二人きりのカウントダウンをして数時間後。鷹緒は寒さで目を覚ました。そこは未だソファの上で、狭い隙間から自分の半身にかけて、沙織が抱きつくように眠っている。 「沙織……」 鷹緒がそう言うと、すぐに沙織が目を覚ました。 「え……あれ?」 思いがけず眠っていたことに、沙織も辺りを見回す。 「ヤバイな……あのまま寝てたのか」 「喉痛い……」 「俺も。新年早々、風邪とか最悪だな……」 起き上がりながら、鷹緒は目の前にあった水に口をつける。 「時間は平気?」 「まだ大丈夫だよ。二度寝すると遅刻しそうだから俺は起きてるけど、おまえはベッドでもう少し寝れば? 出る時に起こすよ」 そう言われて、沙織は鷹緒の腕に抱きついた。 「私も起きてる」 「いいけど……俺が心配してる意味わかる?」 「わかってるよ。私は徹夜にも慣れてないし、女の子だからって気遣ってくれてるんでしょ?」 「それもあるし、明日仕事だろ。寝不足でむくんでるとか、モデルとして困るだろうから」 鷹緒の言葉に、沙織は急に現実に引き戻されたように俯く。正月早々、二人とも仕事がある。 「仕事か……断れば良かったかな」 「アホか。呼ばれるうちが華なんだから」 「そうだね……でも鷹緒さんも仕事だし、なんだかお正月って気がしないな」 「まあ、こっちも稼ぎ時なんでね……成人式終わる頃には落ち着くよ」 「うん……」 「起きてるなら、早めに行ってファミレスでも入ってようか」 「うん!」 二人は早々に支度を始めると、予定時間より早めにマンションを出ていった。 今日は初日の出を見に行く予定だが、鷹緒は仕事で行くため、沙織はただくっついていくだけの形となる。それでも沙織は嬉しさを隠しきれない。 「初日の出の撮影って、毎年やってるんでしょ? いつも同じ場所?」 「いや、毎回違うよ。今年は茅ケ崎。去年は江の島だったみたいだけど、かなり遠出したこともあるし」 「そうなんだ。なんだか楽しみ」 「まあ、まだ早いし、どっか入ろう」 鷹緒はそう言って、海沿いのファミリーレストランへと車を停めた。
「去年のお正月は何してた?」 紅茶を飲みながら、沙織が尋ねる。鷹緒は去年までニューヨークにいたため、どう過ごしていたのか興味があった。 鷹緒はコーヒーを飲みながら、まだ暗い外を見つめる。 「カウントダウンは仲間とベタにタイムズスクエアでやって、日本からあっちの初日の出写真を頼まれてたから、それ撮りに行ったよ。まあ、こっちでも海外でも、べつに代わり映えしないな」 「そっか」 「おまえは?」 「私は実家に帰って家族と初詣に行って、去年も元旦のファッションショーがあったから、すぐに戻ったよ」 「そうか、初詣ね……近々行くか」 「うん!」 嬉しそうに笑う沙織を見て、鷹緒は遠のいていたイベント事を思い出して、沙織となら出来るだけやろうと決意する。 その時、鷹緒に電話が入った。社長の広樹からである。 「はい」 『明けましておめでとう。ちゃんと起きたか? もう出てる?』 「おめでとう。もう現地近くのファミレスにいるけど」 『僕ももうすぐ着くよ。じゃあ少し早いし、僕らもファミレス行くよ』 「了解」 鷹緒は電話を切ると、バッグから風邪薬を取り出して沙織に差し出した。 「ヒロたち来るってさ。おまえも飲んどけよ」 「風邪薬なんて、いつ買ったの?」 「家から持ってきただけだよ。まあ、起きたら寒気もなくなったけど」 意外とちゃんとしている鷹緒に、沙織はなんだか嬉しくなって風邪薬を飲む。喉が少し痛むだけで、無理をしなければすぐに治るだろう。 少しして、二人のもとに広樹と俊二がやってきた。 「明けましておめでとうございます」 お互いにそう交わして、席が賑やかになる。 「二人で来たんだ? 牧とかは?」 鷹緒が尋ねた。その質問に、俊二が苦笑しながら口を開く。 「牧ちゃんも来るって言ってたんですが、寒くてリタイアですって」 「まあ、牧ちゃんは何度も一緒に来てるしね」 口を挟む広樹に、鷹緒が笑った。 「俺らもすっかり恒例だよな」 「まあ、高校時代からこれだけは欠かさないって感じ?」 「え、そうなんですか?」 鷹緒と広樹の会話に、今度は沙織がそう尋ねる。 「毎年カレンダー作ってることもあってね。これは三崎企画時代から恒例っていうか、無理やり駆り出されててね……」 「まあそのカレンダーも、来年のカレンダー用だけどな」 「ホームページにはすぐ使うって。でも場所も毎回変えてるし、毎年作品が増えてるってわけだよ」 「社長自ら、こうして来るしな」 「僕も恒例になっちゃってるからね。これやらないと一年が始まらない感じ」 新年早々、仲の良い鷹緒と広樹に、沙織は嬉しそうに微笑んだ。そんな沙織に、鷹緒が首を傾げる。 「なんだよ?」 「ううん。ヒロさんと鷹緒さん、仲良いのが嬉しいから」 「わかる。お二人、喧嘩したことなさそうですよね」 沙織に続いて、俊二が明るくそう話す。そんな二人を前に、隣同士の鷹緒と広樹もまた苦笑した。 「いや、たまに喧嘩するけどね……」 「ほとんど理由はガキだけどな」 「ま、だからやっていけるんでしょ。すぐ仲直り出来るし」 「俺が譲歩してんだよ」 「それはこっちの台詞だろうよ」 まるで夫婦の会話に、沙織と俊二もまた笑った。
それからしばらくして、四人は海へと向かう。 「やっぱり烏帽子岩越しかなあ」 構図を探りながら、鷹緒は砂浜を歩いていく。俊二もまた独自に構図を決めているようだ。 沙織は広樹とともに、少し離れたところからそれが決まるのを見つめていた。 「いやあ、嬉しいね。年明けにこうしてみんなで初日の出が見れるなんて」 そう広樹が言ったので、沙織も嬉しそうに頷いた。 「はい。私、初日の出見るの初めてなんです」 「そうなんだ? うちらはすっかり恒例だから、今更やめられなくてね」 「いいですね、こういうの。無理やりついてきちゃったけど、嬉しいです」 「風邪引かないでよ? 今日もファッションショーなんだから」 広樹の言葉に、沙織は苦笑する。すでに風邪気味とは言えずに、持ってきたカイロを見せた。 「大丈夫です。カイロ持ってきたし、ファッションも考えず防寒対策バッチリだし」 「それならいいけどさ……」 その時、鷹緒が二人に向いて片手を上げた。どうやら場所が決まったらしい。 「行っておいでよ。僕は俊二についてるから」 「わかりました」 送り出した広樹に会釈して、沙織だけ鷹緒に近付いていく。 「もうすぐ日の出の時間だね」 「ああ。俊二はあっちから撮んのか」 同じく撮影場所が決まったらしい俊二を遠目に、鷹緒はポケットに入れていた缶コーヒーの蓋を開ける。 「鷹緒さんと俊二さん、どっちの写真が来年のカレンダーを飾るのかな?」 「勝負どころだな……大丈夫か? 寒くない?」 「平気だよ。鷹緒さんこそ大丈夫?」 「俺はこれがあるからな」 そう言って、鷹緒は自分の手を見せた。そこにはめられている手袋は、去年のクリスマスに沙織がプレゼントしたものである。 「使ってくれてるの?」 「せっかくだしね」 「嬉しい」 たったそれだけで喜ぶ沙織に、鷹緒からも笑みが零れる。 「そろそろだな……」 明るくなってきた水平線に、鷹緒はカメラの微調整をする。急に真剣な顔になった鷹緒を見て、沙織は少し下がって広がる海を見つめた。 しばらくすると、日が昇ってきた。いつしか人も集まってきているが、鷹緒はそれを気に留めずにファインダーを覗く。 「ハッ……クシュン!」 その時、後ろでクシャミをした沙織に気が付き、鷹緒が振り向いた。 「大丈夫かよ?」 「う、うん。大丈夫……」 「……こっち来て」 鷹緒に呼ばれ、沙織は首を傾げて近くに寄る。すると鷹緒は沙織を抱き寄せて、後ろから沙織を抱きしめるようにしてカメラに触れた。 「あったかい……」 「ファインダー、覗いてみる?」 後ろの鷹緒を意識しながらも、沙織は頷いてファインダーを覗く。ファインダーの向こうには、海の中からのぞく岩をバックにした美しい日の出が見える。 その間にも、鷹緒はシャッターを切っており、並べたもう一台のカメラの様子も窺っている。 「わあ、すごい綺麗……」 それ以上言葉にならないように、沙織はそう呟いた。 やがて太陽が昇り、集まっていた人たちもいつしかいなくなり、鷹緒も前屈みだった身体を起こす。 「……終わり?」 「そろそろな」 「綺麗だったあ。ねえ、出来たら写真欲しいな」 未だ後ろにいる鷹緒に振り向く沙織の頬に、鷹緒の頬が触れた。それはたった一瞬のことだが、まるでキスのように愛しく感じる。 「あ……」 動揺した沙織の頬に、鷹緒はそっとキスをする。公衆の面前とも言えるべき屋外だが、鷹緒の陰に隠れてそれは見えないだろう。それでも沙織の胸は高鳴った。 「片付けるよ」 言葉を失った沙織にも、鷹緒はいつも通りの態度でカメラと三脚を片付け始める。 そこに、別行動をしていた俊二と広樹もやってきたので、鷹緒が振り向きながら口を開いた。 「おう。いいの撮れた?」 「自信あります」 「こっちもまあまあ」 俊二の答えに、鷹緒は満足げにカメラケースを背負う。その横では、未だ沙織が動揺したように頬を染めていた。 「じゃ、帰ろうか」 「ああ」 先に歩き始める広樹と俊二の後ろで、鷹緒が沙織の頭をコツンと叩いた。だがその顔は優しく微笑んでいる。そのまま歩き出す鷹緒を追って、沙織は照れて俯き、小走りでついていく。そんな沙織の肩を抱くようにしながら、鷹緒は沙織の頭を撫でた。 「今度は二人で海に来よう」 そっと言った鷹緒に、沙織は頬を染めて頷く。 「あれ、沙織ちゃん。顔真っ赤じゃない。寒すぎだよね。早く戻ろう」 振り向いた広樹がそう言ったので、鷹緒と沙織は照れるように笑って、車へと戻っていった。
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