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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第154回   イージェンと黄金の婚礼式(3)
 学院に戻ったイージェンたちが、儀礼書の婚礼の式次第をまとめ、衣装のしきたりなどを書いたものをキュテリアにもっていかせた。
「確かに、黄金雨を出すって書いてあるなぁ、そんなの出せる学院長なんてそうそういないだろうに」
 儀礼の式次第などほとんど読んだことがなかったダルウェルがため息をついた。儀礼の書はかなり古くから継承されているので、もともと大魔導師が執り行うことを前提としていたのではないかと推察した。
「修練すれば出せるようになるんじゃないか」
 イージェンが言ってから思い返した。
「無理か」
 ダルウェルが肩をすくめた。
「無理だな」
 イージェンは火を出したり水を出したりを簡単にやっていたが、空を飛べないものもいるように、水や火を出せない特級もいる。
「結局のところ、黄金雨なんて出せなくたっていいんだ。見栄えがするかどうかだけだからな。特級は、算譜の起動と処理ができればいいのだし、飛行術ができれば言うことはない」
算譜とは魔力で書いたセンティエンス語の符号体系.のことだ。
「俺は算譜は苦手だ、せいぜい天候算法と測量算法くらいだからな、処理できるのは」
 もっと修練しろとイージェンがたしなめた。ダルウェルがおまえのようにあれもこれもできんと頭をかいた。
「エアリア殿は得意そうだな」
 ダルウェルが式のときに進行係が持つ薄茶の上質の紙を出した。イージェンが、美しい筆跡で式次第を書いていく。
「おまえ、ほんとに字が上手だな、これは売れるな」
 この式次第を買いたがる金持ちがいるだろうと感心した。
「そうか、じゃあ、俺の署名を入れてやるから、できるだけ高く売れ。その金で赤ん坊の服だのおもちゃだの買ってやれ」
 出産の祝いにしようと言われ、ダルウェルが呆れながらもそうさせてもらうかとうれしがった。
「そういえば、名前、まだだろう。決めたのか」
 ふたりで悩んでいるとダルウェルが髭をこすった。
「アランドラとつけようかとも思ったんだが」
 イージェンが机に突っ伏した。笑いをこらえているようだった。
「そんなに笑うのか」
 ダルウェルが口先を尖らせた。
「やめとけ、あんなきつい女になったらどうするんだ、それでなくてもあのマレラの娘なのに。あやかるならもっと優しい女の名前にしておけ」
 イージェンがくくっと笑った。
「そうは言っても優しい女なんて知る限りではいないなぁ」
 みんなきつい性質(たち)の連中ばかりだと悩ましげなダルウェルにイージェンもそうだなと同意し、じっくり考えろと言った。
 扉が叩かれ、フィーリが宮廷の料理長と入ってきた。明日の式の後に祝宴を開くが、しきたりなど、なにか特別な決まりの料理や酒が必要かどうか、イージェンに尋ねてきた。
「祝宴についてはなにも記載がないから、予算の範囲でいいんじゃないのか」
 乾杯の音頭だけ、セネタ公以外の大公家の当主に頼めばいいと助言した。
料理長が下がってから、フィーリに、ダルウェルとマレラのことを話した。学院長を追われた経緯と、もう学院に復帰することはないと思い、所帯を持ったこと、子どもが産まれていること、その上で、王都に住まいを持つので、ダルウェルが時折そちらにいくことがある。学院にいなくてもあわてないようにと話した。フィーリも魔導師が結婚を許されていないことは知っているが、事情を聞いて納得してくれた。
「お住まいの当てはあるのですか」
 イージェンが昔使っていた宿の離れでも借りるつもりだと言うと、フィーリがそれならと話し出した。
「王都の南に、私の母がひとりで住んでいます。陛下の乳母でしたから、子どもの面倒なら任せてください」
 ひとりで住むにはかなりの大きさの家なので、今でももてあましている、よかったら部屋を提供しますと言うのだ。
「いやいや、それはまずい。いくらなんでもそんな世話になるわけにはいかない」
 ダルウェルが必死に辞退したが、フィーリがこれから紹介すると立ち上がった。
「私が忙しくてほとんど帰れないので、ひとりでさびしいようですから、賑やかになって喜びますよ」
 イージェンが肩で笑った。
「おまえが早く嫁を貰えばいいんじゃないのか」
 フィーリが顔の前で手を振った。
「わ、私はそういうのは!とにかく、一度母に会ってください」
 イージェンがダルウェルに会って来いと勧めた。
「マレラもひとりで子育てするよりは、乳母殿にいろいろと教えてもらったほうがいい。事情を話して頼んでみては」
 他の大陸から来て、回りに知るヒトもいない。少しでも縁のあるヒトのところのほうが安心できるだろうと言われ、ダルウェルもフィーリの申し出に甘えることにした。
 フィーリとダルウェルが出て行き、イージェンは学院の衣装部屋に向かい、過日戴冠式のときに着た正式な装束を出した。その隣に小さな白い装束が畳まれて置かれていた。そっと指先で触れた。戴冠式のとき、緊張して王冠を掲げていた姿が思い出された。
「…セレン…」
 あいつといるほうが楽しいんだろうな。
 自分といて、声を上げて笑うことはなかった。大人ばかりの中にいたから、同じ年頃のものと過ごしたいのだろう。ぎゅっと布を掴んだ。
「振られてばかりだな、俺は」
 正装を持って衣装部屋を出た。出たところで灰緑の外套を着た女と出会った。
「…あ、あの…」
 女が目を丸くしてイージェンを見て、両膝を付いた。
「大魔導師イージェン様、エスヴェルンのルカナです、ご挨拶が遅れました」
 深々と頭を下げた。イージェンが立つよううながした。
「ヴィルトの仮面を継いだイージェンだ。ルカナ、いつまで手伝えるんだ」
 クリンスだけでは手が足りないと回されていたエスヴェルの第四特級魔導師だ。年頃は二十すこし過ぎくらいか。ダルウェルたちも来たばかりなので、できればもう少し手伝ってほしいと話した。
「学院長様から、ダルウェル様たちが到着したら即日戻るようにと伝書が来ていました」
「まったく、意地悪なやつだ。少しは気遣ってくれてもいいのに」
 ルカナがぷっと吹き出した。仮面を向けるとあわてて笑いをかみ殺した。
「おかしいか」
 イージェンが尋ねると、ルカナが緑の愛くるしい目を向けた。
「はい、おっしゃるとおりなので」
 はっきりとものをいう女だなと見下ろした。
「おまえから見ても、意地悪なやつなのか、サリュースは」
 ルカナが少し目を空に向けて考えた。
「意地悪というか、ヒトをむっとさせるようなことを言うというか…」
 言いかけて、頭を振った。
「今のは聞かなかったことにしてくださいっ!」
 返事もなにも聞かずに、ばっと頭を下げて、走っていった。
 イージェンは、一度船に戻った。アヴィオスたちに明日国王の婚礼式を挙げると話した。
「コンレイシキ?」
 ヴァンが首を傾げた。
「結婚すると宣言する式だ。王族くらいしかやらないがな」
 貴族でも国王と宮廷には報告するが、儀式などはしない。民は親しいものや近所のものを集めて披露の宴を開くくらいだと説明した。
「へぇ…見てみたいな」
 ヴァンが興味津々に身を乗り出した。戴冠式はユワン教授のラボの連中が数人見たらしいが、カサン教授のラボのものは見ていなかった。
「みんな、見に来ればいい。俺の儀式は一見の価値があるぞ」
 マレラがすねて横を向いた。
「私だけ見に行けないなんて…」
 イージェンがすやすや寝ている赤ん坊の頬をチョンと突付いた。
「しかたないだろう。産んだばかりは、いたわらないといけない。おまけに、かなり無理したからな、ふつうならひとつきくらいで水仕事できるが、ふたつきは様子見たほうがいい」
 不満そうなマレラにリィイヴが自分もまだ体調がよくないからやめておくと気遣った。
「いや、おまえは見に来い」
 後で正装を持ってくるからと言い、アヴィオスを連れて、王宮に戻った。
「あなたをジェデル王に紹介する。ラウド王太子も含めて、これからの世代同士、協力し合えることもあるだろう」
 アヴィオスが緊張して強張った。
「でも、俺の母のことを知ったら…」
 心配するなと肩を叩いた。
 ジェデル王は、執務室でラウドと同盟締結の条件だった二項目について話し合っていた。
「ベレニモス鉱山の採掘権の委譲と綿花の輸入税率引き下げはぜひ実行したい。ベレニモス鉱山採掘権については、今後の調整で時期を決めるが、貴国に完全返還する予定だ」
 そして、この機会に南方大島を攻略し、漁業資源と金鉱の協同運営をしたいと提案した。
「もちろん、南方海戦のことがあるので、今すぐにというのは無理だが、今後五ヵ年計画で進めたいと思っている」
 もともと三の大陸の反乱軍の子孫が住みついたので、あるいは三の大陸が領土権を主張するかもしれないが、以前よりカーティアの食料や資源を狙って戦争を仕掛けて来ていたのだから、カーティアが攻略すれば理がある。
「エスヴェルンの北海岸や西海岸は、海流の関係で漁獲高の波が激しいんです。もし南方海岸の漁場での操業が許されると安定した魚の供給ができます」
 生魚はもちろん無理だが、干したり、粉にしたりして運ぶのだ。金(きん)よりもそちらのほうが民にとっては喜ばしいことだと話した。
 そこにイージェンがアヴィオスを連れてきた。
「こちらは、三の大陸ティケア・セラディム王国王弟アダンガル殿だ、わけあって今はアヴィオスと名乗っている」
 アヴィオスが片膝を折って深くお辞儀した。
「国王陛下、はじめまして。セラディム王の弟アダンガルです」
 声が震えていた。ジェデル王が思いもかけない訪問者に驚いて目を見開いた。
 イージェンがアヴィオスの生い立ちと実の弟である王太子から虐待を受け続け、ついに手を上げてしまい、逃げてきたことを、セラディムの国情と王太子を廃せない事情と合わせて話した。
 熱心に耳を傾けていたジェデル王が、ずっとひざまずいていたアヴィオスの手を取った。
「アヴィオス殿、ひざまずかせたままですまなかった。どうか、立ってくれ」
「陛下」
 アヴィオスはまだ震えていた。椅子に座るよう勧めた。
「わたしも母の身分のことで、父王や宮廷から疎外されていた。貴公の気持ちはよくわかる」
 兄の王太子が夭折し、立太子されたが、正妃に男の子が生まれるとすぐに廃太子されて、その後は見向きもされなかったと話した。
「しかし、私の母は異端なので…」
 ジェデル王が深いため息をついた。
「こんなことを言うとイージェンに怒られるかもしれないが、マシンナートたちも信奉するものを間違えているだけで、私たちと変わらないヒトだと思う」
 イージェンがうなずいた。
「俺も憎むべきはテクノロジイだと思ってる。ただ、異端であるとして排除しないと、マシンナートの使う道具やアウムズが地上を汚してしまうんだ」
 理《ことわり》に反する道具を使い、空、海、地を破壊し、汚してしまうのだ。
 三人がうなずいた。イージェンが三人を見回した。
「あなたがた三人は、為政者として、次代を担う方たちだ。理《ことわり》に従い、国土と民を守ってほしい」
 例え、国情や政情によって『袂を分かつ』ことがあったとしても、そのことを忘れないでほしいと告げた。
 三人とも椅子を立ち、イージェンの前に片膝を付いた。
 ジェデル王が胸に手を当てた。
「大魔導師イージェン殿、今のお言葉を胸に刻み、力を尽くします」
 ラウドとアヴィオスも同じく胸に手を当てた。
 イージェンは、この三人がいることで、王族も捨てたものではないと思えるのだ。
 三人は、夕餉を共にしながら南方大島の攻略についての議論を交わした。政略的な事に関してはジェデル王の広角な視点からの構想が素晴らしく、軍事についてはアヴィオスの実戦経験を活かしての意見が鋭かった。意外なことに財政についてはラウドが数字に強く、税制についての知識も豊かで、攻略後の民の暮らしについてまで言及した。
ラウドはふたりの兄と話せてうれしいとはしゃいだ。ジェデル王も弟がふたりも出来たと喜び、アヴィオスは兄と弟に囲まれて幸せだと目頭を熱くした。


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