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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第131回   イージェンと混乱の大陸《キロン=グンド》(5)
 四年ぶりにナルヴィクの地を踏んだ。最初にアランドラの墓を訪れた。小さな果樹が植わっていたが、まだ幼樹で花は咲いていなかった。
 イージェンが、声を掛けた。
「ばあさん、ひさしぶりだな」
しばらく見下ろしていたが、その前に両膝を着いた。両手を土に着け、ゆっくりと頭を下げた。
「わが師匠アランドラ師、弟子イージェンです。ヴィルトの仮面を継ぎ、大魔導師となりました。師の深き恩に報いる機会を得、これ以上の喜びはありません。師の教えを守り、ヴィルトの遺志を継ぎ、空と地と海と、そこに住いする民と生きとし生けるものを《理(ことわり)》に従い、守ります」
 ダルウェルがぐすっと鼻をすすり、腕で目を擦った。イージェンが立ち上がった。
「じゃあな」
 立ち去りがたく振り返りながら、後にした。
 かつて七つあった村は、今はひとつの村に統合されていた。ル・ダリス村では、八百人あまりが住んでいた。災厄の時に百五十人近くが亡くなっていた。それも災厄が原因ではなく、橋を渡って逃げようとするものたちを押し返そうとした王立軍に殺されたり、あわてて逃げる途中で崖から落ちたり、折り重なったりしての死だった。
「イージェン様が大魔導師様になられたとは、なんと、ありがたいことでしょう。これからもこのル・ダリス村をお助けください」
 ル・ダリス村の村長が地にひれ伏した。イージェンが立つよううながし、最近の様子を尋ねた。
「中心地域以外での草木や獣の育ち具合は、災厄以前とほとんど変わりません。水は雨水をろ過して使っています。かなり不便です」
 食料もザカ高地から運んでいた。イサン村の近くに畑を借りて、そこで穀物や野菜などを作っている。
「そうか、今回俺が調査して、よい結果が出るといいんだが」
 『瘴気』の汚染がどのくらいか、四年前は調べる術がなかった。とにかく、住むのはいいが、飲み水食べ物は使ってはいけないと厳しく言っておいたのだ。
「ダルウェル、獣を何種類か捕まえておいてくれ。エアリアは中心地域から何箇所かから一年草と四年目の枝を取ってこい。打ち合わせどおりに」
 ダルウェルとエアリアが了解して散っていった。イージェンは、村長の案内で村の集会所に向かった。
 集会所の前には、すでに何人かの村人が集まっていた。みな、仮面の姿に驚いていた。中に入って、村の名簿に従い、調査すると告げた。
 名簿の筆頭は村長だ。村長を座らせ、横に立った。鑷子(せつし)で、消毒の酒が入った鉢に小さな綿を付け、村長の耳たぶを拭いた。
「まったく痛くない。怖がらなくていいからな」
 村長が目をつぶってうなずいた。イージェンが左手の人差し指で一度耳たぶをひっかいた。血が滲んだところを返す指先で掠め取り、中指を光らせて、傷を塞いだ。あっという間のことだった。
「どうだ、痛かったか」
 村長が首を振った。
「いえ、まったく」
 なにも心配することはないとみんなに伝えるようにと命じた。すぐに村長の家族が入ってきた。イージェンと聞き、孫娘のディーヌがじっと見つめてきた。
「ほんとうにイージェンなの?」
「ああ、ディーヌ、ずいぶんと大きくなったな」
 四年前は九つだったから、今年十三だろう。驚いて、両膝を着いてお辞儀した。
「イージェンさま」
 イージェンが苦笑した。
「ルキアスはどうした」
 ディーヌの兄で、十七になっているはず。やんちゃないたずら小僧だった。
「お兄ちゃんは軍隊に入っちゃったの。それもガーランドじゃなく、ウティレ=ユハニの」
 村長も困っていた。他にも何人か出て行ったきりのものがいて、今回分かる範囲で呼び戻しているが、全員は無理だという。
「しかたないな。ここのみんなを調べれば、だいたいわかるだろう」
 夜になるまで、延々と同じことをして、みんなの血を採取していった。ようやく今日のところは終わらせて、集会所でひとりでいると、ディーヌがルキアスからの手紙を持って来た。
「近く戦争があるって手紙が三の月の終わりに届いて、それっきり」
 たどたどしい字で書かれた手紙を見た。それでも読み書きが出来るのはたいしたものなのだ。
「自治州攻略部隊に配属になったとあるな。ディ・ネルデールだとすると…」
 やはりイリン=エルンを侵略するのだろう。
「どうしてウティレ=ユハニ軍に入ったんだ」
 ディーヌではわからないようだった。村長の娘が食事の盆を持って来た。ルキアスとディーヌの母親だ。ルキアスのことを尋ねると、ため息をついた。
「お金稼ぎたいから軍人になりたいけど、ガーランドの王立軍は、父さんを殺したからいやだって言って。ロエンヴィンの叔父を頼っていったんですよ」
 ロエンヴィンの叔父というのは、この村出身でヴラド・ヴ・ラシスの本拠にいるのだ。
「なるほど、ヴラド・ヴ・ラシスは兵士も売り買いするからな。この手紙を見るかぎりでは、ルキアスは優秀な兵士のようだが」
 すばしっこく、なにより思い切りがいい少年だったので、いい指導を受ければ、それなりの兵士になっていそうだ。
「なにもわざわざ兵士なんかにとは思いますが」
 自国を守るためならともかく、雇われ兵になどなるものではない。最前線で盾に使われ、敗戦となればまっさきに殺される。母や妹が心配するのも当然だろう。それに軍紀が乱れがちなので、村を襲って金品を奪ったり女に乱暴したり盗賊まがいのことに手を染めることもありうる。
「金を送ってくるのか」
 高地での農業や狩猟ができないので、かなり貧しいのだ。手紙には、なんとか金を稼いでやるから、心配するなと書いてある。
「去年から出稼ぎに出て行くものが増えています。そうでないと、暮らしていけないので」
 もし、今回の調査でよくない結果ならば、移住も考えないといけないだろう。アルバロを動かして、どこかきれいな土地を提供させればいい。生まれ故郷を離れるのを嫌がるだろうが、飢え死にするよりはいいだろう。
 ふたりが帰ったあと、ダルウェルが戻ってきた。
「獣たちは、アクタム村に捕まえてある。明日にでも調べるか」
 盆の上の堅パンをかじった。イージェンが村の名簿をめくった。
「ヒトの調査に時間がかかりそうだ。これから行ってすませてしまおう」
 エアリアがまだ戻ってきていなかった。ダルウェルにルキアスのことを話すと、複雑な顔をした。
「あいつ、家族思いだからな。自分が手を汚してもひもじい思いをさせたくないんだろう」
 災厄のとき、子どもながらに村のために奔走していた。ダルウェルは自分が学院長だったら、王宮に連れて帰りたいと言っていたのだ。
「連れ戻すか、カーティアは人手不足だ。見込みのあるやつを連れて行けば喜ぶだろう」
 国王側近のフィーリに預ければと考えた。ダルウェルがうなずいた。
「他の大陸でも戦場で働くよりは、ずっといいだろうしな」
 給金も出るだろうから、アルバロに送って届けさせてもいい。そのくらいは使ってやらなくてはと笑った。
「土壌と湧き水の採取が終わったら、連れ戻しに行って来い」
 ダルウェルは、明日は、決めた場所の土壌と湧き水の採取をすることになっていた。イージェンが腰を上げた。ダルウェルが一緒に立ち上がった。
「エアリア殿は」
「北側も採取してくるのかもしれんな」
 今日は南側だけ採取してくる予定だった。書置きをして集会所を出た。
 アクタム村は、今は廃村だった。溶岩で塞いだ中央地域に一番近いところにある。馬小屋の中を仕切って、何種類かの獣が入っていた。馬、牛、狼、うさぎ、かごに小鳥とねずみ、大型のとかげが入っていた。
「馬や牛は、災厄のときに放置されたものが野生化したものだ。もとから野生の牛が東側にいるが、そいつも捕獲してくるか」
「いや、それは俺が直接調べに行く。東側はアンダール・ファソール滝がある。地下水も調べなくてはならないからな。遡ってくる。そっちは、土壌・湧き水採取のときに虫やみみずも一緒に入れてこい」
 話している間も、獣たちから血を掠め取って調べている。ダルウェルが調べたものから餌を与えて放していった。
 終わってすぐ、イージェンはそのまま東側に向かった。ダルウェルは集会所に戻った。


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