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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第123回   イージェンと空の船《バトゥウシエル》(3)
 顔を泣き崩したアダンガルが必死に手を伸ばそうとしたが、イージェンがその手を掴んで止めた。
「あいつ…俺がどんなにこれを大事にしてるか、知ってるくせに…叩きつけて…壊した…」
 それが引き金となったのだ。ラウドがしげしげと見た。
「これは…カサン教授が持っていたものと…」
 よく似ていた。一度だけそれを使っているところを見たことがある。開いて、指で叩き、何か言っていた。それが形見?ということは、まさか…。
「アダンガル様の母君は…マシンナートなんです」
 アリュカが指で目元をぬぐった。イージェンが、なおも掴もうとしているアダンガルを押さえながら、その小箱をリィイヴに差し出した。リィイヴが壊れている箱を開き、さらに後ろを見た。
「これは…ブワァアトボォウドという個人端末…ちょっと古いものだけど」
 身分がどうのではないという意味がようやく解った。母親がマシンナートではとうてい王位を継ぐことなどできない。
「今から二十六年前の夏のことです…かなり強い海嵐が来て、マシンナートのトレイルが山道を越えているときに崖崩れに会って、谷底に落ちたのです。アランテンス様が残骸を始末に行かれたとき、マシンナートたちはみな死んでいたのですが、ひとりだけ生き残った女の子がいて、近くの村人が助けていたのです。アランテンス様もその場で殺すことができず…王宮に連れて帰ってきたのです」
 怪我が治ったら、別のトレイルの近くにでも放そうと思い、しばらく療養させていた。ところが、そのときの王太子が異端の女の身体に興味を持って、まだ幼い娘なのに乱暴したのだ。アランテンスはそのとき大陸の北側の国々を回らなくてはならなくて、王宮にいなかった。
 戻ってきたとき、王太子が王太子宮で監禁していたその女の子は身籠っていて、もう産まれる寸前だった。産まれたのがアダンガルだった。父親の王太子はちょうど隣国の王女を妃に迎えたばかりで、先に王子が生まれているとも言えず、しかも母親がマシンナートということもあって、ときの国王が、自分が侍女に産ませた子どもとしたのである。
「先王陛下は今の陛下と違って、お心が優しい方でした。アランテンス様も自分の配慮が足りなかったと…償いのおつもりで、母君を離邸に置かれ、アダンガル様を育てられたのです」
「では、アダンガル殿はヨン・ヴィセンの兄君…」
 ラウドが意外に若いのではと見たのは間違いではなかった。今の話からすると、アダンガルはまだ二十五くらいだ。
 イージェンが小箱を指した。
「それを持っていたということは、アダンガル殿の母親はインクワイァか」
 リィイヴが首を捻った。
「もし本当にアダンガルさんのお母さんがマシンナートだとしたら」
 リィイヴが言いかけて小箱をしげしげと見た。
「そのお母さん、まだ子どもだったんですよね」
アリュカがちらっとアダンガルを見た。
「ええ…十歳くらいだったと…」
イージェンが仮面を逸らし、吐き捨てた。
「あの親子、畜生にも劣るな!」
イージェンが小箱を取り、アダンガルの手に返した。
「イ、イージェン殿…」
 アダンガルが驚いた。
「アランテンスの遺言があったことは知っている。亡くなる前にヴィルトにも頼んでいるからな、それには従おう、あなたが死んだら俺が始末する」
 そういってアダンガルを立たせた。
「だがな、あなたの母親が残した形見はこんな箱じゃなく、ここにある」
 イージェンがアダンガルの胸を指で指した。アダンガルがその指す先を見つめ、戸惑った顔を上げた。
「その脈打つもの、あなたの命そのものだ。だから、そんな箱、壊れようがどうしようが、どうでもいいんだ。あなたが生きていることが大事なことなんだ」
 アダンガルが堅く目をつぶって、小箱を握り締めた。
「そう…そうだな…それなのに、俺は怒りに任せて…とんでもないことを」
 この形見が支えであったことは否めない。だが、それを壊されたからといって、激情にかられて手を上げることはなかったのだ。
「いや、いつかは同じことになっただろう。そんなやつらの仕打ちにいつまでも我慢することはない。後のことは、アリュカに任せて、俺たちと一緒に来ればいい」
 ラウドがうれしそうにアダンガルの腕を抱えた。
「アダンガル殿、ぜひ、そうしてください!」
 母親がマシンナートだとしても、母が王族のヨン・ヴィセンなどよりよっぽど立派な王族に育っている。きっとリィイヴと共によい話し相手になってくれるだろうと内心かなりはしゃいでいた。
 エアリアにサリュースが使っていた部屋に案内するよう言った。ラウドが自分が案内すると扉を開けた。アダンガルがアリュカの手を強く握った。
「アリュカ、あの娘たちの世話を頼む、親たちにも謝らずに来てしまった」
 アリュカがぎゅっと握り返した。
「お任せ下さい、けして悪いようにはいたしません」
 ふたりが部屋を出て行った後、リィイヴが話し出した。
「あの小箱、ブワァアトボォウドは、確かにインクワィアでないと持てないものだよ。ただ、インクワィアは受胎制限を受けていて、子どもはすべて優性管理局というところで決めた組合せのみで作られる。あらかじめ採取して保管している精子と卵子をラボの中で受精させて、ワァカァの女性の子宮に入れて育てるんだ。だから、インクワイァはやたらに子どもができないよう処置される。でも、もしアダンガルさんのお母さんが当時十歳くらいだったら、まだ処置されてなくて、ミッション中にメンシズ、大人の徴(しるし)が来て妊娠したってことになる」
 エアリアやダルウェルがよくわからないが、なにか不快なものを感じて、吐き気を抑えるように口を手で覆った。アリュカも被り物の白い布で口元を隠した。イージェンが肩で息をした。
「何度聞いても気持ちが悪い」
 椅子に座り、みんなにもかけるよう手を振った。リィイヴも腰掛けた。
「アダンガルさんのお母さん、その年でミッションに参加してたってことは、ぼくやファランツェリと同じメイユゥウル(優秀種)だね」
 それも、同じ『系列』。
イージェンが額に指をつけた。
「おまえも処置されてるのか」
 リィイヴが目を見開いて、ちらっとエアリアを見た。エアリアは顔を伏せていた。
「ぼくはインクワイァだったときは射精できる年じゃなかったから、処置されてないよ」
 イージェンがアリュカに尋ねた。
「内政に干渉したくはないが、どう始末つけるつもりなんだ」
 アリュカが少し考えてから身を乗り出した。
「アダンガル様には母君の問題はありますが、幼少の頃からのお人柄や仕事ぶりを知って、影ながらお味方するものたちも少なからずいるのです。ただ、反乱を起こすにしても、王太子殿下だけでなく、国王陛下も廃さなければならないので、容易ではありません。それによしんば成功しても、やはりアダンガル様を王位につけることは難しいです」
 ダルウェルが難しそうにうなった。
「王女の婿も無理だしな」
 イージェンも現状では難しいと思った。
「ドゥオールの老王がなくなれば事態が動くだろう。ゾルヴァーは手ごわいだろうが、ドゥオールを統合すべく画策しろ。王太子は使えるだけ使え」
「それはすでに動いております。大陸北の国アラザード王国の学院長とは…実はいろいろと話をさせていただいています」
 やはり学院長というものはくせものばかりだ。いずれ全員と会わなければと思った。
「その学院長がゾルヴァーと繋がっていることもありうる。注意して動けよ」
 アリュカが了解して急ぎ戻るとお辞儀した。エアリアが見送りについて行った。
「なにかうまい手はないもんか、アダンガルを為政者にする手は」
 イージェンは王室や宮廷の操作や策略は経験もないし、ヴィルトやイメインの記録にもそうしたものはないのだ。そうした裏の事情や操作は、記録に残したくなかったのかもしれない。
 セラディムは肥沃で国力のある国だ。商業交易が盛んで、ヒトの行き来も多い。当然ヴラド・ヴ・ラシスの影響力を受けやすい。しっかりした為政者と学院でないと、付け入られるだろう。学院の操作があるとしても、大魔導師が次々に亡くなっていったここ五十年余りは、いろいろと不具合が出ているのだ。ダルウェルが顎髭をゴリゴリッと擦った。
「学院の厨房で聞いた話だが、第一王女というのが大公家に降嫁しているんだが、息子がふたりいて、若いがすでに寡婦なんだそうだ」
 息子のひとりを世継ぎとして、その摂政にしたらどうか。第一王女は第一妃腹で、第一妃は王女しか産めなかったため、正妃亡き後も正妃になれなかった。国王や王太子のふしだらさには呆れているということだった。
「当然といやぁ当然なんだが、正妃ともそうとう仲が悪かったようだ。アラザード王の伯母上だというから、アリュカ殿もこのあたりをすでに押さえているのでは」
 イージェンもその線でいくのかもしれないなと同意した。
「できれば、そうした領土覇権や王政に関して気をつかいたくはないんだがな」
まったくだとダルウェルが大きなため息をついた。


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