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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第101回   イージェンと五大陸の学院長(2)
 五大陸の学院長たちは、宿舎としている離邸から船で魔導師学院へと向かった。その船の上でサリュースが昨夜のことを思い出していた。目の前に座っているトゥル=ナチヤ・イェルヴィール学院長ヴィルヴァに学院長殺害の経緯をあらかじめ聞こうと思ったが、総会の席にてと断られた。キロン=グンド・ガーランド学院長アルバロには面会自体拒否され、今も船の隅で青ざめている。
 船が学院の船着場に着いた。アリュカが出迎えていた。
「おはようございます、みなさん。会場の準備ができておりますので、どうぞ」
 みな、黙々と進む。案内されたところは、大講堂だった。半円形の席が段状になっていて、大陸ごとに机が決まっていて、その上に名前の札が縦に立てられていた。それぞれ名札の席に着いた。
 壇上に議長席ともうひとつ席があった。アリュカが議長席に立った。全員が立ち上がった。
「紀元三〇二五年四の月二十二日、五大陸学院総会の開会をここに宣言いたします。議長は開催会場となりました三の大陸ティケア・セラディム学院長わたくし、アリュカが務めさせていただきます、ご承認ください」
 サリュースが縦になっている名札を取って音高く横置きした。次々に横置きにされていく。最後、キロン=グンド・ガーランド学院長がゆっくりと名札を掴んで横置きした。アリュカがそれを確認した。
「全員のご承認いただき、ありがとうございます。すでに大魔導師ヴィルト師より、総会開催予告がございましたので、審議についての内容はご存知かと思いますが、確認いたします」
 アリュカが手元の紙を広げた。
「一、トゥル=ナチヤのイージェンなる素子、学院にて養育しなかった経緯について、明らかにせよ。
 二、イージェンが紀元三○一七年十一の月に起こしたイェルヴィール王国の事件について、当事者双方の証言を聞き、審議せよ。
 三、イージェンが紀元三○二十年八の月、キロン=グンド・ガーランド王国で学院と起こした騒乱について、当事者双方の証言を聞き、審議せよ。
 四、紀元三○二五年四の月、セクル=テゥルフ・カーティアにおいて起こった魔導師殺害について、当事者から聞き取りしたヴィルト提出の文書を読み上げ、承認せよ。
 五、イージェンの兄をヴィルトが処刑した件についてヴィルト提出の文書を読み上げ、イージェンの理解を得よ。
 以上、五つの審議項目を経て、イージェンの魔導師としての存在を承認し、いずれかの学院に招聘されたし」
 読み終えて、ちらっと左手の出入り口を見た。出入り口に控えていたエアリアが合図を受けて出て行った。しんと水を打ったような静けさの中、背の高い灰色の外套がゆらりと入ってきた。議長の横の席に立った。アリュカが小さく頭を下げ、正面に向き直って紹介した。
「トゥル=ナチヤのイージェンです」
 イージェンが講堂内をゆっくりと見回した。灰色の仮面を見て、学院長たちが緊張している。とくにガーランド学院長アルバロは顔を上げられずにいた。
「トゥル=ナチヤのイージェンだ。ヴィルト提出の審議が終了したのち、ヴィルトより預かった遺書ともいうべき伝書を公開する。さらにその後、俺を大魔導師として承認するかどうか決めてほしい」
 イージェンがアリュカに顎をしゃくった。アリュカが全員に座るよううながした。
「さて…長い会議になりそうだな」
 イージェンが居並ぶ面々を見てため息をついた。

『一、トゥル=ナチヤのイージェンなる素子、学院にて養育しなかった経緯について、明らかにせよ』
 アリュカ議長が一の件を述べると、全員名札を縦にした。トゥル=ナチヤ・カンダオン学院長テェームが立ち上がった。ちらっとイージェンを見て、小さく咳払いし、書面を持ち上げ、読み上げた。
「イージェンなる素子は、父はカンダオン学院第二特級魔導師フレグ、母はグルキシャル・サウリ神殿聖巫女クト。紀元二九九八年十一の月、フレグは禁忌を破り、聖巫女を神殿内で犯した。両人処刑されるところを脱走。以後大陸内を転々としていた模様。カンダオンにおいて、把握していたことは以上である。これ以降は先日イェルヴィール学院長より提示いただいたイメイン師の残された文書により報告する。クトは、紀元三○○○年一の月ごろ、ユ=セヴェリ王国パァラン州山中にて双子を出産。兄ウルヴ。弟イージェン。逃亡者のため、双子はスケェィルには乗らず、ユ=セヴェリの学院では、イージェンが素子であるとの認識はしていなかった。そのため、学院で引き取り養育することはできなかった。」
 テェームは一度咳払いした。
「紀元三○一○年頃からフレグは魔力を見世物にして金品を得ていて、さらに『蘇りの術』を真似た出し物で諸侯を欺き、クトに諸侯相手の売淫をさせて糧としていた。紀元三〇一二年の夏ごろ、ダルク公国…学院がないため国として承認されていませんが…公王の館にて公王の息子ジュスタンに『蘇りの術』を偽りと暴かれ、クトは殺害され、フレグは不具にされた。その後のフレグと双子の消息は不明。ジュスタンは学院と魔導師に対して不信を抱いている要注意人物としてイェルヴィールの学院が監視を命じていた。そのため、両人の消息ならびに双子の存在を知ることができ、過去に遡っての調査も行えたとのことである。これもつい先日イェルヴィール学院長より聞いたことで、当学院はまったく知らなかったことを承知いただきたい」
 あの男は公王の息子だったのか。あの屋敷が公王の館だったとは。当時はただの貴族の屋敷だと思っていた。
 カンダオン学院長テェームが報告を終えた。アリュカがうなずき、テェームが着席した。
「以上が一の件についての報告です。正式な婚姻外の子どもであったためスケェィルに乗せなかった。そのため学院で認識できず、学院での養育をしなかった。これが結論です」
 手を上げたものがいた。
「ティセア・ドゥオール学院長ゾルヴァー、なにか」
 アリュカが名指した。ゾルヴァーという四十過ぎているらしい男が立った。
「父と母の罪は子には受け継がれないとはいえ、父フレグとやらの犯した罪は大きい。その時点でトゥル=ナチヤとして、処理するべきではなかったのか。その責任は重大と思うがいかに責任を取られるのか」
 テェームが助けを求めるように隣の席のイェルヴィール学院長を見た。
「…ヴィルヴァ殿…」
 すっとイェルヴィール学院長ヴィルヴァが立った。
「ただいまのドゥオール学院長殿の発言を却下願いたい。一の件においては、事実を認定すること。当大陸の責任追及は審議外だ」
 ヴィルヴァは少年のような風貌の若い女だった。女の学院長はアリュカとヴィルヴァのふたりだった。アリュカが手でゾルヴァーを制した。
「イェルヴィール学院長の申し出のとおり、ドゥオール学院長の発言は却下します。一の件はこれにて終了します」
 しぶしぶながらであろうが、全員が名札を横置きした。


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