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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第113回   セレンと水上市場《レヴィーシャンティ》(4)
 踊りが終わり、全員が一列に並んで一斉にお辞儀した。一段と大きな拍手が起こり、台に向かって次々に銅貨が投げられた。ラウドがイリィに投げるよう示した。イリィが銀貨一枚投げると、真ん中の女が獅子の頭の口で受け止めた。にっこりと笑いかけてきた。
 見物客たちが散っていく。ラウドが地元の布を少し欲しいのでとアダンガルに頼んだ。
「こちらには絹織物があると聞きました。伯母の土産にしたいんです」
 伯母とは亡き母の姉、リュリク公妃である。アダンガルが屋台ではない店を紹介した。王室御用達というところだろう。なかなかの店構えで身なりのよい女主人が出迎え、薄い絹織物をたくさん出してきた。ラウドがそっと手で触った。
「絹はとても珍しいです。ほとんど手に入りません」
 大陸間の貿易はほとんどされていない。もちろん表向きはだが。エスヴェルンの王族や大公家は質素だ。贅沢品を無理にでも手に入れようとはしない。一反求めれば、ショールなら何枚か取れそうだ。淡い黄色に金色の糸が織り込まれたものがよさそうなので値段を聞くと、女主人は小さな紙に書いてイリィに渡した。イリィが驚いてラウドに耳打ちした。
「殿下…とても無理です…」
 そんなに値の張るものとは思わなかった。ラウドが先ほど通った天幕の店の中に端切れをたくさん売っていた店があったのを思い出した。
「たいへん美しいものを見せてもらった、ありがとう」
ラウドが丁寧に頭を下げ、布を返した。アダンガルにも頭を下げて店を出た。
「気に入らなかったのかな、それなら別の店を…」
 ラウドが手を振った。
「先ほど途中で見た店に布の端切れがあって、それがいいかなと。そのほうがいろいろな織や色が楽しめるし」
 いくらなんでも一国の王太子であるのに高くて買えないとは言えない。
五大陸の貨幣単位は共通だが、大陸ごとに多少の価値の差はある。その差を査定するのが、商人組合ヴラド・ヴ・ラシスである。
ティケアは肥沃な土地が多く、もっとも豊かな大陸だ。戦火の耐えないキロン=グンドやトゥル=ナチヤはいつも疲弊している。ラ・クトゥーラは砂漠や荒野が多く貧しい。セクル=テュルフも北のエスヴェルンは冬が厳しい時期が長く、それほど肥沃ではない。南方海岸地方を持つカーティアが、一の大陸の中では豊かなほうだった。
端切れを売っていた店はさきほどの広場の側だった。絹の端切れが山と積まれていた。短いのでショールも無理だが、貴婦人たちが持つ飾り手巾にできる。量り売りで、いろいろな色のものを選んで求めた。隣の通りは装飾品の店が並んでいるのだという。
「地図や書物の店はありませんか」
 また船に乗り、古物などを扱っている市場に案内された。地図の店に入ろうとしたとき、セレンが側の露天の前で止まった。
「どうした」
 セレンがじっと見ていたのは、木を彫って作ってある魚のおもちゃだった。店の主人が気づいて差し出した。
「坊ちゃん、ひとつ、どうかい?」
 セレンは首を振って、ラウドの後に隠れた。ラウドが受け取り、しげしげ見た。
「これはセティシアン?」
 主人がうなずいたので、イリィに言った。
「買ってやれ」
 セレンがラウドの袖口を引っ張った。
「いりません」
 欲しいのに遠慮しているのがわかったので、セレンに握らせ、イリィに手を振った。イリィが金を払っている間に店に入った。
 さすがに水路図はないかと思ったが、売っていた。
「商人や漁師たちが行き交うのに必要なので、機密ではないんだ」
 アダンガルの説明に、なるほどと水路図、王都の地図を三枚、大陸の地図を二枚買い求めた。
 リィイヴは途中で見た店の品が気になり、ヴァンとセレンを地図の店の前に置いて見に行った。遠目で見ていたが、ついに近くに寄った。店の主人は四十がらみの男だったが、簡素だが素材のよい服装のリィイヴを見て上客と思ったのか声を掛けてきた。
「にいさん、どうかね、お安くしとくよ」
 その売り物を指で示して尋ねた。
「こういうものはたくさんあるんですか?」
 主人は示す先をちらっと見た。そしてリィイヴを手招きし、耳元でひそひそと言った。
「いや、たまたま先日旅のヒトが持ち込んできてね」
 金は持っていなかったが、値段を聞いてみた。主人は、ちょっと考えてから、一度拳を作ってから三本指を立てた。その時、いきなり後から肩をつかまれた。
「ちょいとおにいさん、言いなりに払っちゃいけないよっ!」
 驚いて振り向くと、そこには日焼けした肌の小柄な女が立っていた。
「君、さっき踊ってた…」
 獅子と鷹の頭を手に踊っていた踊り子の女だった。さきほどは化粧をしていたのでわからなかったが、今見るとかなり若そうだった。主人がぎょっと目を剥いた。
「なんだってんだい」
 女は指で主人の肩口をつつくようなしぐさをして大きな声を出した。
「さっき、別の客には五レジットって言ってたのに、このおにいさんには五十三レジットってどういうことだい!あんまりあこぎな商売してると、痛い目に会うよ!」
 行き来していたヒトたちがなにごとかと立ち止まって集まってきてしまった。リィイヴは困ってしまった。騒動など起こしたらまずい。
「君、もういいよ」
 あわてて女をひっぱってその場を離れようとした。女がふところから銅貨を何枚か出して主人の膝元に置いた。
「これでいいんだろ?」
 そういって、リィイヴが見ていた売り物を掴んだ。とにかくヒトが集まってきてしまうので、女の背中を押して店から離れた。
「これ、あげるよ」
 店から離れたところで女が差し出した。もらう筋合いはない。しかし、手に入れたかったので、金を払いたかった。イリィになんとか話して払ってもらおうと地図の店の前に連れて行った。店の前にヴァンたちはいなかった。まさかどこかに移動してしまったのかとあせったが、ちょうどラウドたちが出てきた。イリィにこそっと頼んだ。
「すいません、えっと、五レジットを…貸していただくとかできますか?」
 イリィが後にいる女を見て不審げな顔をした。
「どうされた?その女にたかられたとか…」
 どうしてもイージェンに見せたいものを買うのに立て替えてもらったのだと言った。イリィが財布から銅貨五枚出した。
「立て替えてくれてありがとう、助かったよ」
 リィイヴが女の手に握らせた。女が不満そうに口を尖らせた。
「あげるのに」
 ラウドが、ヴァンがリュールを連れてうろうろしているのを見つけて、リィイヴに呼びに行かせた。
「ヴァン!」
 ヴァンが青ざめていた。
「セレン、見なかったか」
 リィイヴが固まった。
「いなくなったの?」
 ヴァンが首をめぐらせた。
「ちょっと手を離したら、いなくなってしまって」
 ラウドのところに戻った。ラウドは、セレンを見失ったと聞いて血の気が引いた。
「まさか…河に落ちたとか…」
 店の中に連れて行くべきだった。ヴァンが震えて泣きそうになった。
「すまん、俺が手を離してしまったから…」
「いや、ぼくが勝手に動いたからだよ」
ラウドがさえぎった。
「責任の所在は後でいい。今は探さないと」
 手分けして探そうとした。アダンガルが止めた。
「今探させる。不慣れなものがむやみに探し回っても無駄だ」
 護衛のひとりがアダンガルに寄ってきた。
「一緒に下船したお子様を途中まで追っていたのですが」
 家の間の細い道ともいえない隙間を通って河に向かったようだ、大人では通れないので、別のものが迂回して追っていると報告してきた。
「いそいで河辺を探せ」
 護衛が河辺方向に向かった。みんなで続いた。桟橋付近に着いたとき、どこかで叫ぶ声がした。
「おい!誰か落ちたぞ!」


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