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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第134回   イージェンと黒狼王《リュドヴィク・ウティレ=ユハニ》(2)
 ヴァンとリィイヴがなんとか乗れるようになった二日目の午後、追加で三頭馬を借り、五人で村の周辺を回ってくることにした。マレラが一緒に行けないので、イリィが心配した。アヴィオスが昨日の話をした。
「マレラと近くの市場に行ってきた。それほど遠くないし、ここの警邏隊の詰所もあった」
 治安は悪くないようだという。それでは行ってみようかと、馬場から出た。とたんに道が悪くなっていた。
「ひやぁ、これは、道が」
 ヴァンが手綱を引き締めた。悪路だ。ふつうはこんな道ばかりだろう。リィイヴが緊張でカチカチになっていた。ふつうにしているときはいいが、もし馬が驚いたりして暴れ出したら、制御できそうにない。
…でも、乗れるようになったら…
 エアリアと一緒に『遠駆け』とかできるようになるかもと思った。市場からの帰りの様子から、また前のように楽しく話しができるかもしれない。ラウドには申し訳なかったが、エアリアとは仲良くしたかった。
「速足」
 先頭のラウドが両脚で馬の腹を柔らかく蹴った。馬の速度が上がった。イリィが続く。
「おまえたちも」
 最後尾のアヴィオスがヴァンとリィイヴに言った。ヴァンはすぐにならって走り出した。リィイヴがもたもたしていると、アヴィオスが鞭でリィイヴの馬の尻を軽く叩いた。
「わぁっ!」
 リィイヴの馬が駆け出した。アヴィオスが伴走した。
「足で脇を締めて、手綱を少し引け」
「は、はい!」
 先頭が快調に飛ばし出した。
「駈足!」
 ラウドが全速で走らせた。ドドーッと激しいひづめの音が響く。道は少し平らになっていて、幹道といわれる道のようだった。リィイヴは馬の腹を蹴ったはいいが、あまりに速くて振り落とされそうになり、馬にしがみついた。顔が上げられない。
「わあっ!」
「しっかり前を見ろ!」
 アヴィオスが鞭でリィイヴの尻を叩いた。
「ひっ!」
 思わず顔を上げた。アヴィオスはかなり手厳しい。前方にけっこう大きな窪みがあった。ラウドたちがうまくその窪みを飛び越えていく。ヴァンはなんとかついていった。もう目の前まで来てしまっている。停まることもできない。
「怯えるな!」
 伴走するアヴィオスが怒鳴った。しっかりと手綱を握った。馬は軽々と窪みを越えた。しばらく走ってから、丘の上に達し、先頭のラウドが足を緩めた。
「あそこだな」
 見下ろした先に街があった。ゆっくりと丘を降りて、街に入った。小さな街だが、市場があった。
「近郊の村からの作物が集まっていて、重宝されているそうだ」
 アヴィオスがラウドに説明した。市場の手前で馬を降り、警邏隊の詰所に預けようとした。留守番の若い兵士しかいなかった。
「隊長たちは、昨日王立軍の再編の命令受けて、州都に行きました。イサン村の方を畳んで、こっちに移ることになりそうです」
 詰所そばの飯屋に入り、水を頼んだ。
「いよいよなんでしょうか」
 ラウドがアヴィオスに耳打ちした。アヴィオスが回りを見回し、うなずいた。
「同盟国としての体制を整えるんだろう。参戦しないだろうが、礼儀としてな」
 万が一、ウティレ=ユハニが不利になれば投入するだろうが、聞いた限りではそれはないようだった。
 ラウドが青ざめていた。エスヴェルンではカーティアと緊張状態になったことはあったが、戦争は久しく起こっていない。未経験であることを漏らすと、アヴィオスが小さな声で話し出した。
「俺は、戦時は王立軍の将軍なので、戦争に参加したことがある。大陸の西側の国が、昔取られた州を返せと攻め込んできたんだ。国力から言えばまったく話にならないのだが、新しい国王が即位するときに必ず仕掛けてくる。くだらない風習なので、俺が王都まで攻め入って、今後しないよう約束させた」
 風習とはいえ、被害はそれなりに出る。そのときも、両国は百数人の戦死者を出した。
「王都まで攻め入ったなら、侵略してしまえたのでは」
 イリィが身を乗り出した。アヴィオスが、口汚しにと出てきた木の実の皮を剥いて口にほおりこんだ。
「ドゥオールが調停に入ってきた。それで、第二王女をあちらの王太子に嫁がせて終戦にしたんだ」
 ラウドが敬意に満ちた目でアヴィオスを見つめた。文武に優れていると思ったが、実戦の経験もあるのだ。
「兄上はいろいろと経験されているんですね。俺などなにも…」
ラウドがしょんぼりとして言うと、アヴィオスが皮を剥きながら吐息をついた。
「戦争なんて知らなくて済むなら、そのほうがいい」
 争いごとなんてものは…とつぶやいた。

 ずっと泣き続けで泣き止まないマレラを置いて、ダルウェルはウティレ=ユハニと隣国イリン=エルンの国境にあるディ・ネルデール自治州に向かった。マレラのことは気になったが、魔導師である以上、真義と秩序のために勤めなければならないことはわかっているはずだった。
 ディ・ネルデール自治州は、希少な金を産出する鉱山があった。その自治を守るために、強固な軍隊を組織していた。かなり信憑性のある噂によれば、商人組合《ヴラド・ヴ・ラシス》が軍費の一部を負担しているのではないかということだった。イージェンが言ったようにたやすく落ちはしないのだが、統合がヴラド・ヴ・ラシスの利益と一致すれば、ウティレ=ユハニ軍を通過させる可能性がある。
「あいつ、今でも根に持ってるのか」
 情が深く、義理や恩には厚く報いてきた男だ。妻とした女が情よりも身分や名を選んだことが許せなかったのだろうが、あれほど好きなのに、このままでよいのだろうか。
「もし会ってもつらいだけか」
 すでにヒトとしての営みはできないのだ。好きであればあるほど、会うのはつらいだろう。

 すでに午後遅くになっていた。目的の地には夜になる前に着くが、少し手前で降りた。ウティレ=ユハニ軍が駐留している場所だ。西の港からの荷物も通る幹道の関門の街で、それなりの大きさだ。そろそろ夕飯の仕度頃のため、あちこちで湯気が立ち上っていた。
 ルキアスの手紙によれば、所属部隊はウティレ=ユハニ王立軍のグリエル将軍が指揮している派遣軍の先鋒隊だという。グリエル将軍は、かつて国王直属の部隊『無敵の牙』で幾多の戦功を上げた勇将だ。国王の親友でもある。
「ずいぶんとえらい部隊に配属されてるな。なにか武功を上げたのか」
 これほどの部隊となると、下っ端もそれなりの経験と実績のものを配備するはず。若年の雇われ兵であるルキアスがふつうに所属できる部隊ではない。
 屋根の上に上がり、屋根伝いに上から様子を探った。
「やれやれ、イージェンの覗きを非難できないな」
 ぼやきながら、『耳』を澄した。部屋の中の声も聞こえる。
「…のう、関門を越えようとしたものがいたそうだが…」
「…将軍閣下のところに連れて行くのがいいと思うんだが」
 どうやら、関門を越えようとしたものがいて、捕まえたらしいが、部隊長が将軍に報告するのを渋っているようだった。
「将軍のいる本営はここではないということか」
 思った通り、一両日中には関門が開かれ、先鋒隊がディ・ネルデール自治州を通過し、その幹道を固めることになっていた。イリン=エルン側の関門に達すればすぐに戦端が開かれる。
ジェトゥはどうするつもりなのか。国が破れても、特級魔導師は大陸のそれぞれの学院に編入される。しかし、その編入は大魔導師シャダインが仕切っていた。学院のある国が敗れたのは、今から七十数年前が最後だ。その後は分裂した国がふたつあったので、逆に学院を分割したのだ。
「今回そうなったら、イージェンが再編するってことか」
 そんなことをジェトゥが受け入れるだろうか。なにがなんでも回避しそうだ。
捕まったものというのが捕らえられているところに向かった。街のはずれの馬小屋らしかった。馬はいないようだったが、それでも藁が敷かれているだけで獣臭い臭いが漂っているだろう。小屋の前で番をしている兵たちに近づく影があった。側の木の上で見下ろしていたダルウェルがその影を見て驚いた。
「ルキアス!」
 ずいぶんと大きくなって、しかもたくましくなっていた。頬に大きな傷がある。イッパシの兵士のようだった。ルキアスは番兵のひとりの首筋に手刀を叩きつけた。うっと倒れるのに気づいたもうひとりの腹に拳を叩きつけた。
「おいおい…まさか、虜囚を逃すのか」
 そんなことをしたら、軍規違反で処刑されるだろう。
「まあいいか、『トンズラ』する理由にはなる」
 番兵の腰から鍵を取り、開けて中に入った。すぐにひとり抱えて出てきた。兵装だったが、やけに小柄だった。中にはひとりしかいなかったようだった。ふたりで小屋の裏の林に入っていく。馬の気配がした。二人で騎乗して駆け去っていく。小屋のほうが騒がしくなっていた。
「おい!起きろ!」
 何人かが倒れていた番兵を揺り起こした。
「ぶ、部隊長!なにものかが」
 部隊長と言われた小山のように大柄な男が番兵を蹴り飛ばした。
「なにものかだと!あの小僧に決まってるだろう、早く追え!」
 兵たちが散らばっていく。
「まずいな、ふたり乗りだと速度が落ちる」
 ただ、もうすぐ日が暮れる。どうするか。ルキアスがなにをしようとしているのかを見届けたい気もする。いざとなれば、助ければいいかと後を追っていった。


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