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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第144回   イージェンと戦乱の大陸《キロン=グンド》(2)
 エアリアは船長室でリィイヴが表示した画面を紙に書き写していた。それをイージェンが照合していた。イージェンもベェエスを走査してデェエタを移していたが、わざわざさせたのは、エアリアの修練のためだ。記憶に間違いがないかどうか、調べていく。
「完璧だ」
 書写した五枚を照合し終えて、イージェンがやめさせた。
「後でリィイヴに見せろ。それと、朝飯を作ってやれ」
 きっとみんな、碌な飯を食べていないだろうからと苦笑した。厨房に行くとラウドとアヴィオスが朝飯の仕度をしていた。
「エアリア、戻ってたのか」
 ラウドが驚いてエアリアの肩を掴んだ。どこも怪我などしてないのを確認してほっとして目を細めた。
「無事でよかった」
「私と師匠は平気でしたが、リィイヴさんが怪我しました」
 かなりひどい怪我だったが、ふたりで治療したので、命に別状はないと話した。
「そうか、後で見舞おう」
 ラウドが心配そうに言った。朝飯はこれから作るところのようだったので、アヴィオスと代わった。
「兄上にそなたとのこと、きちんと話したんだ、幼馴染でずっと好きだったって」
 アヴィオスはそういうことなら少しも恥じることはないから大事にしてあげろと言ってくれたとうれしそうだった。
…姉さんもあの女と同じだ。男好きだ。
 違う。私はあのヒトとは違う。好きなのは殿下だけ。
「どうした?」
 ラウドが真剣な顔つきで調理しているエアリアを心配して尋ねた。エアリアがはっとして首を振った。
「いえ、なんでもありません」
 ラウドが病人用に少し柔らかめに炊いた粥と炒った卵、果汁を持ってリィイヴを訪ねた。同じものをダルウェルがマレラに持っていった。リィイヴの部屋にはヴァンがいた。
「殿下、俺が運ぶのに」
 ヴァンがあわてて椅子から立ち上がった。
「いいんだ、怪我をしたというので、見舞いも兼ねてだ」
 枕元の机に乗せた。
「ありがとうございます、殿下」
 リィイヴが身体を起こそうとしたのを手伝った。
「食べられるか」
 リィイヴがうなずいて渡してくれた果汁の杯を受け取った。
「聞かないほうがいいんだろうけど、かなり危険なことだったんだよな?」
 エアリアを心配しているのだろう。
「ぼくが一緒でなければ、そんなに危険でも…」
 足手まといになってしまって申し訳なかったと頭を下げた。ラウドは、ゆっくり養生するようにと言い、立ち去った。ヴァンがリィイヴがいらないという炒り卵を食べた。
「よっぽどエアリアのことが大事なんだな」
「うん…」
 リィイヴが果汁を飲んで横になった。

 エアリアは配膳をイリィに頼んで、船長室に行った。イージェンはいなくて、アルバロが所在なくしていた。
「食堂で朝食召し上がってください」
 アルバロが首を振った。
「イージェン様はどちらだ?」
 昨日から待たされていたので、少し不機嫌だった。取り次いでくると船長室を出た。
どこにいるのだろうか。船底のような感じがした。階段を降りていくと、用桶の始末をしていた。
「師匠、アルバロ学院長様がお待ちですけど」
 イージェンが手を止めて見上げた。
「そう言えば、呼んでいたな」
 エアリアがぽかんとした。
「まさか、お忘れになったんですか」
「そんなわけないだろ、冗談だ」
 あいつには言うなよとイージェンがくくっと笑った。エアリアもつられて笑った。
 ダルウェルを呼ぶよういいつけられ、マレラの部屋に行った。
「ンギャァ!ンギャァアア!」
 赤ん坊が苦しそうに真っ赤な顔で泣いているのをダルウェルが懸命にあやしていた。
「乳飲んだし、尻も拭いたし」
 一向に泣き止まなくてダルウェルが首を傾げて困っていた。マレラは朝飯を食べ終え、乳を飲ませて、またぐっすりと寝ているようだった。赤ん坊が泣いても起きないところを見ると、ダルウェルがいるので、寝ると決めているのだろう。師匠が呼んでいると言うと、どうしたものかとうなっていたが、マレラを揺り起こした。
「おい、起きろ、イージェンに呼ばれたんだ、赤ん坊、見てくれ」
 一度目を開けたがすぐに閉じてしまった。
「はあ…」
 ダルウェルが仕方なく、泣き止まない赤ん坊を連れて船長室に向かった。
「なにやってるんだ、おまえは」
イージェンが呆れて肩で息をした。アルバロが目を剥いて驚いていた。
「貸せ」
 イージェンが赤ん坊を受け取り、身体を立てて、肩に寄りかからせるようにした。背中をそっとさすると、赤ん坊がゲフッとげっぷを出した。ゆっくりと胸元に抱き寄せ、歌い出した。
「…眠れ、眠れよ、わが子よ。いとしきわが子よ。いと澄みしき天空、いと清やけき大地、いと広き大海、すべてがそなたの眠りを妨げまじと静まり、すべてがそなたの眠りを守らんとす。眠れ、わが子よ、微笑みつつ、眠れよ…」
 美しい歌詞に、滔々として、暖かく優しさに満ちた声。エアリアは何故かヴィルトを思い出して胸が熱くなっていた。ダルウェルとアルバロは呆然と聞いていた。
赤ん坊は途中からぐずぐずと声が小さくなり、やがて寝入ってしまった。エアリアにベッドに寝かせてくるようそっと渡した。
「おまえはほんとうになんでもできるんだな、まさか赤ん坊まであやしちまうとは」
 ダルウェルが感心してしげしげと仮面を見た。イージェンがその顔を押しやるように、手を振った。
「乳を飲むときに一緒に空気吸い込んでるから苦しんでただけだ。マレラに言っておけ、乳を含ませてすぐに寝かせず、げっぷを出させてから横にしろと」
 ふむふむと首を振ってまた感心していた。
 エアリアが戻ってきてから話を始めた。アルバロに書面を渡した。
「ナルヴィク高地の調査結果抄本だ。書き込んだ指示で対処しろ」
 原本はアルバロには理解できない数値も書き込んでいたので、必要な部分を抜書きした。アルバロは目を通してから首を振った。
「とても対応できません。二年間もあの高地の免税措置と救済物資配給、その上、こんな高価な薬草をこれほど大量に用意などできません。」
 イージェンがドンと机を叩いた。
「おまえがひどくしたんだぞ、あの高地の土も水もヒトも獣も草木(くさき)も。ほんとうは別の土地に移住させてやりたいくらいなんだ。宮廷に対して、おまえの不祥事をごまかしてやったんだ。償いをしろ」
 地下水は浄化されるよう、地下洞を精錬し、濾過器にしたが、土はまだ汚れている。植物の汚染数値がまだ高かったのだ。あと二年は待たなければ、作物を作れない。ヒトは『瘴気』が噴き出した地点に一番近い村にいたもの二百人近くの身体の抵抗力が完全には戻っていなかった。滋養の薬草も用意するよう、指示しておいた。
アルバロが下を向いた。
「いずれにしても、私は近々学院長を辞めざるを得ないでしょう」
 ダルウェルとイージェンが顔を見合わせた。
 訳を話せというイージェンにアルバロがしばらく言いにくそうにしていたが、重い口を開いた。
「おととしから、学院にウティレ=ユハニからの留学生が来ていまして、そのものが宮廷の受けがよくて、第一王女殿下の輿入れを誘導したというか…その後もいろいろと画策していたようで」
 イージェンが仮面を反らした。
「かつて自分がやったことをやられたわけか、そういうもんだ、ヒトの世というものは」
アルバロが手で顔を覆った。ダルウェルが腕組みして考え込んだ。
「他国が内政干渉したってことになるが、むしろ、宮廷としては『渡りに舟』だったかもしれんな」
イージェンが同意した。
「イリン=エルンとの腐れ縁を断ち切りたかったんだろう。ジェトゥの思惑がわからんが、なにか手を打っているのか」
アルバロが顔を覆ったまま、首を振った。
「わかりません、私とはもう…」
袂を分かったのだ。
「まさか、その留学生が学院長になるとかじゃないだろうな?」
ダルウェルが不愉快そうに眉を吊り上げた。
「そのまさかになりかねん状態だ…おまえも知っているだろう、ウェイナーだ」
アルバロが震えていた。ダルウェルがため息をついた。
「あいつか」
魔力もそこそこある。だが、どちらかと言えば、駆け引きで宮廷を動かす才があった。イージェンにとっても、もっとも不愉快な部類である。
「今さら留学って年でもなかったよな。来た時点で意図を汲み取らなければ」
ダルウェルが額に手を当てた。イージェンがどうしたいのかアルバロに尋ねた。
「俺としてはそいつがこの指示通りにやってくれるなら、どっちが学院長でもかまわないんだ」
アルバロが青ざめたが、肩を落としてため息をついた。
「そのほうがいいかもしれません。いまさら私が残っても、うまくいかないでしょう」
 学院内のことというより、王室や宮廷とのことを言っているのだろう。
「おまえともあろうやつがずいぶんとあっさりしてるな、俺を追い出したときの勢いはどうしたんだ」
 ダルウェルが目を険しくした。しょっちゅう喧嘩していて、ついには追い出したりしたが、同じ学院で育ち、兄とも思ってきたのだ。
「俺は別の学院のやつに取られるくらいならおまえにやってもらっていたほうがいいぞ」
 アルバロがずっと伏せていた顔を上げ、戸惑った目で見つめた。
「ダルウェル…」
 イージェンが指示書を宮廷宛に書き直すと言った。
「大魔導師の名において、ガーランド王国に宛てる。それなら検討せざるをえないし、おまえも進めやすいだろう」
 言っている間にも紙を出して、羽ペンを走らせた。
「ウティレ=ユハニ王の侵攻は、ヴラド・ヴ・ラシス《商人組合》の思惑か」
 アルバロが首を振った。
「違います…ウティレ=ユハニ王は、ヴラド・ヴ・ラシスの本拠を移動するよう会頭に迫り、本拠は今ハバーンルークに移っています。ディ・ネルデール自治州もウティレ=ユハニの属州となって、ヴラド・ヴ・ラシスから離れたようです」
 イージェンとダルウェルが顔を見合わせた。
「黒狼王、本気で大陸統一をするつもりなのでは」
 ダルウェルが深く腕組みした。
 為政者のほとんどは、ヴラド・ヴ・ラシスの傲慢な態度と足元を見るようなやり方をよくは思っていない。管理料だ手数料だとなにかと金を巻き上げようとする。確かに物品やヒトの流通についてはヴラド・ヴ・ラシスを介さないと滞りなくいかないこともある。ただ、それは宮廷、執務官の管理能力、王立軍や警邏隊などの治安能力にも関係していて、一の大陸セクル=テュルフでは、ヴラド・ヴ・ラシスの介入がほとんどない。人買いや武器の裏取引などの後ろめたい商売で巾を効かせているくらいのものだ。
 セクル=テュルフを手本にするつもりかもしれないと言いながら、イージェンが書き終えた書面をアルバロに渡した。アルバロが受け取ってお辞儀した。
「帰ります」
 ウティレ=ユハニとイリン=エルンの戦争が終結したときに、待機していないとやはりまずい。うまくやれと送りだした。


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