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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第142回   イージェンと《瘴気》の地底抗(5)
溶岩がすぐ後ろにまで迫ってきた。エアリアはその速度の速さに驚いた。ようやくヒトを抱えて飛ぶのに慣れては来たが、ドームも強くしなければならず、速度が上がらない。少しでも気が緩めれば、自分だけでなくリィイヴも死ぬ。歯を食いしばり、懸命に魔力を集中させた。
 ドオォーン!
 背後から溶岩が爆発するような音がして、その勢いでエアリアたちは吹き飛ばされた。谷底の割れ目から溶岩とともに噴き出た。
「ああっーっ!」
 反対側の崖まで飛ばされ、叩きつけられた。とっさにリィイヴをかばい、背中を激しく打ちつけ、そのまま谷底に落ちた。
 しばらく気を失っていたようだった。エアリアは、身体のあちこちが痛く、ようやく目を開けて、首を巡らせた。リィイヴは少し離れたところに伏せている。
「リィイヴさん!」
 懸命に這って行った。リィイヴは気絶していた。撃たれた脚を見た。血は止まっているが、紫色になっている。止血したため血が巡っていないのだ。縛ったところを緩め、傷口に触れた。
「あうっ!」
 リィイヴが痛みで気が付いた。
「玉取ります」
 エアリアは指先に魔力を集中して光らせ、傷口に突っ込んだ。
「うわぁぁぁっ!い、いっつ!」
 ぐりっと探る。
「いっっ、エ、アリア、や、めて…あうっ…」
 奥に入り込んでいるらしい。
「もう少し。我慢してください」
 …できるかっ!
 歯を食いしばるが身体が拒絶している。身体が左右に動くのをエアリアがのしかかって止めた。エアリアの細い指先に硬いものが当たった。摘んで引っ張り出した。
「うわぁぁっ!」
 リィイヴがビクンと震え、気を失った。エアリアが血だらけの手のひらを傷口に押し当てた。白い光が満ちてきた。傷口は塞がった。自分もまだ身体が痛いが、なんとか立ち上がり、川に向かった。手を洗い、手ぬぐいを浸した。リィイヴの脚の血を拭ってやった。
「リィイヴさん…もう大丈夫ですよ」
 エアリアがリィイヴの肩を揺すった。リィイヴが目を開けた。
「玉は…取れたの?」
 エアリアが鉄の玉を渡した。少し身体を起こして、脚を見た。傷はなくなっていた。
「傷は塞ぎましたけど、身体の力が失われています。しばらくは養生しないと」
 エアリアがリィイヴの頭をそっと横にした。リィイヴが大きなため息をついた。
「言われなくても…力がでないよ」
横でジャリッと音がした。はっと二人が顔を向けると、灰色の長靴が見えた。リィイヴがつぶやいた。
「イージェン」
リィイヴが鉄の玉を見せた。
「撃たれちゃったけど、エアリアが治療してくれた」
 イージェンがその玉をふところに入れた。
「逃げられたものはいそうにない。バレーに連絡は行ってると思うか」
 イージェンがちらっと後ろを見返った。
「あそこのベェエスはバレーにあって、リュミエルケーブルでタァウミナルと繫がってる。連絡が行かなくても、不正アクセスも侵入者のこともバレーにはわかってるよ」
 イージェンがリィイヴを抱き上げた。
「おそらくあなたがエンテロデェリィイト病理コォウドを流したときに切断しただろうけど」
 イージェンが少し考え込んでから、歩き出した。
「大魔導師の後継者がいることはわかっただろうか」
「協議会議員たちならわかるだろうね、もっともヴィルトさんと思うかもしれない」
 緊急報告としてキャピタァルに連絡される。パリスが知ることになるのは早くて三日後くらいか。それとも、続いて消滅させられることを恐れて、アーレのようにインクワイァたちが逃げ出してしまうか。
 急に眠くなってきて、イージェンの腕の中で眠ってしまった。
 
目が覚めたとき、ル・ダリス村の集会所の台の上で横になっていた。イージェンとエアリアは熱心に書き物をしていた。
「目が覚めたか」
 イージェンがエアリアに仮面の顎をしゃくった。エアリアが隅のテーブルから盆を持って来た。台の上に起き上がった。
「飲んでください」
 エアリアがスプーンですくい、ひとくち飲ませてくれたが、ひどく苦い薬だった。渋い顔をすると、エアリアがくすっと笑った。
「苦いですか」
 うなずいた。全部飲むようにと小鉢を渡された。
「粥でももらってきてやれ」
 エアリアが出ていった。イージェンが寄って来て、台の上に腰掛けた。
「あの軌条通路の途中まで溶岩で塞いだ」
 リィイヴが薬を苦労しながら飲み込んだ。
「キロン=グンド・ドゥーレも消滅させに行くの?」
 イージェンがしばらく黙っていた。迷っている、そんな感じだった。
「今回初めて『テクノロジイリザルト』を消滅させたんだが、あれ以上に質量が大きいものは、続けてできないかもしれない。やってみてもいいが」
 無理したら…死ぬかもしれない。
 イージェンがため息をついた。
「パリスがこのことを知ってどうするか」
「パリス議長ひとりでミッションを決められるわけじゃないからね、最高評議会での話し合いもされるだろうし」
リィイヴが全部飲み終えた。
「第一大陸の近くにエトルヴェール島というのがあるんだけど、知ってる?」
「ああ、それは南方大島(なんぽうだいとう)のことだ」
 船ならば地図を出せるがと言った。
「その島にラカンユズィヌゥという独立プラントがあるんだ。さっき、第三大陸で精製した《ユラニオゥム》を運び込むって言ってた」
 ラカンユズィヌゥはラカン合金鋼を精製する独立プラントだった。
「ラカン合金鋼の増産をしようってことか。それは何を意味する?」
 エアリアが戻ってきた。粥を食べるよう渡されたが、ひどく薄く、しかも無味だった。おいしくないというと、イージェンが肩をすくめた。
「たいていのシリィはそういうものを食べてる」
 それでも食べられるだけよいのだと言われ、なんとか食べた。さきほどの話を続けた。
「アーレが消滅したから、別のバレーの建設を考えてるかもしれないけど、通信衛星を打ち上げるビィイクルを作ろうとしている可能性もある」
 話しているうちに異様な疲労感を感じ、粥の鉢を持っていられなくなって、落としてしまった。
「リィイヴさん!?」
 エアリアが身体を横にした。熱が出ている。
「船に連れて行こう。ここには解熱の薬もない」
 イージェンが机の上のものをまとめて袋に入れた。村長を探し、話した。
「とりあえず水は、今朝教えた井戸からは汲んでいい。他はだめだ。作物や狩猟もまだできない。食料などの支援をするよう学院に指示しておく」
 村長が了解した。
 エアリアがリィイヴを背負った。イージェンがその上から外套を掛けてやった。
「落とすなよ」
 エアリアがむっとした。
「師匠、そんなに信用できませんか?」
 イージェンがふたつになった袋を肩にかけた。
「リィイヴに怪我をさせた。胸や頭に当たっていたら死んでたぞ」
 エアリアが悔しそうな顔を伏せた。
「まだまだだ。でも、よくはなってきた」
 イージェンが飛び上がった。エアリアは少し嬉しくなった。顔を上げ、飛び上がった。
(「イージェンと《瘴気》の地底抗」(完))


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