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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第148回   イージェンと流転の美姫(2)
 後ろからレガトとルキアスが並んで付いていた。
「俺、どうしたらいいんですか、よくわからないですけど」
 着慣れないものを着て戸惑いながらルキアスがレガトにこそりと聞いた。王宮に入ったのは初めてだ。しかも、国王に挨拶するとか、祝賀会に出るとか、どんなことか見当もつかない。レガトがにやっと笑った。
「挨拶のときは、おまえは扉の側で見ていればいい。祝賀会のときはわたしの側にいろ」
 ルキアスが緊張しながらコクコクとうなずいた。
 執務宮は丘陵の一番上にあり、ようやく、執務宮に続く長い石段までやってきた。その下でグリエルは馬を降り、ティセアが降りるのに手を貸した。後ろのものたちも馬を降りて、階段を登っていくグリエルたちに続いた。
「宮廷の連中が驚く顔が楽しみだ」
 グリエルがうれしそうにティセアを見下ろした。
「フン、私は見世物か」
「そう、この世でもっとも美しい見世物だ」
 臆面もなく言うグリエルが握っている手に力を込めた。
…きっとこの男も…
 国王に差し出す一方で、自分でもこの身体を楽しむのだろう。もう好きにすればいい。
 執務宮の扉がゆっくりと両側に開かれた。中に入り、そのまま進む。ひとつ棟(むね)を通り過ぎた先に中庭があり、三つの建物に続く道に分かれていた。右が執務室のある執務棟、正面が儀式殿、左が王立軍の軍務棟だった。正面に進み、開かれた扉から入った。
「グリエル将軍閣下、ならびに派遣軍将官、入殿!」
 儀式殿いっぱいに高らかな声が響き渡る。儀式殿中央の壇上には、玉座が運び込まれていて、ウティレ=ユハニ王リュドヴィクが座っていた。その左横の椅子にはアリーセ王妃が座っている。壇上の左奥には、王の側室たちが立っていた。なかなかに美しい女たちだが、どちらかといえば大人しそうな品のある感じであまり飾り立てずに控えめな装いだった。その前に魔導師学院の魔導師たちが数人。壇右には王族と係累の大公家、壇の下には、大公家や貴族、執務官、軍人らが並んでいた。
儀式殿のものたちは、グリエルが手を引いてきた美姫を見て、民たちと同じような反応で出迎えていた。ただ、リュドヴィク王は平然と見下ろしていて、アリーセ王妃は顔を真っ赤にしてそれでなくても釣り目の目を更に吊り上げていた。
 グリエルが壇の下でティセアの手を離し、胸に手を当て、片膝を付いた。ティセアが両膝を付いた。少し離れたところに並んでいた将官たちも一斉にひざまずいた。
「ごきげんよう、国王陛下、派遣軍グリエル将軍がここにこのたびの戦争の勝利を報告いたします」
 グリエルの低い声が通った。
「国王陛下、戦勝をご報告いたします」
将官たちが声を揃えて言った。
リュドヴィク王が立ち上がった。
「ご苦労。立て」
 全員が感謝し立ち上がった。
「ありがとうございます、国王陛下」
 グリエルが再度胸に手を当てて頭を下げた。
「国王陛下、ひとつ、お許しをいただきたいことがございます」
 リュドヴィク王が玉座に戻って座った。
「おまえが頼みごととは珍しい、言ってみろ」
 ちらっと隣を見ると、アリーセ妃がぶるぶると震えている。今夜は機嫌をとらないとならないかとひそやかに吐息をついた。
「こちらは、今はなきラスタ・ファ・グルア領主キリオス卿の息女ティセア姫です。イリン=エルンがラスタ・ファ・グルアを占領したときに捕らえ、長く虜囚として軟禁していました。今を去ること九年前、陛下の使者としてラスタ・ファ・グルアを訪れたときにお目にして、それ以来姫のお姿は、わが心より離れたことがありませんでした。虜囚とされたと聞き、心を痛めていましたが、このたび、無事お救いすることができました」
 それは言う口が違うが、本当のことだった。
「是非、ティセア姫をわが妻として迎え、積年の想いを果たしたいのです。どうか、お許しください」
 グリエルがふたたび片膝をついて頭を下げた。ティセアもその横に膝をついていた。リュドヴィク王がふっと笑いを漏らした。
「そんなに長いこと慕っていたとは、おまえは戦いだけでなく、女にもこだわるやつだな。いいだろう。ふたりの結婚を許す」
 押し殺したようなざわめきが儀式殿の中に広がっていく。グリエルとティセアがふたりで最敬礼した。
「ありがとうございます、国王陛下」
 リュドヴィク王が立ち上がった。
「戦勝の祝賀会だ」
 全員が一斉にお辞儀して、リュドヴィク王が右の扉に去るのを見送った。
 グリエルがティセアの手を取った。
「さて、わたしたちも向かおうか」
 グリエルが険しい目のティセアの耳元で言った。
「新婚の夫婦らしく、振舞っていただきたい」
 不服ながらティセアがうなずいた。

 迎賓殿は執務宮の敷地にあり、後宮に近かった。すでに準備は整えられていた。祝賀会に入れるものは、限られたもので、将官もほとんどは庭の天幕の下で宴会をすることになっていた。ルキアスはレガトにぴったりとくっついていた。
「いくらわたしの側にいればいいといっても、くっつきすぎだぞ」
 レガトが苦笑して、ルキアスの胸を押しやった。
「す、すいません!はぐれたら大変なんで!」
 こりもせずぴったりとくっついている。
迎賓殿では、すでに国王を始め、王族や大公家、貴族たちが入っていて、その後から執政官や軍人たちが続いた。大勢の従者や侍女が行き来している。
 大公家筆頭で国王の叔父であるメッセル公が乾杯の音頭を取って、祝賀会が開宴した。宮廷音楽隊が緩やかな音楽を奏ではじめた。
 国王夫妻が座る上座に、グリエルとティセアが挨拶に向かった。ふたりが通っていく間、うらやましげな視線とじろじろと探るようないじわるな視線が交錯していた。
「国王陛下、王妃陛下、ごきげんよう、結婚をお許しいただき、ありがとうございます」
 グリエルが挨拶すると、ティセアが腰に両手を重ねて腰を少し捻って優雅にお辞儀した。
「ありがとうございます」
 その仕草ひとつにもため息が漏れる。すでに杯を数杯空けているリュドヴィク王が、その杯を従者に渡した。
「それで酒を酌み交わせ」
 酒が満たされた杯をありがたく受け取り、交互に杯を飲み干した。横の席でずっと不機嫌にしているアリーセ妃にリュドヴィク王が手を振った。
「祝福の言葉のひとつでもかけてやれ」
 アリーセ妃がきっと国王を睨んだ。
「聞けば、ティセア姫は、イリン=エルンの後宮にいたとか。部屋でももらっていたのでは」
 周囲のものたちが眉をひそめて顔を見合わせ、ざわついた。部屋を貰うとは側室になることだ。ティセアがいたたまれずに顔を伏せた。周囲もわかっていても言わないでいるのだ。
 リュドヴィク王は、王妃のあまりに子どもじみた態度が不愉快でたまらなかった。察したグリエルが一歩進み出た。
「王妃陛下、軟禁ですから、牢屋ではなくそれなりの部屋で過ごしていました。ですから、部屋をもらっていたといえばそうなりますね」
 グリエルが鷹揚な口調で言った。
「奥方を宮廷の連中に紹介してこい」
 リュドヴィク王が言ってくれたので、グリエルたちがふたたびお辞儀をして行った。アリーセ妃はずっとティセアの後ろ姿を睨みつけていた。
「王妃」
 リュドヴィク王が立ち上がり、アリーセの席の横に立って、かがみこんで耳に唇が触れんばかりに近づいて、ささやいた。
「後宮に戻れ、後で…訪れるから」
 アリーセが顔を赤くし、顎を引いた。侍女長たちが寄ってきて、王妃を連れて行く。侍女長が次々に挨拶に訪れるものたちに声を掛けているリュドヴィク王に不審そうな眼を向けた。
 グリエルとティセアは、王族や大公家の主だったものたちと軍部の重鎮を中心に挨拶して回った。みな、長い虜囚生活をねぎらい、結婚を祝福した。
レガトとルキアスは下級将官たちが溜まっている出入り口に近い場所にいた。
「レガト、このたびはずいぶんと楽な仕事だったようだな」
 皮肉たっぷりにレガトに近づいてきたのは、ハバーンルークとの国境に配備されている守備隊の隊長ウォレビィだった。
「ウォレビィ様!」
 レガトの後ろにぴったりとついていたルキアスが顔を出した。
「ルキアス、おまえもいいところに配属されたな、ずいぶんと手柄立てただろう」
 百や二百は切ったんだろうなとにこにこと言うウォレビィにルキアスが口を尖らせた。
「ひとりも切ってません…」
 ウォレビィは、キリオスが最初に配属された部隊の隊長で、ルキアスに馬術や剣術をしっかりと教えさせた男である。わけがわからずに首をかしげたウォレビィにレガトが訳を耳打ちした。
「まだまだ手柄を立てられるときが来るから、心配するな。そんなにすぐには戦いは終わらん」
 ルキアスが顔を明るくしてうなずいた。
「こんなところでのんびりしていてよいのですか」
 レガトが側を通った従者から硝子の杯をふたつ受け取り、ひとつをウォレビィに渡した。
「陛下に呼ばれたんだ、別に宴会のために来たわけじゃない」
 杯に口をつけながら、会場の奥を見た。学院長のユリエンがリュドヴィク王に何か話しかけていた。
「学院長、びっくりしただろうな、グリエル将軍が結婚するなんて。俺もびっくりだ」
 ウォレビィがぐいっと飲み干した。
「俺が後で慰めにいくか」
 ついでにヒトを切りすぎて剣が曇ってきたのでまた精錬してもらおうと鞘をぽんと叩いた。レガトが苦笑した。
 ユリエンが奥の扉から出て行った。


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