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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第136回   イージェンと黒狼王《リュドヴィク・ウティレ=ユハニ》(4)
 一部始終を聞いていたダルウェルは、複雑な上にさらに複雑になったと腕組みしてうなっていた。
「勇将グリエルが養子にしたいと思うほどでは、とてもカーティアにいこうといってもついてこないだろう。どうするか」
 それでも一応声を掛けるべきだなと決め、姿を探した。
 レガトが直属の部下の控え室に入った。伝令役に密書を渡し、すぐに出発するよう命じた。ルキアスには自分の部屋に来るよう告げた。
「いちおう、あの方を捕らえたときのことを聞いておこうか」
 向かいの椅子に座るよう示した。ルキアスが軽く頭を下げて腰を降ろした。
「今朝明け方に巡回兵が関門の内側に不審者を見つけたというので、何人かで捕らえに行きました。向かったものたちの囲みを突破して、逃げようとしたので、俺が捕まえたんです。詰所に連れて行くと、伝書を示して、イリン=エルンの特使で、王都に行きたいので通してほしいと」
 コンツァルが伝書を読んで特使の正体を知り、さらに被り物を払ってその顔を見て、小屋に閉じ込めた。その後、腹心たちと相談していたのだ。
「あいつら、腐ってますよ」
 みなで乱暴しようと話しているので、猛反対して、伝書とともに将軍のもとに連れて行くべきだと言うと今度はルキアスを縛り上げたのだ。
「あんな縄、抜けるのはわけないですから、それで先回りして」
 レガトが肩をすくめた。
「そんなことだろうと思った。傭兵部隊の弊害だ。今は開戦も近いし、無用の混乱は避けるが、いずれ痛い目に会わせてやろう」
 伝書を渡し、地図を開いて、カルダス州の離邸の位置を教えた。
「すぐに出発しろ」
 さほど離れてはいないので、一晩かければ明日の昼すぎには着く距離だ。金の袋も渡した。一緒に部屋を出て、奥の作戦室からティセアを連れてきた。
「わたしは行かない。イリン=エルンの王都に戻る」
 レガトの手を振りほどいた。レガトがその腕をがしりと掴んだ。
「縛って連れて行くようなことはしたくないので、おとなしく従ってください」
 その腕をルキアスに渡した。ルキアスもしっかりと握って引っ張っていった。ティセアが少しもがきながらも連れて行かれた。
 
 ウティレ=ユハニの王都は、限定的戒厳令が引かれ、夜間外出の禁止、ならびに王都出入の禁止令が出た。これは、自治州との開戦の際にも敷かれるものなので、王都の民としてはすでに慣れっこになっていた。今回もディ・ネルデール自治州との戦争が始まると思われていた。
 王宮は小高い丘の上を頂点に階段状の土地に各宮城が点在していた。頂点に建つ執務宮の最上階には、国王の執務室があり、国王は、ここで、王都を見下ろしながら、政務を執っていた。
 黒狼王とあだ名されるリュドヴィク・ウティレ=ユハニ王は、今年で三十歳、漆黒の髪と鋭い瞳、十年前父王が亡くなり即位した。締まった逞しい身体は、国王となった今でもたびたび自ら出陣するため、鍛錬を欠かさないからだ。このたびも出陣したくてうずうずはしていたが、それほどの激戦ともならないのでやめたのだ。『楽』な戦いなどに出て行っても価値はない。
九年前、ラスタ・ファ・グルアの姫ティセアを妃にと求婚したが、後継ぎのためと断られ、その後も妃を娶らなかった。若い頃から側室などはいたが、子どもは作らずにいた。
 昨年、隣国ガーランドの第一王女を正妃に迎えたが、これはあくまで政略的なものだった。
 報告書に一通り目を通し終わり、一息つこうと窓辺に立って夜の王都を見下ろしていた。従者が侍女長がやってきたことを告げた。国王が肩で息をした。
「用件はわかっている、追い返せ」
 従者がお辞儀して下がっていった。
昨夜、側室のひとりを訪ねたので、王妃が文句を言っているのだろう。義務でもあるし、王妃との間に王太子を儲けたいと思っているのだから、きちんと王妃も訪ねているのだ。これ以上文句は言われたくないというのが本音だった。
 従者が出て行ったばかりの執務室の扉が大きな音を立てて開いた。従者が止めようにも止められずおろおろとしていた。
「陛下!」
 入るなり甲高い声で叫んだ。深い緑色の天鵞絨(ビロード)でできたどっしりとしたドレスを着て、ふたつに結い上げた髷を同じ色の網で包み込んでいた。国王がちらっと見てから、不愉快そうに窓の外に目を戻した。
「王妃、後宮のものは、執務宮には入るなと言ってるだろう」
 アリーセが、ずかずかと国王に近づいた。
「あれほどお願いしているのに、なぜ、聞いてくださらないのです!」
 国王が扉口に固まっている従者や侍女長たちに手を振って、出て行かせた。
「おまえのところにも行って、おまえの言う義務も果たしている。これ以上文句を言われたくないぞ」
 アリーセが膨らんだ顔で首を振った。
「側室はみんな出て行ってもらいます、わたくしがひとりいれば充分でしょう、王太子もわたくしが産むのですから!」
 国王が目を細めて見下ろした。
「あのものたちは、おまえが来る前から俺に仕えてくれたものたちだ。追い出すなど、そんなことができるか」
 みな、子どもがほしいのを我慢して尽くしてくれているのだ。
「イヤなんです!後宮にいてほしくない、側室の侍女たちも一緒に追い出します!」
 顔を真っ赤にして、悲鳴のように叫んだ。後宮の侍女たちが、影でアリーセの容貌のことを笑っているのはわかっている。正妃なのだから、堂々としていればよいのだと言い聞かせても承知しなかった。
「おまえは賢いのだから、侍女たちのくだらんおしゃべりなど気にせずに魔導師のように毅然としておればいいんだ」
 アリーセの星暦は、魔導師が作ったものとして通用すると学院でも感心されていた。
「いやっ、いやっ!」
 頭を抱えて座り込んだ。月のものが近くなると、いつもこの調子だった。
「王妃、薬をもらえ」
 パンパンと手を叩いて従者を呼んだ。
「侍従医にいつもの処方をするように言え」
 侍女長と侍女たちが入ってきて、アリーセを抱えて連れ出した。侍女長に残るよう手招きした。
「この時期に具合が悪くなることはわかってるのだから、きちんと薬を飲ませろ」
 アリーセとともにガーランドから付いてきた侍女長だった。侍女長が頭も下げずに言った。
「陛下が、王妃陛下のお具合が悪くなることをご承知でご側室を訪れるのをおやめくださればよろしいかと」
 異国に嫁いできて心細いだろうといろいろと気遣ってやっているのに、不愉快なことを言う。しかも、同じことの繰り返しにさすがにうんざりしてきた。
「俺がいつ誰を訪ねるかなど、おまえに指図されたくない。王妃にもだ」
 侍女長が形だけお辞儀して出て行った。
 入れ替わるようにして、側近のひとりが入ってきた。
「グリエル将軍からの密書が届きました」
 木箱を差し出した。国王は首を傾げた。すでに開戦も近く、準備は万端、明日にはディ・ネルデール自治州の幹道を確保し、イリン=エルンに攻め込むはずだった。なにか異変が起きたのかと緊張して、箱を開いた。
 中にはグリエルの伝書と、しっかりと封がされた文書が一通入っていた。グリエルの伝書を開き、読んでいくうちに、戸惑った顔になった。側近が何事かと身を乗り出そうとした。国王が少し声を荒げた。
「用があったら呼ぶ、下がれ」
 側近が気にしながらも出て行き、扉を閉めた。

 ダルウェルは、いつルキアスに声を掛けようか、迷っていた。イージェンは、こんなことになっているとは露ほども思っていないだろう。場所はわかっていたので、翌日の昼に着くようにして、国境を見に行った。イリン=エルン側は、いちおう戦争の備えはしているというものの、士気も低いようで、最初から負けているようなものだった。学院は、何か手を打っているのだろうか。ジェトゥの意図がわからなかった。
 カルダス州に向かった。扇状の谷間(たにあい)の奥にグリエルの離邸があった。将軍の実家で、今は夏になると避暑として使っていた。すでにティセアとルキアスは到着していた。
ルキアスはティセアを置いてすぐに関門の街に戻りたかったが、侍従長への伝書に、王都からの護衛兵が到着するまで、ティセアを守れと書かれていた。
「いつ護衛兵、着きますか」
 侍従長に、王都の将軍宅に伝令を出し、到着するまで二、三日みてほしいと言われ、がっかりしていた。それを見て、ティセアが言った。
「すぐに向かってもかまわないから」
 ルキアスが首を振った。
「いえ、将軍閣下のご命令どおりにします」
 護衛というより、逃げないように監視しろということだ。引渡しするまでは責任がある。 
 ティセアの部屋の従者控え部屋で出された夕飯を食べながら、ちらちらとティセアのいる部屋への扉を見ていた。
「まさか、二、三日で終わっちまうってないよな」
 今回は大きな戦いだ。これで手柄を立てれば、兵士長から部隊長の下に数名いる副隊長への昇格もありうる。そうすれば、給金が何倍にもなるし、特別報酬もでるだろう。
「ディーヌに着る物でも送ってやりたいもんな」
 骨付き肉をかみながら、窓の外に気配を感じ取った。何者か。そっと肉を置いて、次の瞬間、窓に駆け寄った。窓の外には誰もいない。いきなり首を囲む腕が迫ってきた。
「いつの間に!」
 払いのけて床に転がろうとしたが、首を囲まれてしまった。
「くっそっ!」
 肘で腹を殴ろうとしたが、頭をパンパンと叩かれた。


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