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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第147回   イージェンと流転の美姫(1)
 二の大陸キロン=グンドを揺るがした大国イリン=エルンとウティレ=ユハニの戦争は、ウティレ=ユハニの圧勝であっけなく終結した。
占領されたイリン=エルンの王宮はウティレ=ユハニの離宮となり、ウティレ=ユハニ王はそこから、魔導師学院学院長ユリエンによって、翌日の朝にはウティレ=ユハニの王宮に到着していた。戦勝の知らせは先に伝わっており、王都上げての祝賀風潮となっていた。
 王都の中心街の南にあるグリエル将軍の屋敷でも祝賀の準備に追われていた。カルダス州の離邸から移ってきたティセアに、付き添ってきたルキアスが興奮して話した。
「明日グリエル将軍が凱旋行列するそうですよ!」
 あのだらしのないコンツァル部隊長がほかにもいろいろと罪があって死刑になり、すでにイリン=エルン王がなくなっていて、王太子が国王として、敗戦の責任を負って毒薬を飲んで自害したと話した。
 ティセアが手で顔を覆って泣き出した。
「姫様…」
 ルキアスが土下座してあやまった。
「すみません!俺、勝ったのがうれしくて、姫様の国が亡くなったのに…」
 ティセアが首を振った。
「いや、私の国ではないんだ。ただ、王太子殿下…幼い国王陛下がお気の毒で」
 ルキアスがうなだれた。
「しかたないですよ、それが王族の仕事でしょう?」
 冷たい言い方になってしまったが、ルキアスにはほかに慰める言葉がわからなかった。
 屋敷には侍女がいなかった。別に不便とも思わなかったが、屋敷を任されている侍従長が至急に雇うのでと謝った。
少し小高い丘の上にある屋敷の二階のベランダに出た。ルキアスがぴったりとくっついてくる。
「飛び降りるのを心配してるのか」
 ティセアが唇に少し笑みを浮かべた。
 数日前、グリエル将軍の離邸にティセアを訪ねてきたウティレ=ユハニ王リュドヴィクは、夜が明けてもティセアを離さなかった。何度も身体を重ね、部屋に日が差してきたので、ようやく起き上がった。
「このような夜を幾夜も重ねよう」
 きつく抱きしめ、別れの口付けを交わして出て行った。扉の向こうでルキアスが平伏している様子がうかがわれた。リュドヴィク王がみねうちで気絶させた後、剣をルキアスに立て掛けておいたのだ。その剣の柄の紋章を見れば、誰かは明らかだった。
「陛下に、姫様を守れって言われたから」
 顔を赤くして鼻の頭をかいた。自分になにかあったら、この少年兵が責任を取らされるだろう。聞けば、まだ十七で、この国の出ではなく、故郷はガーランドで、母と妹、祖父がいるという。貧しいので出稼ぎに来ているのだと話していた。
「心配するな、ただ、景色を見ているだけだ」
 眼下に広がる王都は周囲を壁に囲まれている城塞のようだった。たびたび戦乱となるために、外敵から守るためにそうした造りにしているのだ。以前は国内での争いも多かった。こちらからは見えないが、後ろには王宮が丘陵に宮城を点在させて建っている。
「将軍に言って、私の警護から外してもらってやる。次の戦争には行きたいだろう?」
 時期はわからないが、いずれは隣国のハバーンルークかヤンハイを攻略するという話を聞いた。ルキアスが困った顔をした。
「そりゃ、行きたいですけど…陛下が…」
 直々に言われては勝手にはできないと思っているのだろう。それもそうだなとティセアが顔を向けた。
「私もずいぶんと腕がなまった。少し手合わせしてもらおうか」
 関門の街で雑兵は叩き退けたが、ルキアスには負けた。ルキアスが眼を丸くして、すたすたと部屋に入っていくティセアを追った。
 動ける服に着替えて、中庭で稽古用の剣でルキアス相手に剣をふるった。ルキアスはその若さにしては腕がたつほうだった。稽古相手としては申し分ない。
 ふたりでキンキンと打ち合わせていたが、レガトがやってきた。
「レガトさま!?」
 ルキアスがふっと気をそらした。ティセアがその頭を剣腹でガンと叩いた。
「いってぇっ!」
 ルキアスが尻餅を付いて頭を抱えた。
「最後まで気を抜くな」
 ティセアがいとおしげに笑った。レガトがパンパンと何回か手を叩いた。
「さすがは戦姫。手厳しい」
 涙眼で立ち上がったルキアスに、下がるよう言い、ティセアに中庭の隅の長椅子に座るよう示した。レガトは立ったまま、頭を下げた。
「すでに聞いていると思いますが…」
 ティセアが眼をつぶって、うなずいた。
「イヴァノン王は、自ら毒の杯をあおりました。陛下も王たるにふさわしい、見事な最期だったと感心されていました」
 父も息子も誇り高い壮絶な最期を遂げた。自分だけおめおめと生き恥を晒している。でも…。長くほおっておかれて、つらかった。リュドヴィク王の熱い腕がよみがえってくる。
…ほんとうに…愛してくれるのか…
 もしそうなら…。『あの男』とふたたび会うことなどかなわないのだから。
膝の上で拳をぎゅっと握った。
「明日、将軍閣下が凱旋します。その後、王宮で戦勝の報告をします。その席で、閣下と姫君のご結婚のお許しをいただくことになりました」
 ティセアが顔を上げ、唇を震わせてレガトを穴の開くほど見つめた。
「そ、そんな…」
 ぶるぶると身体が震えた。
「私は、将軍への褒美か!ウティレ=ユハニ王も同じだ、私の身体も気持ちも弄(もてあそ)んで!」
 いとおしいと言っておきながら、結局母后が機嫌を悪くするからとほおっておいたイリン=エルン王と同じではないのか。いや、自分を愛せと言っておきながら、愛してやると抱きながら、別の男の妻にするとはもっとひどい。
 素早く立ち上がり、レガトの腰の剣を抜こうとした。レガトがその手を押し留めた。
「離せっ!」
「落ち着いてください」
 レガトが両方の手首を握って、椅子に座らせた。
「わけがあります。聞いてください」
 今更なんのわけなのか。
「昨年輿入れされた王妃陛下が大変嫉妬深くて、以前からいた側室たちすら後宮から追い出そうとしています。ですから、陛下は、姫君を後宮に入れたくないんです。それで、将軍閣下の奥方にして、こちらに訪れるつもりです」
顔を逸らして聞いていたティセアの眼がさらに険しくなった。
「そんな、ヒトの道に外れるようなことを…もしばれたらどうなるか」
 国王が妃や側室を何人持とうが非難されはしないだろうが、臣下の妻と通じるなど、まず魔導師学院が許さないだろう。
「もし姫君が一人身だと知ると、手に入れたいと思うものたちが出るでしょう。それを避けるためにも閣下の奥方にしておくのが一番よいのです」
 ティセアが首を振った。
「なんて強引な。将軍もいくら国王の命令とはいえ、よく承知したな」
 ティセアが両肩を抱いてぶるっと震えた。
なんでこんな目に会うのだろう。女ゆえ。それゆえにか…。
「閣下は大変喜んでいます。陛下のお役に立てますから」
 ティセアが顔を上げた。レガトが目を細めて微笑んでいた。
「とにかく姫君は明日美しく装って、閣下とともに、両陛下の前でお辞儀をすればいいんです」
 宮廷をはじめ国中が、将軍夫人の美しさに驚くだろうと言った。

 翌朝、急遽雇ったという侍女たちが何人かやってきて、離邸から運ばせたドレスや装飾品でティセアの身支度をした。王都の花屋がたくさんの生花を運び込み、部屋を飾った。装ったティセアをちらっと見て、その美しさに驚いた。
「あちらの方は?」
 忙しく働いている侍女を捕まえて尋ねた。
「将軍閣下の奥方様になられる姫君ですよ。長くイリン=エルンに捕らわれていて、今回閣下がお救いしたんですって」
 その話はすぐに王都中に広がって行った。
「それはきっと、ラスタ・ファ・グルアのティセア姫様だ。それはもうお美しい方だそうだよ」
「なるほど、なかなか将軍閣下が結婚されなかったわけだ、そんな美姫を狙っていたとは」
「そんなに美しい姫様なら、ぜひ見てみたいねぇ」
 勝手な憶測や尾ひれもついたが、ほぼレガトがにらんだ通りの噂話として広がって行った。国王が即位後十年目にしてようやく正妃を迎えたというものの、華やかさに欠けていたので、美しい姫を見てみたいという気持ちが王都の民に沸いていった。
 午後、王都城塞の正門が開かれ、凱旋の軍列が入ってきた。王都の民のどよめきと祝いの号砲、吹き鳴らされる喇叭で、沸き上がった。
「グリエル将軍、万歳!」
「国王陛下、万歳!」
「ウティレ=ユハニ、万歳!」
 民の賛嘆の声が響く中、列の先頭のグリエル将軍が軍馬にまたがり颯爽と進んでいく。すぐ後ろにレガト、その後ろから各部隊の部隊長や副部隊長たちが闊歩してくる。そのまま王宮に続く大通りを進んでいった。沿道にはたくさんの民が立ち並んで祝福していた。
 王宮の正門前に馬車が止まっていた。横につくのは正式な軍装で馬に乗ったルキアス。グリエル将軍の馬が止まった。ルキアスが馬から降り、馬車の扉を開いた。そのあたりも大勢の民が囲みこんでいたが、ルキアスの手につかまって降りてきたものを見て、どよめいた。
「おおーっ!」
「ああ、なんてお美しい!」
「花か宝石のようだわ!」
 白絹に銀の刺繍の縁取りをした筒のようなドレスに、高く結い上げた銀の髪を白銀飾りで飾り、白い絹の面紗(ヴェール)を後ろに跳ね上げて、その美貌を惜しみなく晒していた。グリエル将軍が馬から降り、近づいた。ルキアスから手を受け取り、軽々と横抱えにした。
「なっ!」
 ティセアが顔を赤らめた。自分の馬の背に乗せ、その後ろに跨った。正門が大きく開かれ、ゆっくりと馬を進めた。
「将軍、こんな茶番、すぐにばれるぞ」
 しかたなくグリエルに寄りかかるようにして横座りしているティセアが不機嫌な顔でそっぽを向いた。グリエルが微笑んだ。
「ばれたらばれたで…わが王に泣く泣く愛妻を差し出す意気地なしの夫を演じるまで」
 何を言っても無駄かと吐息をついた。
「たいした忠誠心だな」
 王宮内に勤める従者や侍女、兵士、執政官たちも王宮の道の両脇で出迎えていた。みな、ティセアを見て、ため息をついている。
「そんな顔せず、みなに笑って見せていただきたい。いまあなたは幸せなはずだ」
 不愉快でしかたなかったが、しぶしぶ言われたように微笑んでみせた。


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