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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第129回   イージェンと混乱の大陸《キロン=グンド》(3)
「二の大陸は、セクル=テュルフと違って、争いごとが多い大陸だ。五の大陸もそうなんだが、分裂統合を繰り返している。今統合の時期に入っているらしく、自治州を吸収したり、隣国に攻め入ったりしている」
 イージェンが立ち上がった。エアリアも立ち上がり、地図を真上から見た。差し棒を持ったダルウェルが説明し始めた。
「これは地図というより勢力図だ、俺が来る前にクザヴィエの学院長のところに寄って情報を得てきたから、最新と言っていい」
 クザヴィエはキロン=グンドの小国だが、学院長はなかなかのやり手で情報を集めるのが得意だった。ダルウェルとはなぜか気が合うらしく、流浪の途中で何回か寄留していた。
 勢力図は非常にこと細かく、自治州を含めて国名、王名、後継者名、学院長名、おおよその軍事力、軍費、経済指標である年間の国内生産高などが書き込まれていた。これまでに統合されてしまったものも青いインクで書かれていた。
「ここが問題のナルヴィク高地、この地域は全体的に標高が高い。その中でもこの高地は、四方を切り立った崖で囲まれ、一箇所だけ、この隣のザカ高地と吊橋で繋がっていた」
 ザカ高地は三方を緩やかな稜線が描かれているのを見てもわかるように、山が変形したもののようだった。その地域は、かなり昔、大陸の背骨といわれるほどの大山脈だったが、大魔導師たちがその一部を残して消滅させたらしい。したがって、このテーブル状の高地群は自然に出来たものではない。
 現在大陸で大国といえるのは、イリン=エルン、長く国王の心の支えであった母后がなくなり、国王は心痛から病に臥せっていて、王太子もまだ幼いため、国政が不安定。ここ十年でかなり強引に自治州の統合をしたため、反乱分子の潜伏も心配されているという。
イリン=エルンと並んで力があるのが、ウティレ=ユハニ。国王リュドヴィクは今年三十、黒狼王とあだ名されている。即位前はもちろん即位後も王立軍の大元帥としていくつもの戦争や匪賊討伐に勝利してきた。その直属部隊は『無敵の牙』といわれ、大陸一の精鋭部隊である。豪胆な反面、けして短慮ではない。ここ二、三年で自治州をいくつか統合し、近々イリン=エルンとの国境にある自治州を攻め込む予定。イリン=エルンと戦争する準備ではないかというもっぱらの噂だ。昨年隣国の王女を正妃に迎えている。
その隣国というのが、先の両国には劣るが、安定した国力と地力を持ち、両国内で均衡を保ってきたガーランド。ダルウェルの故国だ。先王には世継ぎがなく、王弟の嫡子が即位した。第一王女をウティレ=ユハニ王の正妃としている。
「とにかく性格は悪くないんだが、『ヒトがいい』というか、アルバロに丸め込まれた宮廷の連中の言いなりになっていた。でも、今回王女をウティレ=ユハニ王に嫁がせたので、そちらに傾く決意をしたんだろう」
 ただ、アルバロの意図とは異なっている。アルバロとしては、イリン=エルンとの関係を悪くしたくないはずだった。宮廷の中でアルバロとは反対の意見の勢力が増したということだ。もともとウティレ=ユハニ王に嫁ぐ話は出ていなかった。誰かが持ち出したとしか思えない。学院の誰がが動いている可能性がある。
「ただ、そこまで工作するようなやつが思い当たらない」
 この三国に続くのがスキロス、ハバーンルーク、ヤンハイ、ドゥルーナン、そして学院がある国として一番小国なのが、クザヴィエ。自治州は二十を越える。ここに商人組合《ヴラド・ヴ・ラシス》の連中がさまざまな形で介入しているのだ。
「戦争は商売になるからな、ここと五の大陸でやつらが幅を利かせているのは争いが多いからだ」
 イージェンが地図を指した。
「複雑ですね、セクル=テュルフは、エスヴェルン、カーティア、東バレアス、ルシャ=ダウナの四国しかありませんし、自治州はないですから」
 上からのぞきこんでいるエアリアが難しい顔をした。他の大陸の国名や位置は学院でも学ぶので分かるが、それ以上は学院長以外あまり知らないのが実情だ。
「ウティレ=ユハニとイリン=エルンが戦争になったら、どちらにつくか、あるいは中立を保つかで各国の政情は混乱するだろう。ヤンハイとドゥルーナンは、水源地の自治州を巡って、長いこと不仲で、小競り合いはしょっちゅうだ」
 ダルウェルが顎鬚を擦って大陸の端を示した。ヤンハイとドゥルーナンは大陸の西側だった。
とにかく、戦乱で、マシンナートへの警戒どころではない状態になりそうなのだ。イージェンが高地の中心を指でトントンと示しながらふたりに尋ねた。
「海岸からかなり離れた高地の地下に『瘴気』の元である《ユラニオゥム》の精製所があると思われる、そこまでマシンナートたちがどうやっていくのか、見当つくか」
 エアリアは首を傾げた。ダルウェルも身体を傾けた。
「トレイルで移動してるんだろ。もっともこの山岳地帯で見かけたという報告は聞いたことはなかったが」
 イージェンが腕組みした。
「ここから先はリィイヴに聞こう、エアリア、呼んでこい」
 ダルウェルがちらっと棚の時計を見た。
「リィイヴ殿、今日は疲れてるんじゃ」
 もう寝ているだろう。後は明日にすることにした。
 エアリアが下がっていった。ダルウェルも横になると、部屋を出て行った。

 エアリアは寝ずに船首甲板に座り、覚えさせられた船長室の書物の内容を思い出しながら、夜明けを待った。記憶を呼び起こすための集中は、余計なことを考えずに済む。
ラウドのことも、リィイヴのことも、父母や弟のことも、なにもかも、意識から外れていく。頭の中が、目の前の海原のように、静かに、冷たく、音もなくなっていく。その中から浮かび上がってくる、頁そのもの。目の前にあるがごとくによみがえってくる頁を読んでいく。数値や文章はぶつぶつと唱え、図表は床に指で書いていく。艦橋からその様子をイージェンが見ていた。
「俺よりも記憶力はいいかもしれんな」
 大魔導師になる前に同じことをやったら、負けたかもしれない。
「得手不得手はあるか」
 得意な分野で伸ばしていくか。
「それにしても、そのエアリアを負かすリィイヴも恐ろしいな」
 ファランツェリも同じだといっていた。そんなマシンナートがぞろぞろいるのかと思うとぞっとする。
「だが、テクノロジイから切り離されたら、あいつらの知識は役にたたん」
 バレーの中枢ベェエスのデェイタをすべて消失させてしまったら、作業棟やプラント、精製棟のシステムは停止し、プライムムゥヴァはただのガラクタになる。マシンナートは食べるものも着るものも作れない。いや、空気さえも作れなくなって、息をすることもできなくなる。アウムズのことさえなければ、マシンナートを滅ぼすことなどわけはないのだ。
 『空の船』が暁の海へと降りていった。

 二の大陸キロン=グンドへは海を航行して近づいていった。
イージェンが、午後にみんなを艦橋に集合させた。
「もうすぐ上陸する」
操舵管の前にある板に触れると、前面の窓の手前に緑の幕が現われた。アヴィオスが驚いて窓に近寄り、穴が開くほど見つめていた。手で触れてみようとした。だが、手は幕を通り越してしまった。
「それに触れようとしたのは、あなたがはじめてだな」
 イージェンが苦笑した。
「あ、いや、どうなっているかと」
アヴィオスがてれたような笑いを見せた。緑の幕にはキロン=グンドの東側の地図が映し出されていた。
「これからこの船は、ガーランドの中央に位置するナルヴィク高地に向かう。俺とエアリアは、『瘴気』の被害についての調査をする。それには一日二日掛かる。ダルウェルは、マレラを迎えに行ってくれ」
 ダルウェルが了解と手を上げた。
「調査の後、俺とエアリア、そしてリィイヴの三人でナルヴィク高地の地下に向かう」
 自分の名を言われてリィイヴが目を見張った。
「殿下たちは、その間に限り船の中で待っていてほしい」
 地下調査の打ち合わせを船長室の隣ですることになった。ダルウェルも呼んだ。入ろうとしたリィイヴをヴァンが止め、耳元で言った。
「ドゥーレ精製棟って、まだ稼動してるかもしれないんだろ?どうなるんだ?」
 リィイヴが目を伏せた。
「アーレと同じになるね、イージェンはそのつもりだよ」
 ヴァンも聞くまでもなくわかっていたが、アーレはパリス議長が大魔導師たちを殺そうとして、自爆させたようなものだ。今度はそうではない。青くなっているヴァンにリィイヴがたしなめた。
「ヴァン、この先、他のバレーや独立プラントをみんな消滅させていくんだよ。いちいち気にしてたら、もたないよ」
 ヴァンにもわかっている。
「俺はいいよ、もう思い残すことはあっちにないから。でもおまえは…」
 両親がまだ他のバレーにいる。メイユゥウル(優秀種)だから、兄弟も何人かいる。
「ぼくもないよ」
 あるわけがない。あんな両親や兄弟たちなど、単にジェノム上のつながりがあるだけだ。
ヴァンが足元のリュールを抱いて、中に入ってくリィイヴを見送った。
 中に入ると、床に地図が広げられていた。ナルヴィク高地付近の地図だった。
「リィイヴ、二の大陸に行ったことはあるか」
「第二大陸には行ったことないよ」
 もう一枚の地図をその上に広げた。二の大陸全体の地図だ。
「『瘴気』の精製所がここにあると思われる。バレーは比較的海に近い場所に作られてるが、ここは大陸のほぼ中央だ。どうやってここにヒトやモノを運んでいるか、運び出しているか、わかるか」
 リィイヴが珍しく険しい目で地図を見つめた。


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