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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第140回   イージェンと《瘴気》の地底抗(3)
 子どものものをとりあえず集めてもらい、荷物をまとめた。
「全員船に戻ってくれ。そこで待っていてほしい」
 産んだばかりのマレラを動かすのは避けたかったが、置いていくわけにはいかなかった。イージェンが抱き上げてゆっくりと運んだ。何枚も敷物と座布団を敷き、赤ん坊は大きめの木箱に座布団を入れた急ごしらえのベッドに寝かせた。
 全員を乗せた『空の船』は、ゆっくりと船首を巡らせ、動き出した。
「バランシェル湖に浮かべておく」
 バランシェル湖は、ガーランドとウティレ=ユハニとの国境近くにある。
「カラダム湖のほうがよくないか?」
 ダルウェルがスキロス側にある場所を提案した。今はウティレ=ユハニからは遠ざけさせたほうがよいのではないか。
「ウティレ=ユハニの学院長に会っていく」
 アルバロにも来るよう伝書を出せと命じた。ダルウェルが避けてもいられないかとため息をついた。
「わかった。おまえたちはいつ戻ってくるんだ」
 イージェンが少し考え込んだ。
「あさってくらいには戻るつもりだ」
 そう言ってエアリアとリィイヴに出発すると言った。ヴァンがひどく緊張した顔でリィイヴの手を握った。イージェンたちがいたとしても危険なことには変わりない。
「大丈夫だよ、イージェンとエアリアがいるから」
 リィイヴがヴァンを抱きしめて、背中をさすった。急にラウドがエアリアの手を引っ張って船室に向かった。
「イージェン、五ミニツだけ待ってくれ!」
 エアリアが驚いてイージェンのほうを振り向きながらも連れて行かれた。
「五ミニツで済むのか」
 イージェンが言うと、イリィがぎょっと目を剥いて、はあっとため息をついた。
 ラウドはエアリアを自分の部屋に引き込んだ。
「殿下、みんながいる前で…」
 エアリアは恥ずかしくてたまらなかった。ラウドがぎゅっと抱きしめた。
「すまない、想いが叶って、浮かれていた。セラディムの王宮でセレンを危ない目に合わせてしまったし、アダンガル殿にヨン・ヴィセンのようなやつと思われたくなくて、身を正さなければと、そなたにつれなくしてた」
 そうかもしれないとは思ったが、このように、抱きしめてほしかった。
「無事に戻ってきてくれ、エアリア」
 口付けしながらさらに堅く抱きしめた。
「ラウドさま…」
 熱い手で触れられて、エアリアはやっと落ち着いた。
 やはり五ミニツで済むはずもなく、しばらくして戻ったときには甲板にはイージェンとリィイヴだけが残っていた。
「ずいぶんと長い五ミニツだったな」
 イージェンに言われて、ラウドもエアリアも頬を赤らめた。
「行くぞ」
 エアリアがリィイヴを外套で包み込むようにして抱きかかえた。
「気をつけて」
 ラウドが飛び上がる三人を見送った。
 ル・ダリス村を眼下にしながら、空に北東に向かっていく小さな点を見た。
 高地の崖から谷の底に下りていく。二〇〇〇カーセル級の高さから、ギューンと勢いよく下っていく。その速度にリィイヴは気絶しそうだった。エアリアにしっかりとしがみついていた。
生きながら解剖されてもなお死ななかったイージェンにも驚いたが、プレインでもなくこんなことができるエアリアにも改めて驚きと怖さを感じていた。見た目かわいい普通の女の子に見えるのに。この魔力というものはいったいどこからくるのか。
 イージェンが魔力のドームで身を包んだ。エアリアもならった。谷底には激流が流れていた。さかのぼっていく途中に崖側に大きな割れ目があった。その中に入っていく。その割れ目は次第に狭くなり、地中深く落ち込んでいっている。暗闇の中で先を行くイージェンが小さく光っているだけだ。
「暗くて見えないよ」
 不安になってリィイヴが声を震わせた。エアリアがぎゅっとリィイヴを抱きしめた。
「大丈夫、私には見えています」
 両側や上下が狭まった感じがかすかにわかる。少し息苦しさを感じてきた。おそらく気持ち的なものだろう。
 ドォオン!
 いきなり大きな音がした。岩が砕けたようだった。速度が落ちて、どこかにゆっくりと降り立った。頭の上から壁、足元まで、滑らかな灰色だ。目の前には一本の鋼鉄の軌条が延々と続いている。天井に等間隔に灯りが付いている。
「これがレェエルか」
 イージェンが指さした。リィイヴがうなずいた。この軌条をトレイルのような鋼鉄の箱が走って、ヒトやものを運ぶのだ。イージェンが西側に続いている抗に仮面を向けた。
「この軌条通路の先に…バレーがあるんだな」
「途中どうなってるか、わからないけど、方向的にはそうだね」
 リィイヴもそのほうを見た。イージェンが南側に背を向けて、逆方向に歩き出した。エアリアもリィイヴとその後に続いた。軌条通路の壁を破壊して侵入したが、警報のようなものは鳴らず、感知器はないようだった。ここから五カーセル。そこに《ユラニオゥム》精製棟がある。
「バレーのプライムムゥヴァ(動力)のコンビュスティウブル(動力源)を説明しろ」
 イージェンが周囲を見回しながら少し早足になった。追うようにしてエアリアとリィイヴも早足になった。
「第二と第三、それと消滅した第一は、ユラニオゥム。第四大陸は地熱プルゥム、第五大陸は合成ペトロゥリゥム、深海研究所《マリティイム》は深海マランリゥムだよ」
「かつて地熱プルゥムの不具合で地殻内異変を引き起こしたのに、また使っている」
 災厄のうち、乱火脈や乱水脈は、三千年前に地熱プルゥムシステムが暴走して地殻内の異変を起こしたために、岩漿(がんしよう)や地下水脈が乱れ、脆弱な地表を破って噴出してくることにより起こるのだ。三千年経ってもなお地殻内の異変は納まっていない。それなのに、また使用している。なぜ同じ過ちを繰り返すのか。『瘴気』のことにしても、巨大な動力源《コンビュスティウブル》がほしいがために危険性を顧みないのだ。テクノロジイはヒトの欲望を増大させる。ほんの少しの『炎』や『力』では満足できないのだ。
「そろそろだな」
 イージェンが足を緩めた。前方が行き止まりになっていた。壁の両脇に灰色の石の台があって、その一番奥に扉があった。その扉の脇には灰色っぽい硝子の小窓があった。箱で開ける仕組みだ。イージェンが指先でその硝子に触れた。硝子がポッと明るくなって、扉が開いた。
「打ち合わせどおりに。接続の時間は五ミニツ、表示できなければできないでいい」
 エアリアがイージェンの腕を握った。緊張しているようで少し震えていた。イージェンがエアリアの肩に触れた。
「行くぞ」
 イージェンの姿が消えた。エアリアがリィイヴを抱えて、瞬時に動いた。魔力のドームで包まれている。扉から廊下が続いていて、その奥に扉があった。その扉は自動的に開いた。
 広く明るいところに出た。ラカン合金鋼によって囲まれたドーム状の精製炉。巨大な灰色の筒がたくさん並んでいる。
「定期搬出、準備できたのか?」
 いきなり声がして、エアリアがイージェンをかばうようにして隠れた。筒の間から灰色のつなぎ服に顔も覆う灰色の頭巾のようなものを被ったふたりが話しながら歩いてくる。
「ああ、できてる。どうも第三大陸での精製分はラカンユズィヌゥに搬入するらしい。第三大陸で足りない分をこっちから回すって」
「アーレの分、どうするんだ」
 ふたりとも男で声からは若い感じがした。
「今回定期搬入先から外れてる」
 アーレ消滅はまだ公(おおやけ)になっていないようだ。とすると、この第二大陸のベェエスのデェエタは更新されていない。
「あのふたりが来た方に行ける?」
 リィイヴが去っていくふたりの後ろ姿を目で追った。エアリアがうなずき、そのまま飛び上がった。灰色の筒の上に飛び上がった。
「どこに下ります?」
 リィイヴが二列に並ぶ筒の両側の一方の壁を指した。音もなく降りた。壁には何台かのモニタァがはめ込まれている。モニタァは筒内部の状態表示画面になっている。テーブルに埋め込まれたボォウドを叩いた。エアリアが回りをうかがっている。
「誰か近づいたらすぐにわかりますから」
 リィイヴを安心させようと言った。リィイヴがモニタァに目を向けたままうなずいた。釦をトトッと叩く。パッと画面が変わった。
…アリスタはここではまだ生きてる。
 タァウミナルを動かすにはインクワイァの認識番号と暗証番号が必要だ。
認識番号は生涯変わらないもので、暗証番号は適時変更する。ただ、バレー内のデェイタの変更はすぐに反映されるが、他の大陸のデェイタは外部記憶媒体による定期更新をしなければならない。このバレーでは、まだアリスタは死亡したことになっていないのだ。
 アリスタは、リィイヴの生い立ちを知って、忙しいとき手伝ってと気軽に頼むときがあった。ある意味無神経ともいえるが、リィイヴは、腫れ物に触るようなこともなく、おおらかで好奇心の強いアリスタが好きだった。そういう性格だから、ファランツェリとも仲良くしていたのだろう。だが、ファランツェリは、どうせアリスタがあんな目に会っても眉ひとつ動かさなかっただろう。イージェンが解剖されることだってあらかじめ知っていたはずだ。リィイヴは特殊検疫後にも検査はするだろうとは思ったが、生きながら解剖するとは思わなかった。
…ぼくはあんな連中とは違う。
 画面が切り替わった。黒い画面の中に白い四角が現われる。その『窓』に表が表示された。
「エアリア、来た、これだよ」
 エアリアがはっとモニタァに目をやった。
「行くよ、表示間隔は〇三〇、覚えられるよね」
 瞬き程度の時間で次々に表示画面を変えるのだ。
「はい、どうぞ」
 エアリアは周囲への警戒がおろそかになることを心配しながらも了解した。
「開始!」


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