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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第146回   イージェンと戦乱の大陸《キロン=グンド》(4)
 ウティレ=ユハニ王が顎でグリエル将軍をうながした。グリエル将軍がさすがに目を伏せていたが、顔を上げ、手を振った。
「第一先鋒部隊コンツァル部隊長を連れて来い」
 後ろ手に縛られ、両脇から兵士に引き摺られるようにして、コンツァルが引き出された。
「陛下、閣下、これはどういう…」
 レガトが剣の鞘で殴った。
「うわっ!」
 コンツァルが後ろに倒れた。レガトが鞘で喉元を押さえつけた。グリエル将軍が冷たく見下ろした。
「いちいち罪状を読み上げると、口が汚(けが)れる。十を越す軍紀違反、七つを数える国法違反。もって死刑を宣告する」
 コンツァルがもがいた。
「そ、そんな…」
 ヴラド・ヴ・ラシスの手配でいろいろな戦場で稼ぎまくり、好き放題やってきて、今まで咎められたことはなかった。
「ヴラド・ヴ・ラシスのアギス・ラドス様と連絡を取らせてください!」
 アギス・ラドスはヴラド・ヴ・ラシスの会頭だった。
「見苦しいぞ、雇われたからには、わが国の法に従うのが筋」
 グリエル将軍が手招いた。兵士のひとりが瓶と杯がふたつ乗った盆をもって、やってきた。グリエルが瓶からふたつの杯に液体を注ぎ、ひとつをもった。レガトが剣を抜いて、コンツァルの縄を切った。
「はっ!」
 コンツァルが驚いてグリエルを見上げた。
「これは、この世でもっとも苦しんで死ぬといわれている毒薬だ。おまえの罪を購(あがな)うにふさわしい。ありがたく頂いて、潔く飲み干せ」
 グリエルが杯を差し出した。コンツァルが身体を振って拒んだ。
「い、イヤだ!そんなもの!」
 悲鳴のように叫んだ。逃げようとしたところを両脇から押さえられた。レガトが杯を受け取り、コンツァルの鼻を摘んで、無理やり口を開けた。注ぎ込んで、飲み込ませた。
「おごぉっ!」
 吐き出そうとしたが、すぐに効いて来たようで、目を剥き、身体を震わせた。兵士が手を離して離れた。
「ぐぁっ!」
 背中を反らせ、胸をかきむしりながら、口から耳から鼻から血を噴き出した。
「きゃぁーっ!」
 集められていた侍女たちが悲鳴を上げた。気絶するものもいた。目からも血の涙が噴き出した。余りの苦痛にコンツァルが泣き叫んだ。
「殺してくれ!とどめをさしてくれぇ!」
数ミニツもの間、悲鳴を上げながら、もだえ苦しむさまが続いた。
ようやく死んだようで、動かなくなった。
ウティレ=ユハニ王が命じた。
「その汚物をアギス・ラドスに送れ」
 グリエルが了解し、兵士たちに運び出させた。
ウティレ=ユハニ王が、足元の王冠と指輪と杖を手にした。
「イヴァノン王、これを受け取るから、それを飲め。おまえにとって、国王としての最初で最後の仕事だ」
 レガトが杯を盆から取り、イヴァノンに差し出した。あちこちから悲鳴と泣き声が沸き起こった。
「黙れ!」
 ウティレ=ユハニ王が怒鳴った。しんと水を打ったように静まり返った。イヴァノンが血溜りを見た。顔を上げて、少し震えながらレガトが差し出す杯を受け取った。
「怖いですか」
 レガトが痛ましそうに尋ねた。イヴァノンがうなずいて、目に涙を溜めた。ぐすっと鼻をすすって、拳で目を拭った。
「こわいけど、負けた国の国王はこうしなきゃいけないって、学院長に教わったから」
 杯を持つ手が震えていたが、縁に口を付け、ぐいっと飲み干した。
「おおーっ!」「きゃぁあっ!」
 儀式殿の中にどよめきと悲鳴とが響き渡った。
「ぐうっ!」
 杯を落とし、目を剥いた。そのとき、ウティレ=ユハニ王の剣がイヴァノンの胸を貫いた。壇上から投げつけたのだ。すぐに下に降り、その剣を深く押し込んで、引き抜いた。
 血が噴き出し、事切れた。血の海に倒れた幼い身体を抱き起こし、見開かれたままの目を閉じてやりながら、ウティレ=ユハニ王が言った。
「王たるにふさわしい、実に見事な最期だった」
 ゆっくり床に横たわらせた。
「イリン=エルン王家の墓所に埋葬しろ」
 他の王族や姻戚は獣に食い殺させろと命じて、剣を鞘に納め、壇上に上がり、正面奥の壁に向かった。
「イリン=エルンは、大陸の地図から消えた」
 壁に掛かっているイリン=エルンの国章と王家の大紋章旗をイヴァノンの血に塗れた手で引き降ろした。
「わがウティレ=ユハニの大紋章旗を掲げろ」
 ウティレ=ユハニ王の命により、ウティレ=ユハニの国章と王家の大紋章旗が壁にかけられた。

 旧イリン=エルン王宮は、ウティレ=ユハニ王により、アサン・グルア離宮と名づけられた。同時に旧王都は州都となった。
イヴァノン王の自害を見せられた魔導師たちは学院に戻された。ウティレ=ユハニの学院長ユリエンがジェトゥ不在を聞き、魔導師たちに尋ねた。
「まさか逃亡したのですか」
 ユリエンは三十そこそこの色白の美男だった。おととし高齢だった前学院長が亡くなってから就任した。前学院長は、大陸全体の力の均衡を考えて、イリン=エルンの学院長ジェトゥと調整を図る方法を取っていたが、ユリエンは、幼い頃から国王の学友として側にあり、国王が熱く語る理想と野望を理解していた。そのため、表立っては動くことはしないが、裏でいろいろと工作を手伝っていた。
 イリン=エルンの魔導師のひとりがうなだれた。
「わかりません、五大陸総会からはもう戻っているはずですが、姿を見ていません」
 学院長室の机の上にあったという、議事録正本と抄本、附記が、副学院長と、そのほかの国々の学院長宛に箱に収められていた。
「これはジェトゥが用意したのですね」
 さきほど返事したものがうなずいた。丁寧に添え書きされている。ざっと目を通したユリエンがしばらく考えていた。
「ヴィルト大魔導師の後継者が総会の承認を得ました」
 集められていた魔導師たちは内心ほっとしていた。ヴィルトが亡くなったことは総会召集の伝書で知っていたので、敗戦国の学院がどうなるか心配していたのだ。しかし、これでユリエンの独断で動かすことはできなくなった。
 ジェトゥの行方を追わなくてはならないが、自ら身を隠したなら、見つけることは難しいだろう。二の大陸でジェトゥに対抗できる魔導師は、ガーランドのダルウェルとクザヴィエのリンザーくらいなものであるが、そのふたりを動かすことは難しい。スケェィルに行き、素子記録簿の扉を開けようとしたが、開かない。
「受け渡ししなければならないのに、それすらもせずに…」
 よほど突然死でもなければ、学院長を辞めるときには受け渡しする。これでは、ジェトゥ以上の魔力でなければ開かない。いずれにしても、スケェィルの石板をウティレ=ユハニの学院に移さなければならない。その準備をするように命じた。
「あなたたちにはウティレ=ユハニの学院に来てもらいます」
 それからどうするかは、大魔導師の後継者に相談するといい、ウティレ=ユハニ王とグリエル将軍のいる執務室に向かった。ジェトゥが失踪したようだと報告した。
「なかなかの教導師だったようだが」
 年端もいかない子どもにあの覚悟をさせたのだ。その教導ぶりを見てみたかったと国王が惜しがった。
「教導は素養があってこそ成果を生むもの。もともとの資質がよかったのでしょう」
 ユリエンがお辞儀をして、この後の予定を尋ねた。単身でユリエンが抱えてきたので、側近もいない。
「王宮に戻る。国境の近衛軍も引き返すよう、伝書を送れ。ティフェン」
 グリエルが胸に手を当てて頭を下げた。
「ここをカイルに任せて、おまえは派遣軍をキーファア城塞に戻して休ませておけ」
 カイルは、大公家出身で国王の従弟だった。国王の信任も厚く、宣撫部隊隊長と地位は低いが重要な任務を任せていた。
「戦勝の報告のとき、おまえの結婚を許そう」
 ユリエンがはっとグリエルを見た。グリエルはうなずいていた。
「王都のわが屋敷に移るよう、手配いたします」
 椅子から立ち上がった国王がそのままユリエンを伴って部屋を出た。
「陛下、グリエル将軍、結婚するのですか?」
 ユリエンが眉をひそめて尋ねた。
「俺も妃を迎えたからな、あいつにも妻を持たせようと思って」
「そんな」
 ユリエンがうかない顔をした。
「おまえに相談せずに進めてしまって悪かったな」
 国王が口はしを上げてにやりと笑った。
(「イージェンと戦乱の大陸《キロン=グンド》」(完))


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