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作品名:夏、花の島 作者:Quote

第7回   夏、新記録樹立編

「おっ、千島だ」
 民宿の仕事も暇になった昼下がり。堤防脇で珍しい奴に出会う。
「あ、高嶺。久しぶり」
 緑の作業服を着た小学校からの同級生。高嶺、なんだっけ。名前は出てこな
い。元気な奴で中学のときもよく話しかけられることがあった。悪く言えば人
の気分を察することなく、よく言えば自分を偽らない奴。そんな高嶺を半分は
嫌い、半分はあこがれの対象にして。
「いやー大きくなったな、千島」
 この島は欲求不満の溜まる構造をしているんだろうか。ま、島の形はぺった
んこだけど。
「その、言いにくいんだけど……揉まれてでかくなるってほんとかっ」
「そう、そんなに握りつぶしてほしいわけね」
 この島の挨拶にも慣れてきた。とりあえずスマイルは無料でつけておけばい
いらしい。
「まあ待て待て。まだ男としてやり残しがあるし。で、ちなみにどれくらい」
「両手を出せば一つくらい収まるんじゃない」
 もうやめておこう。いくらなんでもやりすぎだ。
「……マジかよっ千島、ジャンプ、じゃなくて収めさせてくるぅわっ」
 かつて命を持っていたと思われる残骸を横目に見る。
「反省の言葉は?」
「……ごめんなさい。お前、島に戻ったのか、あの民宿にさ」
「ううん、ちょっと母のことで、ね。で、暇だから民宿でバイトもしてて。今
日、飲みに来る?」
 会えば飲む。条件反射だ。常識であり、法律であり、義務だ。
「で、今何の仕事を」
「ああ、法面工事。仕事は人狩りか土木しかないからな」
 そうだろうな、とは思っていた。
 こんな北の島だ。産業がなければ就職もない。ありがちな人生だ。
「ま、お互いの無事が何よりね。今日はのんびり飲もう、高嶺」
 隣島がかすむこんな日。少しだけ温かな潮風が島を駆け上る。短い夏を少し
だけ身体に吸い込んでみた。夏の終わりは、もうすぐそこまで来ている。

「……ってわけで連れてきたから」
 ジョッキを持ち上げるまねをしてみる。
「今日もするのね、梗ちゃん……横で、いえ参加させていただきますからバー
ルのようなものはお下げくださいませ」
 鉄の掟発動。客は高嶺のみ。民宿の客も居酒屋の客もいない。ホストは私と
叔父だ。
「じゃ、飲みましょ」
「あ、ああ。おかげさんで帰ってメシ食って寝るだけの一日が楽しくなった」
 まずは一杯、空ける。続いて空いた二つのジョッキを左手で回収。
「高嶺、もう一つやることあるだろ。寝る直前にさ。こう、気持ちよく、な」
 意味ありげににやついてやる。三人分の空ジョッキをサーバの前へ。
「……な、なんだよそれ。なんだろうな、なんでしょうか千島さん」
 無駄にあわてる高嶺。高嶺と私に次の一杯を注ぐ。
「そ、それ叔父さんも知りたいな。若い人の会話はいい、うん、ほんとに」
 二人をにらみ付けて一気に飲み干す。叔父が続く。
「じゃ、お二人にヒント。それは一人でするのが普通」
「……だろうな、普通一人でするものだ……相手があればするものじゃない」
 高嶺がこらえきれずにジョッキを空ける。台所に走って三人分、注ぐ。
「ちなみに私は裸で。高嶺はどう? 女にここまで言わせて言えない、なんてこ
と許されないから」
 食卓に二人分のジョッキを置いてやる。私は台所でいい。
「……千島は裸なのか、そうか。まあ、俺も嫌いじゃないが」
 その場で空にして、次を入れる。超ハイペースだ。多分新記録樹立だ。
「うん、男は違うの? 女は普通裸だけど。叔父さんその辺どうなんですか」
「う、梗ちゃん、それは。とりあえず全裸でよろしく」
 ジョッキを洗い場に放り込む。サーバーから直飲みのほうが楽でいい。高嶺
には表面張力よろしいピッチャー。叔父は言葉も挟まず焼酎の棚を漁る。
「う、そういわれると裸もありだな。で、アレか。その、女は想像で頑張ると
聞いたんだが」
「ん、想像、ね。そんな人がいるのかどうかわからないけれど私は道具使うね」
「な、何。道具か。奥深いんだな……」
 むせかえる高嶺。後ろから頭を押さえつけ、ピッチャーを口にあてがってやる。
面白いほどに黄色い液体が流れ込む。あははは。人間サーバーの出来上がり。
 死闘開始三十分。生が切れた。買い置きの樽もない。仕方ない。焼酎に移行す
る。棚から取り出した「喜界島原酒」43度を空いていたジョッキに注ぎ込む。さ
あ、これで口でもすすげ。再び頭を抑えジョッキを口にあてがってやる。人間の
限界に挑戦だ。
「ああ、石鹸。英語で言うとソープ。最近いろんなのが出回っているけど私は昔
ながらの石鹸が好き」
「……すまん、いろいろ想像していいか」
「お、叔父さんも妄想王国に入っちゃおうかな」
 悶絶する叔父を部屋の隅に蹴飛ばしておく。自分に入れた麦焼酎原酒「黄金の
日々」40度を空にする。普通に致死量を越えている気がする。さて、そろそろ勘
弁してやろう。
「身体洗うのは石鹸が一番ね。寝る前はお風呂に決まり」
「……えっ、風呂、ってなんの話だ」
「ああ、お風呂の話。一人で裸になってするものなんて風呂ぐらいでしょ」
「梗ちゃん結構大胆なエるぶらはっ」
 一人で悶絶する肉塊の口に球磨火酎50度。汚物はアルコール消毒。
「千島元気になったよなあ。それだったらおまえのおばさんも元に戻りそうだ」
 昨日の今日で、その話題が出るとは思っていなかった。ふざけた気分が抜ける。
「そういやうちの母親、病気してんの、いや、身体のほうで」
 母のことを知りたかった。小さな島のことだから高嶺が私の母のことを知って
いてもおかしくはない。
「身体の病気だ? そんな話聞いてないぞ、俺は。ときどき食べ物とか届けてるけ
ど、元気に笑って迎えてくれるぜ。ま、俺も小学生くらいと勘違いしてしまって
るけど」
「……ん、思い過ごしだったらいいんだけどね」
「お前のお母さん、若いよなあ。お前とそっくりで、美人で、強くて」
それ、私が美人で強いってことじゃないか。遠まわしな言い回しでも、特別な思
いがこもっていなくても、男から言われるその言葉は私をどきどきさせる。
 男の人と話す機会はあったけれど、それはバイト先の工場で殴り合いの喧嘩を
するのと同じレベル。恋愛の対象になんてならなかった。一人で生きてきた分、
私は母よりずっと強くなったと思っている。母が私と同じ年齢の頃。既に私を出
産し、父と結婚していた。母は多分、強いのだろうと思う。だが、私はわかって
いる。それは千島千秋の妻、千島小桜としての強さであって、千島桔梗の母とし
ての強さではなかった。
「強いからああなったんじゃね、悪い、トイレ行ってくる」
 そして一人取り残され。一人で静かに酒を注ぐ。
「そういやお二方、この島の物語って知ってる……って誰もいないか」
 二並の言葉を突然思い出し。一人で飲む酒が最高だ。新記録。そんなものどう
でもいい。わけのわからない苛立ちが沸き立つ。


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