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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第14回   セレンと灼熱の魔導師(3)
 それからフレグは貴族や金持ち相手に蘇りの術を見せ、さらにクトに夜の相手をさせて、金品を受け取っていた。だんだんフレグの生活は派手になり、外で酒を飲んで娼館で遊ぶようになった。宿に泊まれるようになり、空腹のときはなくなったが、フレグは出かけないときも酒を飲み、酔って管を巻いた。
「俺はな、国王もお辞儀をするくらい偉い魔導師だったんだぞ、貴族も金持ちもみんな俺の機嫌をとりにやってきて、へこへこ頭を下げた。それが今はこんなざまだ。でも、また一旗上げてやるからな!屋敷を買って、従者を雇って…そんな暮らしできるようになってやる!」
 ウルヴが尊敬の目でフレグを見た。しかし、イージェンは冷ややかに見つめていた。クトは何度か身ごもり、そのたびにフレグが調薬した堕胎の薬を飲まされて血を流した。
 いつしか双子も十二を数えていた。イージェンには魔力があった。幼い頃からわかっていたが、家族に知られないように隠していた。父はわずかにあった魔力も枯渇したかのように使えなくなっていた。最初は自ら作っていた白靄も出すことができなくなり、光の剣も輝かすことができなくなっていた。なんとか仕掛けを作って、蘇りの術を演出していたが、最近では観客も怪しむようになってきた。もし、自分に魔力があるとわかってしまったら…おそらく、自分にあのまやかしをやらせるだろう。そんなことは絶対にしたくなかった。母はだんだん身体を壊すことが多くなった。まだ三十にもならないのに美しかった髪に白いものが混じるようになった。兄も相変わらず父が酒を飲んで機嫌の良いときはかわいがられ、機嫌の悪いときには当たられて、父の顔色ばかりうかがうようになっている。今だに父が蘇りの術を使えるのだと信じている。母も否定していない。もう少し自分が大きくなったら、母と兄と三人で逃げ出そう。貧しくても食べるくらいならなんとかなる。イージェンはその機会をうかがっていた。

 前の年に蘇りの術を披露してみせた貴族がまた見せてほしいと言ってきた。フレグは快諾してさっそく向かうことにした。イージェンはいやな予感がした。
「いかないほうがいい、なんかいやな感じなんだ」
 殴られてもいいと強行に反対した。案の定殴られたが、それでもひるまずに立ちはだかった。
「いいのよ、いきましょ、大丈夫、心配しないで」
 クトはこれ以上息子が傷つけられるのを見ていられず、賛成した。
 到着してすぐにそろって館の主に挨拶に行った。昨年はいなかった主の息子という若い男も一緒にいて、冷たい目で一家を見ていた。
「またお呼びいただきまして、光栄に存じます、本日はご挨拶のみにて…」
 フレグが言い終える前に主の息子が近寄ってきた。イージェンは張り詰めた気を感じた。こいつは危険だ。
「蘇りの術か…ほんとうにそんな術が使えるのなら!」
 ほんとうにあっと言う間だった。男は腰の剣を抜き、クトの胸を刺し貫いた。
「おかあさん!」
 ウルヴが叫んだ。クトは声もなく倒れ、血が床に広がった。あまりのことにイージェンも一歩も動けなかった。
「ああーっ!ク、クト!」
 フレグはクトに駆け寄った。
「さあ!生き返らせてみろ!」
フレグはただ震えるしかなかった。ウルヴが叫んだ。
「おとうさん!早くおかあさんを生き返らせて!」
男がフレグの道具袋を切り裂いた。中から白いローブ、短剣が出てきた。白いローブの裏側には血糊の入った袋が仕掛けられ、短剣は押すと引き込むようになっている模造だった。
「ふん、こんないかさまでよくも父上をだましたな」
 男が顎で兵に命じた。フレグを押さえ込ませた。
「なにが大陸一の魔導師だ、魔導師などきさまのようないかさま師ばかりだ!」
その両手首両足首を次々と切り落とした。
「ぎゃーあぁぁぁっ!」
 男は、のたうちまわるフレグから、双子のほうに目を向けた。イージェンはウルヴを隠すようにしたが、後ろから兵たちが襲ってきた。魔力を使い、逃げよう。そう思ったが、兵に棍棒で殴られて倒れた。ふたりともそのまま何度も殴られ、父と母の亡骸と一緒に屋敷の外に放り出された。貯えや荷物も奪われてしまった。ウルヴは母の亡骸にすがって泣き続けていた。フレグは血止めだけはされていたので命は取り留めたが、痛みに耐え切れずわめきちらした。
「いたいっ!なんとかしろ、なんとかしろ、なんとかしろ!」
 このままほおっておけば、この下衆は死ぬ。そうしたらウルヴとふたりで生きていけばいい。イージェンはそう思い、横たわったまま動かなかった。ウルヴが父の苦しむ姿を見ていられなくて、イージェンを揺り動かした。
「おとうさんを助けて、お願い、助けて…」
 誰が助けるか!そう言い返そうとしたが、ウルヴがすがってきた。痛む身体で起き上がった。きっと後悔する。そう思いながら、水を汲みに行き、薬草を摘んできて、手当てをしてしまったのだ。

 それからの二年間はそれまでは母がいたから耐えられたのだということを痛感するような悲惨な生活だった。箱車を作って父を乗せ、彷徨い続けた。父は苦しみを紛らわそうと酒に頼り、それまで以上にふたりを虐待した。ウルヴに身の回りの世話をさせ、イージェンのわずかな稼ぎに頼る日々だった。朝から晩まで山の中を駆け回り、食べるもの売れるものはないかと探した。冬になると、鉱山の下働きをしたり、屎尿の始末屋の手伝いをしたりした。魔力を使ってなんとかならないかと何度思ったことか、しかし、父と同じようになりたくなかった。


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