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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第103回   イージェンと五大陸の学院長(4)
『三、イージェンが紀元三○二〇年八の月、キロン=グンド・ガーランド王国で学院と起こした騒乱について、当事者双方の証言を聞き、審議せよ』
 審議準備が整い、アリュカがガーランド学院長アルバロを指名した。最初に発言と知り、びくっと身体を跳ねらせ、しばらくして震えながら立ち上がった。
「き、紀元三〇二〇年夏のこと、…ガーランドの州ナルヴィクにおいて…」
 後が続かず立ち尽くした。顔を上げることもできないでいる。アリュカが眉をひそめた。
「どうしました」
 アルバロは冷汗をかいていた。
「…四方を高い崖で囲まれた高地で、ただ一箇所、橋が掛けられています。その州の中央で…災厄が発生しました。その鎮化のことで前学院長であるダルウェルと意見が合いませんでした。…勝手に動いて…隠居したアランドラ師と他の大陸から来たというイージェンなる…男と組んで…」
 アルバロがごくんと唾を飲み込んだ。
「ナルヴィク高地への橋閉鎖の王立軍と争い、十数名ふ、負傷させ、わたしにも傷を負わせました…。災厄を鎮化させようとして、アランドラ師を死なせ、そのイージェンがナルヴィク高地の三分の一を溶岩で覆い尽くして、ヒトの住めない土地にしてしまったのです…宮廷と学院はダルウェルとその弟子マレラを学院から追放し、イージェンを国外退去させました…以上…です」
 アルバロが座ろうとした。タービィティン老学院長ネルガルが手も上げずに発言した。
「災厄とはなんでしたかな」
 アルバロがまたビクリとした。答えられずにいると、ダルウェルが階段を降りてきた。
「『瘴気』ですよ、ネルガル学院長」
 イリン=エルンのジェトゥ以外の学院長たちが息を飲んだ。サリュースさえも非難げな眼でアルバロを見ていた。
「さて、今度はわたしが発言させていただく番だ」
 ダルウェルが一番下まで降りてきて、イージェンの机の横に立った。
「今のアルバロ学院長の報告は、まあ、おおむね間違っていないが、抜けているところがある。まず、災厄が『瘴気』であるということ。当時、わたしは、すでに学院長を罷免され、地方巡回していて、災厄の報告を知ったときはかなり『瘴気』の被害が広がっていた。さらなる被害の拡大を恐れて、学院長は宮廷に王立軍の出撃を依頼、高地を封鎖するために唯一の橋を破壊しようとした」
 つかつかと歩いて、下を向いているアルバロの机の前に向かった。机の上に手をついて、アルバロの顔を覗き込んだ。
「学院長殿、わたしは進言したよな、『瘴気』は、大魔導師の助けがないと鎮化できない、すぐにヴィルト師に伝書を送るべきだと。だが、あんたは、ヴィルト師に来られると隣国の学院長と結託していろいろと画策したことが露見してしまうので、来てもらっては困る。だから、わたしの進言を無視して、高地を閉鎖し『瘴気』の被害を高地にとどめようとした」
 アルバロが震えて、横にいるジェトゥをちらっと見た。ジェトゥも目を泳がせているが、アルバロを見ようとはしなかった。
「隣国というのは…イリン=エルンのことか」
 ラ・クトゥーラ・サンダーンルーク学院長ソテリオスが細い目をさらに細くしてアルバロたちふたりを見た。ダルウェルがソテリオスに目を向け、人差し指を立てた。
「ひとつ、ラスタ・ファ・グルア自治州侵略を容認、銀鉱をイリン=エルンに譲る代わりにテリス州の鉄鉱搬出量増加を求めた。ふたつ、ガーランドが襲撃したヴァジリス自治州の州民が難民となってスキロス王国に避難した。領主一家も亡命したが、難民とともに、イリン=エルンから圧力を掛けてもらい、強制送還させた。いずれも鉱山の利権がらみ。このほかにも両国は表面上はあまり仲が良くないと見せかけて、裏ではいろいろと利便を図り合っていた。ヴラド・ヴ・ラシスの商人どもを思い通りに動かしたくてやってたんだろうが、あいにくその逆だ、あんたらがあいつらにいいように使われてるんだ」
 ヴラド・ヴ・ラシスは商人組合のことだ。商いとされるものなら人から武器、食糧、家畜など、多岐に渡って扱っていた。各大陸ごとにあり、組合との交渉は宮廷の商務省の執務官が行っていた。学院は宮廷に助言はするが、直接交渉することはない。学院が宮廷以外の組織と繋がることは禁じられているからだ。ヴィルトが知れば当然ふたりを処分したはずだった。
「高地には七つの村があって、その避難もできていないうちに橋を破壊しようとした。阻止しようとしたわたしと弟子のマレラは、学院長や王立軍と睨みあい、どうにも動けないので、隠居していた師匠のアランドラ師に伝書を送った。アランドラ師と一緒に来たのが…」
 ダルウェルが振り返った。
「このイージェンという男だった。どういういきさつか、アランドラ師の弟子のようなものになっててな、最初は手伝ってくれなかったが、師匠に説得されて『瘴気』が湧いてくるところを溶岩で塞いでくれた。確かに溶岩で森は焼け焦げ、畑は潰れたが、十年もしないうちに、木も草も生えてくる。『瘴気』で冒されてしまったら、それこそ、もとの森に戻るのは、何百年かかるかわからない。師匠はそのときすでにかなりの高齢であったこともあり、民の避難に魔力を使い果たし、亡くなった」
 ダルウェルが議長のアリュカに顎を引いて、ゆっくりと階段を上がっていった。その途中で振り返った。
「そうだ、この際だからわたしが罷免された理由も言っておこうか。アルバロは学院長のわたしを差し置いてラスタ・ファ・グルア自治州の侵略を宮廷に進言した。わたしは侵略に反対であったため、その後イリン=エルンが先んじてしまったことでわたしの立場が悪くなり、さらにヴァジリスの難民の強制送還に反対したわたしは国王陛下の勘気に触れた。学院と宮廷の主だったものたちもわたしを排除したいと思っていたようで、宮廷の重鎮たちにいろいろと『贈り物』などして味方に引き入れ、数にものを言わせて罷免したというわけだ」
 言い終えて階段を登ってきて、エアリアの隣にまた座った。エアリアが震えていた。
「ほんとうなんですね、そんなこと、学院長様たちが…」
 ダルウェルがうなずいた。エアリアには信じがたいことだった。魔導師は私欲を持ってはいけないし、民を損ねるようなことはできないはずなのに。
「ミスティリオンなんて…」
 守られていないではないか。
エアリアは泣きそうになった。場内は静まり返っていた。アリュカが困った顔で額に手を当てた。イージェンが立ち上がった。
「今のダルウェルの証言に付け加えることがあるとしたら、アルバロ学院長が俺に言った言葉くらいだな」
 アルバロが腰を抜かした。イージェンがその頭の上から言った。
「『瘴気』なんて、百年か二百年すれば影響なくなるし、鉱山もなく肥沃でもない高地、民だって千人足らずだ。全滅したって、たいした被害ではない。おまえのほうが災厄だ。さっさとこの国から出て行け」
 アルバロが頭を抱えて床に伏した。
「ゆ、ゆるしてください…あ、あなたが大魔導師の後継者とは…」
 ぶるぶると歯の根が合わないようだった。
「当時は『瘴気』のことがよくわからなかったからな、ただ民を平気で犠牲するのが許せなかった。だが、今『瘴気』について知ることになって、よけいおまえのことが許せん。災厄の中で、一番鎮化しなければならないのが『瘴気』だってことは、学院長のおまえが一番よく知ってることだろう。土が汚れ、ヒトが冒されれば、子や孫の代まで影響が出る。それなのに…」
 イージェンは震えているアルバロから離れ、席に戻った。
「ヴィルトが知れば、アルバロを許しはしなかっただろう。俺も許せんが、おまえたちだったら、アルバロをどう処分する」
 アリュカ議長が一同を見回した。そのとき、サンダーンルーク学院長ソテリオスが手を上げた。
「審議はひとつづつ解決すべきだが、どうやら、こちらの方を大魔導師として『お迎え』するかどうかにかかってきているようだ。すべて報告を受けて、総会が承認するか否か。それを先に決議したほうがよい。その後、処分についても計ったほうがよいのではないか」
 アリュカがほっとした表情をした。
「確かに先に進めることが肝要です。議長の権限で今のご提案を採ります」
 異議は認めない言い方だ。
「三の件については、災厄『瘴気』が発生したことをアルバロ学院長は、大魔導師ヴィルト師に報告しなかった。鎮化に尽力をしたダルウェルとその弟子を学院から追放し、イージェンを国外退去させたということを事実として認定します。それに付随するアルバロの過失、ならびにジェトゥとの結託については別途審議とします。以上」
 ソテリオスが一番最初に名札を横に倒し、アルバロとジェトゥが最後に賛意した。

『四、紀元三○二五年四の月、セクル=テゥルフ・カーティアにおいて起こった魔導師殺害について、当事者から聞き取りしたヴィルト提出の文書を読み上げ、承認せよ』
 この文書は、ヴィルトがイージェンから受け取った伝書を基にエスヴェルン、東バレアス公国、ルシャ=ダウナ三国に送ったものと同じものだった。すでに三国が承認、各大陸学院も納得できうる内容だったので、滞りなく承認された。

『五、イージェンの兄をヴィルトが処刑した件についてヴィルト提出の文書を読み上げ、イージェンの理解を得よ』
 最後の五の件についてのヴィルトの文書をエスヴェルン学院長サリュースが読み上げた。
「トゥル=ナチヤのイージェンなる素子に告ぐ、今年の冬、二の月にエスヴェルン・ザイエン州の宿屋に逗留中、人買いに買われてきた娘たちが泊まりにやって来た。その中のひとりが怪我をしたというので、見てやったところ、十歳ほどの少年が局部を切られて瀕死の重傷を負っていた…」
文書は、出血が多くて死んだ少年を『蘇りの術』を掛けて蘇生させ、弟子として隠居先の山小屋に連れて行った、その後人買いは魔導師のヴィルトを害す代わりに再び少年を殺害、そのため、『現し世にいてはならない存在』と断定して処刑し、少年を再度『蘇らせた』。その人買いは、イージェンにとり、肉親であった兄だが、冷酷非情でいとけない子どもにした仕打ちは許しがたいと書かれていた。
「…イージェンに告ぐ、国法に照らしても極刑に値することを理解し、わたしへの報復をあきらめること。その上で、いずれかの学院に所属し、その魔力を民のために使いなさい。学院になじめないかもしれないが、ひとりでできることは少ない。大勢のために力を尽くすためには、組織の力も必要であること、君であれば理解できるはず。以上」
 エアリアが胸の前で作った拳をぎゅっと握った。セレンが人買いに傷つけられたと聞いてはいたが、そこまで酷い目に会ったとは知らなかった。サリュースが読み上げた文書を丸めて、イージェンに差し出した。イージェンは受け取った。
「…事情を詳しく知ることができて、感謝している。ヴィルトへの報復はもうとっくにあきらめていた」
 アリュカが五の件が終了したことを宣言した。
(「イージェンと五大陸の学院長」(完))


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