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作品名:追憶のノスタルジー超短編集 作者:西村かおル

第2回   鎮守の森の住人たち
 それは私の記憶。
 または年の離れた兄から聞いて、まるで私の記憶と同化した追憶のノスタルジー。

 そう遠くない昔のこと。
 福岡の外れの小さな町の、小学校の校庭の向こうには鎮守の森があった。
 境内の真ん中の大きな木は、いつぞやの落雷で幹が大きく裂けても尚そこに立っていた。

 また、そこには一軒の掘っ立て小屋があって〈あやしい奴ら〉が住んでいるとの子供の世界の噂から、私たち仲間は下校時に寄り道して確かめに行ったことがあった。

 それは小屋と呼ぶには意外と大きな作りだった。
 人が出入りする気配がなさそうだったので、木の裂け目によじ登って遊んでいると、やがて木戸が音を立てて開いた。

 白いズボンに白い上っ張りを羽織った女の子が、横目でこっちを気にしながら裏道に出て行った。
 隣のクラスの女の子だった。

 いつもパサパサの髪に汚れた顔をしている。

「○○人! ○○人!」

 皆で囃し立てた。
 その子の背中は猫背気味になり、足早になった。

 誰かが小石を拾い、その子に目掛けて投げた。
 外れた。
 皆で小石を拾い、その子に目掛けて投げた。
 外れた。

 その子はもっと足早になった。

「待てー! 逃げるんかー」

 私も何度目かの小石を拾った。
 左手にいつもの野球のグラブはしていなかったが、遠投気味に投げた。

 ちょうどその時、向こうから学ランを来た人が自転車に乗ってその子の横をこちらにやって来るのが見えた。
 私が投げた小石は放物線を描いて、その女の子の頭に落ちた。

「あー!」

 だが、その大きな声はその子の悲鳴ではなかった。
 声は同時に前と後ろから聞こえたのだ。

 後ろのほうでは、何やら聞き取れない訳の分からない言葉で、見たこともないオバサンがヒステリックに騒いでいた。

 そのオバサンは白い服を着て、掘っ立て小屋の裏木戸から飛び出て来たが、なにやら私たちを罵ってから小屋に戻っていった。

 その女の子は頭を押さえつつも、なおも向こうへ走り続けていた。
 きっと泣いていたのだろうか。
 たんこぶが出来ちゃったのかもしれない。

「こらー!」

 先ほどのもう一方の大きな声は、自転車に跨ってやって来ていた兄のものだった。
 凄い形相で追いかけて来た。

「兄ちゃんだ! みんな逃げろー」

 皆、てんでんばらばらに逃げた。

 その夕方、家に帰った私は、玄関先に出てきた母と兄にこっぴどく叱り付けられた。

「なんて情けない奴だ!」

「あんなことは卑怯者のやることだ」

 そして、玄関の外に立たされた。

 夕日はどんどん傾き、立ちん坊の影は伸びる。
 カラスがカアカアと西の空へ飛び、お腹はグウグウと鳴るときに、ただひとり気にかけてくれたのは、隣の家の庭先に出て来たおばあちゃんだけだった。

〈おわり〉

『鎮守の森』の語源【ウィキペディア(Wikipedia)】
・特定の建造物や一定区域の土地を守護する神を祀った祠がある森。


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