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作品名:FLASH BACK 作者:KANASHI

第9回   7-1. クリスマスだからじゃない (前編)
「寒っ!」
 十一月の終わり頃。会社に戻るなり、鷹緒が身を縮めて言った。
「おかえりなさい、鷹緒さん」
 事務員の牧が出迎える。定時も過ぎたというのに、会社にはまだ煌々と明かりがついている。
「ただいまー。いいな、ここあったかくて」
「そんなに外寒いですか?」
「寒いなんてもんじゃねえよ」
「まあ、もうすぐ十二月ですもんね」
「うん」
 そんな会話を交わしながら、鷹緒は企画制作部にある自分の席へと向かう。年末に向かっているため、いつも以上に伝言の山がある。
「すごい量だな……」
 鷹緒はそう呟きながら、一先ず給湯室へ向かった。するとそこには、同じ部署の君島万里がコーヒーを入れている。
「おかえりなさい、鷹緒さん」
「おう、万里。おまえも残業かよ」
「いいえ。今日は午後出勤だったので遅番なだけです。コーヒー飲みます?」
「サンキュー。飲む飲む」
 万里にコーヒーを差し出され、鷹緒はそれを受け取りながら冷蔵庫を覗いた。中にはマジックで「TAKAO」と書かれたエクレアが入っている。昨日自ら買っておいたものだ。鷹緒はそれを咥えながら自分の席へと戻っていき、伝言の束に目を通す。
「ん?」
 伝言を整理しながら、新しく事務が用意したスケジュール表を見比べて、鷹緒は出入口のそばにある受付の方向を見つめた。
「牧! このスケジュール、俺のだよな?」
 そう声をかけると、受付にいる牧が振り向く。
「はい。昨日出してもらったスケジュールと、こっちで調整したスケジュールを組み合わせた来月の修正版です」
「すげえじゃん。イブに夜だけでも空くなんて久しぶり」
 鷹緒がそう言ったのは、いつもは夜遅くまで埋め尽くされているスケジュールが、クリスマスイブから年末にかけて、いくつか空けられていたからである。
「いくつか来年に持ち越しの仕事があったんで、詰めてたら空きました。まあどうせ空けても、鷹緒さんってば勝手に仕事入れちゃうんでしょうけど」
「入れねえよ。今年は彼女も出来たし、イブにデートなんてしたことねえし」
 その場には事情を知っている牧と万里しかおらず、鷹緒は無防備なまでにそう言った。
「え? 沙織ちゃん、イブって仕事ですよね?」
「嘘?」
 それを聞いて鷹緒は立ち上がると、牧のもとへと向かった。そこでは所属モデルのスケジュールが確認出来る。
「確かそうですよ。麻衣子ちゃんとか由里亜ちゃんとか、うちのトップモデルさんたちはみんなクリスマスショーなんで」
「はあ? 聞いてねえけど。大体、ショーなら俺が駆り出されるはずだろ」
「残念でした。ノーギャラで勝手に行くならいいですけど、今回は低予算なので、俊二君が行くことに」
 牧の言葉に、鷹緒は口を曲げる。
「俺だって安くて明朗会計だから売れてると思ってんだけど……」
「安さで助手には敵いませんよ。それにただ金額だけの話じゃなくて、鷹緒さんは午後まで別の撮影入ってるから仕方ないんですよ」
「そうなんだ……」
 残念そうに言いながら鷹緒は溜息をつく。そんな鷹緒に牧は笑った。
「沙織ちゃんがその顔見たら、きっと喜びますよ」
「喜んだとしても言うなよ。カッコ悪い」
「もう、鷹緒さんったら。クリスマスとか興味なさそうなのに」
「確かにないけど、女はあるんだろ?」
「まあそうですねえ。何もなかったら殴るかも」
「俊二も大変だな……」
 その時、広樹が会社に戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり。今日は外回りかよ」
 出迎えた鷹緒に、広樹は大きく頷いた。
「ああ、契約だけどね」
「聞いて、ヒロ。俺、今年のイブは夜空いてんだって。何年振りだよ」
 嬉しそうな鷹緒に、広樹も笑う。
「夜空いてるくらいでなんだよ。おまえは仕事入れ過ぎなんだって……じゃあデートなんだ?」
「それが、彼女は仕事なんですよねえ?」
 間に入って牧が言った。
「そうだけど、一人でも夜空いてるってだけで最高。この年齢で、冬に早朝から夜中まで仕事とか無理」
「ハハ。いつもその時期から年始にかけて、休む暇もないからな。今年は僕もスケジュールゆったりめにしたから、年末年始もそれほどじゃなくなったけど」
 鷹緒の言葉に、広樹が同調して言う。
「じゃあ久々に、クリスマス会でもやりましょうよ!」
「わあ、面白そう。賛成!」
 牧の提案に、万里が入ってきて言った。
「クリスマス会?」
「今年は社員旅行も復活したし、やりましょうよ、クリスマス会。前の事務所の時は、いろいろイベントやったじゃないですか」
 明るい笑顔で牧が言うが、広樹は考え込むように俯く。
「前の事務所の時は、ほどほどに暇だったからやってただけなんだよなあ……」
「まあ三崎さんなら、忙しくてもやってたけどな」
 苦い顔の広樹に、鷹緒が言った。
「おまえ、三崎さんと僕を比べないでくれる? あの人はお祭り男だし、超器用だったじゃん」
「お祭り男はおまえも同じだろ。今までだって俺を散々巻き込んできたくせに。でもまあ、クリスマス会は無理なんじゃないの? モデル部はそのショーとやらで出払ってんだろ。企画部だって暇ではないんだし」
「そんな……モデル部だって全員出払うほど人員取られませんし、準備なら空いてる人間がやりますよ。ショーが終わったら合流すればいいじゃないですか。恋人持ちはいいですけど、いない人間は寂しいです」
 万里の言葉に、広樹は優しく微笑んだ。
「そっか。じゃあ有志だけでも何かやろうか。僕も独り身で寂しいもん」
「本当ですか?」
「社員の意志は尊重しますよ」
「やったー!」
 牧と万里が喜ぶ横で、鷹緒は軽く頭を掻く。
「有志だけってことは、強制参加じゃないんだよな?」
 鷹緒がそう言ったので、広樹は強く首を振る。
「おまえは強制参加。どうせ一人でいても、テレビでも見て終わる気だろ。仕事の一環で付き合えよ」
「はあ?」
「社長命令」
「……ハイハイ。じゃあ、社長からのクリスマスプレゼントに期待しよう」
「ケーキくらいは買ってやるよ」
 苦笑する鷹緒と広樹の横で、すでに牧はパソコンを見つめている。
「じゃあ早速、何処か場所探さないと……今から貸し切りなんて出来るかなあ」
「地下スタジオは?」
「その日、時間貸しで劇団に貸してるんですよ。そっちもパーティーで使うみたいですけど」
「マンションスタジオは……全員が入るには狭いしな」
「まあ、探してみます」
 腕の見せどころといった様子で、牧が張り切ってパソコンをいじり始めたので、それぞれ仕事に戻っていった。

「クリスマス会?」
 数日後。レストランで二人きりの食事の最中、鷹緒に向けて沙織が言った。
「ああ、イブの夜。おまえはショーがあるんだろ?」
「でも夜は空くよ。会えないのかな……」
「いや。来ればいいし、少なくとも終わったら二人で会えるよ」
「本当?」
 嬉しそうな沙織の笑顔に、鷹緒の顔も思わず綻ぶ。
「うん。俺もクリスマス付近に、夜だけでも時間空くなんて久しぶり」
「そうなんだ? じゃあ、デートとかも?」
「ないない。暇があった時も、大体は仲間と一緒にいたしな」
「へえ……」
「まあ、今年もそんな感じでガヤガヤするのかもしれないけど……」
 言葉の続きを言わない鷹緒に、沙織は期待するように見つめる。
「けど?」
「いや、期待されても何もないぞ?」
「べつにいいもん」
 それでも何か期待している様子の沙織に、鷹緒は小さく息を吐く。恋愛が初めてのわけではないが、戸惑う部分は多く、沙織が望むことをしてやれるかの自信がない。
 黙り込んだ鷹緒を不安に思いながらも、沙織は静かに微笑んだ。
「鷹緒さん。なんにもいらないから、イブの夜は一緒にいてね?」
 その言葉に救われるように、鷹緒はしっかりと頷く。
「わかった」

 それから数週間後。街はクリスマスムード一色で、今日はイブというだけあり、恋人たちで溢れ返っていた。
 そんな街の一角にある地下ライブハウスでは、WIZM企画の社員たちがパーティーの準備をしていた。
「万里ちゃん、そこの壁に飾りつけお願い」
「はい」
 牧と万里が主力で動いているが、すでに飾り付けもクリスマスらしくなり、あとは人を待つだけである。
 そこに、鷹緒がやってきた。
「おつかれー」
「あ、鷹緒さん。おつかれさまです」
 受付にいた牧が出迎える。
「事務所行ったら誰もいねえし」
「今日はみんな直接ここに来るから、定時で閉めるって言ったでしょう? 一応、電話は転送してますけど」
「ったく、どんな事務所だ」
 苦笑しながら、鷹緒はコートを脱いだ。
「こんな事務所ですよ。社長がそうしろって言うんだからいいんです」
「その社長は?」
「モデル班についてってるので、後から来ます」
「そう。結構いい店じゃん。よく貸し切れたな」
 店内を見回して、鷹緒が言う。
「そうでしょう? いろいろ知人を伝ってやっと押さえたんです。とはいっても、もうすぐ改装されるらしくて、あんまりお客さんも入ってなかったとかで」
「へえ? で、なんか手伝うけど」
「その前に会費ください」
「ハイハイ……」

 それから数十分後。暇を持て余してテレビに見入っていた企画部の社員たちのもとに、パラパラとモデル部の社員たちがやってくる。
「おつかれさまです。お待ちかね!」
「やあ、遅くなったかな? 副社長たちは後処理で後から来るって。そんなに遅くならないと思うよ」
 そう言った広樹の後ろには、沙織がいた。沙織は鷹緒を見つけるなり駆け寄る。
 鷹緒は部屋の隅に座り、書類を広げている。
「鷹緒さん」
「おつかれ。おまえ一人?」
「うん。モデル仲間がいるとうるさいだろうからって、ヒロさんが隠すように連れてきてくれた」
「そう」
「鷹緒さんは、また仕事ですかー?」
「だっておまえら遅いんだもん……とはいえ、時間通りか」
 そう言いながら、鷹緒は仕事の書類をしまう。
 その時、テーブルの上にあった鷹緒の携帯電話が震えた。沙織の目にも“石川理恵”の文字が映る。
「もしもし?」
 鷹緒は気に留めず、電話の相手が理恵と知って、警戒心もなくそう応じた。
「ああ、オーケー。じゃあ万里に行かせるから、予定通りな」
 それだけを言って電話を切ると、鷹緒は不満げな沙織の顔を見て首を傾げる。
「なに?」
「なにって……」
 鈍感なまでの鷹緒に膨れる沙織だが、鷹緒は苦笑して、そんな沙織の膨れた頬をつつく。
「始めるぞ。ちょっと席外すけど、ここで待ってな」
 そう言うと、鷹緒は慌ただしく受付にいる牧と万里のもとへと駆け寄り、その後、広樹の腕を取った。
「社長、始めようぜ」
「待てよ、鷹緒。理恵ちゃんたちがもうすぐ来るから、それまで……」
「みんなお待ちかねなんだよ。それにおまえは話が長いんだから、さっさと開会のあいさつ始めてくれる?」
 鷹緒と広樹の会話に、周りの社員たちも笑う。
「そうですよ、社長。もうおなかペコペコ」
「副社長と俊二さんには悪いけど、それこそすぐ来ますって」
 社員たちの言葉に後押しされ、広樹はステージへと上がり、マイクを掴んだ。
「じゃあ、まだ二人来てないけど、始めようか」
「イエーイ!」
 早速盛り上がる中で、広樹は口を開く。
「えーと、みんなおつかれさま。今年は社員旅行に続き、クリスマス会まで出来て幸せを感じています。みんな忙しいのにこれだけのことやってくれて、この会のために頑張ることもあって、やっぱイベントは大事なんだなって感じました。だから……」
 その時、出入口のドアが万里によって開けられると、そこには大きなケーキを持った、理恵と俊二がいた。
「おお! もう二人が来てくれた。そんなに大きなケーキ、どうしたの!」
 驚いている広樹の横から、鷹緒がマイクを奪った。
「はい、社長の長い挨拶はこのくらいにして。社長、ちょっと遅くなったけど、誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございまーす!」
 鷹緒の掛け声と同時に、社員たちがクラッカーやらを広樹に向けて放つ。ステージ前に置かれた大きなケーキには、クリスマスの飾り付けではなく、「ひろきくん、おたんじょうびおめでとう」という、バースデイメッセージの装飾が施されている。
 十二月十日が誕生日だった広樹に、社員たちからのサプライズだった。当日は鷹緒たち数人と飲んでいたのだが、忙しい時期ということもあり、こうして大勢に祝われるのは本当に久しぶりのことだ。
「え、なにこれ……」
「みんな労ってんだよ。今日はクリスマスパーティーならぬ、おまえの誕生パーティーってわけ」
 驚く広樹に、鷹緒が説明する。
 そうしている間に、大きなケーキにロウソクの火が灯され、誰からともなくハッピーバースデイの歌が始まる。
 やがて歌が終わり、広樹はロウソクの火を消して、全員から拍手が湧き上がった。
「もう、なんだよみんな……びっくりした」
 広樹は驚きながらも嬉しそうに笑い、社員たちも満足げに笑う。
「じゃあ、こっから先は正真正銘のクリスマスパーティーだから。はい、グラス持って」
 すっかり司会の位置になってしまった鷹緒だが、鷹緒も満足げに笑いながら、グラスを掲げる。
「みんなグラス持った? じゃあ、今日も仕事おつかれさま。メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
 やがて談笑が始まり、鷹緒はやっと沙織の元へと戻っていく。
「もう。ヒロさんの誕生日サプライズだっていうなら、言っておいてくれればよかったのに……知らなかったの、私とヒロさんだけなんておかしいよ」
 未だ膨れ面の沙織に微笑みながら、鷹緒はシャンパンに口をつけた。
「言い忘れてたのもあるけど、おまえは顔に出るしな……いいじゃん。ヒロだけじゃなくて、もう一人びっくりしてくれた人がいたってことで」
「もう。でもいいや。ヒロさんが感激してる姿、私も嬉しかったし」
「ああ。なんか食べる? 取って来てやろうか?」
 料理に群がる社員たちを見て、鷹緒が言った。
「ううん、大丈夫。自分で行けるし……でも、今日は恵美ちゃんいないんだね?」
 他に家族連れがちらほらいるので、沙織は辺りを見回して尋ねた。カマをかけている部分もある。その質問に答えられたならば、鷹緒は未だに理恵と仲が良く、そんな話をしているのだと推測出来るだろう。
「ああ、今日は友達の家でパーティーやって泊まるんだってさ」
 試されていることも気付かず、鷹緒は軽くそう答えた。途端に沙織の表情が暗くなる。
「そうなんだ……」
「うん」
「……」
「……なんだよ。また変なことで落ち込んでる?」
 一種の地雷を踏んだことにもまるで気付かない鷹緒に、沙織は顔を顰めた。
「変なことじゃないよ! でも……もう帰る」
 一気に血が上ったように、沙織は置いていた自分のバッグを掴む。
 その手を、鷹緒が強く握った。


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