三月上旬。その夜、沙織は残業の鷹緒を待って、事務所奥のフリースペースとなるカウンターテーブルで、雑誌を読みながら時間を潰していた。社内には社長室に広樹がいるだけで、鷹緒は会社外の喫煙室にこもって仕事をしている。そのため社内の広いフロアに、今は沙織しかいない。 「あれ、鷹緒はまだ終わらないんだ?」 しばらくすると、社長室から広樹が出てきて言った。 「はい。まだ喫煙室から戻らなくて……」 「最近、企画目白押しだからなあ……無理もないけど」 「ヒロさんは終わったんですか?」 「僕は気分転換。コーヒーでも飲もうと思って」 「じゃあ私がやりますよ」 「いいよいいよ、気分転換なんだから気にしないで。それにうちの社訓は“やれることは自分でやれ”だからね。お構いなく」 そう言いながら、広樹は給湯室へと入っていく。 すると鷹緒がノートパソコンを片手に戻ってきた。 「鷹緒さん」 「待たせて悪いな。終わったよ」 鷹緒は自分のデスクにパソコンを置くと、ふと給湯室にいる広樹が目に入って声をかける。 「ヒロ。そっちは?」 「もうちょっとかな。お先にどうぞ」 「帰る前に俺もコーヒー飲みたい」 給湯室へ鷹緒も向かうと、すかさず広樹が二人分のコーヒーカップを差し出した。 「サンキュー」 「ノープロブレム」 そんな二人のやりとりにくすりと笑いながら、沙織は広樹が淹れてくれたコーヒーを鷹緒から受け取った。そのまま三人は小会議スペースと呼ぶ大きめのテーブル前に座る。 「そっちの仕事はどう?」 広樹がそう尋ねるので、鷹緒は軽く頷いた。 「ぼちぼち片付きつつあるよ」 「最近詰めてんなあ」 「だってイベントすっぽかすと、カノジョに愛想つかされちゃうから。ね?」 冗談交じりにそう言いながら鷹緒が横目で見つめるので、沙織は驚いて目を丸くする。 「えっ」 「そっか。もうすぐビッグイベントだったね。沙織ちゃん、卒業式か」 驚く沙織を尻目に、広樹が察して笑顔で言った。 「まあ実際、俺は何もしてやれないけど……せめて一日みっちりのスケジュールくらいはどうにかしないとな」 「そ、そんな無理することないのに……」 「しなきゃしないで怒るくせに」 からかうように言う鷹緒に反し、顔を赤く染める沙織。そんな二人を前にして、広樹は歯を見せて笑う。 「よし、じゃあ卒業式の日の沙織ちゃんを、我がWIZM企画プロダクションで全面プロデュースしましょう!」 「なんだそれ?」 「学校一の美少女として相応しく、ドレスアップするってこと」 「おお。いいな、それ。何してやろうかと考えてたから、そうしてくれると俺も助かる」 「えー! いいですよ、そんな大々的なことしてくれなくて」 盛り上がる広樹と鷹緒に、沙織は大きく手を振るが、二人の会話が止まることはない。 「遠慮しなくていいよ。だってこれから社会人でしょ。たぶん人生最後の卒業式だよ? 今年は大学卒業するの沙織ちゃんだけだし、せっかくだからやろうよ」 「そうと決まれば日にちもないし、軽く打ち合わせやっちゃおうぜ」 鷹緒がそう言うと、広樹は大きめの紙を取り出してペンを構える。もう二人は真剣な顔で、気後れする沙織を置いて、完全に仕事モードに突入しているようだ。 「沙織ちゃんはどんな服がいい? 着物とかドレスとか」 「え、あ……特にこだわりはないですけど。本当にいいんですか? 忙しい時期なのに……」 「どのみち式自体は関われないけど、せっかくこういう事務所にいるんだから、最後の卒業式くらい派手にいけよ。嫌ならいいけど、乗っちゃえば?」 軽く鷹緒が言うので、沙織は遠慮しながらも嬉しさに微笑む。 「うん!」 「じゃあ決まり。この間は振袖着たし、ドレスにしようよ。撮影もするだろ」 鷹緒の言葉に、広樹は頷きながらメモしていく。 「じゃあドレスでいいかな。急だけど貸衣装に明日一番に電話させるとして……」 「いや。だったら売出し中の新人デザイナーいるから、そっち当たってからにして。貸衣装は今からだとキツイだろ」 「ああ、貸衣装も稼ぎ時か」 「紹介されたばかりの新人だけど、恩は売っておきたいしな。当たってみるよ」 「じゃあ任せる。無理そうならモデル部に振って」 「了解」 テキパキと本格化した打ち合わせに、沙織はただ呆気にとられているだけだ。しかしそんな沙織を尻目に、二人の話が止まることはない。 「ヘアメイクは……その日、いつもの陣営は出張部隊について行っちゃってるんだよなあ」 「まあ最悪の場合はモデル部が出来るけど……髪もあるし、だったら美容院行ったほうがいいかもな」 「そういえば、嵐は? フリーになったらしいじゃん」 「ああ、聞いた。今度撮影で一緒になるかもしれないとは、ちらっと聞いてるけど」 突然出た見知らぬ名前に、沙織は首を傾げた。 「あの……アラシって?」 「昔よく組んでたヘアメイクの五十嵐ってのがいるんだ。通称・嵐」 「そう。数年間、女優さんに専属でついてたんだけど、フリーになって戻ってくるらしくてね。腕は上達してるらしいし知り合いだからさ。これから沙織ちゃんも撮影とかで会うと思うよ」 鷹緒に続いて広樹が言った。そして鷹緒は立ち上がり、早くも電話をかけ始める。 「いろんな方とお知り合いなんですね」 「そりゃあね。この世界、出たり入ったり忙しないですから」 「なんかすみません。お忙しいのに、こんな本格的にやっていただいて……」 「なに言ってるのさ。水臭い……僕らは戻りたくても学生には戻れないからね。最後の卒業式くらい大事にしたいじゃない。それにせっかく企画業もやってるんだから、こんな時こそ人脈フル活用」 その時、鷹緒が届いたファックス用紙を片手に戻ってきた。ファックスには、ドレスのデザイン画が描かれている。 「嵐はオーケー。あとこれ、とりあえず今あるドレスのデザイン画だって。この中から選んでくれたらすぐに渡せるらしいけど、出来ることなら今からデザインして製作したいってさ」 「マジで? 間に合うの?」 「新人だから仕事したいし、突き詰めたいんだろ。それで間に合わなきゃプロとして失格なんだから、とりあえずいいんじゃない? 沙織の写真は送っておいたから、すぐデザインに取りかかるって。あと明日にでも寸法計りに来たいらしい」 「そ、そんな贅沢なことしなくていいよ!」 ここまで来たが、思わず沙織が言った。本格的なヘアメイク、そしてデザインから取りかかるという特注スタイルのドレス、たった一日のためにどれをとってももったいない話である。 そんな沙織に、鷹緒は口を曲げた。 「プロデューサーはヒロだろ。おまえ無視するわけじゃないけど、そういう遠慮や謙遜とかはいらないの」 「そうそう。こっちもやるからには本気でかかるからね。会社の一企画としてやるんだし、手を抜くつもりはないよ。大丈夫。変なようにはしないから」 その日から、沙織は事務所の全面バックアップにより、卒業式へ向けての自分磨きが始まった。
「こんなにしてもらっていいのかな……」 数日後の夜、鷹緒と外食をしている沙織がそう言った。 「大したことじゃねえだろ。気にすんなよ」 「でも、卒業祝いで昨日は理恵さんにエステおごってもらっちゃったし、ヒロさんからはデパートの商品券もらっちゃったし……ドレスも着々と仕上がってるっていうし、こんなお金かけてもらっちゃって……」 「個人的な品はともかく、おまえのドレスは新人で向こうがやりたいって言ってんだから実費程度だし、ヘアメイクも知り合いだから金のことで気にすることないよ。それより俺からは何が欲しい?」 優しく微笑む鷹緒を見れば、物なんて必要ない。沙織は含み笑いを零して料理を食べる。 「いらない」 「なんだよ。ヒロとかからは受け取ったんだろ」 「だって鷹緒さんには、物でごまかされたくないもん」 「ほう……言うようになったね、沙織ちゃん」 からかいながらも鷹緒は苦笑している。 「い、言い方の問題だよ。物なんていらないの」 「じゃあ何が欲しい?」 「……時間かな」 「それは難しい注文だな……」 「うん、わかってる。言ってみただけ」 諦めるように俯く沙織を見て、鷹緒は食事を終えてフォークを置いた。 「沙織。おまえ……これからどういう方向でいきたい?」 「え……?」 急に真面目な顔をした鷹緒に、沙織は不安で顔を曇らせる。 「仕事のこと。これから定期的にテレビにも出るんだし、ただのファッションモデルでもないだろ。これからもこんな感じでいいの? それとももっとテレビとかに露出多くしていきたいの?」 そう聞かれて沙織は押し黙った。日々楽しく仕事をしているものの、きちんとした目標というものはまだなく、先のことを考えると怖くなるのは事実である。 「まだ……よくわからない。やる気はあるよ。撮影もテレビも関係なく、今の仕事は楽しいから……」 言いながらも委縮するような沙織を見て、鷹緒は食後のコーヒーを飲みながらデザートに口をつける。 「べつに怒ってるわけじゃねえよ? 単純にどうしたいのかなって……俺がおまえにしてやれることなんて、仕事関係のことでしかないから……おまえがこういうことやりたいっていうのがあるなら、極力動くようにするし」 それを聞いて沙織は静かに笑った。鷹緒らしい嬉しい気遣いなのだが、沙織の望むこととは少しずれている。 「ごめんね。なんか悩ませちゃってるみたいで……やっぱり何か買ってもらおうかな」 「なんだよ。仕事の話じゃ不満か?」 「そういうわけじゃないけど……仕事としては、もっといろんなことをやりたいと思ってるよ。でも私、なんにもないから……きっとこれからも何がしたいというよりは、与えられた仕事をこなしていくだけなんだと思う」 少し落ち込んだ様子の沙織に、鷹緒は微笑んだ。 「おまえはよくやってるよ。与えられた仕事こなせるだけ偉いと思う。焦らなくていいから、そのままいけばいい。いろいろやってみろよ。いつかきっとやりたいこと見つかるから」 「うん……」
卒業式当日。朝早くから自分のためにスタッフが集まるということで、沙織もまた早めに目を覚ました。支度をしていると、部屋の呼び鈴が鳴る。 「はい……」 「おはようございます。お迎えに上がりました」 受話器からそんな鷹緒の声が聞こえて、沙織は慌てて玄関のドアを開けた。するとそこにはスーツを身に纏った鷹緒がいる。迎えに来るなど、そんな話は聞いていない。 「鷹緒さん。どうして……?」 「おはよう。支度出来た?」 「あ、もうちょっと……」 「じゃあ早くしておいで。待ってるから」 「う、うん」 訳も分からないまま時間に押されて、沙織は部屋の中に戻り大急ぎで支度をした。とは言ってもこれから本格的にドレスアップするため、必要な物を持って出ればいいだけの話である。 「お待たせしました……」 少しして、沙織はそう言いながら玄関へ向かった。玄関で待つ鷹緒は優しい笑顔を向けて手を差し出す。それにつられて沙織もその手を取った。 「卒業おめでとう」 「ありがとう……なんか鷹緒さん、いつもと違う感じ」 「今日は沙織が主役だからな。行こうか」 「うん」 「あ、その前に……」 靴を履き始める沙織に、鷹緒の顔が近付いた。そのまま二人はキスをする。 「やだ……」 「嫌なの?」 「朝から嬉しすぎる……」 そんな沙織を前にして鷹緒は笑顔で応えると、二人は手を繋いだままマンションを出ていった。 するとマンションの前には、真っ青なオープンカーを背にした広樹の姿があった。広樹もまた鷹緒と同じくカッチリとしたスーツを着ている。 「ヒロさん!」 沙織はまたも驚いた。 「おはようございます、お姫様」 そう言いながら、広樹は助手席のドアを開ける。その間に鷹緒は運転席へ向かい、最後に広樹が後部座席へと乗り込んだ。 「どうしたんですか? この車……」 「ああ、俺の。新しく買ったんだ」 さらりと言った鷹緒に、沙織は驚きの連続で目を丸くしたままである。 「ええ! いつの間に?」 「今年、車検だって言ったろ」 「でもオープンカー……」 「大丈夫。自動で閉められるから。まああんまり開けることないだろうけど、この卒業式もあったしで、ヒロと選んだんだ」 「そうそう。やっぱり派手にするにはオープンカーでしょ。色は鷹緒が惚れ込んだ感じだけど」 広樹も間に入ってそう言った。 「この色好きなんだよ」 「そういえば最初に会った時の鷹緒さんの車も、こんな感じの色だったよね」 「うん。どう? お姫様の馬車としては」 「カッコイイ」 「そりゃあよかった。外車だけどコンパクトだし、まあやっと本来の好きな車に戻った感じかな」 驚いている沙織の反応に、鷹緒は満足げに笑った。そんな二人を前にして、広樹も笑って口を開く。 「この前の車は適当に決めてたもんな。まあ日本に帰ってきてすぐに必要だったから納得だけど。しかしこんな朝から車なんて、渋滞もいいとこだな……」 そんな広樹の言葉に、鷹緒は苦笑した。 「特別な日だから迎えに行こうって言い出したの、おまえだろ」 「でも本当に嬉しい……カッコイイ二人にお出迎えされちゃって。麻衣子が聞いたらやきもち妬くかも」 笑いながら沙織がそう言ったので、広樹もまた笑って口を開く。 「麻衣子ちゃんは四年制大学だからまだだしね。今年が大学卒業の子は沙織ちゃんだけだから、こんなこと出来るんだよ」 「嬉しいです。ありがとうございます」 「いいえ。今日は王子と騎士(ナイト)に徹しますからね」 「あはは。どっちがどっちですか?」 「それは姫が決めてください」 そんな話を沙織と広樹が繰り広げているうちに、車は会社前に到着した。今日はここでメイクアップする。 最初と同じように広樹が助手席のドアを開け、沙織はそのエスコートを受けるように車から降りた。 すると運転席の鷹緒が、身を乗り出して沙織を見つめる。 「沙織。俺は一個仕事片付けて戻る。おまえの準備出来たら撮影するからな」 「うん」 「じゃあ行ってらっしゃい。頑張って」 鷹緒の言葉に微笑みながら、沙織は広樹とともに会社へと入っていった。
まだ早朝というのに、WIZM企画の社内では社員のほとんどが出勤しており、クラッカーで沙織を歓迎する。 「沙織ちゃん、卒業おめでとう!」 「わあ。ありがとうございます!」 「感激している暇はないよ。急かして悪いけど、スタイリストも無理して呼んだ手前、時間が限られてるんだ」 そう言う広樹の前に、理恵がやってきた。 「おめでとう、沙織ちゃん。まずはメイクルームで着替えて。終わったらすぐメイクして、撮影は会議室でやるから。それが終わったら学校まで送ります」 「はい。よろしくお願いします」 登校までのスケジュールを知らされ、沙織は言われるがままメイクルームへと向かう。そこには出来上がったばかりのドレスがあり、今まで何度か打ち合わせでデザインは知っていたものの、その美しさに息を呑んだ。
それから数十分後。すべての準備が整った沙織は、メイクルームから会議室へと向かっていった。すると中にはすでに鷹緒が戻ってきており、スクリーンやライトなどの本格的機材が並べられている。 「わあ。沙織ちゃん、すごく綺麗!」 社員たちがそう言う中で、鷹緒はまたも苦笑する。 「だから俺のセリフ取るなっての……」 そう言いながら鷹緒が見つめるので、沙織も照れるように笑った。 「鷹緒さんってば、おかしいの」 「なにがだよ……時間なくなってきたから、早く撮っちゃおう」 「うん。お願いします」 「こちらこそ。でもその前に、これ……」 鷹緒は突然、ジュエリーケースを差し出した。中にはイヤリングが入っている。 「え?」 「卒業祝い。ドレスデザイナーと一緒に選んだから、似合うと思うよ」 ゴージャスに光り輝くイヤリングは、確かにドレスの色と合っている。 「いつの間に? こんなことまでしてもらっちゃって……」 「こんなことくらいしか出来ないけどな」 「すごく嬉しい! ありがとう」 沙織はイヤリングを耳につけると、鷹緒を見つめた。スタッフたちもその場に数人いるため、それ以上のことは何も出来ないが、本当は抱き合いたい気分である。 そんな気持ちを鷹緒も持ちながら、振り切るようにカメラ前に立った。 「じゃあ始めよう」 その声で、沙織は背景スクリーンの前に立ち、鷹緒が構えるカメラを見つめた。さすがに撮影には慣れてきており、カメラマンが鷹緒でも緊張しなくなっているが、気を抜けば照れや恥ずかしさが込み上げてしまうので、沙織は必死に耐えている。 一方の鷹緒も、いつもと違う雰囲気となるくらい最高に着飾った沙織を直視出来ないでいた。それが自分の彼女や親戚だと思うと顔が緩みそうで、それを隠すように苦笑するしかない。 「よし、オーケー!」 やがて鷹緒の声が上がり、沙織は微笑んだ。 「成人式に続き、一生の思い出だよ」 「そう言ってもらえるなら、こっちとしてもよかったよ……じゃあ行こうか」 「送ってくれるの?」 「迎えには行けないけどな。時間ないから行くぞ」 鷹緒に促され、沙織はそこにいるすべての人に礼を言って、鷹緒と一緒に会社を出ていった。 すると会社の前には、朝と同じように広樹が車を停めて待っている。 「おお! すごく綺麗だよ、沙織ちゃん」 そんな広樹の言葉に頬を染め、沙織ははにかんだ。 「ありがとうございます。しっかりプロデュースしてもらっちゃった感じです」 「それはよかった。僕らは学校に行くまでしかプロデュース出来ないけど、その姿なら一日中、注目浴びること間違いなし! 大成功だね」 そう言いながら広樹は沙織を助手席に乗せ、また自らも後部座席へと乗り込む。その間に運転席に着いていた鷹緒は、すかさず車を走らせた。 「しかし惚れ惚れしちゃうなあ。間違いなく卒業生の中で、沙織ちゃんが一番綺麗だよ」 「ヒロ。それ以上おまえが言うな」 思わず止めた鷹緒だが、逆に広樹は目を細める。 「妬いてんの?」 「……黙れ」 「じゃあおまえが何かしゃべれよ。顔が緩みそうなのわかるけど」 茶化す広樹の言葉を聞きながら、鷹緒も余裕がないように苦笑する。 「いや本当……綺麗だと思うよ」 珍しく素直に褒める鷹緒の横顔を見て、沙織は一気に顔を赤らめた。 「や、やっぱ鷹緒さんは、私を褒めなくて大丈夫」 「なんで?」 「なんでも」 首まで真っ赤になった沙織の照れや嬉しさは後部座席の広樹にも伝わり、まだまだ初々しい二人に溜息をついて座り直す。 「お熱いねえ。こんなことなら付いて来なきゃよかったかな」 「おまえのプロデュースだろ。最後までやれよ」 そうこうしているうちに、車は学校の前に着いた。学校といってもビルであり、今日は卒業式なだけあって、ビルの前には人だかりが出来ている。 そんな中で、鷹緒のオープンカーが颯爽と止まった。すかさず助手席のドアを開ける広樹のパフォーマンスに、学校前にいた一同の目は釘付けになる。沙織と同時に降りた鷹緒もまた注目を浴びていた。 「なんか、さらし者みたいだな」 「それがいいんじゃん。優越感を感じましょうや」 広樹の言葉に苦笑しながらも、鷹緒は事前打ち合わせの通り、沙織の手を取って歩き始めた。 「入口までだけど、エスコートしますよ」 「は、恥ずかしい……」 「俺も」 そう笑い合いながらも、鷹緒と沙織は学校のビルへと向かっていく。すでに同級生なども見ており、広樹が言う通り、確かに優越感なるものも沙織を包んでいた。 「卒業おめでとう。最後の行事やっておいで」 そんな鷹緒の言葉に頷くと、沙織は鷹緒を見つめる。 「……今度はいつ会える?」 「夜ならいつでも会えるよ」 「じゃあ明日だね。今日は実家に帰るから」 「ああ。たまにしか帰らないんだから、ゆっくりしてこいよ。今日も挨拶出来ないけど……よろしく言っておいて」 「うん、わかった」 「じゃあ行ってらっしゃい」 「行ってきます。ありがとう。鷹緒さん、ヒロさん」 大きく手を振りながら、沙織は学校の中へと入っていった。 登校した沙織が、同級生のみならず下級生や教師にまで、注目の的だったのは言うまでもない。沙織は幸せ絶頂の中で、学生最後の卒業式という行事を味わっていた。
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