「おまえがメイド? 何かの間違いだろ」 家に上げられた少女は、一室の真ん中に座らされ、目の前の司佐にそう言い放たれた。傍には昭人もいる。 「いえ、本当です。ちゃんと配属の手紙も……」 そう差し出した手紙を奪うように取り上げると、司佐はそれに目を通した。 「……偽造じゃなさそうだな」 「もちろんです。本宅の旦那様から命を受けて……」 「本宅の旦那様って、うちの親父?」 「じゃあ、あなたが……いえ、あなた様が、司佐様……?」 「そうだけど?」 少女は驚いて立ち上がると、とっさに土下座をした。 「申し訳ございません! 本宅のおぼっちゃまに、ご無礼な態度を……」 土下座する少女に、司佐と昭人は顔を見合わせる。 「立てよ」 「でも……」 「命令だ」 「は、はい」 少女は慌てて立ち上がる。 司佐は怪訝な顔をしながら、少女の周りを一周した。 真っ直ぐと姿勢よく立つ少女は、身長は小さく、ツインテールの髪が余計に幼さを醸し出す。 「礼儀は心得てるみたいだが、若く見えるけど年は?」 「十五です」 「十五! メイドって言ったって、俺らより年下じゃん。学校は?」 「高校へは行きません。こちらで働かせていただきます」 自分より若いメイドに、司佐は興味津々といった様子で見つめる。 「ふうん……名前、なんだっけ」 「小桜琴葉(こざくらことは)です」 「コトハ、ね。コトハコトハ……ハハ、昭人。鳩子さんを思い出してたらこいつが来たぞ。コトハを逆から読んだらハトコさんってね」 「ダジャレかよ、司佐」 「冗談、冗談」 呆れている昭人に、司佐も笑ったふりをする。 そこに、出かけていた執事の辻が戻ってきた。 「失礼致します」 「ああ、おかえり、辻。なんか、新しいメイドが来てるけど」 そう言って、司佐はコトハから取った手紙を渡す。 「はい、存じております。小桜琴葉だね。執事の辻だ。わからないことは、何でも私に聞くように」 やっと現れた大人に安心したように頷き、コトハは頭を下げる。 「旦那様の命により、本日付で本宅勤務になりました、小桜琴葉と申します。どうぞよろしくお願い致します!」 十五歳にしてはしっかりとした物言いで、コトハはそう言った。 「なあ、辻。父さんの命によりって言ってるけど、どういうこと?」 司佐の言葉に、辻は口を開く。 「はい。先日、旦那様が軽井沢のパーティーへ一時帰国なされた際、そのように申しつけられました。この子は代々、山田家に仕える家柄でしたが、先日唯一の肉親である祖母が亡くなったとのことで、旦那様がご配慮なされたのだとお聞きしております」 「はい。わざわざ私を呼びつけてくださり、本宅には年も近い司佐様がいらっしゃるので、ぜひ仕えてほしいと申されました」 辻に続いて、コトハがそう言った。それを聞いて、司佐は口元で笑う。 「よし。そういうことなら、おまえは今日から俺付きの専用メイドとする」 「えっ!」 驚いたのは、司佐以外の三人だ。 「ぼっちゃま、それはいくらなんでも……」 止めに入る辻に、司佐は眉を顰める。 「なんで? ようは俺の遊び相手だろ」 「しかし、司佐様付きの専属メイドとなると話は別です。年頃の若い娘と四六時中なんて……」 「辻。おまえ、俺のこと信用してないだろ。傍には昭人もいるんだし、こんなチビでガキなの相手になんないから心配するな。とにかくこれ、決定」 両親がいない今、決定となれば司佐の命令に背くことは出来ない。 辻は深々とお辞儀をした。 「かしこまりました。それでは、その旨しっかり教育致します」 「ああ。それから、コトハはうちの学校に通わせる」 「え!」 続けて言った司佐の言葉に、コトハは驚いて顔を上げる。 「なんだ。勉強は嫌いか?」 「いいえ。でも……私は、小中学校も通わせて頂きました。卒業したらやっときちんとお仕えすることが出来ると思っていましたのに、義務教育でもないのに学校に通わせていただくなんて……それに、学費も用意出来ません」 「学費は山田家が持つ。幸い新学期も始まったところだ。あとで制服の採寸してもらえ。勉強は昭人に見てもらえ。入学するまではメイドの仕事はしなくていい。あとは……うん、部屋は俺の部屋の近くがいい。昭人の隣の部屋を空けろ。以上」 絶対的な物言いの司佐は、言いっ放しのようにそうして部屋から出ていく。 「あの……私、本当に学校へ……?」 放心状態だったが、コトハの言葉で一同は我に返る。 「あ、ああ。まあ、司佐様がああ仰っているんだ。お言葉に甘えさせてもらいなさい」 辻の言葉に、コトハは涙を流す。 「どうしよう、私……嬉しいです。高校に通えるなんて思ってもいなかったから……」 「では、司佐様に恩返しするためにも、昭人に勉強を見てもらいなさい。ついでに昭人、屋敷の案内もしてあげなさい。私はコトハの部屋の支度を進める」 「はい、辻さん」 辻が去っていったので、コトハは昭人にお辞儀をした。 「あの。昭人様と申されるのですね? よろしくお願い致します」 「ああ……僕のことは昭人でいい。身分的には同じ使用人だ。司佐と二人の時は、敬語を使うことを禁じられているが……」 「そうなのですか。わかりました。でも司佐様、本当にお優しい方なんですね。やってきたばかりの私を、高校に通わせてくださるなんて……」 「優しい……気まぐれの間違いだろうけど。まあ、優しいだけじゃないから気を付けて。何にしても、司佐に逆らったら駄目だ」 「はい。それは重々わかっております」 「とりあえず、来たばかりでなんだけど、図書室ででも勉強しよう。うちの学校、結構レベルが高いから」 「はい。よろしくお願いします、昭人」 普段いないタイプのコトハに、昭人も苦笑した。
その夜。急遽用意されたコトハの部屋が整い、司佐と昭人がコトハを部屋に案内する。 「じゃーん」 口で効果音を出し、コトハの前のドアが開けられた。 広々とした部屋には、一通りの家具が揃えられている。 「急ごしらえだけど、もともと客室だから、一通りの物は揃っているだろう。トイレも風呂もついている。足りない物があれば辻に言え。ご感想は?」 言葉の出ないコトハは、大粒の涙を流した。 「あの……なんと言ったらいいか……」 「それは嬉し涙か?」 「もちろんです。ありがとうございます、司佐様! 私、一生懸命お仕えします。勉強も頑張ります」 「喜んでもらえたならよかった。じゃあ、今日はもう休め」 そう言って、司佐はコトハの部屋を出ていった。 未だ涙の止まらないコトハは、持ってきたボストンバッグに座り、思い切り泣く。 そんな様子を見て、昭人は微笑んだ。 「落ち着くまで泣け。でもその前に、業務連絡がある」 「は、はい。すみません……」 そう言って立ち上がりながらも、手で拭っても拭っても、コトハの涙は止まらないようだった。 「ああ、もういい。泣いたままでいいから聞いて」 「すみません……」 「辻さんからの通達事項だ。明日から、僕が家にいる間は勉強。学校に行っている間は辻さんに業務を習え。学校に受かるまでは、司佐の身の回りの世話はしなくていい。ただ、食事を運んだり、言われたことは手伝うように。出迎えは全員必須だ」 「かしこまりました」 「奥の部屋は司佐の部屋だが、今は世話係でもないから近付かないで。何かあったら隣の部屋が僕の部屋だし、電話の内線で、辻さんやメイドの控室にも繋がる。内線番号は電話の横に。何かわからないことは?」 「……いっぱいあると思いますが、その都度質問させてもらいます」 「よし。じゃあ、今日はゆっくり休んで。出てきたばかりなのに、勉強だのなんだので大変だっただろう」 「いえ……夢みたいです。こんな素敵な一人部屋を頂いて、学校にまで……」 「だったら、まずは入学目指して頑張れよ。司佐は気まぐれだし、気が変わらないうちに入学しないと」 「はい。頑張ります」 泣きながらも闘志を燃やすコトハに、昭人は笑いながら頷く。 「じゃあ、おやすみ」 「おやすみなさい、昭人」 コトハの言葉を背中で受けて、昭人はコトハの部屋を出ていく。そしてそのまま、司佐の部屋を訪れた。
「ああ、昭人。どう? コトハの様子は」 長椅子に座って本を読んでいた司佐は、軽くそう尋ねる。 「感動してまだ泣いてたよ」 「そう」 「どういうつもり? 気まぐれにもほどがある」 「なに怒ってんだよ」 ムッとした様子の昭人に、司佐は本を閉じてそう言った。 「怒ってないけど……あの子の人生はすでに決められていたし、それを受け入れてた。それなのに学校へ通わせたり、豪華すぎる客間の一人部屋を持たせたり、それが気まぐれじゃないとでも?」 「代々、山田家に仕える家柄だからって、高校に通っちゃいけないってことはないだろう。知識がないよりあったほうがいい」 「それはそうだけど……」 「まあ、確かに気まぐれだけどな。あいつの顔、見た? 犬みたいじゃね?」 「司佐……」 司佐は長椅子に寝そべり、目を閉じる。 「コロコロコロコロ……主人に尻尾振ってさ。おまえだってわかるだろ。田舎から出てきたせいもあるだろうけど、圧倒的な身分の差。絶対的な服従……周りの人間に退屈していたところだ。退屈凌ぎにはちょうどいい。大丈夫だよ、親父やじいちゃんだって、年の近いメイドを高校に通わせるなんて美談として取ってくれる」 退屈凌ぎという言葉に、昭人は司佐の恐ろしさを感じた。 それを察してか、司佐はクスリと笑う。 「昭人。俺、つくづく昔に生まれてなくてよかったと思うよ」 「え?」 「たとえば俺が中世ヨーロッパの貴族や王族だったらさ、毎日女はべらせて、気に入らないやつみんな、即刻打ち首だなんて言ってたんだろうよ」 「……そうだね」 「昭人……俺を裏切るなよ」 司佐の言葉に、昭人は吹き出した。 「そんな勇気があるなら、とっくにそうしてるよ」 「ハハ。だな」 「おやすみ、司佐」 「おやすみ……」 残された司佐は、悲しく微笑んだ。
昭人が出て行き、一人になったコトハは部屋中を見回した。 レースの刺繍や品の良いタペストリーなど、メルヘンチックなその部屋は、まるで自分がお姫様にでもなったかのような錯覚を覚える。 「夢みたい……私、頑張ります。早く司佐様に恩返し出来るように……」 涙を拭きながら、コトハは胸につけられたロケットペンダントを開く。中の写真には、美しい女性が映っていた。
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