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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第102回   イージェンと五大陸の学院長(3)
『二、イージェンが紀元三○一七年十一の月に起こしたイェルヴィール王国の事件について、当事者双方の証言を聞き、審議せよ』
 全員が名札を縦置きにしてから、アリュカ議長が、イージェンを指名した。
「トゥル=ナチヤのイージェン、証言してください」
イージェンが立ち上がり、静まり返った講堂を見回した。
「トゥル=ナチヤのイージェンだ。イェルヴィールでの事件については、紀元三〇一四年の冬、人買いのネサルと知り合ったことから始まっている。生活苦から父が兄を人買いに売ろうとし、そのときの人買いがネサルという男だった。ネサルは兄に同情したようで父を殺して、俺たちを引き取り、養い親となってふたりを育ててくれた。俺は魔力を使えることをずっと隠していたが、あるときネサルに知られてしまい、育ててもらった恩義もあって、暗殺に手を貸すことになった。どこからか依頼でも受けているのかと思っていたが、将軍、神官、大臣を殺した後、王女を殺すとき、次のように言えと言われた」
 今さっきネサルに言われたように鮮明に思い出される。
「あのとき、おまえたちが裏切らなかったら、反乱は成功していた。そうすれば、すべてを失わずにすんだ。ネサルバルル・キャニバールの死の使いが、おまえを殺す、我が恨みと憎しみを思い知れ」
 重苦しい空気がいっそう重くなっていく。
「王女を殺した後、最後のひとりと言われて、学院長ザブリスを殺した。ねぐらに帰ったら、若い魔導師がネサルを殺していて、兄も危うかったので、俺が殺した。兄は一の大陸に、俺は二の大陸に逃げた」
 事件についてイージェンが語れることはここまでだった。続いてイェルヴィール学院長ヴィルヴァが証言した。
「イージェンが、当時の学院長ザブリス、王の姉君シェラディア王女、第二特級魔導師アティアス、王宮護衛兵十三人、ランパード公ブラート、グルキシャルの神官長ラサン、他五名の貴族、将軍を殺害した事件について報告する」
 イージェンに対して不快な視線が集中した。一息ついてヴィルヴァが続けた。
「シェラディア王女が殺害された後、わたしも含めて特級のものたちが聞かされたことによれば、それまでに殺害されたものたちから推察するに、これはシェラディア王女の婿キャニバール卿の復讐。当時の国王陛下に子がなかったため、姉姫夫妻の間に生まれた男の子を世継ぎにという民意が高まった。しかしながら、国王陛下はこれを好まず、キャニバール卿の民間での高い人気もあいまって、王位簒奪を懸念、キャニバール卿を罠にはめ、反乱を起こさせ始末するようザブリスに命じた。ザブリスは、キャニバール卿の息子を殺し、国王陛下が仕組んだことと言い、反乱を起こさせた。卿を始末するはずだったが、失敗。はかりごとであったと知られ、逃亡された挙句、復讐されることになった」
 息子が殺されていた…?そんなひどいことを…。ネサルがウルヴをかわいがったのは…。
 ちゃんと事情を聞くべきだった。シェラディア王女も殺さなければよかった。ひねくれて養い親として敬わなかったことを後悔した。
 息もしなくなり、胸も苦しくなるはずはないのに、ネサルの反乱の裏を知り心が痛んだ。
ヴィルヴァが黒い瞳に強い光を宿して、イージェンを見つめた。
「ここまでは報告とし、以後は審議内容である。…キャニバール卿反乱のとき、わたしはまだ幼少であったため、この策謀についてはまったく関与していない。しかしながら、この策謀がいかに卑劣であるかは明らかであり、ザブリスが国王の命令に従ったことには理解しがたいものがある。当時ザブリスにそのことをぶつけたが、明快な答えは得られなかった」
 一度途切り、下を向いた。
「すでにキャニバール卿は亡くなり、ザブリス以下策謀に関与したものも死亡している。国王の御世も変わり、今は前王の従兄弟である現国王陛下が即位されている。キャニバール卿の名誉回復は難しいが、亡骸を代々の墓所に手厚く葬ったことで養い子であるイージェンの理解を得たい。また、復讐に手を貸すことになったことについては、八年間の大陸追放によって代替とすることで宮廷と学院で調整がついている。総会の審議を経て承認をいただきたい」
 ヴィルヴァがアリュカ議長とイージェンに軽く頭を下げてから、さらに続けた。
「これはさきほどの一の件でカンダオン学院長が触れたことだが、大魔導師イメイン師の残した素子記録附表によれば、イメイン師はダルク公国での事件の調査によって、イージェンが素子であることを認知したが、すでに十四となっていたため、あえて学院に引き取り養育することはしなかったと付記されている。それ以上は不明。以上だ」
 イージェンがヴィルヴァを見ると、少し緊張していたようで、座って息を整えていた。アリュカが口を開く前にイージェンが先んじた。
「当時ネサルを葬ることも出来ずに逃亡し、不義理をしてしまった。手厚く葬ってくれたとのこと、感謝する。反乱者としての汚名を雪(そそ)ぐことが難しいことは理解している」
「ご理解感謝する」
 ヴィルヴァが座ったままだったが、深く頭を下げた。アリュカがヴィルヴァの承認事項を確認した。
「キャニバール卿の復讐に加担したことについて、当事国は八年間の大陸追放によって代替とするとしていますが、総会としての結論を出さなくてはなりません。ご意見のある方は」
 手を上げたのはさきほども意見を出したドゥオール学院長ゾルヴァーだった。アリュカが少しため息をついて指名した。
「その調整、あまりにも手際がよすぎる。おそらくはイージェンの処遇を見越してのことと思われるがいかがか?」
 ヴィルヴァがゾルヴァーをにらみつけた。
「ヴィルト師より召集予告を受けたときに二の件については当事国として証言をするよう告知されている。したがって、どのような処分を下すか、あらかじめ宮廷との調整はつけておくべきと判断したまで。手際が悪いよりはよいではないか」
 このふたり、敵対しているのか。なにか揉め事があったのか。妙に突っかかる言い方をしている。
別の手が上がった。キロン=グンド・イリン=エルン王国学院長ジェトゥだった。忘れもしない。自分からいとしいものを奪い取った男だ。だが、目の前にいる大魔導師となった男と七年前に会っているなど、思いも寄らないだろう。
「ドゥオール学院長は、すでに死没しているザブリスに全ての責任を取らせて心象をよくしようという魂胆ではないかと言いたいのだろう?」
 ヴィルヴァが縦にしてある名札をガンッと机に叩き付けた。
「あまりに失敬な!当学院を侮辱するつもりか!」
 ジェトゥは首を振った。
「とんでもない。代替年数が八年では甘いので百年くらいにしたらどうかと提案しようと思っているだけだ」
 サリュースも賛同した。
「確かに王族や魔導師を殺害したのだから、本来は処刑されるはずだが、追放刑を適用するならば、年数は八年では足りないだろう」
 トゥル=ナチヤはイージェンを嫌がると思った。ところが逆に迎える準備すらしている。しかも、三の大陸や二の大陸の異議にもなにか含みがありそうだ。サリュースは、まずいことになると心配になってきた。
 イージェンがアリュカを手招いて、耳元で言った。
「軌道修正し、審議を収束させろ」
 アリュカが口元を隠して言った。
「トゥル=ナチヤはあなたをイメイン様の後継者として迎えたいのです。しかし、他の大陸はそれをよしとしていないので…」
「そんなことわかってるが、今は二の件をまとめろ」
 アリュカが困った顔で議長席に戻った。
「大陸追放の年数を増やすと、イージェンがトゥル=ナチヤに上陸できないことになります。それは非常に不都合です。総会として追罰を加えることにして、トゥル=ナチヤ内での処分は認めたいと思いますが、それでいかがでしょうか」
 サリュースが手を上げた。
「追罰といっても…拘禁や労役というわけにもいかないのでは」
 アリュカが特別の労役を課せばいいと言った。
「各学院に精錬した道具を十点ずつ提供してもらうのです。なにが欲しいかは各学院で決めて依頼することにして」
 みなあっけに取られて言葉もなくアリュカを見た。イージェンも何を言い出すのかと驚いていた。急に爆笑するものがいた。
「アハハッハァー!そりゃぁいい!こいつの精錬した道具なら、金(きん)を山と積んでも手に入れる価値があるからな!」
 一番上の席にエアリアと一緒にいたダルウェルだった。みな、一斉に振り返り、不愉快な視線で見た。エアリアは自分が見られているようで、身を縮こませていた。ダルウェルが両手を広げて肩をすくませて見せた。
「お騒がせして申し訳ない」
 微塵も申し訳なさそうでない様子に全員合わせたようにあきれて正面に目を戻した。ラ・クトゥーラのタービィティン学院長が手を上げた。かなりの年配のようだった。
「なかなか機知に富んだご提案ですな。よろしいのではないですか、いかがですかな、ご一同」
 しぶしぶなのは一の件と一緒だろうが、みな、名札を横置きした。
「それでは二の件はこれにて終了いたします。イージェン、各学院に十点ずつ、要望を聞いて道具を精錬してください」
 なんとかまとめられてうれしそうなアリュカにぼそっと言った。
「二百点近く、いっぺんには無理だぞ」
 アリュカが口元に笑いを浮かべて小さく頭を下げた。
「時間をかけてゆっくりとよいものを精錬してください」
 …どいつもこいつも学院長ってやつは…
 一癖も二癖もある連中ばかりだ。バカであさはかだがサリュースもそうだし、文句ばかりつけているゾルヴァーもくせ者のようだ。アルバロも画策してダルウェルを追い出した。ジェドゥも似たようなものだ。一見好意的のように見えるアリュカやヴィルヴァだってわかったものではない。みな一筋縄ではいきそうにない。
 先は長かった。


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