ヴィルトとサリュースはそろって国王に謁見し、サリュースは隣国カーティアとの交渉の結果を報告し、絶賛を浴びた。早速締結を進めるよう命ぜられ、明日にでも出立の運びとなった。交渉の様子を饒舌に語ったサリュースとは反対に、ヴィルトはいつもにまして無言で謁見を終えた。学院に戻る間もヴィルトは一言も発さなかった。学院長室に戻り、サリュースが重厚な机の向こうにある学院長椅子に座った。 「機嫌悪いな、そんなに反対なのか、これは陛下のたってのご要望なんだぞ、わたしがどれだけ苦労してまとめたか、少しはねぎらってほしいものだ」 サリュースが険しい顔で言った。立ったままのヴィルトが重い口を開いた。 「ふたりは…想い合っている」 サリュースが大きなため息をつく。 「そんなことはわかっている。しかし、所詮は身分違いだ」 ヴィルトが向かいの椅子に座った。 「身分など…もともと便宜上のものだ」 サリュースが腕を組んでいらだたしげに声を荒げた。 「これはあなたがたが選んだソシアリティム(社会制度)だぞ、根底を揺るがす気なのか」 ヴィルトもそれは充分分かっている。ふたりのことは、生まれたときからずっと見守ってきた。互いに反発するのはすなおになれない幼さから来るもので、本当の気持ちは周囲もよく知っていた。ヴィルトは、できればふたりの想いを大切にしてやりたかった。 「もう子どもの頃のようにはいかないことはわかっているだろう、ふたりとも」 サリュースは机の上に山積みされた書類を開き出した。各地を巡回している魔導師からの報告書と執務官の報告書の写しである。齟齬がないかどうかは担当がつき合わせているので、学院長の机の上にあるものは問題があるものだ。 「下級執務官の質が悪いな、少し教習を厳しくするか」 立ち去りもしないので、聞くとはなしにヴィルトに振った。ヴィルトがつぶやいた。 「わたしは隠居した身だ、おまえのやりたいようにやればいい」 その言い草にサリュースが呆れた。 「長生きしているくせに、子どものようにすねるんだな。いいかげんにしてくれ、隠居は撤回と陛下も仰せになられただろう」 扉が叩かれた。顔を上げたサリュースが言った。 「なんか、いやな予感がする」 教導師のひとりが入ってきた。イリィ・レン隊長が面会を申し込んでいるという。サリュースが端正な顔をしかめて、すぐに通すように言った。しかして、その予感通りであった。イリィ・レンは目を真っ赤にしていた。 「あれほど堅くお約束したのに…殿下ときたら、あっさりとお破りになってしまわれました」 確かにいつ王宮から抜け出してもおかしくはないが、それでもよる夜中に出歩くようなことはしないはずだった。しかも、ただごとではないとわかった。姿がないので、従者を問い詰めていると侍従医がやってきて、口止めされたが尋常ではないことなのでと打ち明けてきた。その話を聞いて、ヴィルトもサリュースも驚き、顔を見合わせた。サリュースがやや声を震わせた。 「エアリアがそんな怪我を負うとは…いったい何者だ」 実のところ、弟子といってもエアリアの方が魔力は上だった。したがって、自分が師匠では不満というのもわからないではないが、目上への敬意にかける言動を許すことはできなかっただけだった。そのエアリアを完膚なきまでに叩きのめしたものとは。ヴィルトも首をかしげるばかりだった。 「別の大陸の魔導師か、いずれにしても危険だ」 ヴィルトがイリィ・レンに部隊を待機させるよう指示した。どこに向かったか見当がついたら連絡すると告げた。廊下を駆けていくヴィルトをサリュースが追っていく。 「第一級緊急事態だ、『星の眼』を使ってくれ」 ヴィルトが振り返り、頷いた。
朝日の光が林の中を通って夜明けを告げた。エアリアはヒヤッとした空気で目覚めた。睡眠を取ったので、身体が昨日よりは動く。ラウドが寝ているうちに先に立ってしまおうと思った。身体を起こそうとしたとき、ラウドが動いた。 「起きたのか」 ラウドが皮袋を差し出し、水を飲ませようとした。顔色がくすんでいて、目をしきりにしばたたいている。 「…まさか、寝ておられないんですか?」 「焚き火を絶やさないようにしてた。それより、水飲んで」 飲まそうとするのを受け取って自分で飲んだ。堅パンと干し肉を食べた。ラウドが火の始末をしていると、エアリアがそっと離れようとした。 「待て、ひとりで行くな」 エアリアがまだ赤みの残る頬をさらに染めて首を振った。 「いえ、来ないで下さい」 少しよろけながら急いで薮の向こうに行こうとする。あわてて追っていく。薮の中で急に姿が見えなくなった。しゃがみこんだ、その意味がわかり、背を向けた。馬のくつわを取り、少し林道の方に寄り、待っていた。ほどなくやってきて、自分で馬上に上がった。ラウドがその後ろに跨り、走らせた。途中小川に出た。馬に水を飲ませ、皮袋に汲み、顔を洗った。
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