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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第11回   セレンと風の魔導師(5)
 ザムルの街は、以前は街の中心に戴いていたグルキシャルの神殿の繁栄とともに栄えていた。しかし、その一帯が災厄と言われる現象の一つ『瘴気』に冒され、神殿と街は滅んだとのことだった。住民の大部分は避難して助かったらしいが、今でも近寄るものはほとんどいなかった。
 ザムルの街の中に入る。すでに人が住まなくなって百年以上経っていて、街ともいえないほど風化していた。街に入ったとたん、エアリアが張り詰めた。殺気を感じているのか、険しい目で前を見つめている。神殿の門柱が見えてきた。
「殿下…ここで…」
 エアリアの身体がふわっと浮いた。とっさに押さえようとしたラウドの腕をすり抜けて、空中に浮かび上がった。ラウドを見返った。
「けしてこの先、進まないで下さい、そうでないと…」
 エアリアは言い終える前に上空を見上げた。
「仮面はどうした」
 黒い衣の男がはるか上から見下ろしている。その左腕にはセレンが抱えられていた。
「セレン!」
 エアリアとラウドが同時に叫んだ。セレンはラウドがいることに驚き、声を呑んだ。エアリアが上昇し、距離をおいて男の前で停まった。
「ヴィルト様の手を煩わせるほどではないわ」
 男は不敵な笑いで口元をゆがめた。
「昨日よりは気を入れて戦うつもりらしいな」
 エアリアが右手を天にかざす。その手の上に光の杖が出現した。
 男は外套を外した。ひらひらと地上に落ちていく。右腕が赤く輝き始める。灼熱の腕。手のひらや腹部の痛みが増してくる。それを振り払って、光の杖を構えて男を威嚇した。
「その子を降ろしなさい!それとも人質を楯にしないと戦えない臆病者なの!」
 セレンが必死にもがいた。だが、男の腕はびくともしなかった。セレンを見下ろして苦笑した。
「おいおい、ここから落ちたら怪我じゃすまないぞ」
 その一瞬の隙を狙い、エアリアが肉迫した。男の右胸あたりめがけて光の杖を突きつけた。しかし、灼熱の腕が瞬時に動き、それを防いで、叩き払った。エアリアが矢継ぎ早に杖を突き出す。それを後にのけぞりながら軽く避けていく。エアリアが突きを止め、頭の上から切り裂くように振り下ろした。しかし、男の身体を裂く前に男がエアリアの間近に迫った。眼前に手のひらを向けてきた。
「二目と見られない顔にしてやる、俺に刃向かったことを後悔するんだな」
 手のひらが輝き出した。エアリアは身がすくんだ。これほどの恐怖は初めての経験だった。
「やめてっ!」
 セレンが叫んだ。男の手の輝きが弱まったように見えた。ヒュンと音がして、男の腕に矢が刺さった。その隙にエアリアが退く。地上からラウドが射掛けたのだ。次々と矢が打たれる。男がセレンを抱き締めて背を向けた。何本か背中に刺さったが、まったく動じていなかった。顔だけラウドの方に振り下ろした。
「魔力もない小僧が助っ人か、見境なく射掛けてくるとはな」
 エアリアの杖から光を含んだ小さな竜巻が巻き起こり、男に向かって放たれた。エアリアが泣きじゃくりながら叫んだ。
「セレン!ごめんなさい!」
 竜巻は男とセレンに向かって突進していく。男の右腕が閃光を放った。
「えっ 」
 竜巻は閃光によって跳ね返され、戻ってきた。避け切れないと思ったとき、目の前に灰色の影が現れた。影は竜巻と続いてやってきた閃光を撥ね退けた。
「ヴィルト様!」
 エアリアがその背中にしがみついた。地上のラウドの横にはサリュースが立っていた。
ヴィルトが背後のエアリアに言った。
「言い訳は後でゆっくり聞かせてもらう」
 エアリアが頷いて地上に降りた。ヴィルトが前を向く。大気の揺らぎが治まり、セレンを抱きかかえた男の姿がハッキリしてきた。ヴィルトがその男を見てつぶやいた。
「…おまえは…あの人買いの縁者か」
 男がそれまで浮かべていた不敵な表情を引っ込め、険しい眼をヴィルトに向けた。
「兄貴はどうした、おまえのところにいったきりだと聞いた」
 目の前の男はあの人買いと瓜二つだった。
「あの人買いは人でなしだった、生きていてはならない存在だった、だから私が殺した」
 ヴィルトの言葉に男が憎しみに顔をゆがめ、眼を真っ赤にした。
「よくも…兄貴を…」
 灼熱の腕を振り下ろした。炎の渦が噴出し、ヴィルトに向かう。何回も繰り出されるそれを難なく避けていく。
「あの人買いは、魔導師の私をイカサマと言っていたぞ、その弟が魔導師だったとはな」
 男の動きが止まった。
「俺はミュステリオン(誓い)を詠唱していない、魔導師じゃない!」
 セレンがヴィルトを見て叫んだ。
「師匠!」
「セレン、すぐに助けるから、もう少し我慢してるんだ」
 男が鼻先で笑う。ヴィルトが素早くふたりに接近した。しかし、男の反応は早かった。さっと遠ざかっていく。
「復讐の相手はわたしだろう!その子を放せ!」
「今ここで大魔導師と差しで勝負する気はない。兄貴の仇はいずれ取らせてもらう!」
 セレンを抱えたまま後ろ向きに離れていく。
「セレン!」
 ヴィルトが追いかけようとしたとき、足元の地面が揺らいだ。
「地震 」
「少々仕掛けをさせてもらった!何とかしないと、あいつらが死ぬぞ!」
ラウドたちがいた場所を囲い込むように地割れが走り、その間から溶岩が吹き上がってきた。
「ヴィルト!」
 サリュースがラウドを抱えてエアリアと共に飛び上がったが、溶岩の吹き上がりが襲い掛かってきた。エアリアが風を巻き起こし、溶岩を吹き飛ばそうとしたが、わずかに揺らぐだけで歯が立たない。サリュースもラウドを抱えていては自由が効かなかった。
「サリュース、エアリア、降りろ!」
 地上に降りたサリュースがラウドの上に覆いかぶさった。
「師匠!ぼくのことはいいから、殿下を助けて!」
 セレンの必死の叫びが遠ざかっていく。ヴィルトは仮面に手をやった。すさまじい勢いで吹き上がる溶岩がヴィルトの方に吸い寄せられ、霧のようになってその仮面の下に吸い込まれていく。容易には吸い込み切れなかったが、やがて吹き上がりが収まった。溶岩の量は半端ではなかった。おそらく、乱火脈を操ったのだろう。大変な魔力を持っているといえる。ようやく、ヴィルトは地上に降りた。
「ヴィルト!あの男は!」
 サリュースがラウドを抱き起こした。サリュースの手を退けてラウドがエアリアに寄って行った。フードを落とし、髪を払って顔を見た。無事であったことを確認して、顔を泣き崩した。
「エアリア…もう無茶しないでくれ…」
 そなたに何かあったら…という言葉を飲み込み、こぶしで涙を拭った。サリュースが眉を吊り上げた。
「無茶をしないでほしいのは殿下の方です!もしものことがあったらどうするのです!もっと自覚をお持ち下さい!」
 自覚はあるがそれを越えてしまう感情を制することができなかった。好き好んで王族に生まれたわけではない、そんな反発もあった。
「ヴィルト様、ごめんなさい、セレンをさらわれてしまって…なんとか助けようと思って」
 エアリアがいきさつを語り、頭を下げた。
「うぬぼれが一番の敵だ。しかも、失敗をごまかそうとした。最悪だ。」
エアリアは返す言葉もなく、下を向いていた。
「あの男はおそらく他の大陸から来たものだ。兄は普通の人間だったが、あの弟は…」
 ヴィルトは言葉を途切った。サリュースが心配そうに去り方を見遣った。
「南方に向かったな。いやな感じだ」
 当たってほしくはないが当たるだろうと思い、ゆううつになってきた。セレンがひどい目に合わされるだろうと思うと、ヴィルトも苦しくなってきた。
「サリュース、あの男を追わせてくれ」
 サリュースは許可せざるを得ないと溜息をついた。
(「セレンと風の魔導師」完)


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