夕方――。鷹緒が事務所に戻ると、そこには沙織がいた。 「おかえりなさい。よかった、会えた」 沙織が笑顔で出迎えるが、鷹緒は焦ったようにデスクへ向かう。 「おう、待ってたの?」 「うん。今日は早く終わるって聞いてたから待ってようかと思って、ついさっき来たところ。電話したんだけど……」 「悪い。充電切れちゃって」 そう言いながら、鷹緒はデスク脇に繋いである充電器で、携帯電話の充電を始める。電源を入れると、すぐにメールの着信音がいくつも鳴った。 「はあ……買い替え時かな。バッテリーが一日ももたない」 苦い顔の鷹緒に、沙織はフリースペースのカウンターチェアに座り、鷹緒の後ろ姿を見つめる。 「そういえば、ずいぶん古い携帯使ってるね」 「うん。アメリカ行く前に使ってたやつだから」 「戻ってから新しいのにしなかったんだ?」 「これあるし、申し込むだけで済むからいいと思ったんだけど……新しい電池に換えたのにこんなんじゃ、もう駄目かもな……」 沙織の言葉を背中で受けながら、鷹緒はパソコンでもメールチェックを始めている。 そんな鷹緒に、沙織が口を開いた。 「……まだ仕事ある?」 「いや。家でやらなきゃいけない仕事あるから、早く帰るけど……メシぐらい一緒に食えるよ」 「本当?」 「ああ、でも先に携帯ショップ寄りたい」 「一緒に行ってもいい?」 「うん。じゃあ、さっさと行くか」 そう言って、鷹緒は帰り支度を始める。 連絡が取れずに会う日はいつも散々待たされるため、思いのほか早く終わったことで、沙織の気分も良くなって微笑んだ。 二人はそのまま事務所を出ると、駅前の携帯ショップへと向かった。 「わあ。新しい機種が出てる。いいなあ」 目を輝かせている沙織を横目に、鷹緒は怪訝な顔をする。 「おまえ、この間新しいのにしたって言ってなかったっけ?」 「したけどいいじゃん。あ、私と同じのもあるよ。これ」 店頭に並んだ携帯電話を見せながら、沙織が言う。 「スマートフォンね……」 鷹緒がそれを受け取ると、店員の女性が声をかけてきた。 「スマートフォンをお探しですか?」 「ああいや……古いタイプありますか?」 「それでしたら、こちらになります」 奥に追いやられた古いガラケータイプの携帯コーナーで、鷹緒は携帯電話を手に取る。 「ええ? スマフォにしようよ。お揃いじゃなくてもいいから」 沙織はそう言いながら、鷹緒についていった。しかし鷹緒は、一向にその場から動こうとしない。 「なんかこっちのが落ち着くっていうか、ボタン押してる安心感が……」 「なにそれ。考え古いなあ」 「うるせえ」 「スマートフォンは初めてですか?」 喧嘩しそうな鷹緒と沙織の間に入って、店員が話しかけてきた。 「いえ、海外ではスマートフォンだったんだけど、最近またこっち使ってたから、出来ればこっちのタイプのが慣れてるっていうか……」 「スマフォ初めてじゃないんでしたら、今後の主流はやっぱりスマフォになりますし、今買い替えるのもいいかと思いますよ。スマフォのほうが割引ききますし」 「うーん」 鷹緒は考え込みながら、いろいろな機種に触れていく。 「もう。スマフォにしなってば」 「いいんだけど、ヒロも最近スマフォにしたんだけど使いこなせてない感じだし、ああいうの見ると、なんかなあ……自分も不安になる」 「変なの。鷹緒さん、簡単に使いこなしそうなのに」 そう言われて、鷹緒は苦笑する。 「こんなんなら、契約する時に新しいの買えばよかったな」 そう呟くと、店員がすかさず料金プランを見せてきた。 「いえ。初めてスマフォに乗り換えられるなら割引がききますよ。料金の面では、こちらのほうがお得かと」 「……ゴリ押しですね」 「最終的にお決めになるのはお客様です」 店員の笑顔につられるように、鷹緒もまた笑って頷く。 「わかりました……」
その後、立ち寄ったレストランで、鷹緒はスマートフォンとにらめっこして口を曲げる。 「やっぱり使い辛え……」 「買った早々、文句言わないの」 そう言う沙織は、奮闘している鷹緒を見れて少し嬉しそうだ。 「日本のスマフォには絶対しないって決めてたんだけどな……」 「どうして?」 「海外の携帯は、こんなにたくさん機能ないもん。俺は電話かけられてメール出来ればいいんだよ。はあ……あの店員の笑顔に負けたな」 「なにそれ。仮にも彼女の前でそういうこと言う?」 沙織の言葉に返事はせず、鷹緒は沙織を見つめる。 「なあ、テストしたいからメール送って。なんでもいいから」 普通の感じで言われたので、沙織もまた頷いた。 「いいよ。じゃあ……」 “スマフォに機種変おめでとう”と打って、沙織はメールを送った。 すぐに鷹緒のスマートフォンが鳴って、鷹緒もまたメールを打ち始める。 「あれ? 打つの早いね」 「だからスマフォは初めてじゃないって言ってるだろ。使いやすくはないけど……」 やがて沙織の携帯が鳴った。 “明日早く帰れるけど、家来る?” 唐突なまでのメッセージだったが、沙織は恥ずかしさもありつつ、嬉しそうに俯く。 「返事は?」 反応を見て楽しんでいるかのような鷹緒に、沙織はそっと頷いた。 そんな沙織を、今度は鷹緒がスマートフォンのカメラで写真を撮った。 「あ、やだ。そんな写真……」 「スマフォもいろいろ使えそうだな」 「だったら私も撮るもん」 「店出てからでいいだろ。いつでも撮れるんだし」 宥められるように言われて、沙織は口を曲げる。 「鷹緒さん、今、スマフォにハマってない?」 「ハマってはいないけど、物も使いようって感じかな」 「じゃあ役立つアプリ、いっぱい教えてあげる」 「なんか明日はそれで終わりそうだな……」 「大丈夫だよ。夜は長いんだし」 そう言ったところで、沙織は自分の言葉に真っ赤になった。 目の前の鷹緒は案の定、不敵な笑みを浮かべている。 「ち、違う。そういう意味じゃなくて……」 「べつに俺は何も言ってないけど?」 「顔が言ってるよ!」 ありふれた日常の中で、スマートフォンがもたらした二人の会話――。
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