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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第119回   セレンと極南列島《クァ・ル・ジシス》(5)
 イージェンが船に戻ると、ダルウェルたちをはじめ、みな甲板に出てきていた。イージェンがひとりだったので、ダルウェルが眉をひそめた。
「セレンはどうしたんだ」
 イージェンが振り返った。
「今来る」
 小さな影がたちまち船に近づき、ふたつの小さな身体が降りてきた。
「アートランは船長室に、セレンは朝飯を食べて来い」
 アートランがセレンを甲板に降ろした。
「アートラン…」
 セレンが心配そうに見送った。ダルウェル、エアリアも来るよう言われた。
 リィイヴがセレンに近寄った。
「セレン、心配したよ」
 頭を撫でた。セレンが少し離れたところにいたラウドの前に行った。
「殿下、ごめんなさい、心配かけて」
 うなずいたラウドもセレンの頭を撫で、肩を抱えて、食堂に向かった。
 船長席に座ったイージェンは、アートランに椅子に座るよう示した。
「これを読め」
 アートランの前に修正前の総会議事録と附記を投げた。アートランが表紙をちらっと見てから、嫌そうに手に取ると、勢いよく頁を捲って、たちまち最後まで見終えてしまった。机の上に戻して、足を組んだ。
「…あんたは学院で育ってないんだ、いいな。俺も外で育ちたかったよ」
 正直にうらやましがっている感じだった。
「おまえがそんな風に言うとは思わなかったな」
 アートランがエアリアをちらっと見た。エアリアが眼を逸らした。
「あそこでまともなのはアダンガル様だけだ、あとはクソだ」
 イージェンが椅子に深く身を沈めた。
「それは同意見だな、事情があるようだが、アリュカも腹を括るときだろう」
 アートランが附記をもう一度手に取った。
「このマシンナートの現状って、今までは学院長しか知ってはいけないことが出て来るけど、特級全てに読ませていいの?」
「どうして学院長しか知ってはいけないこととわかる」
 アートランが肘掛けに肘を置き、頬杖をついた。
「俺はおふくろの腹の中にいるときから、おふくろの心を読んでいたから、生まれる前から『学院長』なんだよ」
 心が読める…。
さすがにダルウェルもエアリアも気味悪く思えてきた。
「…こいつのおふくろって…まさか…」
 見当がついてダルウェルが唖然とした。イージェンが肩で息をついた。
「やたらにヒトの心を読むな。読んでも言うな。おまえが思う以上にヒトには知られたくない奥底があるんだ」
 イージェンが言うと、アートランは返事せずに附記をゆっくりと読み直し始めた。
「南方海岸での戦争に使われたマリィンって『瘴気』を積んでいたの?」
 興味を持ったか。
「マリィンの動力源、コンビュスティウブルは合成『ペトロゥリゥム』だった、ミッシレェも通常弾道だったから、『瘴気』は積んでいなかった」
 アートランが鼻をならして、附記を閉じて、机に投げた。
「南方海岸に沈んだマリィンの残骸、始末してよ。海が汚れる」
 イージェンがうなずいた。
「二の大陸から戻ったら、始末しに行く。おまえも極南方面の動向に注意しろ」
 アートランがくくっと笑った。
「それをさせたいから、セレンを俺にくれるんだろ?」
 イージェンが黙った。ダルウェルがきつく言った。
「そうなのか?そういうことで、あの子をこいつに…」
 イージェンが手を振った。
「そんなわけないだろう。こいつはそういう理由でもつけないと、学院のために動けないんだ、今までつっぱってたからな」
 自分も似たようなものだったので、それは理解できるのだ。
「フン、俺はあんたのいいなりにはならないよ、自分で動きたいように動くだけだ」
 そう言いつつ、実は図星のような顔をしていた。イージェンが附記だけは持っていくように言った。
「それと、セレンには生ものを食べさせるな、必ず火を通せ。腹を壊しやすいから、カンヴァラの茶を精錬したものを飲ませろ。そのままだと苦くて飲みにくいから、氷砂糖溶かして。海水につかったら、真水で身体と髪を洗ってやれ。北方の生まれだから、肌が弱い。最初は日焼けがひどくならないように気をつけろ、遊んでばかりいないで手習いや算術も教えてやれ」
 ふてくされているアートランにさらに事細かにいろいろと言いつけた。ダルウェルとエアリアが半ば呆れて小さく肩をすくませ合った。
「おまえもきちんと服を着ろ」
 アートランはやっと終わったらしいと附記を握った。イージェンが棚から赤い書筒を取ってエアリアに渡した。
「仕度してやれ」
 エアリアがお辞儀して、アートランに顎を引いて見せた。エアリアが先に立ち、アートランが髪を振って出て行った。
 ダルウェルが眼をすぼめ、顎の髭をしごいた。
「いいのか、好きなものは食っちまうらしいぞ」
 イージェンが出て行くよう手を振った。ダルウェルが両膝に手をあててかったるげに立ち上がり、出て行った。
 エアリアが少し待つようにと自分の部屋にアートランを入れた。セレンの服やらをまとめ、戻ってきた。
「自分の服あるの?」
 首を振る。小柄なので、ラウドでも体格が合わない。しかたなくエアリアが自分の胴衣と外套を渡した。
「こんな暑苦しいもの…」
 そう言いつつ受け取った。エアリアが目を合わせないようにしているのに気づいた。
「俺に心を読まれるのが怖いの?」
 意地悪く言った。エアリアが黙って包み布に荷物を入れて縛った。
「姉さんもあの女の娘だな、男好きだ」
 にやっと笑った。顔を逸らそうとしたエアリアを覗き込んだ。
「あの女、子どもはサリュースとしか作らないけど、それ以外にも『お盛ん』だよ」
「私はあのヒトとは違うわ」
 腹立たしい。あのヒトを母とも、この子を弟とも思いたくない。
「姉さんだって、殿下がいるのに、あのマシンナートに手握られて、どきどきしてたじゃないか」
 心を覗かれてる感覚にぞっとした。
「いい加減にして。大魔導師様に言われたでしょ、やたらにヒトの心を読むなって」
「あのマシンナートはその気だよ」
 ドキッとした。
 アートランが胴衣を頭から被り、外套で身を包んで、包み袋を掴んだ。
 セレンは食堂でみんなと食事をしていた。アートランとエアリアが入っていくと、振り向いた。リィイヴが立ち上がった。
「君も食べる?」
 リィイヴをじっと見つめて、返事せずにセレンの手を取った。
「行くよ」
 茶を飲みかけていたセレンが戸惑いながらも茶碗を置いて立った。セレンが自分で一緒に行こうとしている。セレンはアートランと一緒にいたいのだ。自分たちといるよりも…。みな、さびしい気持ちになった。
向かい側に座っていたラウドがアートランの手を掴んだ。
「そなたも茶くらい飲んでいけ」
 アートランがラウドを見て、セレンの隣に腰を降ろした。リィイヴが茶を入れてその前に置くと、じろっと見返してから、茶の匂いを嗅いだ。エアリアが食堂から出ていった。
ゆっくりと茶碗に口を付けた。セレンがほっとした顔で自分も飲んだ。
「ヴィルトが来たとき、殿下のことを話してたな。エアリアといたずらばかりして困るって」
 ラウドが顔を赤らめた。
「いったいいつの話だ、ヴィルトも余計なことを」
「のんびりしてて、うらやましかったよ、セラディムの王宮は殺伐としてるから」
 ラウドが眼を上げた。思い切って聞いてみた。
「セラディムの学院はなぜアダンガル殿を推さないんだ」
「ヨン・ヴィセンを廃せない。あいつの母親はドゥオールの王女だった。ドゥオールのじじぃが死ねば、他に直系がいないから継承権を主張してドゥオールを統合することができるかもしれないんだ。それで様子を見ている。それにアダンガル様には王位継承の資格がない」
 アートランがまともな会話ができたことに驚いた。ラウドが低くうなった。
「国王陛下の弟君だろう?母君の身分が低いからか」
 母の身分が低くて、王弟といっても王子でないこともある。でも、間違いなく血筋ならば、長じてからでも王子として承認することもできないわけではない。
アートランがちらっとリィイヴたちを見た。
「身分もなにも…」
 小刻みな揺れがあり、『空の船』がゆっくりと空中へと離水していった。


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