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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第132回   イージェンと混乱の大陸《キロン=グンド》(6)
イサン村の村長の家で朝を迎えたラウドたちは、朝飯を済ませて、借りた二頭の馬とともに警邏隊の馬場に向かった。最初にラウドとアヴィオスが軽く慣らしで馬場を何周かした。アヴィオスが自分の乗ったほうが気性が荒くないとイリィに渡した。
イリィがヴァンを修練している間、少しは身体を動かさないと、とラウドとアヴィオスはその横で剣の稽古をしていた。リィイヴが所在なくしていたが、船からもってきた書物を読むことにした。センティエンス語の教本だった。
…これ…もしかして…これで書かれている本が見たいな…
 馬小屋の前の椅子に座っていたところにマレラが駕篭(かご)をもってやってきた。みんなにひとやすみさせようと茶を入れるのだという。リィイヴが警邏隊の詰所に行って、やかんに湯を貰ってきた。
 みなに声を掛けると、ラウドとアヴィオスが汗を拭きながらやってきた。その後からヴァンがイリィの肩にすがりながらよたよたと歩いてきた。
「腰と尻が痛い」
 涙目で尻を擦った。皮がすりむけたらしい。椅子に座れないほどのようだった。
「この後はリィイヴ殿と交代しましょう」
 リィイヴが手を振った。
「ぼくはいいです、身体動かすの苦手だし」
 ラウドが茶をすすった。
「そなたも馬くらい乗れないでどうする。ずっとエアリアの後ろに乗せてもらうのか」
 面白くないかやはり。
「わかりました」
 軽く頭を下げた。アヴィオスがマレラに尋ねた。
「イージェン殿のこと、よく知っているようだが」
 マレラが干し果物をかじってうなずいた。
「四年前になりますが、災厄のときに、師匠ダルウェルの師匠アランドラ大師が連れてきたんです。アランドラ大師は亡くなったんですが、その後、しばらく三人で暮らしていました」
 イージェンが国外追放になり、ダルウェルとマレラも学院から追放されたので、一緒に国外に出て、修練したのだ。
「ヒト遣いが荒くて、まあ、自分もやるからいいんですけどね、おまけにヒトのやることなすことケチつけるし、酒は樽ごと飲んでしまうし」
 樽ごと飲むのはダルウェルもだろう。マレラはおしゃべりなのだろう、話出すと止まらないようだった。
「すぐに殴るし、とはいっても、女には手を上げないんですけど。わたしがまずいことをすると、代わりに師匠を殴ってました」
 そのイージェンがエアリアには手を上げた。よほど怒ったのだろう。ラウドは自分たちの浅はかさを悔いていた。だから、身を正さねばと思い、また、アヴィオスにヨン・ヴィセンのようにだらしのないものと思われたくなかったので、わざとエアリアにつれなくしていた。リィイヴと出かけて帰りが遅かったときも心配だったし、昨日もおとといも、ずっと抱きたくてたまらなかったが、我慢したのだ。
「とにかく乱暴だし、いえ、伝書とか、それはそれはきれいな筆跡で立派な文章書くんですけど、ふだんはわざと乱暴にしているといえばそうかもしれないんですけど」
 ダルウェルを追い出した学院長を縛り上げて、ブンブン振り回したことなどを面白おかしく話した。
 ラウドがアヴィオスと顔を見合わせて苦笑した。
「手癖が悪くて、どこからか書物やら紙やら『拝借』してくるなんてしょっちゅうで、それだけじゃなくほんとに粗忽で、いつだったか、とんでもないことに、うちの師匠を娼館に連れていって…」
 マレラが言いかけて、みなの呆然とした視線に気づき、はっと固まった。
「も、申し訳ございません、お耳を汚(よご)しまして…」
 あわてて頭を下げて、大きな腹をゆらしながら行ってしまった。
「やはりイージェン殿はただものではないな」
 アヴィオスが苦笑いした。ラウドも卑俗なことを経て来たからこそヒトを語ることができるのだろうと思った。ヴァンが首を傾げた。
「ショウカンって、なんですか」
ラウドが真っ赤な顔をし、アヴィオスも困ったようにしていた。イリィがあわててヴァンの耳元で言った。
「ここではちょっと…後で教えて差し上げます」
 さてと、とアヴィオスが腰を上げた。それを期にみな立ち上がった。ラウドが、イリィが連れて行こうとしたリィイヴに言った。
「俺が教えてやる」
 リィイヴがこわばったが、仕方なく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
 馬場に向かっていくふたりの背中を見送りながら、ヴァンがイリィに尋ねた。
「リィイヴ、さっきの俺よりしごかれる?」
 イリィが眉を寄せた。
「いや、そんなことはないと…」
思うが。
アヴィオスがイリィに尋ねた。
「少し周辺を回ってこようと思うがいいか」
 あまり離れないほうがいいと言うと、いつのまにかやってきて茶器を片付けていたマレラが声をかけた。
「よろしかったら、買い物しにいくので、お手伝いいただけますか」
 イリィが、魔導師が一緒ならいいでしょう、くれぐれも気をつけてと注意した。
 ふたりがいなくなってから、イリィがヴァンと剣の稽古をと修練場に向かいながら話した。
「娼館というのは、金を払って、女を抱くところです。都や大きな街、港などにあります」
 ヴァンが感心した。
「へぇ…金で」
 マシンナートに貨幣はない。その代わりに労役や実績に応じた点数が配分され、それを使って、配給以外の品物や用役(サービス)を受けることができる。テェエルでのミッションから帰ったとき、かなりの点数がついていた。アリスタのことはあきらめるしかないのだから、分相応にワァカァの女の子と遊ぶ時に使おうと思っていた。それが新しいミッションがあるからとバルシチスに呼び出されて、あの部屋に連れて行かれたのだ。
「エスヴェルンに帰ったら、連れて行ってあげますよ」
 ヴァンが目を丸くした。
「いや、いいよいいよ、金もってないし」
 そのくらいはおごりますとイリィが笑った。
「ただし、殿下には内緒ですよ」
 女を知ったので子どもの恥じらいがなくなってきている。とにかく好奇心旺盛だから、エアリアが相手ならばともかく、娼婦などに興味をもたれたら困る。
 ヴァンがちらっと馬場のほうを振り返った。ラウドに絞られているのだろうかとリィイヴを心配した。
(「イージェンと混乱の大陸《キロン=グンド》」(完))


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