運んでいた。
「そんなこと、しなくてもいいんだぞ」
 頭が井戸の側に立っていた。イージェンは頭を下げた。
「おはようございます」
 また、井戸の釣瓶を落として、汲み上げた。
「覗きが趣味か?」
 釣瓶を落としそうになった。頭の方を見た。あの不敵な笑いで見つめていた。
「小屋でのときも見てたな」
 返事はしなかった。鋭い気を感じる。この危険な感じは、母を殺した男と似ていた。
「おまえたち、双子でもずいぶんと違うもんだな」
「おにいちゃんは…お袋が死んだら親父、親父が死んだらあんた…だれかにすがんないと生きていけないんだ」
 桶に水を移す。冬の冷たい水が撥ねて頬に当たった。
「俺にすがってくれればいいのに…俺じゃ、だめなんだ!」
 くやしくて涙が出た。頭がイージェンのあたまに手を置こうとした。それを振り払った。頭が溜息をついた。
「もう少し大人になれば、変わるだろう、俺と寝るより女と寝るほうがよくなる」
 イージェンは頭を見つめた。そういう意味ではないのだが、頭はわかっていて、そのように言ったのだろう。あの不敵な笑いは消えていた。
「それまでは、いくらでも添寝してやる。もちろん、ただ飯を食わせる気はない、それなりに役に立つようになってもらうからな」
 この先、どうあがいても、陽の当たる場所に出ることはできないだろう。堕落した魔導師と汚れた聖巫女の子どもとして、学院や神殿の目から逃れ、闇に隠れて生きていかなければならない。それならば、このヒトに、その闇で生きる術を教えてもらおう。そう決めた。

 人買いの頭の名はネサルといい、昔は貴族に仕える軍人だったらしい。イージェンはふたりの生い立ちについて話した。遠い北方の国出身の父と母が駆け落ちし、自分たちが生まれた。イカサマの魔術で金を巻き上げたので、怒った貴族に母を殺され、父が不具になったと話した。信じたのかどうかわからなかったが、あまり詳しく追求してこなかった。ふたりは、ネサルから剣術を学んだ。馬の乗り方、人の縛り方、脅し方、値踏みの仕方、悪事をいろいろと仕込まれた。人買いの仕事を手伝い、ときには金持ちの家を襲って、金品を強奪した。ネサルは裏切り者は許さなかったが、それ以外は手下に十分分け前を与え、休みをやったりしていた。手下もふたりが読み書きができると知って、感心し、証文や書状を読んでもらったり、書いてもらったりした。また、イージェンが薬草採りや調薬が上手なのでそちらでの稼ぎもけっこうなものになった。
 ネサルたちと暮らし始めて二年以上が経っていた。ウルヴもすっかり一味のひとりとして働いていた。
「とうさん、コニンが仕入れた情報なんだけど」
 手下のひとりがこの都の太守の館から国庫に向かう輸送馬車のことを聞きつけてきた。ちょうど西の国境での小競り合いがあったので、軍隊が出撃していて、護衛が手薄だと言うのだ。逸るウルヴをネサルが止めた。
「国庫の金は奪うな。手薄といっても、正規軍を甘く見ると痛い目に合うぞ」
 てっきり喜んでもらえると思っていた。
「ここ数ヶ月分の税収だぜ、やってみる価値あると思うんだ」
 しかしネサルは首を縦に振らなかった。ウルヴがコニンを呼んだ。
「俺たちでやろう。奪ってくれば、とうさんだって誉めてくれる」
 コニンのほかにあとふたり、引き入れた。山から帰ってきたイージェンは、ウルヴたちが、なにかこそこそとやっていることに気づいたが、どうせまたどこかの屋敷でも襲うのだろうと思った。
ネサルは仕事がらみも含めてときどき娼館に行っていた。ウルヴを一緒に連れて行くこともあった。
「とうさんがしてみろっていうから」
 女と寝るんだと言うウルヴに、イージェンはもうネサルから引き離すことをあきらめた。兄弟ふたりで生きていきたかったが、無理のようだった。
 頼まれたものが採れたとネサルに見せた。ネサルが感心した。
「よく見つけたな」
 どこからかのつてで即効性の毒草を頼まれたのだ。
「粉にするか、丸薬にするか、どうする?」
「液状にできないか、矢じりに塗るんだ」
 承知して部屋を出ようとした。ふと、ウルヴたちの行動が気になり言った。
「兄貴、コニンたちと出かけたけど、どこか襲撃するみたいだった」
 ネサルが青くなって立ち上がって椅子を蹴飛ばした。
「なんだってっ、まさか、あいつら!」
 ネサルの顔を見て、事態が深刻だとわかった。ネサルが怒鳴った。
「ここの護衛隊はかなりの腕利きがそろっている!盗賊はその場で切り捨てられる!ウルヴが危ない!」
 馬小屋近くにいた手下一人も連れて、三人は馬を飛ばした。イージェンはなぜ咎めなかったかと後悔した。間に合ってくれと願うしかなかった。


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