司佐はホテルの一室に鳴り響く、ドアベルの音で目を覚ました。 「ん……ハイハイ」 起きたてで機嫌が悪かったが、今日も学校があるために怒ってもいられない。 ドアを開けると、コトハがいた。 「コトハ!」 司佐は一気に眠気を吹き飛ばし、驚いて隣にいた昭人に説明を求める。 「ごめん、司佐。コトハがどうしてもって泣いてきかないから……」 昭人が言う通り、すでにコトハは涙で頬を濡らしている。 「……ま、まあ中へ入れ」 そう言って、司佐は二人を招き入れる。 「で、どうしたんだ? コトハ」 すっかり会いづらかったことを忘れ、司佐は泣いているコトハを宥めるようにそう尋ねた。 「ごめんなさい、司佐様……でも、今朝も私だけ別に学校へ行けと言われて、どうしても司佐様にお会いしたかったんです。私、司佐様に謝ってもいない……」 「謝る?」 「だって司佐様、私を怒っていらっしゃるんでしょう? だから会いたくないと……私、司佐様に嫌われたら、どうしていいかわかりません!」 泣きじゃくっているコトハに、司佐は事情を察して頷いた。 「そうか、ごめん。でも、俺にもいろいろ事情があるんだ。少しコトハに対して突っ走りすぎたから、距離が置きたかったのも事実だ。でもコトハに説明しづらくて、言葉足らずだったな。ごめん」 コトハ相手にプライドなど持たず、司佐は正直にそう言った。 「……じゃあ、私のことを怒っていらっしゃらないのですか?」 「怒ってないよ。何を怒ることがあるんだ?」 「そうですか……よかった。本当によかった……」 無邪気に喜ぶコトハを、司佐は優しい瞳で見つめる。 「コトハ……おまえ、父親は誰なのか知らないんだったな?」 突然、司佐はそう尋ねた。 「え? はい。以前、別荘で仕えていた使用人だったと聞きましたけど、ちゃんと聞く前に、お母さんもおばあちゃんも亡くなってしまったので……」 「そうか」 「それが、どうなさいましたか?」 「いや……なんとなく、俺たちは境遇が似ていると思ってね。昭人も両親がいないし、俺はいるけど、海外ばかりで俺は放っておかれている」 司佐はそうごまかして、タオルを肩にかける。 「昭人。シャワーを浴びてくる。朝食のルームサービスを取っておいてくれ」 「わかった」 「あの、私は……」 コトハは申し訳なさそうにしてそう尋ねる。ここへ来るなと何度も昭人に止められたが、押し切って来たため、居づらくもあった。 「おまえもここにいていい。一緒に学校へ行こう」 「ありがとうございます!」 司佐はシャワーを浴び、朝食を食べ、コトハと昭人とともに学校へと向かっていくのだった。
昼休み。食堂へ向かう途中、司佐が口を開いた。 「昭人。作戦決行するぞ。コトハの髪の毛を取って来い」 「え? どうやって……」 「それはおまえが考えろ」 「無茶苦茶言うなあ……」 だが、司佐の命令となれば無視出来ない。昭人は様々なシチュエーションを考え、食堂へ向かった。 「司佐様。昭人」 食堂にはすでにコトハがおり、その横には貴一と藤二もいる。 「お邪魔虫が何してる」 「ひどいなあ。昨日はちゃんと、コトハと食事したって報告しに来たのに」 司佐の言葉に、藤二が言う。 「それはありがとう」 そう言って、司佐はコトハの前に座り、昭人は食事を取りに行った。 「で、昨日はなんで早退したんだよ」 貴一の言葉に一瞬止まりながら、司佐は不敵に微笑む。 「なんだっていいだろ」 「昭人まで連れて?」 「試験前なんだ。たまには息抜きも必要だろ」 「試験か。嫌なこと思い出させるなあ」 学校では、もうすぐ学力試験がある。そのため、心なしか食堂にいる生徒も少ない。みんな食事を惜しんでまで勉強しているのだ。 「はい、司佐」 そこに、昭人が食事を持って来た。 「ありがとう。じゃあ、いただきます」 「いただきます」 昼下がり、そのテーブルには華があった。司佐をはじめとし、男性陣はみんな垢抜けて輝いている上、昭人を除く全員が金持ちの男。そんな中に紅一点、コトハがいるだけで華やかさを増し、そこは一目置かれている。 しばらくして、貴一が立ち上がった。 「お先にごちそうさま。僕、今日は先に戻るよ」 「なんだよ、貴一。やけに早いな」 「もうすぐ試験だからな。復習しないとヤバイんだ。最近、遊んでばっかだったしな」 そう言う貴一に、藤二も立ち上がる。 「じゃあ僕も行こう。お先に」 去っていく二人に、司佐は苦笑した。 「騒がしいやつら」 「でも、お二人までそんなに勉強しているなんて……私も早めに教室に戻ります」 コトハが慌ててそう言った。 「コトハは家でも勉強してるんだろ。あいつらは別だよ。貴一は遊んでばっかりだし、藤二は部活三昧で、あの二人は勉強してないもん」 「でも心配です。ただでさえ、授業についていくのに精一杯なのに……」 「おまえは、家でいくらでも教えてやる。昭人が……」 「え、僕?」 急に振られた昭人が、苦笑する。 「まあ、だからゆっくり食え」 司佐の言葉に、コトハは微笑んだ。
やがて食事を終え、一同は立ち上がる。 その時、昭人がコトハの肩を叩いた。 「あ、肩にゴミが……」 わざとらしいセリフだったが、コトハは屈託のない笑顔で微笑む。 「ありがとう、昭人。じゃあここで、失礼します。ごちそうさまでした」 コトハはそう言うと、一年生の校舎へ去っていった。 「取ったのか?」 「取った……」 昭人はコトハの肩についていた毛を、慎重に司佐に見せる。これでコトハのDNA鑑定が出来る。 「昭人。失くさないようにどこかに貼っておけよ」 「うん。でも今は何も持ってないから、とにかく教室に行こう」 コトハの毛髪は失くさないように昭人の指の間にあり、教室に着くなり、その毛髪はノートの空いているページに挟まれた。 「これでよし」 「じゃあ、昭人。今日中にDNA鑑定を頼んでくれ。本田先生に頼めば、すぐに回してくれる」 司佐は知り合いの医師の名を出し、自分の髪を一本抜いた。 「わかった。帰りに病院に寄ってくるから、先に帰っててくれ」 「オーケー」 昭人は司佐の毛髪をコトハの毛髪と別のページに挟み込む。 すると、教師が入って来て授業が始まった。授業中、昭人は頬杖をつきながら、二人の毛髪を挟み込んだノートを見つめる。万一、二人が兄妹だったらと思うと、司佐の苦しみが目に浮かぶ。だがそんなことはないだろうと、別所が言っていたことを信じて、昭人はノートを閉じた。
その日のうちにDNA鑑定に出された二本の毛髪は、司佐の依頼ということもあり、すぐに鑑定に回された。 そして数日後、早くもその鑑定結果が司佐のもとに届く。 コトハを早めに遠ざけ、司佐は昭人を傍に呼ぶ。一人で開けるには、あまりにも勇気がいるからだ。 「昭人……おまえが開けてくれないか?」 「……いいよ」 断る権利などない。昭人は病院のロゴが入った、かっちりとした封筒を開ける。 「いい? 司佐。開けるよ」 「ああ。頼む……」 昭人は息を呑んで、封筒の中に入っていた鑑定書を開けた。 「……昭人?」 数秒間、何の反応もなかっただろうか。司佐は不安を浮かべてそう呼んだ。 「あ? ああ……」 「それで、どうなんだ?」 「いや……」 明らかに動揺している昭人に、司佐は奪うようにして診断書を見つめる。 “同親、血縁関係にあることが極めて高い” 診断書には、そう書かれていた。 司佐は思わず、その診断書を丸める。 「ちくしょう! 俺は……これからどうコトハに接すればいいんだ……!」 昭人も目を伏せ、もう何も言えなかった。司佐のことを思うと、不憫でならない。だが、どうしようも出来ない自分に、もどかしさを感じていた。
|
|