20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第115回   セレンと極南列島《クァ・ル・ジシス》(1)
五大陸学院総会二日目、議事録修正前と修正案を配布、全員で読み終わり、議長であるセラディム学院長アリュカが議長札を一度縦置きしてから横にした。エスヴェルン学院長サリュースが続き、次々に了承していく。最後にドゥオール学院長ゾルヴァーも了承した。
「ここまで直していただけるとは思いませんでした。学院のこと、少しはお分かりいただけてきたようですな」
 ゾルヴァーが文書を閉じて唇に勝ち誇ったような笑いを見せた。背中を椅子に預けたイージェンが手を振った。
「為政者をはじめおまえたちの性根を叩きなおすのは並大抵ではいかないとわかった。今、急務がある。こんなことに時間を掛けるわけにはいかないんでな」
 こいつが満足するなら、たいていの学院長は受け入れるだろう。附記を見るよう示した。全員が附記文書を開いた。
「一、マシンナートの現状報告、二、各大陸十年間のマシンナート活動報告提出命令、三、マシンナートを発見次第、伝書発信のこと、四、二の大陸キロン=グンド・ナルヴィク高地の土壌、水質、人体の汚染検査、大魔導師イージェン来訪にて実行、五、元ガーランド学院長ダルウェルの復帰ならびに一の大陸セクル=テュルフ・カーティア学院長就任、弟子マレラ同行の承認、六、全ての学院の特級魔導師に大魔導師イージェンへの直接伝書用書筒配布、以上」
 イージェンが目次を読み上げた。サンダーンルーク学院ソテリオスが手を上げた。
「ダルウェル殿を学院に復帰させるのはかまわないと思うのですが、他の大陸の学院長というのは前例もなく…」
 イージェンが立ち上がった。
「なんでも最初にやることに前例はない。アルバロを罷免して、復帰というのも考えたが、ダルウェルを罷免した連中との関係もあるし、今ひとりでも特級を遊ばせておくわけにはいかない。俺のように死刑囚に相当するようなやつでも動かなければならない。アルバロにも性根を入れ替えて勤めてもらう」
 アルバロがひとまずほっとして肩の力を抜いた。
附記について、いくつか質問や修正が出ると思ったが、それほどのこともなく、説明し終わった。むしろ、こちらのほうがイージェンとしては主眼なので、ほっとした。
「この附記は特級に読ませろ。特級以外のものへのマシンナート警戒については、おまえたちからうまく言え。これを怠ると大変なことになるからな、肝に命じておけ」
 各大陸で出席しなかった学院の分を複製して配布、必ず受領した旨の伝書をイージェン宛に送るよう命じた。
 全員が立ち上がり、胸に手を当ててお辞儀した。議長アリュカが閉会を宣言した。
「これにて五大陸総会閉会します」
 三々五々散会する中、ダルウェルがサリュースとルシャ=ダウナ学院長ベリエスに挨拶をした。
「一度二の大陸に戻って、弟子を連れてきてから改めてまた挨拶文を送るので」
 サリュースが釘を刺した。
「弟子に子どもを産ませるのはいいが、親子の名乗りはできないぞ」
 ダルウェルがうなずいた。
「わかっている」
 復帰するとなれば覚悟の上だった。今はひとりでも手が必要な大事な時期だ。わたくし事は捨てなければならない。
 イージェンがアルバロとジェトゥに帰りがけに『空の船』に来るよう言いつけてから近寄ってきた。
「ナルヴィク高地の検査をしにいくから、そのときにマレラを拾ってこよう」
 ベリエスは先に帰るという。イージェンがそのうち訪問するというと、お待ちしておりますと喜んで頭を下げた。
サリュースが落ち着きなく周囲を見回していた。ソテリオスを見つけて近寄り、何事か話していた。
 アリュカが学院の教導師から耳打ちされ、イージェンに宿舎に戻ってくれるよう頼んだ。アリュカも一緒に向かった。
「どうした」
 早足のアリュカに尋ねた。
「セレンがうちのアートランに連れて行かれたとかで」
 宿舎ではラウドが心配らしくうろうろと歩き回っていた。
「イージェン!セレンが…」
 イージェンが座るよう椅子を指した。
「途中でエアリアが講堂を出て行ったな。セレンを探しに行かせたのか」
 ラウドが頭を下げた。
「すまない…心配で、もしエアリアが連れて帰れるものならばと」
 自分も行きたかったが、エアリアに止められたというのだ。
「どうして俺に伝言なり寄越さない。殿下もエアリアも同じことを繰り返してどうする」
 アリュカも謝った。
「悪いのはアートランです。必ず連れ戻しますので、どうかお許しを」
 アダンガルが伝書を送らせた特級と一緒に入ってきた。
「俺が書いた伝書にも返信をよこさない。おまえに行ってもらうしかない」
 アリュカに言い、イージェンに頭を下げた。
「我が国での不始末の数々、この頭を下げたくらいでお許しいただけるとは思わないが、そこを曲げてどうか…」
 イージェンがすっとアダンガルの包帯に触れた。
「熱を持っている。このままだと膿むぞ」
 アダンガルが丁寧にイージェンの手を退けた。
「おかまいなく、いつものことなので。それより早く」
 アリュカにうながすよう手を振った。アリュカが小さく顎を引いて出て行こうとした。イージェンが止めた。
「エアリアに任せろ」
 アダンガルを座らせて包帯を取った。もう膿みはじめていた。そっと傷口に指を置き、指先を白く光らせた。すぐにきれいになった。
「このような気遣いしてくださらなくてもよいのだ」
 アダンガルが疲れたような声で言った。イージェンが、アリュカに『空の船』に積み込む食料などの手配を頼んだ。
「代金はサリュースに請求してくれ。あと、ここの国王陛下に挨拶する。すぐに出発するから略式で」
 リィイヴたちが入ってきた。
「すぐに出発するので、準備しろ。セレンのことはエアリアに任せてある」
 イージェンが、リュールを抱えた女に気づいた。
「なんだ、その娘は」
 リィイヴが事情を話すと、手を振った。
「早く返せ」
 ヴァンにべったりとくっついていて、口を尖らせた。
「やだよ、ヴァンと一緒にいるんだもん!」
 イージェンが追い立てた。
「おまえが抜けたら一座が困るだろう、それにすぐにこの大陸を出る。連れては行けない」
 リィイヴが女の手を取った。
「行こう、送ってもらうから」
 女は真っ赤な顔をして泣き出した。
「うるさい!泣くなら外で泣け!」
 イージェンがいらだって怒鳴ったので 、ヴァンが急いで外に引っ張っていった。
「ごめんな、あの子が連れて行かれて、ちょっといらいらしてるんだよ」
 しおれている女を慰めた。
「仲間のところに帰りなよ。どっちにしても一緒にいられない」
 女がリュールを床に降ろし、ヴァンに軽々と飛びつき首に腕を巻きつけて、口付けした。ヴァンが驚きながらも抱きしめて、しばらく唇を重ねていた。ちいさな温かいぬくもりがうれしいと同時に悲しかった。すとんと降りてからまたリュールを抱き上げた。すねたように口を尖らせた。
「だれにでもするわけじゃないからね」
 リュールを押し付けて、手を振った。
「ひとりで帰れるから」
 さっさと行ってしまった。あわてて追いかけた。
「おまえ、名前は」
 振り返った。
「ヒュグドゥだよ」
 リィイヴが特級と出てきた。王宮を出るときに誰か一緒でないと出してもらえないのでと特級が案内していった。ヴァンが去っていくヒュグドゥの後姿をしばらく見ていた。リィイヴが声を掛けた。
「イージェンに連れて行ってくれるよう、頼んでみる?」
 お互い気に入ったのなら、許してくれるかもしれない。ヴァンが首を振った。
部屋に入って荷物をまとめた。イリィを手伝い、隣の部屋からも荷物を持ってきた。ラウドが略式ながら改まった服に着替えた。
「イージェンと挨拶に行って来る。サリュースを探して、来るように言え」
 ラウドがイリィに命じた。アダンガルが包帯を巻きつけたのを見て、イージェンが首をかしげた。
「事情がある、このままに」
 すぐに治ったとわかると、機嫌が悪いだろう。二、三日辛そうにしていたほうがいいのだ。
 サリュースが駆けつけてきて、船で移動して執務宮に向かった。サリュースが少し遠慮がちにイージェンに話しかけてきた。
「イージェン…先に帰っていいか」
 二の大陸に一緒に行く必要はないだろうと言い出した。
「ナルヴィク高地を見たがると思ったんだが、おまえが必要ないというなら先に帰っていい」
 突き放すような言い方でそっぽを向いた。かなり機嫌が悪いのだとみんな口をつぐんだ。途中で国王は後宮にいるとの伝言が来た。
 後宮に向かい、応接の間に通された。少し待たされてから、国王が出てきた。
「国王陛下、総会にて承認されました、大魔導師ヴィルトの後継者イージェンです」
 アリュカが丁寧にお辞儀をして紹介した。イージェンが片膝を付いて頭を下げた。
「国王陛下、ヴィルトの後継者として仮面を継ぎましたイージェンです。急ぎ出発しなければならないのですが、挨拶だけでもと思い、伺いました」
 国王が立つように言い、しげしげと見つめた。
「もっとゆっくりしていかれればよいのに。ラウド殿に見せたいものや会わせたいものたちなどもいるのだが」
 奥から王太子がやってきた。
「ラウド殿、もう帰られるのか、残念ですな、もっとお話したかったが」
 ラウドがびくっと肩を動かして下を向いた。顔を見たら『首根っこ』掴んでしまうかもしれなかった。
「父上、ラウド殿に土産をお持ちいただいてよろしいか」
 王太子が国王に耳打ちした。国王がうなずいた。
「よいのではないか、お気に召したのなら」
 後で持たせるというので、早くその場から逃れたい気持ちもあり、あまりよく考えずに礼を言い、下がった。しかし、国王の言葉を思い返して、ラウドがしまったと振り向いた。
「まさか…」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 55441