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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第107回   セレンと海獣王《バレンヌデロイ》(4)
 五大陸総会が再開された。アリュカ議長が再開を宣言した後、イージェンが立った。
「ここにヴィルトが最後に俺に渡した文書がある。この文書をサリュースに読んでもらう」
 イージェンがサリュースに書筒を渡した。サリュースが受け取り、開けて中から文書を出して、広げた。
「わが素子たちに告ぐ、この文書を読むとき、わたし大魔導師ヴィルトは現し世にはいない。今まで他の大陸の大魔導師たちがそうであったように、わたしもすでに寿命が来ていて、いつ消え去ってもおかしくなかった…」
 ヴィルトの文書はその後、他の大魔導師たちが後継者を残さずになくなったのは、ここ百年余り『瘴気』の被害がなくなり、地上の汚染は浄化されたと思われ、すでに大魔導師の役目は終わって、これからは残された素子だけで十分やっていけると思ったからだと述べていた。そして、千三百年前の誓いを破って、持たざると約束したテクノロジイに到達したマシンナートの脅威を訴えて、自分の後継者であるイージェンと共にマシンナートの脅威から地上を守ってほしいと結んでいた。
「…われら五人の残したる素子たちよ、君たちは、われら五人の子どもとも言うべき存在である。すなわち、君たちはみな兄弟だ。そのことをいつも胸に、互いに助け合い、励ましあって、空と地と海と、そこに住いする民と生きとし生けるものを《理(ことわり)》に従い、守ってほしい。君たち素子はそのために生まれた。そのことを忘れずに。大魔導師ヴィルト拝」
 読み終え、ほうと息をついたサリュースが文書を丸めて、イージェンに返した。イージェンは、その文書をサリュースにもう一度差し出した。
「これはおまえがもっていろ」
 サリュースが受け取ってからしばらく見下ろしていたが、自分の席に戻っていった。
 アリュカも沈み込んだ顔で下を向いていたが、顔を上げた。
「すでにヴィルト師の文書にても記述されていますが、イージェンを大魔導師として承認することをここで決議いたします」
 学院長たちは、それぞれの胸に思うことはあれど、イージェンを大魔導師として認め、その助けを借りなければならないと思った。マシンナートの脅威など、学院長引継の書でしか知らないが、実際ミッシレェなど打ち込まれたら、大魔導師以外に防ぐことはできないのだ。サリュースを始め多くは忌々しいと思う反面、イージェンが仮面を継いだことは認めざるをえなかった。
サリュースが最初に名札を横にし、次々と横にしていった。最後にアリュカが、議長札を縦にしてから横にした。
そして、イージェンが議長席の前に立った。最初にアリュカが議長席から出てきて、イージェンの前に両膝を折って、胸の前で両手を交差させた。
「大魔導師イージェン様、セラディム学院長アリュカです」
 深く頭を下げた。サリュースが片膝を付いて、続いた。
「大魔導師イージェン師、エスヴェルン学院長サリュース、御身をお迎えいたします」
 次々に席から前にやってきて、イージェンの前にひざまずいた。イリン=エルンのジェトゥとガーランドのアルバロがふたりで揃って頭を下げた。
「大魔導師イージェン様、イリン=エルン学院長ジェトゥでございます」
「大魔導師イージェン様、ガーランドのアルバロです」
 全員の挨拶を受け、イージェンが仮面を巡らせた。受け入れたように見せているが、どうせ、腹の中では一物抱えているだろう。こいつらの考えを改めるには、どうしたらいいのか。
「さて、承認されたところで、いずれかの学院に招聘する件ですが」
 いきなりイェルヴィールのヴィルヴァが手を上げた。アリュカが指名する間も与えず、立ち上がった。
「イージェン様はイメイン様の素子だ。当然五の大陸、当学院にお越しいただくのが筋。これにはどちらからも異議は出ないはず。議長、これにて決議いただきたい」
 アリュカがサリュースをちらっと見た。サリュースが手を上げた。
「お言葉だが、イメイン師は後継者を定めずに亡くなられた。さきほどのヴィルト師の遺言書にもあるように、イージェン師はヴィルト師が後継者としたのだから、一の大陸に所属することがむしろ筋ではないのか」
 上から見ていたダルウェルが隣のエアリアに耳打ちした。
「始まったな。面白いぞこれは」
 エアリアが呆れたような困ったような顔でイージェンの仮面を見つめた。もしもイージェンが五の大陸の所属になったら、自分は弟子なのだから、一緒に行かなくてはならない。ヴィルトが隠居してしまい、すねてひとり極北に修練に行ってしまった時と違って、今はラウドと離れたくなかった。
 ガーランドのアルバロが震えながら手を上げた。ダルウェルが身を乗り出した。
「あいつ、何を言うつもりだ」
 アルバロがおずおずと立ち上がり、イージェンをちらっと見てから口を開いた。
「イージェン師は学院での教導を受けていないとのお話ですが、当学院の前学院長アランドラ師から教導を受けていました。アランドラ師は弟子と思っておられたようですし…つまり…」
 アルバロがひといき入れた。
「つまり…その、師匠のいた当大陸所属もまた筋ではないかと…」
 ダルウェルは何を言い出したのかとぽかんとアルバロを見つめた。
「イージェンが行くはずないだろうに…なに、いちゃもん付けてるんだ」
 ヴィルヴァが机を叩いた。
「お二方、筋を履き違えているのではないか!当大陸以外にお迎えすることなど!」
 イージェンがヴィルヴァを手で制した。ヴィルヴァがはっとして止めた。
「五の大陸で俺を迎えたいと言われるとは思わなかった。学院長や王族、執務官たちを殺したし、両親は罪人だ。俺は、子どもながらに人買いの手伝いをして、幼い娘達を売り買いしたり、貴族の館を襲って金品を奪ったりした。大陸追放八年で済む罪ではない。さきほど便宜上を考えて承認されたが、戻れば死刑になってもおかしくない、自分としては大魔導師として必要があれば上陸するという程度にしたい」
 ヴィルヴァが青ざめた。
「…そんな…」
 次に震えているアルバロの前に行った。
「確かにアランドラ師には、二年半近く教導を受けた。アランドラ師には感謝しているし、師匠と思っている。だが、それを理由に二の大陸に所属することはない」
 席に戻ってから振り返った。
「ヴィルトから仮面を受け継いだとき、一緒に受け継いだことがある。ひとつはエスヴェルンの王太子を英明なる君主に育てること。いまひとつは、エアリアを鍛え、俺の補佐にすること」
 サリュースがしてやったりという顔をして、ヴィルヴァを見た。
「カーティアの混乱を今少し見守る必要もある。したがって、一の大陸セクル=テュルフ・エスヴェルンの学院に所属したい」
 アリュカがまとめようとした。
「それでは、ヴィルト師の遺言の書にもあるとおり、イージェン師はヴィルト師の後継者として、セクル=テュルフ・エスヴェルン学院所属とします」
 ヴィルヴァがガンと名札を机に叩き付けた。
「当学院も大陸もイージェン様をお迎えする準備はしている!大魔導師になられた今は、以前のあなたとは違う存在だ!むしろ、罪を恥じて帰りたくないというのであれば、当大陸で罪を償うべく誠意を示してほしい!」
 ドゥオール学院長ゾルヴァーが鼻先で笑い飛ばした。
「イージェン様が一の大陸と言われてるのに見苦しいな」
 ヴィルヴァがシュンと素早い動きでゾルヴァーの側に現われた。その手はゾルヴァーの喉元を捕らえていた。ゾルヴァーがぎろりと眼を剥いて、ヴィルヴァを睨んだ。
「見苦しいだと…きさまに言われる筋合いはない」
 イージェンがつかつかと寄ってヴィルヴァの手を握って、ゾルヴァーの喉元から引き剥がした。ヴィルヴァが力を緩めず、ぶるぶると震えた。ヴィルヴァから、自分に向けられた感情が伝わってきた。かつて感じたことのある、あれは漣(さざなみ)。これは激浪。
…何だ、こいつとは会ったことないのに…
「落ち着け。宮廷に連れて帰るとでも約束したのかもしれんが、俺が断りの伝書を書く」
 顔を逸らしたヴィルヴァの眼に光るものがあった。
…泣いているのか?…
 つかまれた手を力いっぱい振り解き、席に戻った。ゾルヴァーが胸に手を当ててイージェンにお辞儀した。ほくそえんでいる様子に不愉快だったが、何も言わずにいた。
 アリュカがイージェンをセクル=テュルフ・エスヴェルン学院所属とすると宣言し、今回総会の審議題は終了した。
 イージェンが議長席に立ち、今回の議事録を必ず魔導師全員、さらに国王、摂政、王太子にも読ませるよう命じた。
「この議事録に俺が附記を付ける。それも合わせて読むように」
 サリュースが附記の内容を心配して尋ねた。
「附記の内容を総会に掛けて承認を得てほしい」
 イージェンが少し考え、議長席に腰を降ろした。
「実はまだ書いていない。夜も更けてきたことだし、明日までに書くから一旦閉会しよう。アルバロ、ジェトゥ両名の結託についてとダルウェルの学院復帰について審議しなければならんしな」
 ゾルヴァーが手を上げた。
「なんだ」
 ゾルヴァーが立ち上がった。
「議事録ですが、魔導師のみであるならばともかく、国王はじめ為政者にも閲覧させるとなると、全て公開するのはいかがなものかと」
 イージェンがしばらく黙ってゾルヴァーを見つめた。こいつの魂胆はよくわからないが、言わせてみようと思った。
「どうしろと言うんだ」
 ゾルヴァーがちらっとアルバロたちを見てから言った。
「議事録からアルバロ、ジェトゥ両名がヴラド・ヴ・ラシスを操作しようと結託したことを伏せていただきたい」
 みな首を傾げてゾルヴァーを見た。
「それと、イージェン様の生い立ちやイェルヴィールでの顛末についても伏せたほうがよろしいのでは」
 イージェンが不愉快そうに机をコツコツと叩いた。
「それでは審議の内容ほとんど伏せることになる。どういうつもりだ」
 ゾルヴァーが前に出て来て、学院長たちを見回した。
「イージェン様や学院の恥を晒す必要がどこにありますか。混乱を招くような真似は避ける。これが学院のあるべき姿です。アルバロ殿やジェトゥ殿には個別ご訓諭されればよろしい。今回の総会の内容が為政者に知られれば、今後学院は動きにくくなりますよ。ことは国王や王太子の胸の内だけに留まるとは思えません。宮廷内に広まることは避けられないでしょう。今までの我らの苦心を無にされるようなことはお止め下さい」
 サンダーンルーク学院長ソテリオスが立ち上がった。
「ゾルヴァー殿の言われることには一理あります。イージェン様は王族、宮廷に仕えたことはないでしょう。エスヴェルンのように学院との関係が良好な国ばかりではないのです」
 サリュースも内心は彼らと同意見だった。どんどん言ってくれとすら思っていた。
「なるほど。たしかにおまえたちの苦心を無にするのは気の毒だな」
 イージェンが譲るような発言をしたので、ダルウェルが驚いた。
「今までのあいつなら突っぱねていただろうが…やはり、そうもいかないか」
 イージェンが扉に向かいながら言った。
「閉会、明日にする」
 全員立ち上がり、胸に手を当て、お辞儀して、イージェンを見送った。


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