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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第149回   イージェンと流転の美姫(3)
 迎賓殿を裏口から出たユリエンは、すぐに飛んで、学院に戻った。大魔導師の後継者イージェンに伝書を送ったのは、つい昨日のことだ。それが、今朝、国境近くの湖にいるので、学院を訪ねるからと返事が来たのだ。確かに、もらった附記に二の大陸を調査すると書かれていたが、もう来ているとは思わなかった。
 大魔導師の後継者が学院に来ることをリュドヴィク王に話すと、会ってみたいと言われた。ものめずらしいからだろう。二の大陸の大魔導師シャダインは五十年以上前に亡くなっている。所属していたガーランドの学院でもシャダインを見て育ったものはすでにいない。七十すぎまで生きたアランドラが最後の弟子だったのだ。
 ユリエンが学院に戻り、学院長室に入った。窓際に立つ黒い影が振り向いた。
「おまえが学院長のユリエンか」
 窓から差し込む第一の月の光が灰色の仮面に当たっていた。その独特の風貌に目を見張ったユリエンが胸に手を当てて頭を下げた。
「大魔導師イージェン様、ウティレ=ユハニ学院長ユリエンです」
「大魔導師イージェンだ」
 カーテンの影からもうひとり現れた。茶色の髭で顎を覆い、群青の外套を着ていた。知っているかもしれんがとイージェンが紹介した。
「元ガーランド学院長ダルウェル、今度カーティア学院長となる」
 まずは座ろうとイージェンが学院長席に座った。ユリエンが送ってきた伝書を検討したと話した。
「ジェトゥが失踪したそうだが、戦闘に巻き込まれて死亡した可能性はないのか」
 ユリエンが首を振った。
「ジェトゥはそちらのダルウェル殿、クザヴィエのリンザー殿と並ぶ大陸屈指の魔力を持っています。それはないと思いますが」
 かといって、その可能性もまったく否定できないわけではないが、それにしても、自ら失踪したとしたら、その意図がわからないのだ。
「イリン=エルンの学院を統合したいとのことだが、特級二十二名、遊ばせておくようなことがないように使いこなせるんだろうな」
 数はいるが、あまり魔力の強いものは多くはない。それでも、スケェィルの当番や調薬、治療、伝書官などには使える。今後ウティレ=ユハニは国土も広がり、戦争もまだ続くので、それだけ抱えても使いこなせると返事した。イージェンが拳で机をドンと叩いた。
「特級は、そんなことのためにいるんじゃないぞ。ヴィルトの遺言の書を百辺繰り返して読め」
 ユリエンが顔を伏せた。
「国同士の争いなんぞは、宮廷や軍人たちにやらせておけばいい。おまえたちは、もっと自分たちの足元のことに気を使え」
 ユリエンがちいさく顎を引いた。
大魔導師はミスティリオンの理想ばかりを唱えていると言い伝えられていたが、確かにそのとおりのようだ。それにマシンナートなど、ここ数十年姿も見せていないのだ。『瘴気』の災厄も隣国のことだし、すでに鎮化したのだろうから、問題はないのではと鼻白んだ。
「ウティレ=ユハニは、大陸の統一でもするつもりなのか」
 イージェンが詰問した。ユリエンが不愉快な顔を隠さなかった。
「それは内政干渉では」
 他の大陸の魔導師に話す必要はない。ユリエンの露骨な態度に、イージェンが話題を変えた。
「イリン=エルンのヴァシルとキュテリアをカーティアに連れて行く」
 カーティアに特級がひとりもいないので、調整する、後の十人についても後日他の学院との調整をするので、待機させておくようにと指示した。ユリエンが反対した。
「お待ち下さい、キュテリアはともかくヴァシルは魔力が強いほうなので、引き抜かれては困ります、それに他の学院との調整などといわれましても」
 イージェンが立ち上がった。
「留学させている連中を戻せ、それで十分だろう」
 特級二名、ガーランドとドゥルーナンに留学と称して送り込んでいた。ユリエンは内心不満が渦巻いていた。突然やってきて、言いたい放題だ。罪深い堕落者の子、忌まわしい生まれで、いやしい育ちのくせに。ヒトの椅子に断りもなく座って。
それでも、国王への挨拶をしてもらわなくてはと頭を下げた。
「国王陛下に大魔導師様のご来訪を告げましたところ、ぜひお会いしたいとのことです。挨拶をお願いします」
 イージェンが仮面を向けた。
「ただいま、戦勝の祝賀会中ですが、そちらでぜひ諸公、軍人たちにもお姿を見せてほしいと」
 ユリエンが顔を上げた。仮面が不気味に見下ろしていた。
ダルウェルが反対した。
「大魔導師をそんな席に引っ張り出すのはよくない。別室で挨拶すればいいじゃないか」
 イージェンがしばらく黙っていたが、窓の外に目をやった。
「いいだろう。この国の連中の顔を見てやる」
 すぐに出て行こうとしたので、イリン=エルン学院の素子記録庫が開かないので、なんとかしてほしいと告げた。後で伝書を送るといい、学院長室を出て、旧イリン=エルンの学院のものたちの控え室に向かった。
 全員、イージェンを見て、膝を付いてお辞儀をし名前を告げた。
「ヴァシルとキュテリア、おまえたちは、カーティアの学院に転属、ダルウェルのもとで働け、すぐに出発するから支度しろ」
 ヴァシルは十代後半の男、キュテリアは四十くらいの女だった。ふたりは顔を見合わせていたが、了解して、お辞儀した。
 イージェンたちが迎賓殿で挨拶してくると出て行った後、副学院長をつとめていたものがふたりの手を握った。
「よかったな、元気でがんばりなさい」
 こき使おうと思っているユリエンもそうだが、この国の学院のものたちが歓迎していないのはわかっていた。ほかのみんなもうらやましそうだった。
「あなたがたも元気で」
 支度といっても所蔵の書物数点と精錬中の道具がいくつかあるだけだ。みんなと抱きあって別れの挨拶をした。
 夜空を飛びながら迎賓殿に案内していくユリエンの背中を見ていたダルウェルが、なにか嫌な感じを受けた。祝賀会には当然グリエル将軍も出ているだろう。まさか。そんなはずはないと思うが。
「イージェン、やめておかないか。別室に国王を呼び出せばいい」
 イージェンに近寄って言った。イージェンが振り向いた。
「どうした、そんなに反対するなんて」
 言えないでいると、すぐに到着してしまった。
 開け放たれた扉の両脇に立つ護衛兵の横で侍従長が仕切っていた。ユリエンが大魔導師の来訪を告げるよう命じ、侍従長が声を張った。
「大魔導師様、ご入来!」
 殿内の従者たちが次々に伝えていく。音楽隊が演奏を止め、迎賓殿の中は静かになった。部屋の中央にいたものたちが、両脇にさっとどいていく。ユリエンが先導して、イージェンが進んで行った。
みな、その異様な風体に驚き、恐しいものでも見るような目で見ていた。貴婦人たちの中には扇などで顔を隠しているものもいた。ダルウェルはルキアスを見つけて寄っていった。気づいたルキアスも近寄ってきた。
「ダルウェルさま、もしかして、あれが…」
 イージェンなのかと驚いて目を剥いていた。
「ああ、そうだ」
 ダルウェルがいいながら、壁際に立っている王族、大公家などの面々を見回した。その中にあの女がいた。ルキアスの腕を引っ張って、少し離れたところに呼んだ。
「あのおまえが警護してた姫、グリエル将軍といる」
 そっと指差した。ルキアスが少しためらったのちにうなずいた。
「うん、将軍閣下と結婚したんだ。今度から奥方様って呼ばないと」
 ダルウェルが最悪だと頭に手を当てた。
 イージェンはゆっくりと上座に向かって歩いていた。両脇のものたちをひとりひとり見ていく。ある場所で足が止まった。ちらっと見て、また歩き出した。
 ウティレ=ユハニ王の手前で、先導していたユリエンが止まって、片膝をついた。
「国王陛下、こちらが大魔導師ヴィルトの後を継いだ、イージェンです」
 グリエル将軍の横に立っていたティセアががくがくと震えだした。グリエルが微笑んで、そっと腰を抱き寄せ、耳元でこそりと言った。
「戦姫(いくさひめ)でもあの姿は恐ろしいようだな」
…まさか、そんな、まさかそんな…
 ティセアは震えが止まらなかった。
 イージェンがウティレ=ユハニ王に仮面を向けてしばらく動かなかったが、顎を少し引いた。
「一の大陸の大魔導師ヴィルトの後継者、イージェンだ」
 ユリエンが立ち上がって、小声でイージェンを咎めた。
「陛下へのご挨拶なんですよ、最敬礼してください」
 イージェンが無視していると、王の側にいた男が、近寄ってきた。すでに相当飲んでいるようで、ふらふらしている。
「こちらが大魔導師さまか、ひとつ、大魔導師だという証拠でも見せてもらいたいもんだな」
「ガニィイル様、飲みすぎておられますよ」
 ユリエンがたしなめた。さきほど乾杯の音頭取りをした国王の叔父であるメッセル公の息子、つまり国王の従弟である。まだ二十歳少し過ぎたくらいだが、酔っ払っているせいもあってか、崩れた様子で意地悪く、フンと鼻を鳴らして、イージェンの仮面を覗き込んだ。
「それとも、この仮面をかぶっていれば、どこの『馬の骨』ともわからんものでも、大魔導師と名乗れるのか」
 周囲から押し殺したような失笑が沸いた。イージェンが仮面の顎を上げて、国王を見た。国王もおかしそうに笑いをこらえているような感じだった。さきほどはたしなめたユリエンも口元に笑いを浮かべていた。
 遠くで見ていたダルウェルが大魔導師という名にこれほど権威がなくなっていることが恐ろしかった。
…頼む、気持ちはわかるが、ここで切れないでくれ。
 手加減はするだろうが。
 イージェンが無遠慮に見回しているガニィイルを見下ろした。
「大魔導師である証拠を見せろといわれたのは初めてだな。何をもって証しというんだ」
 ガニィイルが少し考えていたが、ユリエンに尋ねた。
「学院長、なんだったら、証しになるか」
イリン=エルンで議事録を読んでいたユリエンが目を伏せて、いじわるく言った。
「そうですね、『蘇りの術』だったら、証しになるでしょうか」
 ユリエンがイージェンの父を皮肉っているのは明らかだった。ダルウェルはもういたたまれなかった。周囲もざわざわとしてきた。
「認めないのならそれでもいい。試すようなことを求められるとは不愉快だ」
 イージェンが肩を回して去ろうとした。ウティレ=ユハニ王が椅子から立ち上がった。
「隣国を領土とした大勝の祝いの席だ、酒も回っている。大目に見ろ」
 イージェンが振り向いた。
「酒の席なら、なんでも許されると思うなよ。美酒を飲みすぎて、足元をすくわれないようにするんだな」
 ふたたび静まり返った中、迎賓殿から出て行った。その後をダルウェルが追いかけてきた。一緒にルキアスも付いて来て、呼びかけた。
「イージェン」
 イージェンが立ち止まり、ルキアスの肩を掴んだ。
「一緒に来いといっても無駄らしいな。命を粗末にはするなよ」
 ルキアスがうなずいた。
「イージェン!」
 白いドレスの美しい女が裾が乱れるのもかまわず駆け寄ってきた。
 ルキアスが目を見張った。
「奥方様、イージェンを知ってるんですか?」
 ティセアがイージェンのすぐ側までやってきた。息を弾ませ、目が潤んでいた。
「イージェン…あのイージェンなんだろ?魔導師だってわかってたけど、大魔導師になるくらいすごかったなんて」
 黙って見下ろすイージェンにティセアがさらに一歩近寄った。
「忘れたのか、イリン=エルンでおまえが助けてくれた、ラスタ・ファ・グルアのティセアだ」
 イージェンが仮面を夜空に向けた。


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