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作品名:FLASH BACK 作者:KANASHI

第13回   10. 新しい年の幕開け
 二人きりのカウントダウンをして数時間後。鷹緒は寒さで目を覚ました。そこは未だソファの上で、狭い隙間から自分の半身にかけて、沙織が抱きつくように眠っている。
「沙織……」
 鷹緒がそう言うと、すぐに沙織が目を覚ました。
「え……あれ?」
 思いがけず眠っていたことに、沙織も辺りを見回す。
「ヤバイな……あのまま寝てたのか」
「喉痛い……」
「俺も。新年早々、風邪とか最悪だな……」
 起き上がりながら、鷹緒は目の前にあった水に口をつける。
「時間は平気?」
「まだ大丈夫だよ。二度寝すると遅刻しそうだから俺は起きてるけど、おまえはベッドでもう少し寝れば? 出る時に起こすよ」
 そう言われて、沙織は鷹緒の腕に抱きついた。
「私も起きてる」
「いいけど……俺が心配してる意味わかる?」
「わかってるよ。私は徹夜にも慣れてないし、女の子だからって気遣ってくれてるんでしょ?」
「それもあるし、明日仕事だろ。寝不足でむくんでるとか、モデルとして困るだろうから」
 鷹緒の言葉に、沙織は急に現実に引き戻されたように俯く。正月早々、二人とも仕事がある。
「仕事か……断れば良かったかな」
「アホか。呼ばれるうちが華なんだから」
「そうだね……でも鷹緒さんも仕事だし、なんだかお正月って気がしないな」
「まあ、こっちも稼ぎ時なんでね……成人式終わる頃には落ち着くよ」
「うん……」
「起きてるなら、早めに行ってファミレスでも入ってようか」
「うん!」
 二人は早々に支度を始めると、予定時間より早めにマンションを出ていった。
 今日は初日の出を見に行く予定だが、鷹緒は仕事で行くため、沙織はただくっついていくだけの形となる。それでも沙織は嬉しさを隠しきれない。
「初日の出の撮影って、毎年やってるんでしょ? いつも同じ場所?」
「いや、毎回違うよ。今年は茅ケ崎。去年は江の島だったみたいだけど、かなり遠出したこともあるし」
「そうなんだ。なんだか楽しみ」
「まあ、まだ早いし、どっか入ろう」
 鷹緒はそう言って、海沿いのファミリーレストランへと車を停めた。

「去年のお正月は何してた?」
 紅茶を飲みながら、沙織が尋ねる。鷹緒は去年までニューヨークにいたため、どう過ごしていたのか興味があった。
 鷹緒はコーヒーを飲みながら、まだ暗い外を見つめる。
「カウントダウンは仲間とベタにタイムズスクエアでやって、日本からあっちの初日の出写真を頼まれてたから、それ撮りに行ったよ。まあ、こっちでも海外でも、べつに代わり映えしないな」
「そっか」
「おまえは?」
「私は実家に帰って家族と初詣に行って、去年も元旦のファッションショーがあったから、すぐに戻ったよ」
「そうか、初詣ね……近々行くか」
「うん!」
 嬉しそうに笑う沙織を見て、鷹緒は遠のいていたイベント事を思い出して、沙織となら出来るだけやろうと決意する。
 その時、鷹緒に電話が入った。社長の広樹からである。
「はい」
『明けましておめでとう。ちゃんと起きたか? もう出てる?』
「おめでとう。もう現地近くのファミレスにいるけど」
『僕ももうすぐ着くよ。じゃあ少し早いし、僕らもファミレス行くよ』
「了解」
 鷹緒は電話を切ると、バッグから風邪薬を取り出して沙織に差し出した。
「ヒロたち来るってさ。おまえも飲んどけよ」
「風邪薬なんて、いつ買ったの?」
「家から持ってきただけだよ。まあ、起きたら寒気もなくなったけど」
 意外とちゃんとしている鷹緒に、沙織はなんだか嬉しくなって風邪薬を飲む。喉が少し痛むだけで、無理をしなければすぐに治るだろう。
 少しして、二人のもとに広樹と俊二がやってきた。
「明けましておめでとうございます」
 お互いにそう交わして、席が賑やかになる。
「二人で来たんだ? 牧とかは?」
 鷹緒が尋ねた。その質問に、俊二が苦笑しながら口を開く。
「牧ちゃんも来るって言ってたんですが、寒くてリタイアですって」
「まあ、牧ちゃんは何度も一緒に来てるしね」
 口を挟む広樹に、鷹緒が笑った。
「俺らもすっかり恒例だよな」
「まあ、高校時代からこれだけは欠かさないって感じ?」
「え、そうなんですか?」
 鷹緒と広樹の会話に、今度は沙織がそう尋ねる。
「毎年カレンダー作ってることもあってね。これは三崎企画時代から恒例っていうか、無理やり駆り出されててね……」
「まあそのカレンダーも、来年のカレンダー用だけどな」
「ホームページにはすぐ使うって。でも場所も毎回変えてるし、毎年作品が増えてるってわけだよ」
「社長自ら、こうして来るしな」
「僕も恒例になっちゃってるからね。これやらないと一年が始まらない感じ」
 新年早々、仲の良い鷹緒と広樹に、沙織は嬉しそうに微笑んだ。そんな沙織に、鷹緒が首を傾げる。
「なんだよ?」
「ううん。ヒロさんと鷹緒さん、仲良いのが嬉しいから」
「わかる。お二人、喧嘩したことなさそうですよね」
 沙織に続いて、俊二が明るくそう話す。そんな二人を前に、隣同士の鷹緒と広樹もまた苦笑した。
「いや、たまに喧嘩するけどね……」
「ほとんど理由はガキだけどな」
「ま、だからやっていけるんでしょ。すぐ仲直り出来るし」
「俺が譲歩してんだよ」
「それはこっちの台詞だろうよ」
 まるで夫婦の会話に、沙織と俊二もまた笑った。

 それからしばらくして、四人は海へと向かう。
「やっぱり烏帽子岩越しかなあ」
 構図を探りながら、鷹緒は砂浜を歩いていく。俊二もまた独自に構図を決めているようだ。
 沙織は広樹とともに、少し離れたところからそれが決まるのを見つめていた。
「いやあ、嬉しいね。年明けにこうしてみんなで初日の出が見れるなんて」
 そう広樹が言ったので、沙織も嬉しそうに頷いた。
「はい。私、初日の出見るの初めてなんです」
「そうなんだ? うちらはすっかり恒例だから、今更やめられなくてね」
「いいですね、こういうの。無理やりついてきちゃったけど、嬉しいです」
「風邪引かないでよ? 今日もファッションショーなんだから」
 広樹の言葉に、沙織は苦笑する。すでに風邪気味とは言えずに、持ってきたカイロを見せた。
「大丈夫です。カイロ持ってきたし、ファッションも考えず防寒対策バッチリだし」
「それならいいけどさ……」
 その時、鷹緒が二人に向いて片手を上げた。どうやら場所が決まったらしい。
「行っておいでよ。僕は俊二についてるから」
「わかりました」
 送り出した広樹に会釈して、沙織だけ鷹緒に近付いていく。
「もうすぐ日の出の時間だね」
「ああ。俊二はあっちから撮んのか」
 同じく撮影場所が決まったらしい俊二を遠目に、鷹緒はポケットに入れていた缶コーヒーの蓋を開ける。
「鷹緒さんと俊二さん、どっちの写真が来年のカレンダーを飾るのかな?」
「勝負どころだな……大丈夫か? 寒くない?」
「平気だよ。鷹緒さんこそ大丈夫?」
「俺はこれがあるからな」
 そう言って、鷹緒は自分の手を見せた。そこにはめられている手袋は、去年のクリスマスに沙織がプレゼントしたものである。
「使ってくれてるの?」
「せっかくだしね」
「嬉しい」
 たったそれだけで喜ぶ沙織に、鷹緒からも笑みが零れる。
「そろそろだな……」
 明るくなってきた水平線に、鷹緒はカメラの微調整をする。急に真剣な顔になった鷹緒を見て、沙織は少し下がって広がる海を見つめた。
 しばらくすると、日が昇ってきた。いつしか人も集まってきているが、鷹緒はそれを気に留めずにファインダーを覗く。
「ハッ……クシュン!」
 その時、後ろでクシャミをした沙織に気が付き、鷹緒が振り向いた。
「大丈夫かよ?」
「う、うん。大丈夫……」
「……こっち来て」
 鷹緒に呼ばれ、沙織は首を傾げて近くに寄る。すると鷹緒は沙織を抱き寄せて、後ろから沙織を抱きしめるようにしてカメラに触れた。
「あったかい……」
「ファインダー、覗いてみる?」
 後ろの鷹緒を意識しながらも、沙織は頷いてファインダーを覗く。ファインダーの向こうには、海の中からのぞく岩をバックにした美しい日の出が見える。
 その間にも、鷹緒はシャッターを切っており、並べたもう一台のカメラの様子も窺っている。
「わあ、すごい綺麗……」
 それ以上言葉にならないように、沙織はそう呟いた。
 やがて太陽が昇り、集まっていた人たちもいつしかいなくなり、鷹緒も前屈みだった身体を起こす。
「……終わり?」
「そろそろな」
「綺麗だったあ。ねえ、出来たら写真欲しいな」
 未だ後ろにいる鷹緒に振り向く沙織の頬に、鷹緒の頬が触れた。それはたった一瞬のことだが、まるでキスのように愛しく感じる。
「あ……」
 動揺した沙織の頬に、鷹緒はそっとキスをする。公衆の面前とも言えるべき屋外だが、鷹緒の陰に隠れてそれは見えないだろう。それでも沙織の胸は高鳴った。
「片付けるよ」
 言葉を失った沙織にも、鷹緒はいつも通りの態度でカメラと三脚を片付け始める。
 そこに、別行動をしていた俊二と広樹もやってきたので、鷹緒が振り向きながら口を開いた。
「おう。いいの撮れた?」
「自信あります」
「こっちもまあまあ」
 俊二の答えに、鷹緒は満足げにカメラケースを背負う。その横では、未だ沙織が動揺したように頬を染めていた。
「じゃ、帰ろうか」
「ああ」
 先に歩き始める広樹と俊二の後ろで、鷹緒が沙織の頭をコツンと叩いた。だがその顔は優しく微笑んでいる。そのまま歩き出す鷹緒を追って、沙織は照れて俯き、小走りでついていく。そんな沙織の肩を抱くようにしながら、鷹緒は沙織の頭を撫でた。
「今度は二人で海に来よう」
 そっと言った鷹緒に、沙織は頬を染めて頷く。
「あれ、沙織ちゃん。顔真っ赤じゃない。寒すぎだよね。早く戻ろう」
 振り向いた広樹がそう言ったので、鷹緒と沙織は照れるように笑って、車へと戻っていった。


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